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みおくる夏

 ドラゴンボール。悟チチ前提で、悟空とブルマ。

「空、青いな~」
「そうねえ」
 背中合わせに座っている彼の声は、珍しいことに少しくぐもっていた。








 日毎に夏の余韻は薄れ、地は豊かに実りを迎えつつある。
 昼間の気温は夏の残り香を漂わせていたが、朝夕の風と日差しから夏の気配は遠ざかりつつあった。ジリジリと大地に照りつけていた陽光は密やかにその苛烈さを減じ、茹だる熱気は時折名残を感じさせつつも確実に遠ざかっていく。木々は間も無く訪れる実りの季節に備えてちゃくちゃくと栄養を蓄え、吹き抜ける風も徐々に涼しくなってきていた。
 時に行きつ戻りつしつつも、結局、季節は移り変わる。
今は夏の終わり。
 この民族の常として体温の高い背中は、もう1月前ならば暑苦しかっただろうが、夏の名残で些か薄着のまま出てきてしまった自分にはちょうどよい温度だった。この背中の温度は、彼女の肌が馴染んだあの背中によく似ている。
 でも、こっちの方がサイズは大きいけどね。
 彼女の夫は物の弾みですら地球を壊してしまいかねないほどの力の持ち主だが、その体躯は成人男性にしては小柄だった。慣れ親しんだその背中を思い出して、彼女は心中で小さく呟く。
 そうしたら、その呟きが聞こえたわけでもなかろうに(いや、もしかしたら聞こえたのかもしれない。彼は昔、遠い星々の果てでそのような不思議な技を手に入れたと聞いた)、合わせている背中が小さく身動ぎした。
 彼にしては珍しいその苛立ったような癇性の動作で、彼女は、この民族の男は異様に独占欲が強いのだという事実を思い出す。博愛主義からは程遠くて、一度自分のものだと思い定めたらその事実を覆すことを赦さないのだ(そう、力づくでも。この特性は戦闘を好む嗜好と無縁ではあるまい)。
 だって、今日だけは、彼女は彼のもの、なのだから。
 慌てて彼女は、無意識に思い出してしまった最愛の夫を意識から追い出して、背中を合わせている相手のことを考える。
思い出す、まだ少女だった自分の前に現れた驚くべき少年のことを(この表現は多分に主観的だ。実際には、彼女が彼の前に現れたのだ)。
 彼は彼女にとって不思議の宝庫だった。存在自体が『冒険』を体現していた。溢れかえる才を持ち合わせているために窮屈な社会の在り様に辟易していた彼女に、世界が果てなく広いこと、どこまでだって行けることを教えてくれたのは、紛れもなく彼だった。息詰まるほど深い森、果てなく続く荒野、常夏の島々、砂塵舞う砂漠に、火を噴いて燃える山。制御され整えられた清潔で猥雑な街とは別の未知なる広い世界を、彼と共に駆けた。それから長いこと、彼は(そう、優し過ぎた彼女の恋人ではなく、実は彼こそが)彼女を照らした。彼は太陽のように明るく温かくエネルギーに満ちていて、遠く、だが惜しみなく光を地に注いでいた。いっそ無分別なほどに。賢明な彼女は決してその光を拒まず、そうして欲しがらなかった。ソレはおそらく正しい選択であり、後に彼女はその正しさを悔いてしまいそうになったほどだ(彼女が夫に出会うまでのことだったけれど)。科学者の癖に直観的な彼女はいつだって正し過ぎた(十年以上もつきあった優し過ぎた昔の恋人の子を孕まなかったほどに、無慈悲なほどに正しかった)。
 だからこそ、背中を合わせて座る二人を取り巻く空気に艶っぽさは皆無で、ただただ優しい色をしていた。
 共有した時間と共に体験した出来事とで積み重ねた彼との歴史に、彼女は概ね満足している。
 だから、背を合わせている彼が親に甘える子供のように体重を預けてきても、予想されたことであったために膝を立てて三角座りになることでその重さに耐えた。
 彼女は、彼に優しくしてあげたかった。
 夏の火照りを冷ました風が、ふぅわりと彼女の青い髪を揺らす。





