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Amen

 鋼の錬金術師。ロイアイ。

 祈りの言葉を知らない。
 





 祈りの言葉を知らない、と先週出会ったばかりの新しいデート相手に言ってみたら、その女は得意げに講釈を垂れてくれた。いささか説教くさくなってきたあたりで、適当な理由をつけてデートを打ち切る。
 にこやかに手を振って別れながら、もうこの女に連絡を取らないことを決めていた。凄絶な殲滅戦を経験した軍人相手に受け売りの神の恵みを説く無神経さは、つかの間の遊び相手に適さない。
 予定外の早めの帰宅の途中、思い出したのは彼女のこと。
 彼女ならばなんと応えてくれるだろうか、と思い始めると気になって仕方が無いので、明日尋ねることに決める。
 どんな女と一緒にいても最終的に思い出すのは彼女のこと。彼女だけは他のどんな女とも違う。この確信はもはや信仰に近い。
 他の女を彼女と比べて嘲わずにいられない俺を、神は嘲っているだろうか?



 
 祈りの言葉を知らない、と彼女に言ってみた。
 時刻は昼下がり。場所は執務室。二人きり。デスクの上に山と積まれた書類がいささか無粋だが、それくらいは赦そう。
 さあ、君はなんと応える?
「私は知っていますよ。ちなみに、今月に入って7回ほど、大佐が真面目に仕事をこなしてくださるようにと祈りました。ですが、いまだに私の祈りは受理されておりません」
 深々とため息を吐いて手に持った追加分の書類を更にデスクに積み上げてから、そっけなく君は応えた。ロマンチストな神秘主義者や教条の盲目的信者には決して返せない類の返答に、私は満足する。
 やはり、君は他の誰とも違う。この違いが生じる原因は、『女』であるより前に『軍人』であると、自分を戒めているからなのだろうか?
 問うてみたい。そのまっすぐな瞳の奥底に在るモノの名を知りたいよ。
「あいにくだが中尉、祈りに応えが返らないのがこの世界の法則なんだ。長年世界の根源法則を研究してきた錬金術師の私が、断言するね」
 愉快な気分のまま、軽口を叩く。昼寝日和の晴れた午後、私の逃亡を監視するためにやって来たら、嫌味ったらしい上からのラブレターを材料に制作した紙飛行機を見つけて、それを拾い上げる君が苛立っていることくらいは承知の上だが、私は愉快で堪らない。
 紙飛行機を元の状態に伸ばしていく指は、昨日の女と違って爪が短く切り揃えられている。そんな細部に至るまで徹底された君らしさは、絶対に私を居心地悪くさせない。
 他の女たちと続かないのは、続ける意思が無いというだけでなく、それらの女が私を居心地悪くさせるからだろう。女たちの世界と私の世界は隔たり過ぎていて、違和感が拭えないから長居は出来ない。
 けれど、君はこちら側の人間だ。
「では、もはや祈る時期は過ぎたということですね。実力行使をして願いを叶えてもよろしいでしょうか?」
 腰に携帯した愛銃に手をやる動作は少しの隙も無く完璧で、銃はもはや君の身体の一部のようだ。私を見つめる瞳には、一滴の甘さも無い。
 ああ、君らしい。



「やっぱり君はイイね」
 後一動作で銃口を突きつけられると承知していながら私が呑気に笑っていたので、君はやれやれといった呆れた感じで腰にやった手を離した。そのまま、伸ばした手紙をデスクの山の上に乗せる。
 私の敵に回り得ない君は、決して私を傷つけない。
 あらゆる前提を疑い新たな真実を暴かんとする冒涜的な錬金術の徒である私だが、この事実だけは疑ったことがない。君は、その指も髪も何もかも私のものだ。
「君が男なら、私たちは親友になれたかも知れない」
 同性に対してここまで歪んだ独占欲を持ったことはないので、歪んだ私に独占されている君を憐れむつもりで言ってみた。君が何より『軍人』であることを優先すると知っていながら、私は君が『女』であることを無視しきれない。
「バカバカしい仮定の話などなさる暇がおありなら、右手に積み上げた書類に裁可をお願いいたします」
「『バカバカしい』かい?」
「はい、どうしようもなく」
 素気無く返されるのは予想していたが、かなりつれない。いつもならばもう少しマシなはずなのだが、書類を溜め込んだ上に紙飛行機を飛ばしていたことが怒りを募らせたらしい。
 こちらを見もせずに私が仕上げておいた数枚の書類をチェックしながら返す声は冷たくて、さすがの私もちょっと寂しい。
「・・・・・上司命令だ、もうちょっと手加減してくれ。それで、何が『バカバカしい』かを私を傷つけない言葉を選んで説明してくれ」
 仕方ナシに右手の山から書類を抜き取って、目を通しながら言ってみた。実際にはパラパラと流し読みしているだけだが、それでも仕事している格好だ。これではもう強く当たれまい。
「説明したら、今日中にその山を全て仕上げてくださいますか?」
 案の定、君は譲歩してくれた。
「約束しよう」
 私がにこやかに頷くと、しぶしぶといった態で話し始めた。





