コンテントヘッダー

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コンテントヘッダー

嗚呼、素晴らしきニャン生

 ぬら孫 リクつら ホワイトデー話。

 思いっきり遅刻してすいませんでした。
 何回か、書いた分が消えて心折れたりしましたが、ようやく書き上げられました。。

 これを読んでくださる方は、先にバレンタインデーの話を読んでくださいませ。こちらは、そのシリーズの続きでございます。よって、今回も、若が残念です。
 ではでは、以下へどうぞ。
 猫とは、愛らしい生き物である。
 人類が最初に猫を飼育した理由は鼠を獲ってもらう為だったが、現代となっては、猫に期待されている1番の仕事は、それではない。
 ぴんと立てたり垂れたり忙しい三角のお耳、肉球ぷにぷになお手々、ふさふさでふかふかな毛並み、悪戯に動くしっぽ。動作は、滑らかで優雅だったり、忙しなかったり、だらしなかったり。
 犬ほど勤勉で誠実ではなく気分屋なことが多いので、だからこそ、行動が予測出来なくて意外性が楽しめる。
 嫌いだったら無視をして、好きな相手でも面倒くさかったらやっぱり無視で、なのにこちらが忙しい時に邪魔してきたり、餌をもらう時だけイイ子だったり。
 基本的に、気まぐれでワガママ。けれど、激しく可愛らしいから、惹かれずにはいられない。ふてぶてしかったり、つれなかったりしても、ちょっとすり寄って来てくれたら全てを許して尽くしたくなる、小憎たらしくて愛しい小悪魔。

 現代の猫の第一の仕事とは、愛されることである。
 





「にゃんこさん、にゃんこさん、ミルクは飲みますか?」
「にゃあ」
「お魚は食べますか?」
「にゃにゃん」
「お魚はいらないんですか?」
「にゃあ」
 毛倡妓に頼まれて追加の酒を取りに厨房を訪れた首無は、少し驚いた。冷蔵庫の中を覗き込みながら、つららが胸に抱えた猫と会話をしている。
 その猫は、艶やかな白銀の毛並みで、しっぽの先だけが黒く、瞳は鮮やかな紅。
 猫又か、と一瞬首無は考えたが、即座に否定する。
 奴良組は傘下に化猫組を抱えているが、化猫は、妖怪の中でも人に化けるのが上手い方だ。そして、総大将一族がほぼ人型だし奴良家は人間の街中に存在しているので、奴良組の妖怪が奴良家を訪れる際、人型が最も礼儀に叶っているとされる。だから、猫又ならば、奴良家では人型になっているはずだ。よしんば、何かしらの事故でもあって本性が顕わになったとしたら、そのしっぽは二又にでもなっているはずだが、つららが抱えた猫のしっぽは、普通だった。
 つまり、普通の猫だ。だが、奴良家では普通の猫の方が珍しい。都会には珍しく広い庭を持つこの家は、けれど妖気が沁みついているので、野良猫などは迷い込んで来ないのだから。
「何してるんだ、つらら?その猫は?」
「あら、首無。こちらのにゃんこさんとは、リクオ様のお部屋で出会ったのよ」
 猫を床に置いて牛乳パックを冷蔵庫から取り出したつららは、にっこりほほ笑んだ。
「リクオ様のお部屋?ということは、リクオ様が拾ってこられたとか?」
「うう~ん。今、リクオ様がお留守だからわからないけど、『良い奴』活動の一環として、誰かの飼猫を預かってくれと頼まれたとかじゃないかしら?だって、ほら見て、この毛並み。首輪は無いけれど、野良ではここまでの毛並みを保つのは難しいと思うわ。それに、よーくお顔を拝見すると、それはそれは美しいのよ。私、こんなに美しい猫は初めて見たわ。きっと、どこぞのお家で大切にされている由緒正しい高貴なにゃんこさんなのよ。だから、奴良家としてもきちんともてなさないと」
 というより、自分が猫を可愛がりたいだけだろう、と首無は思ったのだが、空気が読める男なので口にすることはなかった。この猫がリクオに関係しているか否かは、リクオが帰宅したら判明することだし、会話しているこのちょっとの間でもつららの足にすりすりと頭を擦りつけてしっぽを絡みつかせている猫は、どう見てもつららに懐いているので、好きに世話でもなんでもすればいいと思った。
「そうか。では、三代目のお客様のもてなしは任せたぞ」
「は~い!」
 猫を見ていると、ふと目が合った。首無には猫の美醜はよくわからないが、毛並みは大層艶やかである。
 思わず撫でようと手を伸ばしたのだが、すぃっと避けられた。
「・・・・・」
 どうやら、美しいが、つれないところのある猫のようだ。猫とつららは、手を伸ばしたポーズで固まっている首無のことなど気にせずに、厨房を去っていく。
 その姿を見送ってから、首無がぽつりと呟いた。
「あれ?赤い目の猫はアルビノのはずだから、体毛は真っ白なんじゃ・・・・?」