「あのねべジータ、愛してるから我慢してね?明日一日だけ、あたしは孫くんのブルマよ」
 溶けたバターのような色に光る夕焼け空に視線をやりながら、彼女は後ろのソファに座る夫を振り返るでもなく呟いた。するりと夜が滑り込んでくる間際の時間のことだ。
 背後で新聞をバサリと畳んだ彼女の夫は何のコメントも返してはくれなかったが、彼女は、自分の発言が懇願ではなく宣言であることを夫が理解してくれているとわかっていた。夫は自らの心情に対して多くを語らないが、繊細で敏い人物だ。興味の無い事柄は何年経っても覚えてはくれなかったが、それでも愚鈍からは程遠く、頭の回転が速い彼女を真の意味でイラつかせることはなかった。
 だから彼女は、無言のまま伸びてきた夫の腕に身体を預け、睦言のように囁いた。
「だから、いつかこの貸しを取り立てるといいわ。あたしの時は孫くんに慰めてもらいなさいね・・・・」
 身体を支える力強い腕が、触れる高い体温が、それでも無慈悲な時間には抗えないことをよく理解している彼女は、だからこそ今を味わっておこうと瞼を閉じて夫に頬を寄せる。
「・・・・・バカな女だ」
 彼女の言動の意図を正しく理解しているはずなのにそれでも否定してくれる夫の優しさに、恋を知ったばかりの少女のように、彼女の胸は高鳴った。抱き寄せられた胸は、熱く硬く。どこまでも優しく。
 東の空から昇る十四番目の月が、寄り添う二人を見つめていた。
 



 彼と共にいるのに、言葉はさして必要ではなかった。
 彼は口下手だったし、彼女は要求があるならば述べることに躊躇いを覚えない性質だったが、現在彼に叶えてもらいたい望みなどなかったので。いずれ必ず訪れるその日に夫の元へ訪れてくれと頼みたい気持ちはあったが、そんなことは言うまでもなく彼が叶えてくれると知っていた。
 彼は彼女を知っていて、彼女は彼を知っていた。二人は文化も価値観も立場も帰る場所も違ったが、自分なりに相手のことを知っていた。だから今は、言葉が慰めにならないことをわかっていた。
 どれくらいそうして背中合わせに座っていただろうか。
 薄着の彼女の肌に吹き寄せる風が冷たさを増してしばらく経った頃、東の空に浮かんだ卵の黄身みたいな満月(数年前にこの惑星の神が復活させた)をじっと見つめていた彼は、ぽつりと呟いた。
「腹減ったなあ」
 彼は昔から早寝早起きで、確かに今はちょうど(彼の生活サイクルからすると)夕食時だった。
「携帯食でいいなら用意できるわよ。味は保証しないけど」
 大食漢の相手に慣れている彼女は、常に携帯しているカプセルケースの中に携帯食を詰めたカプセルを用意している。
「オラ、チチの飯が食いてえ」
 彼女の言葉が聞こえなかったかのように、彼は呟いた。その言葉を聞いた途端不覚にも彼女の涙腺は弛んだが、ぐっと堪えて、できるだけ平然とした声を出そうとした。
「そうねえ。チチさんのご飯、美味しかったものね」
 涙を零したりしないように、彼女は瞼をパチパチと瞬たせた。今日の彼女は彼を慰めるためにココにいる。泣きたいのならば、帰宅してから夫の胸の中で泣くべきだ。だから彼女は涙の衝動を堪えようとした。
 闇の中で虫達は例年と同じく求愛の歌を歌い、果実は肥えてゆき、月は大地を照らす。この星の全てが滞りなく営みを続けていた。今は夏の終わり。実りの季節はもうすぐだ。
 だが、彼の妻はもうこの星にいない。






