コンテントヘッダー

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コンテントヘッダー

死に至る病

 スレイヤーズで、ガウリナで、ゼルもゼロスも出てます。
死に至る病




「ねえ、あたしと恋をする気はない?」
 あの頃より更に深みを増した色合いの瞳で、あの頃から変わっていないきつく人を貫く視線を投げかけて、彼女は朝食のメニューを問うような何気ない口調で言った。
 世界を紅く染める陽光の最後の一滴が、窓を背にした女の姿を縁取っていて、いっそ忌々しい程眩かった。  
 オレは、息を呑んだ。








 値段の割にサービスは期待できないがその代わりどんな人間でも泊めてくれる、そういう宿は大きな街には必ずある。
近年、周辺の山から貴重な地下資源が採掘されるようになって発達したこの街にも、そういう区画があった。以前はゼフィーリアとの国境というだけの意味しかなかった街は、たった数年でかなり発展していて、表通りに面した区画を見た時には整えられた印象を受けたのでどうかなとも思ったが、どれほど行政が表を繕おうとも、ここはその日仕事で雇われる人種の人間を必要とする鉱山の街、荒んだ区画は程なく見つかった。
 泊り客の素性を問わない宿を見つけ部屋に荷物を置き、宿の一階の飯屋で飯を食うために(飯には早い時間だったが)部屋を出た。もちろん、部屋に鍵をかけるし、剣と貴重品は持ち歩くし、荷物の周辺に魔法でトラップと警報をしかける。これは、あいつらと旅をする前から変わらない習慣だ。
 しかし、あいつらと一緒にいた頃は、宿のサービスと食事の水準にうるさいあの女がいたから、もっとマシでまっとうな宿を取っていた。もっとも、それでも荷物の管理は厳しくしていたが。
 拝金主義的な荒稼ぎ女の所持財産は、ほぼ魔導具に還元されていて素人には価値がわからない物だったろうが、魔法道具屋で換金すれば、城一つくらい使用人と調度付きで購入できただろう。オレの所持品など、ソレに比べればはした金だが、それでも、オレにとっては貴重な財産だ。
 今現在のオレの収入は、たまに街中で依頼される傭兵の仕事と、魔導士協会斡旋の仕事の報酬でまかなわれている。傭兵の仕事は見入りがでかいが、この見てくれだから滅多に周ってこない。むしろ、後ろ暗い仕事なら引く手あまただが、引き受けるわけにもいかんだろう。
というわけで、現在の収入は、協会斡旋の仕事が支えている。できるだけ、高度な専門知識を要する仕事か、危険で高収入(といっても協会斡旋ならたかが知れているが)な仕事を選んでいるが、それでも懐が豊かとは言い難い。
 そんなオレがこの町にやってきた理由は、もちろん観光などではなく、魔導書の閲覧のためだった。特殊な封印が掛けられていて10年に一度しか開くことが出来ない魔導書の噂を聞いたので、ダメ元で立ち寄ってみたのだ。閲覧許可は驚くほどあっさり取れた。
 本来、そんな貴重な魔導書の閲覧許可は、オレのような身元も風体も怪しい旅の魔導士に取れるはずはなかったが、すんなり取れたのは、単に以前共に旅をしたあの女、リナ=インバースのおかげだった。
 オレが魔導に携わるようになったのは、レゾにこの身体に変えられてからだし、基礎理論はレゾから直接教授されたので、協会に所属した経験は無い。だが、郷里の魔導士協会に大きな影響力とツテを持つリナは、いくつかの魔導研究レポートと引き換えに、適当な身分証明書と正式な紹介状を用意してくれた。いまだ10代の若さですでに稀代の魔導士と囁かれるリナ=インバースの正式な紹介状の威力は、協会内部に置いて圧倒的だった。この二つをもらって以来、オレは魔導士協会の恩恵を蒙っている。
 この二つをもらったのは、人類史に刻まれそうな伝説級のデカい事件がなんとか終わって、一足先にアメリアとシルフィールが聖王国に帰り、オレが独り旅を再開する意思を告げた翌日のことだった。翌朝、共に過ごした日々の濃度からすればあっさりし過ぎる挨拶を告げて宿を出て行こうとしたオレに、リナは二つの書簡を手渡した。
「あんたにもイロイロ世話になったし、一応、お礼のつもり。あたしと一緒に来るなら必要ないけど、独り旅なら役に立つはずだから。ま、大人しくもらっときなさいよ」
「・・・・・!」
 照れのために顔を背けて乱暴な口調でリナが手渡してきたソレを受け取った時、不覚にも、オレは感動していたと思う。リナが意外と世話焼きで仲間に対して筋を通したがることはよく知っていた。が、オレがこれ以上同行を望んだ場合も考慮してくれていたというのは意外だった。自分がリナの『世界』の範疇に含まれているというのは、思っていたよりも嬉しいことだった。
 だが、オレの沈黙を違う解釈で受け取ったらしいリナは、慌てて顔を上げて怒ったような声を出した。
「何よ、その驚いた顔!あったしだってねえ、これぐらいはするわよっ。面倒な事件は、あたしに関係して起こったことばっかりだったってことくらいはわかってんだから」
 礼や感謝が欲しかったわけではない。リナの事件にオレが巻き込まれたのはオレの意思だし、命を賭けて戦う羽目になったことは単なる成り行きに過ぎない。
「だが、オレがお前と旅をしたいと言ったのは、オレの意思だ・・・」
「そーよ。『あたしのせい』でも『あたしのため』でもないわ。あんたの意思よ。でもね、あんたは『あたしが行くから』着いて来て、手助けしてくれたわけでしょ。だったら、『あんたが行くから』あたしが手助けするのは当然でしょ。たかだか紙二枚分の労力だしね」 
 そう言ったリナが浮かべた鮮やかな笑顔は、今も記憶に焼きついている。
 マヌケにも宿屋の廊下でらしくない感傷に浸りかけたオレは、首を振って頭を切り替えた。
 らしくない。
 あいつらと別れてから、もう一年近くになる。子供じゃあるまいし、寂しいなどと言うつもりもない。それに、今どこにいるかわからなくても、躊躇い無く背中を預けられる人間がこの空の下にいることを知っている。あいつらに出会う前に感じていた世界に拒絶されているという焦燥は、今、どこにもない。
 幸福について語る言葉は持たないが、おそらく、オレは不幸ではない。
 やけに軋る廊下を、この岩の身体で踏み破らないよう(オレは普通の人間より硬くて重い)注意しながら歩いて階段に脚を踏み出したオレは、・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・落ちた。
 ずざっずどぉおおおんっ!!
「やっ、ちょっと何やってんのよゼル!大丈夫!?」
 勢いよく階段を落ちて一階の床を踏み抜いたオレに駆け寄ってきたのは、オレを死ぬほど驚かせて階段を踏み外させた張本人、リナ=インバースだった。