「はーい、お待たせしました。ミルクですよー」
 自室に戻った私は、お招きしたにゃんこさんの為にお皿に牛乳を注ぎました。にゃんこさんは、お皿を見つめてしばし何かに迷った後(お皿が気に喰わなかったのかしら)、ふるふると首を振ってから、ぴちゃぴちゃとミルクを飲み始めます。
犬は種類によって大きさも容貌も激しく異なって別の生き物のように外見に差があるので、詳しくない私には美醜を判断することは難しいのですが、猫の容貌の美醜は、なんとなく判別できる気がします。その基準で言うと、このにゃんこさんは間違いなく美猫。顔立ちは整っていて狂いがなく、目力があって、毛並みも艶やかで体付きもしなやか。ふかふかの耳毛とかピンクの肉球とか、見ているだけでくらくらしちゃいますね。
 そして、見たことが無い程美しくて動きも優雅なのに、お皿との距離感を測りかねている様子で鼻先をミルクに突っ込んでしまって慌てたり、揺らしたしっぽが物に当たったのにビクッと驚いたりするのが、稚くて愛らしいです。
 ふふ、かーわいい。
 にゃんこさんと出会う前までは沈んでいたのですが、にゃんこさんのおかげで少し浮上してきました。
 けれど、まだ、胸の奥がしくしく痛んでいます。
 本日は、3月14日。俗に言うホワイトデーです。日本式バレンタインデーのお返しの日です。
 お返しを期待してチョコを渡すわけではありませんが、やっぱり、お返しがもらえると嬉しいものです。毎年、この日は、男衆が皆でお金を出し合って、お返しとして仕出し料理を頼んでくれるから、女衆全員が夕食の当番から解放されるので、一緒に出かけたりするのが楽しみでした。
 けれど、今年は・・・・・・・
 いえ、今年も、バレンタインは、女衆皆で男衆に義理チョコを用意して、いつものようにお返しはしてもらいました。私は、他にも、冷麗さん・紫・イタク・淡島・雨造・土彦といった遠野の方にも渡して、冷麗さんと紫からは、イタクたちの分も含めてお返しに、と銘菓かもめの玉子が送られてきました。
 それだけなら問題は無かったのですが・・・・・
「リクオ様・・・・・」
 私の胸が痛む原因は、リクオ様とのこと。
 バレンタインの夜に、リクオ様が、その・・・・・・いかに愛しいリクオ様とはいえちょっとおイタが過ぎたので、抗議の意を表明する為に、チョコレートは渡したものの、私は遠野へ家出しました。
 私の行き先が判明したら、リクオ様が迎えに来てくださいましたけど、謝ってくださいましたけど、あれから1ヶ月、私たちの間はなんだかぎくしゃくしています。
 なので、私は、リクオ様がなさったことはあんまりなので怒る権利があったけれど、今となっては、もうちょっと別のやり方をすればよかったのかもしれない、と思ってしまっているのでした。
 だって、リクオ様が、・・・・・・触れてくださらないんですもの。
 キスは、してくださいます。手も繋いでくださいますし、酌をしてくれとか膝枕してくれとかも、おっしゃいます。
 でも、それだけ。キスも、唇の表面が触れ合うだけのごく軽いもので、口吸いと呼べるものではありません。
 先日は、キスしてもらえた時に、誘うように唇を開いてみましたが、これまでのように悪戯な熱い舌が滑り込んでくることはなく、礼儀正しくそっと身を離されてしまって、ちょっと泣きたくなりました。手を繋いでみても、嫌がられるわけではないものの、すぐに離されてしまいます。
 何やかやと口実を付けて、就寝前のリクオ様のお部屋に寝間着姿で訪れても、紳士的にお休みの挨拶などされてしまって。リクオ様の手で女になって、何も知らぬ少女の頃にはもう戻れないこの身には、切ないばかり。
 ・・・・・・・・・嫌われては、いないと思います。思いたい、とも申しますが。
 私たちは、世間一般の男女の仲の情以外に、長年同じ屋根の下で暮らしてきた家族めいた情や主従としての情もありますし、リクオ様は情が深くてお優しい方ですから、よほどのことでない限り「嫌う」まではいかないと思うんです。
 ただ・・・・・・・・・・「飽きた」という可能性は否定しきれま、せん。
 生き物は、身体の大きさや寿命によって、成長や体感速度が異なるそうですね。私は妖怪だから、ほんの少し前にはあんなに小さくて皆に守られていたのに、今や皆を守り背負えるように大きく成長なさったリクオ様から見ると、変化が少なくて面白味に欠けるのかもしれません。
 もう、女としての私には興味が無い、ということなのかも。
 それか、強情で面白みの無い(おまけに胸も無い)私など、思春期に近くに居過ぎたせいで気になっただけで、本当は全然リクオ様の好みではなかったことに気づいてしまった、とか。
「な~う?」  
 バレンタインデーから1ヶ月経って、3月14日の夜になっても関係が修復できていないことに地の底まで落ち込みそうになった時、座り込んで俯いていた私の膝に、ぴょこんとにゃんこさんが乗ってきて、慰めるように、指先をぺろぺろ舐めてくれました。
 その温もりに、零しそうになっていた溜息が霧散します。 
「イイ子ね、にゃんこさん。優しい子ね」
 情けないけれど、この小さな美しい生き物に寂しい気持ちを慰めて欲しくなった私は、にゃんこさんを抱えたまま畳の上に転がって、しなやかな背中を何度も撫でました。そうしたら、にゃんこさんは、まだ春ではないのだからこの氷雪の身体は冷たいでしょうに、私の腕の中から逃げ出したりはせずに、マフラーの中に頭を突っ込んだり、首筋に頬ずりしたりして、私を構ってくれます。
 だから、ゆるゆると気持ちが解けてしまって、私は、自業自得だと思っていたので毛倡妓にすら言えなかった言葉を、ぽつぽつと零してしまいました。
「にゃんこさん、リクオ様はね、優しくて素敵な方なのよ。悪戯がお好きな方で、やり過ぎだと思うこともたくさんあるけれど、でも、私は、何をされても嫌いになれないの。怒ってもその時だけで、すぐに、会いたくなってしまうのよ」
「・・・にゃん」
 幼いリクオ様に出会ったその日から、毎朝、リクオ様にお会いできることが喜びでした。闇を好む妖怪のくせに、私は、朝の光をどれほど愛したことか。
 だって、お世話係の私は、朝になれば、リクオ様に1番最初に「おはようございます」を言うことが出来るのですもの。
 けれど、夜伽に侍るようになると、今度は、朝が憎たらしくなりました。夜の間寄り添っていた体温と離れなくてはならないのが、恨めしくて。幼い頃はなんてはた迷惑な都々逸と思っていたのに、今の私は、三千世界の鴉を殺せば夜が明けぬというのなら、きっと躊躇わないでしょう。
 氷雪が凝った冷たいこの身では、決して、あなたの指を、唇を、身体を温めて差し上げられないのが、申し訳なくて。切なくて。悔しくて。
 本来ならば厭うはずの熱でも、あなたが齎すならば、心地良くて。恋しくて。
 純真な雪娘だった昔は、あなたがそこに居てくださる幸福だけで満足出来ていたはずなのに、淫蕩な雪女になった私はすっかり欲張りになってしまって、熱い眼差しを、熱い唇を、熱い腕を、求めてしまうのです。欲しくて堪らないのです。
 思い出したら余計に寂しくなった私は、ふんふん鼻を鳴らして私の髪の匂いを嗅いでいたにゃんこさんの身体を捕まえて、喉をこちょこちょと擽りました。気持ちいいらしく、にゃんこさんは目を細めて喉をごろごろと鳴らします。