 穏やかな最期だった。
 彼の妻は、彼と結婚したためにそれはもういろんな目にあって(夫の死だとか子供の誘拐だとか卵にされたりとか)様々な苦労をしたが、晩年はそれなりに穏やかな日々を過ごしていた。
 彼は歳を取っても相変わらず自分のやりたいようにやりたいことをしていたが、若い頃はそんな彼に目くじらを立てて怒った妻も、歳と共に険が取れて彼とのつきあい方を学んでいった。だから十数年ほど前に彼が宿敵の生まれ変わりを弟子にとって家を空けても、妻はもう闇雲に怒ったりはしなかった。ただ、赦した。そうして、弟子の修行を終えて彼が帰宅しても当然のごとく受け入れた。
 数十年の時が、成り行きで婚姻を結んだと言っても過言ではないこの夫婦に、確かな絆を与えていた。妻は若い頃から、決して愚かではなかった。多分に衝動的で感情的ではあったが、自らが夫に選んだ男が『1人の人間』としてはある部分が決定的に欠けていて、その分『絶対的な大きな流れ』に近い存在であることは無意識に理解していた。彼の仲間の誰よりも正確に。それは、合わせた肌の、それでも埋められぬ隙間から囁かれる純然たる事実だった。故に、妻は彼を地上に繋ぎとめることに執着した。彼のために食事を用意し家を整え子を産み育て、『絶対的な大きな流れ』などには決して与えられない人間の営みの喜び、温かさを与え続けた。
 彼の本質は何があっても変わらなかったが(己の死すら彼を変えはしなかった)、彼は妻が与えてくれる幸福を享受した。雛が親から餌を与えられるように、躊躇なく受け入れた。そして彼は、妻の思惑通り(とは言っても、やはり彼なりにでしかなかったけれど)その幸福に馴染み、その味を覚えた。まったくもって勝手な言い分に他ならなかったが、彼は妻を必要としていた。絆が、生まれていた。
 彼に置き去りにされることに怯えていた妻は、長い時を経てやっと、安堵できるだけのものを手に入れたのだ。信じてもよいものを手にすることが出来た。
 だからもう怖いモノはないのだと妻は言った。真夏の海辺で。
 海に行きたいとせがんだのは妻だった。二人っきりで波打ち際を歩きたいのだと言った。
 老いてもなおどこかに少女だった頃の面影を残す妻が可愛らしくて、このところめっきり食も細くなって聞き分けがよくなっていた妻が珍しくワガママを言ったのが嬉しくて、彼はとっておきの場所に連れてきた。南方のとある無人島の海は、宝石のように深く澄んだ色。波は陽光を反射して眩く、視界に広がるのは空の蒼と海の碧ばかりで。
「わー、キレイなとこだべなあ!」
 妻は歓声を上げて喜び、靴を脱いでズボンの裾を捲り上げると波に足を浸した。潮が引き打ち寄せるのをその身で体感する。彼はそんな妻を目を細めて見つめていた。
 そうやって一頻りはしゃいだ後、妻はぽつりと言った。
「ああ、キレイだ。こんなキレイなもん見られておらは満足だ。もう思い残すことはねえ」
 真夏の太陽は燦々と光を振り撒いていた。海は広く澄み渡っていた。妻は普段よりも元気そうだった。声には些かの翳りも感じ取れなかった。
 だからこそ、彼は急に恐ろしくなった。常に泰然自若としている彼なのに呼吸を乱すほどに慌てて妻を抱き寄せる。その身体は昔よりずっと細く弱々しかった。
「急にどうしたべ?腹でも減ったか?」
 不審そうな妻の問いかけにぶんぶんと首を振って、でも彼は何も言うことができなかった。祖父が死んでから数年間本当に独りきりで暮らした経験のある彼は、(戦いに関すること以外は)分析したり説明したりすることが上手くない。だがこの時の彼は妻を抱きしめた理由をちゃんと理解していた。ただ、認めたくなかった。そんな不吉な言葉など、口にはしたくない。
 けれど妻はそんな彼のことなど全てわかっている様子で、昔と変わらぬ力強い腕に身体を預けて囁いた。
「悟空さ、おらはもう大丈夫だべ。おらはもう怖いモノなんかねえんだ」
 彼は妻が何の話をしているのか、ちゃんとわかっていた。だが怖くて。彼こそがこの宇宙で並ぶ者無き最強の男であるにも係わらず、怖くて。腕の中に妻を抱いたまま、頑是無い子供のようにぶんぶんと首を振った。
「ありがとな、悟空さ。おらは幸せ者だった・・・・・・・」
 ぎゅうっと絞り上げられるみたいに、彼の胸が詰まった。妻の声は明るく澄んでいた。頬には透明な微笑が浮かんでいた。その微笑は紛れも無く美しくて、彼は余計に怖くなった。
「チチ。チチ」
 親にしがみつく子のように、彼は腕の中の細い身体に縋った。妻はその彼の全てを赦しながら、頭を撫でてくれた。
「あんれまあ、ホントに悟空さはいつまで経っても子供みてえなんだから。もう、仕様のねえ」
 長年の炊事で少し荒れた細い指は、幼い我が子を撫でる時のように優しかった。心地良いその指に彼は少しだけ安堵する。
けれど、じゃあオラを置いてどこにも行かねえでくれよ、彼がそう囁いても妻は答えてくれなかった。胸が痛くなるほど美しく微笑むばかりで。
妻が眠るように静かに旅立ったのは、その数日後のことだった。