「いっやー、あんたがあんなドジするとはねえ。ホント、お茶目になったもんだわ。出会った頃とは大違いよね」
 飯屋の向かいの席に座った女は、宿屋の主との床の弁償金額についての交渉を終わらせてから、芋のグラタン、茸のリゾット、プレーンオムレツ、4種のチーズのピザ、コーンクリームコロッケ、野菜炒め、グリーンピースのポタージュスープ、胡桃入りのパン、大根サラダという(この女にしては)軽い食事を取ってから、香茶を啜っていた。この女の半分くらいの量の食事を取ったオレは、目深にフードを被ったまま向かいの席でコーヒーを味わう。
 柔らかそうな栗色の髪、小柄で華奢な体付き、よくしゃべる抑揚のある高い声、目まぐるしく変わる表情、それらは別れた時と少しも変わっていなかった。彼女がその場にいるだけで、場の空気が変わる。気温が上昇して重力が軽減され気圧が下がり沸点が下降しているのではないだろうか。
 彼女と共にいると常に、この冷たい岩の体の奥に流れる血流の熱さを自覚する。
「あんたは変わらないな。特に、そのむ・・・・・・い、いや、少し変わったかな」
 オレが言い換えたのは、彼女の右手が椅子を持ち上げようと動いたからだけではない。
 本当に、そんな気がしたからだ。
 呆れる程賑々しく周囲にエネルギーを発散するその在り方自体は魔王ですら干渉不可能であったが、面立ちは別れた頃よりか少しだけ大人っぽくなっているし、なにより黄昏よりもまだ紅い瞳が宿す色が奥行きを増していた。身体つきも、華奢なことは変わらないが、どこがどうとは言えないがどことなくその身体の曲線が以前より優美になっていた(相変わらず胸は無いが)。
 その変化は、単に10代後半の女性は変化が著しいというだけでは言い切れないものがあって、オレは、この女がオレと別れた後もでかいヤマを乗り越えてきたのだろうと推測した。
「まーね。あたしは日々、天才美少女魔導士から超天才美女魔導士への道を邁進してるから。それに、イロイロあったしね」
 言って、少し憂いを帯びた仕草で髪をかきあげたリナは、柑橘系の果実で香りをつけた茶を飲み干す。
この女はどことなくアンバランスで、絶妙なバランスを保っている。
その内に宿る力、その揺ぎ無い在り方、その眩い輝き、それら全てを内在させ得るにしてはその身体は余りに華奢だ。その上、その明晰な理解力、豊熟な知識、冷静な判断力、老獪と言っていいだろう応用力、なによりその折れぬ意思、それらを矛盾無く並立させる精神にはどこか、幼いところがあった。
その肉体と精神は成熟しつつあるが、それでも、いつまでも、立ち止まることを選ばずに崖を転がり落ちるような加速度を感じさせる。熱狂と冷徹を併せ持ち、停滞することの無い鮮烈な輝き。魔王にすら屈しない女は、かくも複雑な要素がバランスを保つことによって成立している。
一見したところ矛盾して見えるいくつもの秩序を内に許容しそれでもその秩序の内側に収まることが無い、混沌。
あまり見入り過ぎると、その混沌に引きずり込まれる。
「ああ、そのようだな」
 オレは、視線をやや下方に逸らす。リナは、見つめ続けるには強烈過ぎる。
「ま、過ぎちゃったことは過ぎちゃったことよ。それより、あんた明日あの魔導書の閲覧許可取ってるんでしょ。あたしも一緒に見たいからついてくわよ」
 オレの都合も意思も尋ねずに断言するリナの傲慢さは相変わらずだ。
他者からそのような物言いをされたなら、相手が何者であってもオレの性格上苛立ちを感じるだろうが、この女の場合は別だ。力を伴わない愚者の傲慢はかえって卑小さを明らかにし、力ある貴人の傲慢は鼻持ちなら無いが、この女の傲慢は、その有り余る引力のせいで、オレを巻き込まれてやりたいような気にさせる。
「わかった。だが、朝早い時間だぞ。遅れずに来いよ」
 閲覧可能なのは、10年間に一日だけ。なので、協会は閲覧希望者に時間制限を設けていた。オレが取った予約は、明け方と言っても差し支えない時間帯だ。
「あ、ならあたしここに泊まるわ。そしたら、万一寝坊しかけてもゼルが起こしてくれるでしょ」
 あっけらかんとそう言い放ったリナは、デザートの檸檬メレンゲパイとグレープフルーツのシャーベットとオレンジとクランベリーの二色ゼリーの追加注文のついでに、部屋を取りに席を立ってしまった。
 後には、頭を抱えたオレ独りが残された。
「おいおい・・・・・・」







