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雪ノ女

 ぬら孫 雪麗さんメイン 雪麗はぬらりひょんの雪女で、氷麗はリクオの雪女なss。

 タイトルは、アリプロの曲から。わたし的に、雪麗さんのイメージ曲です。
 
 散る花を愛でる男を愛したからこそ、妾は欠けぬ望月でなければならぬ。
 この月が陰ったならば、おしまい。
 妾を、おしまいにしましょう。





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 人の世の移り変わりは早いもの。花のお江戸の頃はまだしも、明治大正昭和となれば、新しきこと新しきモノ溢れんばかり。平成の御世に至っては、人の子たちも、走り去る世のあまりの速さに、ついて行くのがやっとの有様。
 けれど、かくも世知辛い現代でも、古風な妖の在り様を受容してくれる場が在った。浮世絵町の奴良屋敷である。
 そろそろ初雪が降ってきそうな夜に、その奴良屋敷の廊下を、うろうろと人探し顔で歩く色男が、一人。
「おい、毛倡妓。氷麗知らねぇか?」
 吹きあがる妖気に白銀の長髪を靡かせた秀麗な容貌の男は、今年、三代目総大将を襲名した奴良リクオである。
「あら、リクオ様。どうかなさいましたか?」
「明日の襦袢に濃緋の半襟付けてもらおうと思ってさっきから探してんだが、見つからねぇ。あいつ、どこにいるんだ?」
 昼間の『良い奴 奴良君』はマメで働き者だが、奴良屋敷ではお坊ちゃんとして育てられたので、実は、家事は出来ないし、する気も無い。夜姿となれば、尚更だ。
「半襟でしたら、アタシがつけましょうか?」
 リクオの幼少の頃からの世話係であり側近頭となったのは氷麗だが、毛倡妓とてリクオの側近であるので、そのぐらいの用事ならば、と手を伸ばしたが、リクオは首を振った。
「いや、そもそもその半襟をどこに仕舞ってんのか、オレじゃわかんねぇんだ。オレの部屋のことは、氷麗の方が詳しいからな」
 リクオの部屋を掃除するのも、リクオの衣類や寝具の管理も、全て氷麗の仕事である。だから、引き出しの中などはさすがにリクオのプライベートな空間だが、他のことは、氷麗の方が詳しい。
 マザコンの息子か亭主関白の夫のような有様だが、氷麗に世話されることに慣れ切っているリクオは、何か必要な物があれば四六時中一緒にいる氷麗に尋ねればいいのだと考えていて、おかしいとも不便だとも思わないらしい。
 内心ですこぅし呆れながらも、毛倡妓は返事をする。
「氷麗なら、さっき、離れの縁側で初代にお酌をしてましたよ」
「じじいに?」
 ある意味昼姿より己の心情に素直な夜姿のリクオは、ぐぐーっと眉を顰めた。




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 如何なる闇夜に在っても淡い黄金に輝き螺旋を描くこの瞳を、雪原の望月と例えた男が誰なのか、今でも忘れられずにいる。
 常に纏っていた色を拭った声音で、純粋な賞賛だけを童子のようにぽつりと呟いた、その響きが耳の奥から消えぬのだ。
 だから、鏡に映った黄金のはずの螺旋が褪せて見えたその時、もはや心は決まっていた。嘆く気にすらなれなかった。
 ただ、ああやっと、と思うだけ。
 惣菜の味付けや総会の際の献立の設えなどは概ね伝授してあったので、伝え損ねていた幾許かを教えるだけで良いだろう。きっと、後になって言い忘れ教え忘れに気づくに違いないが、それらは些細なことに違いないので、ならば、これからの時代を担う者共が勝手が良いように変えてゆけばいいのだから、心配などはいらない。
 お江戸が終って街の名が変わり、人の世は随分目まぐるしくなった。
 正直、些か、この目まぐるしさに疲れていたのだ。新しきを取り入れるには、よぅく見て取捨を選択せねばならないが、それを面白がるのではなく億劫に感じてしまっていたから、本当に、潮時だったのだろう。
 この組は人に添うて歩くと決めているのだから、これからは、人界の目まぐるしさを楽しめる者が新しき時代を担えば良いのだ。
 己の心を見渡してもどこにも無理なくそう思えたことが、なんだか嬉しく誇らしかった。
 恨み辛みも嘆きも憎しみも醜き物思いの全ては消えてなどおらぬが、それらの上に、白雪のように時が重なり、重なり、覆い尽くされて、今見渡す妾の心は、深山の雪原のように平らかである。
 花が散って後もこの場に留まり時を連ねたのは、きっと、この心持にたどり着く為だったのだろう、と思うと己を労ってやりたくすらなった。
花はとっくの昔に散り果て、今は葉桜の季節。これから来る夏は、氷雪の我が身には暑過ぎるから、妾は万年雪の里へ帰りましょう。
 雪へ、還りましょう。
 うん、これでおしまいでいいわ。