「にゃんこさん、バレンタインデーってわかる?私ね、日本中で恋する女の子が頑張っているはずのその日に、臍を曲げて家出しちゃったの。堪りまくっていた有給を消費する形にしたからお仕事的に問題はなかったけど、・・・・・問題ありよね。冷麗さんや紫と久しぶりに話せて楽しかったけど、夜にはもう寂しくなってた。遠野は雪が積もっていて、雪女には過ごし易かったはずなのに、リクオ様の熱い腕が恋しかった。なのに、意地を張っちゃって、その後でせっかくリクオ様が迎えに来てくださっても、素直になれなくて・・・・・・そんなふうに可愛げがない面倒くさい女だから、愛想つかされちゃったのかしら、ね・・・・・」
「にゃにゃん!」
 ぷに、と頬を押す感触。
 ついさっきまでごろごろと喉を鳴らしていたにゃんこさんが、耳もしっぽもピンと立てて、咎めるように、私の頬にぷにぷにの肉球を押しつけていました。
 猫パンチ?にしては、弱い感じですが。人間の行動に置き換えると、唇に指を当てて黙らせた、みたいな感じかもしれませんね。
「んなーう!みゃう!」
 紅玉のような瞳でじっと私を見つめながら、にゃんこさんは鳴きます。しっぽが二又に分かれていたら、きっと何か喋り出したに違いない、という勢いで。
 けれど、残念ながら、私は猫又ではなく雪女なので猫語は習得しておらず、にゃんこさんが何を言いたいのかはわかりません。
 だから、好きなように解釈してしまうことにしました。
「あなたは私を慰めてくれるの?」
「にゃあ」
 にゃんこさんが、これまたタイミング良く首まで振って返事をしてくれます。なので、調子に乗る私。私の頬に肉球を当てたままの前脚をそっと握って、懇願するように囁きます。
「だったら、今夜、一緒に寝てくれる?」
「にゃあ」
「なら、着替えるから、ちょっと待っててね」
「にゃあ」
 私は、にゃんこさんを驚かさないように立ち上がって、寝間着に着替え始めました。
 ホワイトデーの今夜こそリクオ様とちゃんとお話をしようと思って、夕食直後に姿が見えなくなったリクオ様を探して、待っていたのですが、どうせ寝られないから会えるまで一晩中でも起きていようと思っていたのですが、泣いてしまいそうなので、いっそ眠って、明日冷静に話し合いたいと思ったからです。
 リクオ様は優しい方ですから、泣き腫らした目の女が思い詰めた様子で詰め寄ってきたら、つい慰めてしまうでしょう。実際はもうその女に飽いていても、口には出せないことでしょう。
 私は、女である前にリクオ様の百鬼で、側近頭の地位を賜ったことが誇りです。女として飽きられても、あの熱い腕に抱かれて眠る夜が二度と来なくとも、やっぱり、未来永劫お傍でお仕えしたいです。
 リクオ様の優しさにつけこんで無理をさせて、お情けで、貴重な青春の時間を奪うわけにはいきません。年上らしいところが少ない私ですが、飽きられているのならば、みっともなく縋りついたりせずに、解放してさしあげることで矜持を示したいです。うっとおしい女だと嫌われるのは、避けたいです。
 恋愛は2人でするものでしょうけど、恋は、1人でも出来るのですから。
 リクオ様にもう二度と抱かれることがなくても、側近頭としてお傍でお役に立つことは出来ますし、私の恋が終わるわけでもないのですから。
「だから、私は大丈夫・・・・・・・なわけがないわ」
 着物の裾や腰紐が揺れる様に興奮して飛びかかったり、脱いだ襦袢の匂いを嗅いだりするにゃんこさんに邪魔されながらも着替えを終えた私は、布団に座りこんでぽつりと呟きました。
 頭でわかっていることと、心が受け入れられることは、違います。ホワイトデーだというのに、携帯電話を確認しても、リクオ様からの着信もメールも無いという事実が何を意味しているのか、わかるはずなのにわかりたくなくて、とうとう、視界が潤んできました。
 泣きたくなんかありません。泣いたら、この事実から導き出される結論を認めたみたいだから、イヤです。滲む視界でリクオ様の番号をコールしてみましたが、聞こえるのは呼び出し音ばかり。
 やがて、それも、留守録の案内に切り替わってしまって・・・・
「ふっ・・・うっ・・・・」
 ぽろり。ころり。
 頬を伝い顎から滴ったのは、氷の粒。ああ、このまま、泣いて泣いて溶けてしまいたい。
「みゃ?」
 両手で目元を覆って泣いていたら、にゃんこさんがぺろぺろと頬を舐めていました。
「にゃ、にゃんこさん、ダメ・・・・雪女の涙は、冷たいの・・・・」
 雪女の涙は、氷よりも冷たいのです。まだ春と呼ぶには早いこの季節に猫のような身体の小さな生き物がこんなに冷たい液体を摂取するのは、身体によくないです。
 私は、身を捩って顔をそむけながら、片手でにゃんこさんを遠ざけようとしたのですが、敏捷なにゃんこさんは鈍い私の手など掻い潜って、ぺろぺろすりすりしてきます。
 出会ったばかりだし言葉も通じない、艶やかな毛並みのこの小さな生き物が、泣き出した私を一生懸命慰めようとしてくれました。
 なんて、優しい子なのかしら。
 その気持ちが、そんな温かい命がこの冷たい身体に寄り添ってくれることが嬉しくて、やがて、私の涙は止まったのです。
「・・・・・にゃんこさん、大好きです。きっと、あなたには帰るお家があって、私だけのにゃんこさんにはなってくれないのでしょうけど、1番じゃなくていいから、気紛れの暇つぶしでいいから、少しだけ私を好きになって、一緒にいてくれませんか?時々、一緒に寝てくれませんか?」
「・・・・」 
 明日宣告されるだろうリクオ様の別れの言葉の前に、ちょっとでも慰めが欲しくて、独りじゃないと思える縁が欲しくて、私は、愚かなことを申しました。
 この先、氷雪のこの身が溶けて消える日まで続く独り寝の夜に、「私は、リクオ様を待っているのではなく、にゃんこさんを待っているの」と強がりを言いたくて、この命短き生き物に縋ろうとしているのです。
 みっともなくて無様かもしれませんが、私は必死でした。明日、リクオ様の前で取り乱さない為に、心の支えが欲しかったのです。
「・・・にゃあ」
 しばし、私の顔をじっと見つめたにゃんこさんは、寝間着の合わせに鼻先を突っ込んできました。
「え?」
 両の前脚で襟を開くようにしたにゃんこさんは、寝間着の中に頭から潜り込もうとしてきます!
「やっ、あっ、ちょっと!」
 普段露出していない為に敏感な胸元に直接艶やかな毛が触れて、私はくすぐったさに身を捩りました。けれど、にゃんこさんは全く怯まずに、ぺろぺろと肌を舐めてきた上に、前脚の肉球でふにふにと胸を押してきます。
 な、なんて悪戯っ子なの!?
「ダメぇっ!」
 ぺろぺろふにふにしながら全身を私の寝間着の中に潜り込ませようとするにゃんこさんとそれを阻もうとする私の攻防は数秒続き、私はなんとか、この悪戯なにゃんこさんの身体を捕まえて胸元から引き離すことに成功しました。思いっきり抵抗されたので、寝間着はあられもないことになっております。
「もうっ、悪い子!そんなところを舐めちゃいけませ・・・・えっ!?」
 動物を叱るなら、悪いことをした直後に叱るべき。なので、私は速攻でお説教をしようとしたのですが、急に両手で抱えあげていた小さな身体が重く大きくなって・・・・・・・えぇぇっ!?
「どこを舐めちゃいけねぇんだよ?」
 一瞬、墨を撒いたような畏れが視界を覆い、次の瞬間には、私は布団の上に寝転がって、爛々と輝く紅の瞳と見つめ合っておりました。
 ええ、そうです。紅の瞳、白銀の毛に覆われた三角のお耳、先だけが黒いしっぽは、さっきまでと同じ。
 けれど、傷跡すら勲章のように思える実戦で鍛えられた男の体躯と、過ぎる程に整った精悍な顔立ちが、さっきとは違うんですけどっ!?
「リっ、リクオ様ぁあ~!?」
「おうよ」
 返事をしてくれたのは、愛しい愛しいリクオ様。悪戯な笑顔も、滴る色気も、いつも通りでございます。
 いつも通りじゃないのは・・・・・・
「何で裸で、猫耳としっぽ装備なんですかぁ!?」
  