「で、どこまで話を逸らし続ける気だ?オレはお前が話をするに値しないか?」
 オレが本題を切り出すことが出来たのは、隣室に荷物を置いたリナがオレの部屋に尋ねてきてからだった。この季節は日が長い。だいぶ早めの夕食を終えて部屋に帰ると、ちょうど黄昏時だった。ベッドに腰掛けマントとフードを取ったオレに対し、部屋に一つしかない椅子にラフな姿勢で腰掛けたリナは、怪訝そうな顔をしてみせる。
「なんのことよ?」
 オレの聞きたいことが何かなどとっくにわかっているくせに、そんな風に言う。
 リナは度々嘘をつく。
 リナの嘘は、戦術的戦略的作戦に基づくものか、金銭交渉上の便宜を図るための嘘がほとんどだが、時に、自分に益の無い嘘をつくことがある。
 意地っ張りなのだ。要するに。
「しらじらしい台詞を吐くな。ガウリイの旦那はどうしたと聞いているんだ」
 だがしかし、今更オレが騙されてやる義理は無い。
 客層のよくない飯屋で問い詰めるのは勘弁してやったが(リナ=インバースの名は尾鰭背鰭胸鰭つきで有名だ)、追及の手を休めるつもりはない。
 それほどに、ガウリイ=ガブリエフがリナ=インバースの側にいないのはおかしなことだ。
 ガウリイがリナに出会ったのは、オレが出会う一日ほど前で、最初奴はリナのことを見るからに子ども扱いしていたが、あの、かつてレゾであったモノとの最後対決の直前にリナがオレたちに入れた活で、目が醒めたような顔をしたのをよく覚えている。アレは、オレにとっても、根底を揺さぶる一撃だった。
 最初の事件が奇跡的に終わりなんとか生き残った後、ガウリイはリナについていく(リナは光の剣のおっかけだと言っていたが)ことを、すでに当たり前のように決めていた。リナに近づき過ぎて引力に惹かれ、もはや脱出不可能になっていたことは見て取れた。
 かろうじて脱出可能だったオレが辛くもリナの引力から逃れて独り旅立ち、再び事件に巻き込まれて二人に再会した時、ガウリイはもはや還れない所まで来ていた。エリシエル=ウルムヴンの凶刃に倒れたリナが回復魔法を受けている間、あいつの浮かべていた表情はどうしようもなかった。ああ、この男はもう逃れようという気すら起こさないだろうなと、そう思った。
 リナの引力は無差別に人を巻き込み、麻薬のように酔わせる。あまりにも鮮やかで強烈な光が、紙一重で刃を避けるスリルを歓喜に変換し、魔力の迸る瞬間に快楽を感じさせ、倒れ伏す敵の姿に勝利感を覚えさせる。
共に旅をしたアメリアは、王女として産まれ教育され王族として十分な自負とそれに見合う能力を有しており、人の上に立つことに慣れていたが、それでも、結局オレたちのリーダーはリナでしかあり得なかった。獣王配下の獣神官も、人間など虫けらほどにも認識していないはずの高位魔族であるのに、リナに『意思』があることを認めていた(自覚していたかどうかは知らんが)。オレも、最後にはリナがどうにか片をつけてくれるということを、疑いもしなかった。
そして、誰よりもそんなリナに魅せられていたのが、ガウリイだった。
 そんな男がリナを独りでいさせているのは、おかしい。なんらかの用事や手違いで二人が離れているのならば、聞くまでも無くリナの口からオレに説明があるはずだ。それがないというのは、リナが意図的に話さないでいるということだ。
「あたしとあんたが別れたのは一年近く前、そして今、あたしは独りであんたの前に現れた。答えにならない?」
 嘘を紡ごうとしているのにまっすぐこちらを見据える視線には怯む色などなかったが、つき合いの長いオレには隠し切れない苛立ちが見えた。リナを不利益に導く嘘は、リナを苛立たせる。
「ならんな。理由はいくつかある」
「言ってごらんなさいよ」
 口の端を持ち上げて倣岸な表情を作る。
 どこまでも攻撃的で挑発的な女だ。
 といっても、リナは戦術的撤退を知らないわけではない。勝算の無い戦いに捧げるロマンチシズムを持ち合わせない女なのだ。だから無理な嘘を押し通そうとしていると言うのは、ただ単に、オレに甘えているのだろう。
「まず、あんたの様子を見た感想としてガウリイは死んではいない。死んでいないガウリイには、あんたの側にいない理由が無い」
 オレは、ガウリイが冥王に攫われた後の彼女の様子を克明に記憶している。あの時、その輝きが翳ったとは言わない。その引力が減じたとも言わない。けれど、テンポがよかったはずの必勝のリズムが崩れ、掛け違った歯車が軋んでいた。暴力的なまでの輝きと凶悪な引力を有したまま、華々しく砕け散ってしまいそうだった。
 儚さなどという薄っぺらい言葉一つでは説明できない、酷く凶悪なことに周り中を巻き込み死に至るだろう病の、冷えた感触がそこにあった。
 今は、無い。
「ガウリイがあたしに嫌気が差して逃げたとかいう選択肢はないわけ?」
 リナが、嫌そうに眉を顰める。
「赤の竜神と赤眼の魔王に誓って、それはあり得ないな」
「あたしがガウリイのこと嫌になったから別れたという可能性は?」
 それもまた、あり得ない可能性だ。あの事件の時に魔王の腹心が迫った選択とリナの応えとを、おぼろげながらも理解しているつもりのオレには、わかっている。
「そんなつまらん嘘はオレに通用せんだろう。魔竜王に対峙してすらあんたの盾になることを躊躇わなかった男が、『嫌になった』なんていう見せすいたあんたの嘘で怯むはずもない」
「どうして嘘って決めつめるのよ。世界は流転し続け、人の心は変わるわ」
 賢いリナは、人をやり込める時にもっぱら正論を吐く。正論は確かに強力で防御力が高いが、いかんせん一撃必殺の攻撃力に欠ける。
 人の心を一番射抜くのは、いつだって正論などではない。
「でも、もうあんたは選んでるんだろ?」
 オレは切り札を出す。
 リナとてオレが察していることくらいわかっていただろうが、それでも、こう真正面から直球を投げられると避けようが無いようだった。
「・・・・・・・っ!!」
「だから、いい加減話せ。お前がオレに声を掛けてきたのはオレに用があったからだ。つまり、オレはお前の役に立てる男だということだ。違うか?」
 少し、語調を和らげる。
 結局、オレはリナに甘い。保護者などと自称していた男とはまた違った形で。
 オレは、リナに、一種の強い憧れを抱いている。ごくごく純粋で根源的な、『強さ』や『走り続けること』に対する幻想をリナが体現していると、勝手に思っている。
 故に、時折彼女の勢いを減じるようなことを言ってみても、実際にはオレの慎重論など吹き飛ばして突き進んでくれることを期待しているところがある。
 彼女のワガママには、付き合えるだけ付き合ってしまう。その代わり、オレの許容量を越える事態に対しては、身を引いてしまう。彼女を変えようという気は微塵も抱いたことはなく、どこまでも彼女についていって自身の許容量の卑小さを曝け出すつもりもない。
 要するにオレも意地っ張りなだけだ。彼女にとって役に立つ男と見られていたいだけなのだ。くだらない見栄と言わば言え。
「違わないわね。確かにあんたはあたしの役に立てる男よ。そうね、というわけで一つ提案があるんだけど、聞いてもらえるかしら?」
 リナはオレの機嫌を取るのが上手い。オレと彼女のスタイルにはどこかしら似通ったところがあって、オレのポイントをリナは承知している。
「聞くだけは聞く。言ってみろ」
 不意に椅子から立ち上がったリナは、数歩歩き、開け放たれた安物のカーテンの向こうに燃えるような夕陽が覗く窓を背にして立った。
 そして、言った。
「そ。ならゼル、ねえ、あたしと恋をする気はない?」
 !!!