「・・・・・・エルリック兄弟が錬金術師であるほどに、ヒューズ中佐が貴方の親友であるほどに、今ここに立つ『私』は『女』です。『女でない私』など存在し得ない。『女』でないならば、それはもはやすでに別人で『私』ではありません。仮定など、無意味です。大佐」
 まっすぐに放たれた言葉は、その眼差しの揺ぎ無さから戯れではないことを察するに充分だった。虚を突かれた私は、しばし、言葉が出てこない。
 書類をめくっていたはずの指を止めて、文字を追っていたはずの目を君に向けて、眼前の『女』を見つめる。
 整った顔立ち。纏められた金の髪。鍛えてはいても、まろやかな線を描く肢体。まさしく、『女』以外の何者でもない姿。
 だが君は、『リザ・ホークアイ』だぞっ!?
「さ、約束を果たしてください」
「・・・・・・・ちょっと意外だったな。有能で勤勉な軍人の君が自分自身をそういうふうに認識していたとは」
 内心に浮かんだ焦りを隠すために再び書類をめくり、文字を追う。文字は図として眼球に映り、意味が脳に蓄積されない。
「軍人だからこそ、ですよ。軍にいると、嫌でも日々自分が『女』であることを思い知らされます。それなら、嫌がっても無益なだけでしょう」
 君の声はあくまで平静で、それが憎たらしい。
「私は『軍人』の君ならよく知っているつもりだったんだが、君は今ここに立つ存在を『女』だと言う。それなら、『女』の君が『私』をどう思っているか是非知りたいな」
 普段の言葉遊びとは異なる種類の情熱を篭めて、顔を上げて君を見つめた。見返すいささか朱みを帯びたブラウンの瞳には、甘さの欠片もない。
「応える必要を見出せません」
 男はどれほど経とうと狩をする種であった頃のことが忘れられないらしく、逃げられると追いたくなる。つれない君を掴まえたくなる。
「なら、告白でもしようか?リザ・ホークアイ、君が好きだ。愛してる。さあ、応える義務が生じたぞ。応えたまえ」
 およそ告白なんていう甘い言葉からかけ離れた横柄な態度で、椅子から立ち上がって告げた。
「応える義務などありません。『愛してる』は祈りの言葉です。『祈りに応えは返らない』と先程おっしゃったのは貴方です」
 揺るぎもしない眼差しと、声。これぞまさしく君らしいと賞賛したくなる態度で、君は私に真理を告げた。
 私と異なる、君の世界。
 私に与え教えるために、私と異なる君。
「・・・・・『愛してる』は祈りの言葉なのか?」
 今私は、大好きな先生に間違いを諭された幼い生徒のように、頼りない顔をしているのだろう。君の前でそんな表情を晒すのは、何度目だろうか?
 やはり、『リザ・ホークアイ』は他の誰とも違う。
「もちろんです。これまで幾度もご婦人方に対して口に出されたでしょうに、そんなこともご存じなかったのですか?」
 辛辣な言葉を返す君は、呆れた色の目。
「・・・・・・・・・・私は祈りの言葉を知らなかったんだ」
 私はすとんと椅子に座り直し、小さく呟いた。
「ならば、一つ勉強になりましたね。お役に立てて光栄です。では、私はこちらの書類を経理に回してまいります。帰って来るまでに、この右手の山を片付けておいてください。失礼致します」
 去ってゆく後姿には一分の隙も無くて、どこまでも有能な私の副官だった。
 それこそが、最初から最期まで『女』である『リザ・ホークアイ』だった。
「リザ」
 足音が遠ざかるのを聞きながら、閉じられた扉の内側で、私は舌の上を転がすように、祈りの言葉を呟いた。






 俺の祈りの言葉は、たった二音。
 彼女の名。

「リザ」


【終】
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