 
 今夜の奇妙な成り行きを、どう説明すればいいだろうか?
 そもそもの事の起こりは、1ヶ月前のバレンタインデーに遡る。
 先月、この胸に溢れる真摯な愛(愛だ。愛。愛以外の何物でもねぇから)を持て余したオレは、ちょいとおイタをやらかした(巻き込んじまった鴆には後で謝った)。
 だが、放置プレイはマジで切なかったが(ちょっと泣きそうになった)、白バニー姿のつららに冷たい表情で見下ろされるというのは、なかなかにゾクゾクしたので、後悔はしていない。うん。普段が天真爛漫で清楚可憐だからこそ、たまにはああいうプレイも良いような気がする。
 けどまぁ、つららが家出しちまったのには、参った。丸2日程行方知れずで(母さんたちは居所知ってたようだが)、オレはハゲそうなほど心配して・・・・・・自分がやらかしたことが原因で悪いのはオレなのだろうとわかっていても、逆ギレしてイライラしちまったんだよ。で、意地になった。
 お前だってオレが欲しいくせに!だったら、お前から欲しがるまでオレは何にもしねぇからな!
 というわけで、オレは、不毛な、あんまりにも不毛な意地を張っちまったわけだ。
 今となっちゃ我ながらバカだと思うが、男ってのは老いも若きもバカな生き物だってうちの女衆が皆言ってるから、オレがバカなのも仕方ねぇと赦してもらいたい。
 とにもかくにも、意地になったオレは、それから1カ月、キスは軽いものだけ、いつもの習慣で膝枕をねだっちまったもののそれ以上の接触は無し、という禁欲生活(誰が何と言おうと禁欲。キスもせんとかいうのは物理的に不可能だから)を貫いた。
 鵺との戦いも終わってイチャラブな日々を満喫していたオレが、こんなに近くに居るのに我慢するなんて・・・・・・つららはいつも通りに可愛くて、側であれこれ世話を焼いてくれて、近づくと甘い匂いがするのに手を出さんというのは、すげぇストレス堪った。自分で張った意地だが、正直言うと、一日でも早く撤回したいと思っていた。
 それが出来なかったのは、怖くなっちまったからだ。
 オレは、人生そのものは波乱万丈なんじゃねぇかと思うが、恋愛に関しては最初から順風満帆だった。オレが産まれて初めて惚れた女は、オレに惚れてた。その上、誰よりもオレを理解して信じてくれてた。狐の呪いだの主従の一線だのという問題はあるにはあったが、どれもこれも、オレがしっかりしてりゃ済む話だったしな。
 主従で恋愛なんつーと、周囲からの評判が気になる所だが、つららは、奴良本家では最も若い妖怪である上に健気で甲斐甲斐しいので、『皆の妹』として可愛がられてたから、少なくとも本家の妖怪からは微笑ましく見守られている(つーかかなり応援されてる)。
 傘下の他の組の場合だと、オレが事前に外堀を埋めて態度でみせつけていたこともあって、(『三代目の奥方』狙いの輩は違うかもしれんが、それ以外の奴らからは)「思い返せば三代目は、幼い頃から、雪女が1番のお気に入りだったしな。初恋が実ったのだろう」という感じで納得されている。最近では、オレの嫁確定ということを前提に、姐さん萌えしてる奴(誰とは言わんがやたら背がでかい男とか)がいるぐらいに。
 清十字団では、つららが皆の前に現れた当初から「及川氷麗は奴良リクオが大好き」というのが明白だったから、くっついたのが知られても、「え?今まではそうじゃなかったの?」てな反応だった。
 つららはあんだけ可愛らしいから惚れてる男(どっかの組の万年若頭とか、どっかの新米組長とか、どっかのサッカー少年とか)もいるが、雪女一族は一途なんで、そいつらは恋心の所在すらつららに気づかれてねぇ始末。
 雪女の特徴か、悋気は強めかもしれねぇが、やきもち妬くふくれっ面も愛らしいし、からかうのが楽しいんで、特に問題は無い。時々変な勘違いをしてきて困ることもあるが、最大の敵も13歳で倒しちまった永い妖怪人生なんだから、時たまそういうのがある方が楽しいってもんだろう。
 うん、恋愛に関しちゃ、所謂リア充爆発しろレベルで、上手くいってたと思う。
 だから、つららの真意を知るのが怖くなっちまったのは、初めてだ。
 いや、最初にこういう関係になる前に、「あくまで可愛い守子であって男としては見ていない」とか言われる可能性があるとは思ったし、実際言われたが、それは怖くなかった。つららの眼差しが、言葉の端々が、身体が、オレを意識しているのは日々感じ取れたから、言われてもつまらねぇ嘘だとしか思わなかったんだよな。
 けど、今、オレは、今後永く連れ添う際に大変問題になりそうなことに、気づいてしまった。
 性の不一致・・・・とまではいかねぇと思うが(思いたいが)、こう、性的なことに関する欲求の強さがあまりに差があり過ぎるのかもしれん、とか思い至っちまったわけだ。
 つららがオレを愛してくれているのも、男として意識してくれているのも疑いがねぇが、・・・・・・・実は性欲めっちゃ薄いとかだったらどうしよう?
 1番問題なのはオレが下手過ぎて気持ち良くないという可能性だが、ヤってる最中のつららは気持ち良さげにしてるから、その姿は演技じゃない(と思いたい。信じてる!信じてるからな、つらら!)だろうけど、自分からやりたい気持ちは全然ない、とかだったら、だからオレの欲求につきあうのにかなり無理をしてるのに言い出せないってことだったら、・・・・・どうすりゃいい?
 この1カ月、所謂性的なちょっかいを封じたというのにつららがノーリアクションだったので、オレはちょっと凹んでいた。
 あいつ、欲求不満何それ美味しいんですかみたいな顔で、自発的禁欲生活で飢えてる獣(オレ)の部屋に、夜、寝間着で訪れたりするしよぉ(アレは参った。その後数時間眠れんかった)。
 つららが嫌だったら、無理強いしたくねぇなぁ。けど、オレはヤりてぇんだよなぁ。オレ若いしなぁ。オレが爺になって枯れるまでつきあってくれねぇかなぁ。何百年後かになるだろうけど。あ、500歳近いうちの爺、枯れてねぇ・・・・
 とかなんとか、ぐるぐる考えていたら、いつの間にか3月14日の夕方になってて、良太猫が尋ねてきたんだよ。