 思わず息を呑んでしまったオレは、まだまだ未熟者だ。気づかれぬように深呼吸してから、できるだけクールな声を出す。
「・・・・・・・オレはまだ、死ぬには早い気がするのだが」
 リナの引力に巻き込まれ混沌で息絶えるのも、ガウリイの剣でまっ二つにされるのもゴメンだ。オレは、人の姿に戻ってから死ぬと決めているのだ。
「しっつれいな言い種ね。こんな美少女からのお誘いになんて答え方すんのよあんた」
 腕を組み怒った表情のリナは確かに美しい。揺らめく炎や照りつける太陽や逆巻く嵐や閃く雷のような美しさだ。つまり、触ると祟りあり。
「崩霊裂に匹敵する精神攻撃だった。腕を上げたな、リナ」
 祟りがあるのは重々承知だが、人間は禁止事項を破る誘惑に勝てない。オレは、ニヤリと笑みを浮かべて親指を立ててみせる。密かに全身に力を行き届かせて呪文攻撃に備えながら。
「あんたムカつくわねっ!いっぺん竜破斬でぶっ飛ばすわよっ!?」
 おや?
 リナは肩を怒らせて詰め寄って来るが、呪文はぶちかまさなかった。珍しいこともあるものだ。
「遠慮しておく。それは旦那の特権だろう」
 有無を言わさぬ呪文攻撃の第一陣を喰らわないならば、リナの攻撃をかわす手はある。照れ屋なリナを照れさせればいい。
 案の定、耳まで真っ赤に染まったリナは、ぷいっと顔を背けて足を止めた。
「・・・・・あーもう、あんたってやな奴でイイ男ね。はいはい、話すわよ。あたしたち一緒に旅をしてたんだけどイロイロあって、あたしもイロイロ思うところがあったりしたのよ。で、ガウリイはあたしの隙を見逃さないから、すかさず優しくしてくれちゃったりして、ゼフィーリアに行きたいとか言ってくれちゃったりして、ついにあたしも年貢の納め時かなーという感じになったのね」
 随分大雑把で迂遠な表現の説明だが、照れ屋なリナにしてはかなりの譲歩だ。具体的にどの程度まで進んだのかはわからんが、お節介など程遠い性格のオレでもさすがに気になるほど微妙な関係だったのが、前進したのは確からしい。
「要するに、やっとガウリイの旦那の想いが通じたと言うことだな。めでたいことだ」
 微妙と言っても、ガウリイの気持ちはだいぶと前からどうしようもなくはっきりしていて、あいつは、恐ろしく気長に、だがしかし他者の追随を許さないレベルでもって、こういう方面には奥手すぎるリナを待っていた。だから後は、リナがいつ、ガウリイの気持ちを受け入れられる状態になるかというだけの問題だったんだが。
「えっ。ヤだゼル、ガウリイの気持ち知ってたの!?」
 ずるっゴスッ!!
 リナの言葉に、オレは腰掛けていたベッドから滑り落ち、床に転がり落ちた。針金状態の髪が、木製の床に刺さる。
「・・・・・・気づかなかったのは世界中でお前くらいだ。オレもアメリアもシルフィールも、コピーレゾもズーマもゼロスも黄金竜の長老も、ラルタークもガーヴもフィブリゾも、泊まった宿屋の女将も飯屋のウエイトレスも通りを歩く子供も、みんなそれくらい気がついていただろう。お前達は魔族の間で有名だから、ある程度以上の魔族にも全て知れ渡っているだろうし、お前達がこれまで関わった仕事の関係者も全員気づいているだろう」
 やけに深く刺さってしまった髪は、なかなか抜けない。こういう時、この身体はすごく不便だ。エルメキアの砂漠を歩いている時は自重で沈みそうになった上に岩の部分が熱せられて夜になっても熱が取れなかったし、人ならば浮くはずの海ですら沈むし、筋肉痛になってもマッサージもできない。
 ずるるっぼふっ!
「ンなっっ何よソレぇぇ!!」
 脚を滑らせてベッドに倒れ込んだリナが真っ赤になった顔を上げる。
「お前はひどく聡明だが、ある種の物事において、恐ろしく鈍感なところがあるというだけのことだ。それよりさっさと続きを話してくれ。ガウリイの気持ちを受け入れてそれからどうしたんだ?目も当てられないようなバカっぷるになって周囲に新しい種類の破滅をもたらしたのか?」
 なんとなく嬉しいような気分になって、床に突っ伏したまま珍しく冗談を飛ばす。オレはリナに憧れていたし、それもまたガウリイやアメリアやゼロスなどからしたら周知の事実だったろうが、その気持ちはガウリイがリナに抱いていた感情とも、いささか趣きが違う。
 だから、旅の連れであった男の気持ちが成就したことを、微笑ましく思える。
「ちょっとぉ、あたしそういうの苦手なんだからからかわないでよ。あーもうっ。と、ともかく、まあそういうふうになっちゃって、あたしもそれでいいかな~と思ってたんだけど、でも、そうなったらなったで新しく問題が派生しちゃったのよ。や、ちょっと早過ぎかなーとは自分でも思ってるんだけど、こればっかりは人知の及ぶ範囲じゃないし」
 リナは、パタパタと手で耳まで赤くなった顔を仰ぎながら、明後日の方向を見つめて話を再開したが、オレには話が理解できなかった。穏便にこの髪を引き抜く方法も見当がつかなかった。
「話がよく見えんのだが・・・・・」
「つまりぃ、あたしたちの関係は新しい局面に突入しちゃってて、それで問題が出来たの!で、あたしはその問題を解決・・までは無理だけど、期間限定でなんとかしようと思って、それで、賭けをすることにしたのよ」
 さっぱり話がわからんが、これ以上ツッコんで聞いても、リナは照れるばかりでまともに話してはくれないだろう。さっさと全体像を把握してから細部を埋めればいい。
「誰と?どんな賭けを?」
 頭皮から抜いてしまわないように慎重に床に刺さった髪を引っ張っていると、リナの返事が返ってきた。
「ゼロスと、あたしの存在を賭けた賭けを」







