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掌の上なら懇願のキス

 十二国記。楽陽。


 目すら合わせずおざなりに帰還の挨拶をし、足早に奥へ進んだ。この戦の間は自室として与えられている部屋の戸を潜る頃には、もう駆け足になっていた。
 もっと鷹揚に、余裕と自信と才覚を(そんなものなくても。ないと知ってても)感じさせる振る舞いをせねばならないと理解していたはずだったが、今日ばかりは無理だった。人間の血でこの手を赤く染めた、今日ばかりは。
 前線に出ると言ったのは自分だし、考えて決めたことだ。その益も危険も、承知していたはず。実際の話、人を斬るのは思ったよりも容易だった。散々妖魔を屠ってきたこの腕は刃が命を断つ感触に馴染んでいたし、鎧の合わせ目を狙えば妖魔より脆弱な分人の方がずっと楽なくらいで。至近距離で見る苦悶の表情も断末魔の声も、心地良くはなかったし鈍い痛みはあったが、耐え切れないほどではなかった。戦場では昂揚に支配されて、戦いを妨げる要素は遠い。
 だから今更これほどに苦しくなるとは思わなかった。偽王軍と戦うこと、人を殺すこと、全て覚悟を決めてこの場にいるはずなのに。なのに、楽俊のあの目を見てしまうと・・・・・・・・・・
 州候たちの説得のためにこのところ人型で過ごしている楽俊は、人になっても鼠の時と同じ、綺麗な目をしている。楽俊の目は綺麗だ。頑なに心を閉ざしていた私を見捨てず、醜く裏切った私を赦してくれた、その時のままの綺麗な目。
 胸が詰まる。自分を、例えようもないほど醜い化け物のように厭ってしまう気持ちが、再び押し寄せてくる。
 先刻も、楽俊の目に私を責める色はちっとも見当たらなかった。人殺しの私ですら許容しようとしていた。楽俊は何も悪くない。ただ、私が『楽俊に赦されること』を赦せなかっただけだ。それだけだ。
 この国で初めて得た真実の友は、この身以外に何も持たない私(「王」などと呼ばれても実感がないんだ)の唯一の宝物で、私は血塗られたこの手で触れることで彼を汚してしまいそうで怖かった。いや、違うな。私は弱くて、彼に嫌われることに耐えられないだけだ。だから逃げてしまったんだ。
 ・・・・・なんか、だいぶ変わったつもりだったけど、まだまだだな。私は。
「陽子。開けるぞ」
 そう思ったところで、扉が開いた。扉に背を預けていた私は危うくバランスを崩しそうになる。だから、常ならばあり得ない不覚を取った。戦場の汚れを落としていないどころかまだ鎧を脱いですらいない手を、楽俊にぐいと引っ張られる。
「楽俊っ!?何を・・・」

 掌の上なら懇願のキス。

「陽子。おいらは一介の半獣に過ぎねえが、陽子の友達でいさしてくれな」
 手甲をつけたままの掌に、楽俊は躊躇いもせずに唇を落とした。賢いこの人は私の幼稚な思考など全てお見通しで、私が何を恐れていたかも全部わかってて、いつもこうして愚かな私を赦してくれる。私に微笑みかけてくれる。
 綺麗な目のまま、血で汚れた私をまっすぐ見てくれる。
「うん・・・・・」


 幼子のように頷いた私は、こうして、またしても赦されてしまった。また、負けだ。私は楽俊に負けてばかり。いつか、私は、彼が私に対してそうであるような、彼にとって誇りに思える人物になれるだろうか。
「なりたいな・・・いや、絶対になってみせる」
 鎧を脱いで湯に浸かって、すっかり汚れの落ちた手を(それでもこれは人殺しの手だけれど。でももういいんだ)見つめて、私は小さく呟いた。


【おしまい】
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