 表は雪白、裏は紅梅色の風呂敷で包まれた品を差し出して、良太猫は深く頭を下げた。
「三代目、御所望の品を献上申し上げます。大変遅くなりまして、誠に申し訳ございません!」
 愛嬌があって陽気なはずの良太猫は、総会なんかじゃなくオレの自室に通し2人きりだというのに、やけに他人行儀な口を聞く。おまけに、猫耳が思いっきり伏せている。
「良太猫、どうした?」
 具合でも悪いのか、それとも化猫組の事で何か悩みでもあるのかと声を掛けたが、良太猫は平伏するばかり。顔を上げることもなく、畳の縁を見つめたまま、早口で言葉を紡ぐ。
「何もございませんとも。ええ、関東総取締奴良組三代目、大妖怪鵺をも倒しこの日の本の妖の頂点に立つお方にお仕え出来る幸せを日々噛みしめる我が身に、何があるわけもございやせん。ですが、今をトキめく三代目の玉眼の前に、この非才なる猫又の身を晒し続けるのも不躾かと存じやすんで、どうか、どうか、早々に退出することをお許し願いたく存じやす!あ、使い方は、説明書にちゃんと書いてありやすんで!雪女一族の方にお願いするのは無理でやしたが、一応、猫又以外の妖怪で人体実験は済ませやしたし、鴆様にも相談申し上げて、効用が得られること、副作用など無きことをお墨付きいただいておりやすから!」    
「え?」
 あまりの勢いに気圧されて小さく呟くと、良太猫は、器用にも、平伏したままでざざっと後ずさって捲し立てた。
「あぁあああのっ、猫は軽薄で口が軽いと余所様には思われがちでございやすが、それは偽り!化猫屋が長く皆様にご贔屓いただいている理由の一つには、給仕の際に見聞きしちまったお客様の秘密を吹聴するような輩がいねぇという信用もあると思っておりやす!この良太猫、義理に生きる任侠の男として、守秘義務は心得てやすんで!自分が鴆様とは立場が違うことは重々弁えておりやすんで!では、お目汚しな猫又めは退出させていただきやすっ!」
「おい」
 良太猫は、跳ね上がるように立ち上がり、飛びつくようにして襖を開けて、全速力で部屋を出て行った。どう見ても『怯えて逃げた』という有様だが、この1月ほど良太猫とほとんど話していなかったオレは、何であんなに怯えられてるのかが、わからねぇ。
 何ぞ化猫組が失態でも侵したのだろうか、後で鴉や首無にでも探りを入れてみるか、と思いながら、良太猫から渡された風呂敷包みを開けてみると、桜の地紋で桜色の巾着袋に白いリボンを結んだモノと、雪輪の地紋で純白の巾着袋に桜色のリボンを結んだモノと、紙が出てきた。
「説明書ってのは、コレか」
 ぺらり、と広げた紙に記されていたのは、以下の文言だ。