「ゼロスっ!?」
 慌てて身を起こすと、床に突っ立ったままの髪が数本頭皮から抜けた。だがしかし、床に突っ立った髪などに構っている余裕は無い。
「そ。しばらく前にあいつと再会して、イロイロあって、それからもマークされてたみたいで、割にあっさりと呼び出せたわよ」
 焦るオレとは対照的に、リナはもう、冷静ないつもの顔に戻っていた。沈みきった太陽は余韻を残しながらも夜に大空の支配権を譲渡しようとしており、リナの髪を昼間より鈍い色に見せていた。
「リナっお前正気か!あんな奴と一体どんな取引を・・・・・・」
「あたしはこの上もなく正気よ。賭けは契約の形で為されたわ。あたしが勝利した場合、ゼロス及びその他の魔族はインバース家の人間に2年間手出しが出来ない。ゼロスが勝利した場合、あたしを魔族に出来る、という賭けね。魔族と言っても、あたしに魔族を憑依させて融合させるとかじゃなくて、契約の石を使って不老不死の状態にするっていうだけだから、ゼロスにしてみれば、だいぶ譲歩した賭けよね。あたしのこと野放しにしとくのは危険だけど、あたしはこの世界のありとあらゆる相手に対して絶対的な切り札になり得るからね。あたしの力を減じさせることなくあたしが魔族に敵対しないようにしようとしたら、そういう形になったみたいよ」
 リナは、あまりにもすらすらと淀みなく語った。その真紅の瞳には、全く迷いや躊躇いといったものを見出せなかった。
「・・・・・・他人事のように言うな。お前、いったいどんな勝負をするつもりなんだ?」
 情けないことに、オレは声が震えそうになった。リナの強さを疑うつもりはない。だがしかし、魔王の腹心の次に力ある魔族である、獣神官ゼロスを侮ることは、決して出来ない。ゼロスは、力があるだけの魔族ではない。あいつの最も恐ろしいところは、よく人の心が見えて、それを上手に操ることが出来ること。リナは確かに図抜けて頭の切れる女で、たかが人間と思って油断した魔族連中を出し抜く姿は何度も見たが、ゼロスは決して油断しまい。
 ある意味で、奴は最も勝算の薄い敵だ。
「他人事よ。だって、試されてるのはガウリイだもの」
 事態の深刻さがわかっていないはずがないのに、リナの態度には焦りが見えない。小首を傾げてから、軽く肩をすくめる。
「は?」
 オレの声はやけにマヌケに響いた。
「勝負の内容は、以下の通り!
① 新月の夜、ゼロスが、あたしと出会ってからのガウリイの記憶を全て封じる
② その夜の内に、ゼロスがガウリイをあたしと最初に出会った街道に放り出し、あたしを適当な場所に移動させる
③ あたしは決してガウリイを探してはならないし、魔法も使ってはならない。ゼロスもいかなる手段であっても、ガウリイに干渉してはならない
④ ガウリイは満月の夜が明けるまでにあたしを探し出し、あたしにキーワードを告げなければならない」
 リナは指を1本ずつ立てて説明してくれたが、俺にはさっぱり訳がわからない。
「ま、待て。ガウリイはなんでそんな勝負を受けたんだ?それに、いくらゼロスとはいえ記憶を封じるなんてことが本当にできるのか?キーワードってどういうことだ?」
「落ち着きなさいよ。順番に答えるわね。ガウリイにこのルールを説明しないこともまた勝負の規約の一部だったから、ガウリイは何にも知らないまま巻き込まれたわ。記憶を封じる術は、相手の了承を得て期間限定なら可能なんですって。だからあたしはガウリイに、『今からゼロスがあんたに術を掛けるけど、それは最終的にあたしのためになる行為なの。あんたがあたしを信じてくれると言うのなら、術をかけられることに同意して』と言ったわ。ガウリイの返事は予想通り、『リナのよいように』。キーワードはゼロスとあたししか知らない。それを他人に教えることもまた、不可。以上よ。他に質問ある?」
「・・・・・・・・・勝算は?」
 オレの声が低く渋いものになっていたとしても、止むを得まい。リナの賭けは、あんまりにも無茶苦茶だ。
 まず、ガウリイの記憶が満月までに戻るかどうかわからない。そして、記憶を取り戻せたとしても、満月までにリナを探し出せないかもしれない。何より、ゼロスとリナしか知らないキーワードをどうやってガウリイが知ることが出来るんだ?
「あんたよく知ってるでしょ。あたし、負けるつもりの勝負なんてしない女よ」
 少し顎をそらしたその偉そうな態度はいかにもリナらしく、これが他の場面ならばオレも懐かしさを感じて見ていられただろうが、この切迫した場面でのこの態度に、正直苛立ちが込み上げた。
 リナの意図が、さっぱりわからない。
 リナは、魔族の挑戦に怯む女ではないし、むしろ、魔族の側からすれば騒動に勝手に首を突っ込んでくるのはリナの方だろう。この先一生魔族と係わり合いになりたくないのならば、リナの提示した『2年間』の意味がわからない。2年後ならば魔族と戦えて、今は魔族と戦いたくない理由とは何だ?
「・・・・・ガウリイを試してるのか?」
「なんで試さなくちゃならないの、バカバカしい。ただ、あたしに選択権があるようにガウリイにも選択権があるというだけのことよ」
 世界はゆるゆると夜の帳に包まれつつある。窓の外には薄い霞のような雲がかかっている。明かりも灯していない部屋の中、猥雑な喧騒が始まりつつある裏通りからの僅かな光は、リナの白い頬を陶器のような硬質な質感に見せる。爆ぜる炎のような瞳の真紅は、深く沈んだ色合いに見える。
「もしガウリイが期間内に思い出せなかったら?思い出せてもお前に追いつけなかったら?キーワードを探し出せなかったら・・・・・どうするんだ?」
 思いもしなかった事態に動転したオレは首を振り、うめくように呟く。
「思い出さないなら、思い出す必要がなかったということよ。その場合、あたしはあんたに一つ伝言を頼みたいわ。思い出せても追いつけなかったりキーワードが見つかんない場合は、二つ頼みたいわね。だからあたし、あんたに会いに来たのよ」
 リナは、いっそ小憎たらしいほど鮮やかに笑んだ。その鮮やかさにオレはリナらしさを感じ安堵しかけたが・・・・・・・・・・窓の外に視線が釘付けになる。薄い靄のような雲は風に吹き散らかされてしまった。星々を威圧するように晧々と光を放つ天体の姿が、限りなく球に近くて!
「リナ、月が・・・・!」
「ええ、今夜が満月よ。だから、あんたがもしよかったら、夜明けまであたしにつきあってくれない?」
 微笑むリナは、胸が痛くなりそうなほどに美しかった。