 今日、彼は唐突に彼女の前に現れた。そして、「ブルマ、来てくれ」としか言わずに林檎の木が1本だけ生えている小さな丘に連れ出し、背中合わせに座ったまま、やはりマトモに説明などしなかった。
 それはいかにも彼らしいことであり、そうして、彼らしくないことであった。 
 説明をせずに己のペースで振舞うことは彼らしい。慰めを要求するなんて彼らしくない。彼の仲間はきっと誰もが(彼の子ですら)そう思うだろう。けれど彼女は知っていた。深山で真の孤独を、己が孤独であるということすら知らぬほどの孤独を味わっていた彼が、誰よりも『独り』がどんなものであるかをわかっている、ということを。確かに今の彼には、子も孫も友もいる。だがしかし、「ずっと一緒にいる」と約束してくれたのは、必死で地上に繋ぎとめてくれたのは、ただ一人の女だけだった。その女は、いつの間にか彼の一部になってしまっていた。
 だから今、彼は毟り取られたその部分が痛くて。数十年前に『独り』から救ってくれた彼女に、その痛みを訴えているのだ。奇跡を起こす龍球ですら寿命を終えた者を連れ戻すことは出来ない。だから彼は、助けてくれとは言わず(そもそも、昔、二度もこの痛みを妻に強要した彼にそんなことを言う資格はなかった)、ただ痛みを訴える。
「ブルマ。オラ、チチの飯が食いてえよ」
「そうねえ」
 彼が彼女の背に更に身体を預けてきた。
 巨漢というわけではなかったが、日々鍛錬を積んだ立派な筋肉のついた身体は重い。けれど彼女は、まだ力加減をよくわかっていないままで全力で甘えてきた頃の息子を相手にした時みたいに、抵抗せずに受け入れた。
 彼に頼られるのは嫌いではない(面倒だとか勝手だとか怒ったりもするけれど)。
 遠い星の王子だった男と巡り合い愛するようになってから、彼女はやっと、自分が彼とどのような関係でいたいのかがわかった。彼女は彼に愛されたいのではなく、彼の子を産みたいわけでもなく、彼と共に暮らしたいわけでもなく、そういうのではなくて、彼と対等でありたかった。不思議の宝庫であり強力な引力を秘めた彼に己の価値を認めて欲しかった。神をも超える力を持つ彼とその分野で渡り合おうなどとは夢にも思わない。でもそのかわり、彼女は彼に出来ないことが出来る。だから彼は彼女を頼りにしているのだ。
 大切に思っていて、信じていて、でも抱きしめてくれなくていい。転んだら手を伸ばして引っ張り上げてくれるけど、立ち上がればまた別の道を行く。その手は別の人間と結ばれていて欲しいとすら思わなくて。けれど、呼んだら助けに来てくれることを知っている。
 それでいい。それがいい。
 だから、彼の子供達でも男友達でも好敵手でもなく、彼女こそが選ばれた。世界でたった一人の女を失った痛みを訴える相手に。
彼が彼女にとって不思議の宝庫であったように、彼女は彼にとって広い世界に通じる扉を開けた人物だ。それに、祖父の次に現れた庇護者でもあった。彼女が彼女なりのやり方で助けようとしてくれることを、彼は知っていた(別の次元ではタイムマシンまで作ってくれたのだ)。
 そんな彼だから、困ったら彼女のところへ行く。
 だから今日も。
「チチの飯が一等うめえんだ。オラ、チチの飯がいい」
「そうねえ」
 背中越しに彼女のぬくもりを感じながら子供みたいに駄々をこねる彼の声は、くぐもっていた。黒の奥の奥に真夏の海にも似た碧を秘めた彼の瞳に映る満月は、楕円に滲んで揺れていた。
「ブルマ。オラ、チチの飯が食いてえよ」

「そうねえ」
 彼は頑是無い子供のように同じことばかりを繰り返し、彼女は姉か母のように彼を赦していた。二人ともお互いが、命ある限り健やかに生き続ける部類の真に強い人間であると知っていて、きっとこの月夜が明けたら彼は歩き出せるだろうとわかっていたが、この夜、彼は痛みに蹲り彼女は歩けない彼に寄り添っていた。満月が西の空に沈み東の空が白々と明けてくるまで、そうしていた。
 彼の祖父と妻が眠る、この丘の上で。





 今、夏が終わる。



【おしまい】
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