 桜色の袋の中の飴は、猫又の畏れを練り込んであります。
 故に、猫又以外の者が1粒食せば、猫耳猫しっぽが生えます。
 2粒以上一度に食すると、全身が猫になります。
 効用は、約1日(その者の畏れの強さによって違いあり)。
 白い袋の中の飴は、猫又封じの呪符から抽出したエキスを練り込んであります。
 猫化を早急に解除したい場合は、白い袋の飴を食べてください。
 桜色の袋も、白い袋も、味は同じです。
 追伸 雪女さんにはこの飴の入手ルートを内緒にしていただけると、大変ありがたいです。とってもありがたいです。すごくありがたいです。

「猫化・・・・ああ、あれか」
 説明書を全部読んで、やっと、オレは、1ヶ月前、つららが家出中に良太猫が訪ねてきて、自分が頼み事(つーか脅迫)をしたことを思い出す。
 欲求不満と心配とですげぇ機嫌が悪かったオレは、顔見せに来てくれた良太猫に畏れ全開で絡んじまった。良太猫は組員に慕われているイイ親分だが、腕っ節はからっきし。いっそ殺気すら漂っていたオレが恐ろしかったのだろう、オレの方は忘れていた約束をしっかり覚えていて、ちゃんと持って来てくれたわけだ。
「悪ぃことしちまったな」
 今度詫びに何か持ってこう、と思いながら、オレは、白い袋を開けてみる。ホワイトデーのプレゼントとして渡す物ならば、味を確かめておきたいと思ったからだ。
 なんか今ちょっとうまくいってねぇが、オレはつららを幸せにしてやりてぇと思っている(裸エプロンとか白バニーとかは、愛の産物だ)。今回の件に関しちゃ、元凶はオレなんだから、折れるべきはオレだ。
 だから、せっかくホワイトデーっつー恋愛系イベントなんだから、この機を逃さずに仲直りしてぇと思ったんだよ。
 良太猫が来るまでは、邪魔が入る可能性が低くて且つキス以上のおイタはし辛いからオレの暴走を食い止められる、という理由で、ホワイトデーのプレゼントとして蛇に乗っての夜景デートに誘うつもりだったが、せっかく良太猫が用意してくれた物だから、使わせてもらおう。
 術を施された飴が不味かったらつららに渡すのは諦めて当初の予定通り夜景デート、美味かったら「猫耳しっぽ装備のつららとエロいことがしたい」という己の心情を正直に述べながら渡せばいい。
 そんなこと口にするのはカッコ悪ぃ気がするが、夫婦(まだ籍入れてねぇけど気持ちはもう夫婦みたいなもんだろ)は、我慢2割本音8割が上手く行くコツらしいからな。
 つららは、本当にずっと側にいてくれたから、オレのカッコ悪ぃ情けねぇとこだって、たくさん知ってる。その上で、オレを選んでくれたんだ。だったら、もう1つカッコ悪ぃとこ見せちまったって、オレを嫌ったりはせんだろう。
 オレたちは、世の恋人たちに比べたらお互いのことをよく知っているが、それでも完璧じゃあねぇ。わかってくれてるはずだなんて言って相互理解の努力をしないのは、甘えであり怠惰であるのだろう。最初は一滴に過ぎ無かったそういう甘えや怠惰が、やがて積もり積もって岩を穿ってしまうのを、オレはもう知っている。
 親父と山吹乙女みてぇに、確かに愛し合ってたはずなのにすれ違っちまって取り返しのつかんようになるのは、オレは嫌だ。
 だから、そう、オレとつららは、話し合うべきなんだよ。
 メイド服はロングがいいとか、ナースプレイがしたいとか、反対にオレが白衣でお医者さんごっこも興味あるとか、生クリームプレイやりてぇとか、触手は不可だがお前がもし希望するなら玩具プレイまでは譲歩するとか、首無に痛くねぇやり方習うから1回縛らせてくれとか、ゆくゆくは四十八手を制覇したいとか、ちゃんと話し合って、お互いの妥協点を探ったり(水着に関しちゃまだオレの嗜好が固まってねぇから、つららの希望を聞いてやれるぜ)、雰囲気と勢いで無理やり押して言質を取ったりしねぇと、な。うん。
 1ヶ月経ってやっと素直な気持ちになったオレは、白い袋を開けて黄金色の飴を二つ、口に放りこんだ。
 変な雑味があるんじゃねぇかという危惧は不要だったらしく、飴は、見た目と違って生キャラメルみたいに柔らかかったが、美味かった。
「お。これならつららに食わせられ・・・・!?」
 言葉は、そこで途切れた。人の言葉は。
 まず、頭がむずむずとした。布か何かを巻かれているようなむずがゆさがあったので、ふるりと頭を振ると、ぴょこんと耳が一対飛び出た。その変化に戸惑う間もなく、次は尻の辺りがむずむずする。はっきりと事態を認識出来たわけではないが、オレはこれでも命懸けの戦いを繰り返して危機管理能力は高くなった男なので、何かがヤバいことは感じ取れた。故に、瞬時に明鏡止水を発動して駆け出し、1月ほど前に発見した『秘密の部屋』へ駆けこむ。
「・・・・・・・にゃあ」
 そして、『秘密の部屋』には見慣れぬ猫が1匹、というわけだ。
 部屋に備え付けの姿身で確認すると、オレは、瞳は紅で、しっぽの先だけが黒くて他は真っ白な白猫になっていた。
 うん、猫だ。耳もしっぽも自分の意思で動かせるし、我ながら身体がもふもふしてるし、二足歩行できなくて四つん這いになっちまってるしな。
 これは、あれだな。怯えまくっていた良太猫が、震えた手元が狂うか何かして、飴の中身を間違えたんだろうな。
 良太猫を責める気はねぇが(つぅか怯えさせてすまんかったと後で詫びるつもりだ)、これは、困った。
 つららと拗れたのがバレンタインデーだったから、遅くともホワイトデーには決着をつけようと思ってたんだよな。、女ってイベント事を大事にするから、本日中にちゃんとつららと相対せねば何かとんでもない勘違いをされそうな気がしてさ(つららは、そういう勘違いが得意技だ)。
 とりあえず、『秘密の部屋』で引き籠っていても仕方ねぇから自室に帰って、風呂敷と飴の袋は非力な猫の身なれどがんばって引っ張って動かして、文机の下に隠した。
 それから、人の言葉を話せねぇもんかと足掻いてみたが、声帯も猫になっちまってるらしくて、無理だった。ならば筆談は、と思ったのだが、ペンや鉛筆の類はこの手じゃ持てねぇし、スマートフォンは肉球では思ったように動かせない。いっそ墨と紙を用意してくれたら、前脚を墨に浸して文字を書くことも出来そうだが、この手じゃ墨は磨れねぇときた。
 猫又ならば会話出来るかもしれねぇが、オレが知る限り、奴良組本家に猫又はおらん。
 つぅか、もう片方の飴を食ったら元に戻れるんじゃ、と思って桜色の袋を開けようとしたんだが・・・・・なんだこの凝りまくった飾り結び。白い袋は普通の蝶結びだったのに、こっちは何故かやたら凝った結び方で、猫の手じゃ絡まるばかりで外せねぇ。つぅか、猫じゃなくても、夜姿だったら解くのを諦めて鋏で切るレベル。おまけに、袋は布製だから、ちょっと爪を立てたり噛みついたりしても、簡単には破けやしねぇ。
 八方塞がりだ。
 と、部屋で途方にくれてたところで、つららがやってきたんだよ。





 
 猫って、人間より視界の彩度は悪いが、嗅覚は鋭いなぁ。
 その上、一目でオレを気に入ったつらら(さすがオレの嫁。姿が変わっても好意を抱いてくれるとは、愛が深い)が抱っこしてくれたんで、いい匂いを嗅ぎ放題。
 つららは、例えるなら、小さな白い花みてぇな匂いがする。可憐で清楚で、嗅ぐだけで胸の奥まで清々しさに満たされるような、そんな匂いだ。
 あー、これは、良太猫にちょっと感謝かもしれん。いつもなら恥ずかしがって嫌がられんのに、マフラーに顔埋めて首筋の匂い嗅いでも、「にゃんこさん、くすぐったいですよ~」なんてくすくす笑われるだけでちっとも嫌そうにされねぇのは、なんか役得だ。
 皿でミルクを飲むのはちょっと困ったが(猫の鼻先の距離感がわからんかった)、しっぽの感触もいまいち慣れんが、猫化にもいいことあるなぁ。
 切なそうなつららの誤解を解いて慰めてやれんのは困ったが(なんでこいつはあんな誤解をするんだ?)、ローアングルで見る生着替えは美味しかった!
 何夜肌を合わせても恥らいを忘れねぇつらら(その初々しさが愛しいんだが)は、着替えを見られるのを嫌がる。ヤる前にオレが脱がすのに、ヤった後で着るのを見てはならんというのがオレには納得いかんのだが、そんなことでつららを怒らせるのもどうかと思うので、これまでは、着替える間、オレは仕方なく背を向けていた。けどなぁ、そうすると、衣擦れの音がめちゃくちゃ耳につくんだよ。見えない分想像しちまうっつーか。
 鏡花水月使って覗き見しようかと思ったことは何度もあるが、いやいやいや、今さっき全裸見たとこだから畏れまで使うな、他のおイタとあまり変わらんと言われそうだが紙一重でアウトで犯罪の一線を越えちまう気がする、と己を戒めて我慢していたので、好きなだけ見られる猫っつー立場は楽しくてたまらん。
 揺れる布や紐に興奮したふりをして足元に滑り込み、ローアングルからの絶景を楽しんだり、脱いだ襦袢の匂いを嗅いでみたりもした(嫌がられそうだから試したことなかったが、実はやってみたかったんだよ)。
 雪女であるつららの肌は、雪のように白い。白色人種の肌は白というより赤味を帯びていることが多いが、そういうんじゃなくて、透き通るような吸いこまれそうな、そんな白だ。その上、うっとりする程キメが細かくて、なんかもうたまらん。
 着替えって、この肌が隠されたり現れたりして、ちらちら見えたり見えんかったりするから、すげえそそる。あー、今度からは、鏡花水月使ってでも見ておこう(そしたら着込んだ所を押し倒して脱がしてエンドレスプレイになりそうではあるが)。
 猫になるのも、なかなか楽しいな。
 これは、猫のまま抱っこされて寝てみる、とかいうのも一興かもしれんぞ。
 目の前にいるのに手を出せんのは生殺しだろうけど、特殊なシチュエーションを満喫できるせっかくのチャンスだとも思う。うん。
 もう片方の飴を食ったらすぐに元に戻れるんだが、自分1人じゃ袋を開けられんし、意思総通の手段も無いし、ここはもうホワイトデー当日に話し合うのは諦めて、明日元に戻ってから真面目に話し合えばいいだろう。
 なんて甘いことを考えていたオレは、泣き出したつららに大いに慌てることになる。