「賭けをチャラにする方法はないのか?」
 別れた頃とは違うやけに落ち着いた仕草で椅子に腰掛けたリナとは対照的に、オレはずっとイライラと窓辺を歩き回っていた。みっともないのは重々承知だが、落ち着いていろという方が無理だ。月はもう、天頂を通り過ぎていた。夜明けまで、あと何時間もない。
 だというのに、ちらちらと揺れる机の上の明かりを見つめるリナの瞳は静かで、その表面で炎の影だけが踊っている。
「思いつかないわね。う~ん、ゼロスを倒すか、北の魔王を倒せたら賭けはチャラになりそうだけど。今のあたしには無理ね」
「なんとかゼロスを出し抜いて・・・・!」
「ムダだって。だってゼロス聞いてるもの。そうでしょ?」
 軽く目を伏せてリナがそう言うと、リナの背後に瞬時に闇が生じ、人形を取った。
「はい、そうです」
 黒髪、貼り付けたような笑顔、その奥の硬質なアメジストの瞳、ありふれた神官服、宝石の護符に似た石が埋まった杖、いやに人間らしいくせに違和感を抱かせる仕草。
そこにいたのは、紛れもない獣神官ゼロスだった。
「貴様ぁっ!!」
 吼えるオレを、リナが腕だけで制止した。調子に乗った人外は、宮廷儀礼の手本にしてやりたいくらい洗練された仕草でリナの手を取り、嘯く。
「いやあリナさん、今宵もまたお美しいですね。窓の外をご覧になられましたか?あなたには及ぶべくもないとはいえ、美しい満月ですよ。全く、あなたと僕の記念すべき夜に相応しい。おや、お久し振りですゼルガディスさん」
 リナは嫌そうにゼロスの手を振り払った。
「あんた、ストーカーも大概にしときなさいよ。高位魔族ってそんなにヒマなわけ?」
「いえいえ、もちろん忙しいですよ。でも、規約により、僕の方もガウリイさんの様子を知ることができませんからね。だったら、リナさんに構っていただこうと思いまして」
 昏い紫の瞳が湛える色は、確かに愉悦だった。魔族の感情が人間と大きく隔たっていることは承知しているが、それでも、こいつが心底この状況を楽しんでいることはオレにもわかった。単純で直接的な手段をとることが出来るだけの力を有していながら謀を好むこの魔族は、謀をよく読み時にかわすことができるリナ=インバースという人間の手応えに悦楽を感じている。
 奴は奴なりに、リナを稀有な人間だと認識しており、それ故に破滅的な執着を抱いているのだろう。
「なんか、ホント、ヤだけど、あんたってあんたなりにあたしのこともの凄く好きよね」
 一つため息をついてからリナが告げた言葉は、その眼差しと言葉と声のせいでいやにオレの胸をついた。ゼロスが、軽く眼を見開く。
 幼子に他愛もない世の摂理(林檎は木に成るだとか、1足す1は2だとか)を説く時のような、眼差しと声の温度。自らの存在を賭けた賭けのラストステージにいるはずの女としては、あまりにそぐわぬモノであった。
 優しさに似て。慈愛に似て。諦めには似ておらず。
 憑かれたような眼差しでリナを凝視するゼロスの口から、言葉が零れ出す。
「僕は・・・・・・・」
 その先を聞くことはかなわなかった。
「リナっっ!!!」
 闇を祓う力強い声と、階段を駆け上がる騒々しい足音。リナの頬に光差すような笑みが浮かぶ。
「来たわね」
 賭けの主役、ガウリイ=ガブリエフの登場だった。






 
「リナっそこにいるのか!」
 ばたんっっ!!
 扉を弾き飛ばしそうな勢いで開け放った侵入者は、オレやゼロスの存在に露ほども意識を払わずに、ただ一直線にリナの元へ向かおうとした。
「ストップ!!そこで足を止めなさい!!」
 何時の間に立ち上がったのか、部屋に背を向けて窓辺に立つリナの声が、直進しようとしていた男の足を止めた。
「リナ?」
 足を止めたガウリイは、別れた頃と変わらぬ恵まれた体格と長い金髪のまま、熱に浮かされたような表情を浮かべていた。その熱を、一心に、窓辺に立つ華奢な後姿に視線を注ぐ。
「おいリナ、いったいどうした・・・・」
「リナさん、規約は覚えておいでで・・・」
「ゼルもゼロスも黙って。規約は覚えてる。あたしは今からガウリイに大事な話があるの」
 リナはそこで一度言葉を切った。そして、気圧されて黙り込んだオレたちに邪魔をする意思がないことを確認してから、一語一語選んだ言葉を放った。
「ごく正直なあたしの感想を言うわ、ガウリイ。二度は言わないから、よく聞いて」
 オレには、リナが何をしようとしているのかがわからなかった。月はもう、かなり低くなってきている。どういう経緯があったかは謎だが、記憶を封じられたはずのガウリイは、見事リナを見つけ出した。だが、まだキーワードが残っている。リナとゼロスだけが知るキーワードは、ガウリイに教えることができない。なのに、賭けの刻限である夜明けは刻々と近づいているというのに、この期に及んで『大事な話』とは何だ!?
 けれどもオレは、焦燥を押さえる。リナ=インバースに意図がないはずがない。リナはいつだって、勝つつもりで戦う。オレにできるのは油断なく身構えリナの意図を推理し必勝を信じることだけだ。
 奥歯を噛み締めて黙っているオレの前で、リナはしっかりした発音で言葉を紡ぐ。
「ガウリイ、あんたにはどこか欠けているところがあったわ。あんたは最初会った時からずっと、大きくて優しくてあたしを守りあたしを支え決してあたしを見捨てずあたしについてきてくれて、今もあたしを探し出してくれたけれど、それは優しさや友愛だけではないわね。もっと切実に、あんたはあたしを必要としていた。人間誰しも欠けた部分があるわ。それは悪いことですらなくて、当たり前のことよ。そして、あんたはその欠けた部分をあたしの存在によって補っていた。あたしを無くしたらあんたという人間が成立しないほどにね」
 リナが告げたのは周知の事実だった。それほどに、ガウリイはリナを必要としていた。ガウリイが命を賭けて守る代価が『リナが生きていること』で充分すぎるほどだったというのは、誰でも知っていた。
「リナ、俺は・・・・・」
「いいから黙ってききなさい」
 ガウリイの言葉をリナがピシャリと遮る。オレは、親の前で叱られるのを待っている子供のような情けない顔をしたガウリイから意識を外して、眼前で食い入るようにリナを見つめる魔族に意識を集中する。リナは、何かをしようとしている。勝つために。ゼロスはそれを邪魔するかもしれない。
 否、オレが邪魔させない。
 リナの言葉はまだ続く。
「あたしは・・・・あたしは、いつしか気がついていたわ。あんたの『理由』は全てあたしだってことを。だから、あんたがいつまでもついてきて絶対に味方でいると安心してた。そして同時に恐ろしかった。いずれあたしがあんたを殺すだろうと思ったから。あたしは断崖絶壁の坂道を走り続けるような女よ。障害物なら砕くか避けるかするけれど、自ら立ち止まることはできないわ。止まろうと思うことも、できない。水溜りにつっこんで泥だらけになっても走り続けることを、絶対的に選んでいるわ。そんなあたしにあんたはついてくる。これまではよかった。今もいい。でもいつか、あんたは足を踏み外して崖に落ちるかもしれない。・・・・・・・そう、あたしの存在があんたを死に導くのよ」
 それは、オレもアメリアもシルフィールも薄々わかっていたことだった。リナは、逆らい難いエネルギーに満ちた混沌だ。不用意に覚悟もなく引き込まれると死を与えられてしまう。
「リナ、それは違う。リナ・・・・・・」
 だが、リナを溺愛するこの男に真の意味で『生』を与えたのもまた、リナだ。そして、リナはオレに光を与えた。
 眼前の魔族は意外なほど大人しくしている。この場に満ちる負の感情を喰らっているのだろうか。それとも、自身がリナから与えられたモノに想いを巡らせているのだろうか。
「何にも違わないわっ!あたしが危険な場所に行くから、あんたがついてくる。それであんたが死ぬかもしれないとわかっていても、あたしは止まる事が、・・・・・出来ない。出来ないのよ!あんたをどれほど愛していても!あたしはあたしのモノで、あんたのモノになってあげることができない。きっと、あんたは・・・・あたしに恋をするべきじゃなかったんだわ。この恋はあんたを死に至らせる、性質の悪い病よ。治療方法はないわ。病んだ部分を削ぎ落とすしか、あんたが生き残る道はないの」
 声を荒げたリナが身体を縮込めるように背を丸めた時、オレの身内に抱きしめてやりたいという衝動が閃くように走ったが、なんとかやり過ごす。それは、この言葉を向けられた男の仕事だ。
 オレにはわかっている。絶対的にリナを選ぶわけではないオレを、リナは選ばないということを。リナが選んだのは、世界よりもリナを選ぶ男。だからリナも世界よりその男を選んだのだ。
 わかっている。この衝動はかつて感じた感動の遺物だ。あやふやな、淡い影のようなものだ。そんなものにオレを押し流すだけの力はない。
 だから、すぐさま数歩進んでその太い腕の中にリナの小さな身体を閉じ込めたガウリイに、素直な賞賛を贈ることができる。足りなかったパズルのピースが埋まったかのような充足感。
 思うに、今夜リナと再会してからのオレは、これが見たかったのだ。
「違うって言ってるだろ!聞けよ、リナ!俺は幸せなんだ。ああそうだ、俺は病んでいる。すっかりお前に侵されてるよ。でもそれで、幸せなんだ。お前はお前のモノでいいんだ。俺がお前のモノなだけだから。独りで生き残ることは、俺にとって幸せなんかじゃないから。だから、死に至る病なら、俺は死ぬまで抱えていくぞ!」
「!!!」
 カッシャァァァン!!
 リナを強く抱き締めたままガウリイが叩きつけるように叫んだ言葉が空中に放たれた途端、作り物めいたゼロスの面に本物の驚愕が浮かんだ。ゼロスの手にした杖に嵌っていた石が、粉々に砕け散っていた。そして、見る見るうちに大気に溶けて消える。
「あたしの勝ちね、ゼロス」
 ガウリイの腕の中で振り返ったリナの顔には、見慣れた勝ち誇った笑みが浮かんでいた。








「あーあ、もう少しでしたのに。僕はとっても残念です」
 ゼロスはもう、いつもの調子を取り戻していた。わざとらしく肩を竦めてため息を吐く。
「あたしはとっても満足よ。規約は一切破っていないわ。あたしはガウリイを探さずにゼフィーリアに向かったし、ゼルにもガウリイにもキーワードを教えていないわ」
「・・・・・どういうことだ?」
 オレは、うめくように呟く。今この場で賭けが終息したことは理解できたが、どうしてそうなったのかはわからなかった。
「つまり、キーワードは『死に至る病を死ぬまで抱えていく』よ。あたしは、直接的にその台詞を言ってないでしょ。ね、規約の範囲内♪」
「俺にはさっぱり話が見えないんだが・・・・・」
 リナを腕に閉じ込めたまま、突然変わった場の空気についていけないガウリイはリナに説明を求めた。
 そう言えば、リナはガウリイには何も知らせていないと言っていたような気が・・・・・・・・・
「あーつまり、あたしがゼロスと賭けしたの。あたしが負けたらあたしはゼロスの物になって、ゼロスが負けたら今後2年手出し禁止っていう条件でね。勝負方法は、ガウリイにさっきのキーワードを言わせること。ただし、キーワードを教えちゃダメっていうのが条件。で、あたしが上手くキーワードまで誘導して言わせることができたから、あたしの勝ちっと」
 改めて聞くと、なんて無茶で無謀な賭けだ。勝算は何パーセントだったんだろう。勝利することだけを選択してこんな賭けをしたリナの無謀さには、まったく呆れいる。
「ちょっと待て!俺、何も聞いてなかったぞ!」
 抗議の声を上げるガウリイ(それでもリナを離さず)だったが、リナはまったく謝罪の必要性を感じないらしい。
「そういう条件だったの。いーじゃない、勝ったんだから。それに、あたしがあんたのなんじゃなくて、あんたがあたしのなんでしょ。だったら、あんたをどうしようとあたしの勝手でしょ」
「・・・・・いくらなんでもその言い種はむごすぎるぞ、リナ」
 お節介ではないつもりのオレでも、記憶を封じられ、それでもリナを探し当てた男に対して、一言の労いもないリナの態度は非道過ぎる気がした。この半月のガウリイの苦労は、言語を絶するものがあるだろう。
 だいたい、なんでそこまでしてこんな賭けをしなくちゃならなかったんだ?
「そうだ、ヒドイぞ!」
 さすがのガウリイも、今日ばかりはさらりと受け流せないらしい。顔を真っ赤にしたリナが、自分を離さない腕をペシンと叩いて、そして、告げた。
「後8ヶ月後には父親になるって男が、細かいことぐたぐた言うんじゃないのっ!」
「「「父親ぁっっ!!!?」」」
 じゅっ!
 リナの爆弾発言に、オレたち三人の声がハモる。ガウリイは眼を見開き、ゼロスは口を開けたまま硬直し、オレときたら、机の上の明かりに手をつっこんでしまった。岩の指は燃えないがやっぱり熱いことは熱い。
「そーよ。今、2ヶ月よ」
 慌てて指を引き抜き熱を散らそうとぶんぶん振るオレ(呪文で冷やすという手段を思いつけなかった)の前で、開き直ったリナがそれでも赤い顔のまま、下腹部に手を当てて宣言する。
「ええぇっっ、そ、それも初めて聞いたぞ!」
「当たり前よ、誰にも言ってないもの」
 驚きまくるガウリイと開き直るリナと硬直しているゼロスという、滑稽な喜劇の一幕のような構図を見ているうちに、オレの頭が冷えてきた(指も冷えてきた)。
 やっと、リナの『理由』を理解する。
「なるほど、妊娠出産期間中の安全を確保するのが目的だったのか」
 2年間という中途半端な刻限の意味は、そういうことだったのだろう。この賭けにより、8ヶ月間の妊娠期間と1年2ヶ月ほどの育児期間をリナは確保することができた。本音を言うならばもっと長い期間を設定したかっただろうが、ゼロスとの交渉の結果、2年間という期間になったのではないだろうか。
 例え2年でも、子供を身篭り産み育てる間の安全が確保されているかどうかというのは大問題だろう。
「んー、ついでに言えば、ゼフィーリアへの里帰りの道中の安全も目的だったわ。あたし、今、魔法使えないから純魔族と戦えないし、レッサ-デーモンとかとも戦闘するべきじゃないし」
 リナがさらりと告げた言葉で、ゼロスの硬直が解ける。ゼロスは、微妙に下方に視線をそらした。
「・・・・・・・・・なるほど。確かに僕は、賭けの行方見たさに、魔法を禁じたリナさんに死なれないようにと、道中から極力危険を排除しましたからね。中級・下級の皆さんには手を出さないように命じましたし、亜魔族の皆さんも街道から離れてもらいました。その上、さり気なく盗賊の類も排除してしまいましたよ。はっはっは、これじゃ僕はリナさんのボディーガードですね」
「なかなかよいボディーガードっぷりだったわ。サンキュね、ゼロス」
 やけくそに笑ったゼロスに、リナが追い討ちをかけた。ゼロスは床に座り込んで、イジイジとのの字を書き始める。
「・・・・・・・ううう、人助けをしてしまいました。ああ、獣王さまに叱られちゃいますよぅ」
 そんな魔族の悲嘆には全く目もくれずに、8ヶ月後には父親になる男は身重の女を抱く腕に力を込める。
「リ、リナ、本当なんだな・・・?」
「本当よ、ガウリイお父さん♪お疲れ様、よくがんばってくれたわね。しょうがないから、あんたをガウリイ=インバースにしてやって、あたしがあんたの子供を産んであげるわ」
 リナはそう言ってウインクした。その途端、やっと、ガウリイの鈍い脳みそにも事態が浸透したようだ。リナを抱え上げてくるくる回る。
「やったぁー!!やった!俺とリナの子供だ!」
「きゃっちょ、ちょっとガウリイ!」
 いきなり抱え上げられたリナがガウリイの首にしがみつく。
「ぐはっ、な、なんですかこの生の賛歌は!」
 いじけていた魔族は、同室のラブラブカップルから放たれる波動にダメージを受け、床に倒れこむ。
 窓の向こうから差し込む朝日が、このめでたくもバカバカしい騒ぎを照らし出していた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・お前ら、いい加減部屋から出てけ」