 必死に宥めて、いじらしいつららと、つららをこんなに不安にさせちまった不甲斐ない自分への怒りとがごっちゃになった所で、オレはちょっと混乱した。
 そう、さっきから感じていたんだが、姿が違う昼と夜とでは考え方がちょっと違うように、猫化した身体も心に影響を与えている。
 なんつーか、思考が、いつもより、短絡的で刹那的で衝動的になっている気がすんだよ。
 人間か妖怪の姿だったら抱き寄せて唇でも奪ったはずだが、猫だしそもそもつららに『奴良リクオ』と認識されてねぇから何も出来んとわかっているはずなのに、触れたくてどうしようもなくなっちまった。
 悪ぃ、つらら。雄の性だ。
 このままだとうっかり超特殊シチュエーションなプレイになりそうだったところで、説明書の期限よりずっと早く飴の効果が薄れた。考えてみりゃ、良太猫がつららにバレんように調達したのだろう実験台たちは、奴良組の幹部や貸元じゃあねぇはずだから、オレよりずっと畏れが少なねぇよな。で、畏れのレベルで変わる持続時間がそいつらで1日だったなら、ばあさん譲りの治癒能力もあるオレは、もっと早くに薬が切れるはずだ。
 それで、この状態ってわけか。なるほど。
 と、オレは納得出来たし、特殊過ぎるプレイをやっちまうことにならんでよかったと安堵したが、つららは大混乱だ。
「何で裸で、猫耳としっぽ装備なんですかぁ!?」
 場所は布団の上で、こっちは全裸で惚れた女は寝間着が乱れてて、という美味しい状況だったが、混乱のあまりぐるぐるしているつららに手を出すのはさすがのオレも躊躇われたので、布団の上で胡坐を掻いてつららを膝に乗せて、事の経緯を説明した。
 オレの心情も含めて、珍しい程正直に話した。誠実に。柳腰をさわさわしたぐらいは、うん、誠実の範囲内だよな(尻を揉みたいところを我慢したわけだし)。
 恋に溺れる様なんざ、当人にしたら大事でも外から見りゃあ滑稽なもんだろう。
 だから、これまで、オレは、外ではそういうの見せねぇようにしようとして、結果、抑圧された欲が暴走しちまう結果になってた。迷惑を被ったのは、説明もされんままにオレの欲求を受け入れることを強いられ続けるつららだ。
 そんな無理ばっかさせて、なのにつららの気持ちを満たして安心させてやれねぇんじゃ、オレは、いつつららに愛想つかされてもおかしくねぇよ。
 全国の妖怪を集めて会議を開く前に相手の信頼を得たいなら自分を開示せねば、と学んだのに、オレ、成長してねぇなぁ。
 誰よりも信じて欲しいつららだからこそ、自分を曝け出さねぇと、な。
 つららには、オレのこと理解してもらいたい。
 それに、誤解しちまってさっき泣いていたつららには、奴良リクオという男はこれほどまでに、他者から見れば滑稽なほどにお前を求めて止まないのだ、と理解させる必要があるだろう。
 話し始めた最初、混乱していたつららは無言で、そのうち驚いたり呆れたりして、それから、耳まで真っ赤になって両袖で顔を覆って背を丸めた。
「・・・・わかりました。もう、わかりましたから」
「いや、まだ全部言ってねぇから、今後誤解せん為に聞いておけ。寝間着に潜り込もうとしながらぺろぺろした件については、オレが悪かった。もうちょっとで、特殊なプレイの扉を開けちまうとこだった。我ながら、アレはやり過ぎだ。けど、猫化をもくろんだのはそういうプレイがしたかったからじゃねぇんだ、てことはわかってくれ。オレは、自分じゃなくてつららに猫耳としっぽ装備させて、語尾に『にゃん』つけてもらって、『リクオ様のミルクくださいにゃん』とか『にゃんにゃんしましょうにゃん』とか言ってもらって、ラブラブ猫化エッチをしたかっただけなんだ。ただ、それだけだったんだよ。なのに・・・・つらら不足だったから暴走しちまったみてぇだ。やっぱ、毎日きちんとつららを摂取しとかんといかんな」
 うむうむと頷くと、つららが笑いだした。
「もうっ、なんですかソレ?」
 オレは、泣いていたつららを笑顔に出来たことが嬉しくて、さらに続ける。
「知らねぇのか、つらら?奴良組の三代目は、腕利きの薬師でも治せねぇ不治の病にかかってて、対処法はただ一つ、毎日一定の量以上のつららを摂取することなんだぜ。摂取を怠ると、調子出ねぇ、機嫌悪ぃ、とかの症状が出て周囲が巻き込まれちまうんだ。今回の良太猫なんか、まさにソレだよな。つらら禁断症状が発症してる所に尋ねてきたから、あいつあんなにビビっちまったんだから」
 冗談じゃ無く、わりと本気でオレは言っていた。いや、だって、その後めちゃくちゃ変遷を遂げちまうとはいえ、人間と妖怪の共存を目指してた半妖の晴明は、最愛の母が討たれて闇に堕ちたんだろ?
 だったら、オレにも似たようなことが起きねぇと断言するのは難しいぞ。皆の命を背負う大将が私怨で動くべきじゃねェのは理解してるが、もしつららをそんなふうに失ったら、そんなことは言ってられねぇよ。きっと。
 だから、実は、新たなる魔王を生じさせずこの世の平穏を保つには、お前が必要なんだぜ?『1番』どころじゃ済まねぇ『唯一』として、大事な役目があるんだぞ?そこんとこ、ちゃんとわかってるか?
「・・・・良太猫に怒っちゃダメですよ。元はと言えばリクオ様のせいなんですから」
「ああ、わかってる」
 オレは、頷きながら、つららの耳の後ろから首筋にかけて舌を這わせた。驚いたつららが身をくねらせて膝の上から降りようとするが、オレは腕に力を入れてもちろん逃がさねぇ。
 諦めろ、つらら。泣かせたことでオレは一応反省してたはずだが、今の笑顔が可愛かったから、その気になっちまった。
「やっ、な、何なさってるんですか?」
「何って、今、オレは半分猫だからな。猫ってのは縄張り意識の強い動物なんだよ。だから、マーキングだ」
「マーキング?」
「コレはオレのもんだって知らしめる為に、オレの匂いをつけてんだよ」
「・・・・・・私、リクオ様のですか?」
「おう。未来永劫オレのだ。オレだけのだ」
 雪肌を舐めるだけじゃなくて、ちゅっちゅと吸いついて痕をつけていく。真っ白い肌に、赤いキスマークが映えてなんとも扇情的だ。
 イイ気分になったオレはつららを押し倒そうとしたが、その隙を待っていたらしいつららに、するっと腕の中から逃げられた。うぉっ、つらら、逃げる技術上達してんぞお前!?
「・・・・つらら?」
「そんな、捨てられた仔猫みたいな目をしないでくださいよ。用事があるだけなんです。すぐに帰ってきます。お利口さんに出来たらご褒美を差し上げますから、イイ子にしててくださいね」
 立ち上がったつららを見上げて名前を呼んだら、よしよしと頭を撫でられた。子供扱いかよ、いやそれとも猫扱いなのか、と抗議する間もなく、マフラーを巻きなおして羽織を纏ったつららが、部屋を出て行く。
 ちょっ、つらら、お前、もしやこれは放置プレイか!?バレンタインに引き続き、ホワイトデーも放置プレイなのかっ!?




「お待たせしました」
 用事を終えて私が部屋に入ってくると、リクオ様は、背中を向けていました。しっぽの先がぴこぴこ揺れています。
「リクオ様?」
 名前を呼んでも、背中はぴくりともしません(しっぽはぴくっと動きましたけど)。どうやら、気分が盛り上がってきたところで置き去りにしたので、拗ねちゃったみたいです。
 んもう、ワガママっ子なんですから!誰ですか、こんなワガママに育てたのは・・・・・て、私ですね。
 なので、私は、その責任を取ろうと思います。
 私は、裸の背中にぴとっとくっつくように座ると、リクオ様の部屋から持ってきた袋を開けました。
「リクオ様、猫化する飴は白い袋の飴なんですよね?」
「ああ。白い袋の飴だ。て、オイ!」
 振り返るのが遅いですよ、リクオ様。私は、止められないうちにと飴を一つ口に入れてしまいました。あ、この飴、見た目も触った感触も固いのに、口の中に入れると生キャラメルみたいにするっと溶けますね。面白いです。
 飴は速攻性。たちまち、頭がむずむずして、触ったら猫耳が生えていました。三面鏡で確認すると、毛色は髪と同じ蒼味かかった黒です。お尻の少し上から生えたしっぽは、寝間着の下なので色が確認できませんが、この分だと同じ色なのでしょう。
「・・・・つらら?」
「にゃん♪」
 拗ねていたのを忘れて、何が起こったのかわからない、という顔でこちらを見るリクオ様がおかしくてくすくす笑いながら、私は、先程と同じようにリクオ様のお膝の上に座りました。そして、猫耳を擦りつけるようにして、首筋にすりすりします。
「・・・・何してんだ?」
「マーキングですにゃん。この方は私のだって世の女に知らしめる為に、匂いをつけてるんですにゃん」
「『にゃん』て、オイ・・・・」
 内心では、調子に乗って呆れられたらどうしよう、という気持ちはあったのですが、どうやら、リクオ様は嫌ではないご様子。声は呆れた様子を装いながらも、しっぽがびったんびったん布団を叩いていますし、腕を回して抱き寄せてくださっていますから、気持ちなんかバレバレです。
「私たち、言葉が足りなかったと思いますにゃん。罠に嵌められるのは困りますけど、リクオ様がお望みでしたら、これぐらいならつきあいますにゃん。だから、その・・・・・」
 ここまで言って、私は言葉に詰まって俯きました。
 う。ううう。恥ずかしい。
 で、でも、リクオ様だって(きっと)ご自分の性嗜好を暴露するのは恥ずかしかったはずだから(にしてはノリノリだった気もするけど)、私もがんばらなくっちゃ!
 そう思っても、やっぱり目は合わせられませんけど、なんとか顔を上げて、口を開きました。
「リクオ様、つららとにゃんにゃんしましょうにゃん・・・・・」
 ああああ~~っ!恥ずかしい!リクオ様のバカバカ!なんなのこの台詞センス!信じられない恥ずかしいぃっ!?
 恥ずかしさで頭が沸騰しそうな私が、火照った頬を抑えて膝を抱えようとしたところで、ぽすん、と布団に押し倒されました。
 え?
 と驚く間もなく、獣のような荒々しいキスが降って来て・・・・・・ 




 こうして、ホワイトデーの夜、1ヶ月ぶりに、つらら猫は、リクオ猫に、がっつりみっちりしっかり愛されてしまったのでした。
 ええもう、そりゃあ、こってりと。







 3月15日の朝、駅から浮世絵中学へ伸びる道を、浮世絵中学の制服を着た少年と少女が、手を繋いで歩いて行く。
 真面目で温厚そうなメガネの少年と、マフラーを巻いた美少女は、通行人の目には、清く正しく微笑ましい男女交際の見本のように見えた。
 だが、その会話の内容は・・・・・・

「ナースプレイは?」
「・・・・・」
「じゃあ、ボクが白衣着て医者役でお前が患者役で、お医者さんごっこは?」
「・・・・・ううう。じゃあ、まだナースプレイの方が安全な気がするので、ナースプレイで。ただし、皆には見つからないようにしてくださいね」
「任せとけ!生クリームプレイは?」
「却下です。食べ物は大事にしてください」
「えー。どっちも、ちゃーんと残さずに食べるつもりなのに。じゃあ、ツインテールでロングのメイド服着てよ」
「それは服さえ調達してくださるなら、構いませんよ。他には何かありますか?」
「いや、まぁ、いろいろあるけど、つららは何か無いの?」
「えっ、わ、私ですか?」
「うん。ボクにして欲しいこと、ある?」
「・・・・・・・あの、その」
「何でも言って。叶えてやれるかはわからないけど、お前が好きだから、お前が何を望むか知りたいんだ」
「じゃ、じゃあ、今日の帰り、寄り道して一緒にアイスを食べたいです」
「それが、お前の望み?それだけでいいの?もっと何か無い?どっか行きたいとことか、買って欲しい物とか」
「いいえ。つららは、リクオ様が一緒に寄り道してアイスを食べてくださったら、十分幸せです」
「つらら・・・・!」
「リクオ様・・・・・」

 頬を火照らせて頬笑みを交わす2人は、容姿が整っているおかげでお人形のようで、とても可愛らしい。
 駅へ向かうサラリーマンや、他の中学生や、教師までもが、仲睦まじい2人の様子を温かく見守っている。
 だが、通行人もつららも知らなかったが、リクオは、「よーし、なら、今夜は、雪肌の上にアイスクリーム乗っけて舐め取るアイスクリームプレイだ!」などと考えていた・・・・・・




 リクオのおイタが終わるまで、まだまだまだまだ、少なくとも後500年ぐらいはかかりそうである。
 愛、それは、素晴らしくて、時に滑稽で、そして罪深いモノ・・・・
 

【おしまい】
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