 こうして、一睡も出来ないまま、長い長い夜は明けていったのだった・・・・・・・・








 多大なダメージを受けたらしいゼロスが這いずるようにして空間を渡って逃げ出した後、部屋にばカップルを残したまま、寝不足で魔導書を閲覧に行ったオレは、宿屋に帰ると飯も食わないまま昼過ぎまで眠った。それから、旅支度を整え1階に降りる。オレが飯屋で軽食を食べ終わった頃、下級魔族など一瞬にして滅ぼせそうなほど生の喜びに満ち満ちた世界一幸せな男が、リナの手を繋いで降りてきた。手を繋ぐ行為に照れた様子のリナは、荷物を全部持った上で手を繋いでくる男の手をなんとかはがそうとしていたが、体格差を見るに、無駄な抵抗だった。
 勘定を精算していたオレは、二人を見て片手を挙げた。二人が(正確にはガウリイがリナを引きずるようにして)近づいてくる。
「なんかもう、どーでもいいような気がするが、一応、ま、いい子を産めよ」
 苦笑と共に、オレは挨拶をした。
「おうっ!」
「産むのはあんたじゃなくてあたしでしょうが!って、ゼル、何あんた別れの挨拶みたいな台詞かましてんのよ?」
 力一杯頷いたガウリイを電光石火でどこからともなく取り出したスリッパで叩いたリナは、怪訝な顔をしてオレに詰寄ってきた。
「?お前たちはゼフィーリアに里帰りして出産準備に入るんだろう。オレにはそんな砂吐きそうな場に居合わせる趣味はないぞ」
 オレにはオレの目的がある。世界から拒絶されている焦燥などもう感じないが、オレはあくまで元の人間の身体に戻るつもりだ。先程、部屋を出る前に床に突き立った髪を引き抜くのにどれほど苦労したことか。これだから、針金状の髪でいるのは嫌なんだ。
 早く人間の身体に戻って、櫛で髪を梳かしたり、マッサージをしたり、泳いだりしてみたい。
「『砂吐きそうな』って何よ。ふーんだ、そんなこと言っても、あんたはゼフィーリアまでついてくることになるわよ。だって、異界黙示録って結局のところ水竜王の記憶で、赤の竜神の騎士は竜たちの峰以外の異界黙示録の場所を知ってる可能性が高いんだからね」
「何の話をしている?」
 リナの話運びは時に人を惑わす。リナの所有している情報量が多いがために生じる現象だ。
 オレは、眉を顰める。
 結局、今回閲覧した魔導書は、オレの身体を構成する一要素である邪妖精について書かれている物だった。確かに、分離のためにもこの身体に使われている要素についてできるだけ把握しておく必要がある。そういう意味では役に立ったとは言えるが、直接分離の術が記されているわけではない。僅かに一歩前進、といったところだ。
 そんなオレには、膨大で深遠な真理を有するとされる異界黙示録の話を無視することはできない。
「あたしが赤の竜神の騎士にツテがあるって話をしてるの。赤の竜神の騎士が異界黙示録の場所を知っててもあんたに教えてくれるかどうかはわかんないけど、とりあえず紹介することはできるわよ」
「何っ!!?」
 主神である赤の竜神の意識と力の一部を保持すると言われる謎の存在、伝説の赤の竜神の騎士と繋がりがあるという事実を、リナはごくごくあっさりと告げた。
 オレは驚愕する。
 彼の騎士がゼフィーリアの永遠の女王と縁深いとは聞いたことがあったので、リナの出身地がゼフィーリアと知った時に、リナならば彼の騎士についていくらか知っているかもしれないとは思っていたが・・・・
「赤の竜神の騎士はゼフィーリアにいるわ。だから、あんたはあたしについてこなくっちゃ。さ、ガウリイ出発するわよ。女将さんからお弁当もらってきて。ちなみにあたし、今、妊娠のせいで肉と魚食べらんないから。あたしのが肉・魚抜きになってるかどうか、ちゃんと確かめてきてね」
「わかった」
 二つ返事で頷いたガウリイは、リナの手を離して厨房に駆け込んでいった。やっと解放された手をわきわきと動かしたリナは、厨房に駆けて行った最愛の男に聞こえないように、小さな声で囁くように言った。
「ねえゼル、あたしと恋をする気はある?」
 悪戯な笑み。倣岸な態度。翳る事のない輝きを宿す瞳。
 オレを、世界から拒絶されているという焦燥から解き放ち、オレを感動させ、オレにとっての『強さ』と『走り続けること』の象徴であり続け、オレの仲間として背中を預けられるこの女。
 ゼルがディス=グレイワーズがそんな女に返す答えは・・・・・・・・
「オレは死に至る病には死ぬまでかかる気はない!」
 高らかに宣言して、二人して笑った。






 
追記:
 赤の竜神の騎士はリナの実姉で、異界黙示録の場所を教えてもらえるまで、オレは死ぬほどこき使われた。結婚式場にいかなる手段によってか呼び出されたゼロスは、溢れ返る生の賛歌に消滅しそうになっていた。

 まったく、あいつはたいした女だ!



【END】
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