 ここでおしまいが、いい。

 そう決めて、女衆に妾の仕事を割り振って、それから数日、荷物もあらかた纏めたことだし、明日にでも皆に挨拶をしようかと思っていた矢先に、大声で名を呼んで廊下を駆けてくる男が、一人。
「雪麗さんっ!雪麗さん!おーいっ、雪麗の姐さんっ!」
「うるさい子だね、鯉伴。そんなに何度も呼ばなくたって、ちゃんと聞こえてるわよ」
 でかい図体をした三百歳以上の妖を、ましてや魑魅魍魎の主である奴良組の現総大将を子供のように扱うのはよくない癖だとわかってはいたが、いくつになっても甘えたなところがある鯉の坊が気に止めぬので、今日もまたそのようにしてしまった。妾もこの子も、まったく、しようがないことだ。
「雪麗さん、なぁ、旅にでも出るのかい?」
 いつもの放浪癖に任せてここ数日屋敷を空けていたこの子は、帰宅するなり妾の変調を察した毛倡妓にでも耳打ちされて、慌てて駆けてきてくれたのだろう。
 妖でも人でも気持ちをよく読み察する聡い子なので、本当のことなどわかっているだろうに、随分前に見失った最初の妻を今でも見忘れぬところがある情が深い男だから、いくつになっても失くすことに慣れぬ我儘な子だから、こんなふうに言う。是と答えてくれと、強請る。
 これまではついつい絆されてしまったが、今宵は絆されてやる気にはなれなかった。
 鯉伴、妾は、アンタのことが、とても可愛い。
 ・・・・でもねぇ、アンタじゃダメなのよ。
「雪女の里へ帰るのよ。長いこと世話になったわね。荒鷲一家のこと、よろしく。アンタの箪笥の中は勝手に夏物に衣替えしておいたけど、夏になって浴衣が入用になったら、毛倡妓に聞きなさい。教えといたから」
「雪麗さんっ!?」
 百鬼の主なんてモノは、寂しがりで欲しがりに決まっている。
 寂しくて傍にいて欲しいから、いくらでも欲しくなるから、「ついて来い」だのなんだの節操もなく言いまくるんだ。この子は最初からそうなるように望まれて生まれ、生来の気性がまたピッタリだった、生まれついての百鬼の主。何かの間違いで引き留められたりしたら、困る。
 だから、先手を打った。
 雪山で遭難した男を魅了する時の妖気を纏い、背伸びしながら、やたら高い位置にある頬をするりと撫でて、ゆっくり囁く。
「知ってるでしょう、二代目?妾は、アンタのモノじゃない」
「・・・・う。あ。あー、知ってるけど、よ」
 妾は、この子のことがとても可愛かった。恋敵の産んだ子だってのに、あの女に絆されてしまったせいか、あの男の血が濃く出ているからか、一度も、憎らしいだなんて思えやしなくてさ。この子も、(随分悪戯とかされたけど)伯母か何かのように妾を慕ってくれた。
 だけど、妾は、この子の出入りにはいっぺんもついて行ったことがない。この子だって、妾をつれて行こうとしたことがない。
 それは、戦力が欠けて手薄になる本家を守る為であったし、それ以上に、妾がこの子の百鬼ではないからだった。
 奴良家に住まう妖怪として現総大将は尊重するし、独り身で不便だと言うなら身の回りの世話もしよう。この子の敵は妾の敵だし、目の前でこの子に刃が振り下ろされることがあったなら、きっとこの身を盾にしてしまうだろうね。
 けど、それでも、妾はこの子のモノじゃない。
 牛鬼や狒々のように、それぞれに組を構えてその上にこの子を頂く男共と同じようには、できなかった。錦鯉地区を任されて、荒鷲一家に姐さんなんて呼ばれて、守ってやろうと思いはすれども、そこに根付いて組の長となり組織に組み込まれこの子を主と呼ぼう、などとは、ちっとも思えやしなかったのだ。
 この子は、強引で自分勝手な父親よりずっと相手の気持ちを慮る所のある優しい子なので、そんな妾を一度も咎めやしなかった。
 だから、いつか、こんな日が来るって知っていたわよね、鯉伴?
「達者でおやり。あんまりふらふらして、下の者に迷惑掛けんじゃないわよ。さよなら、鯉伴」
「雪麗さん・・・・・」






 自分が決めたことに他人からぐだぐだ言われるのも、湿っぽいのも、大嫌い。
 床下や天井裏にだって住人がいるこの屋敷の廊下であんなやり取りをしてしまったら、あっという間に、屋敷中に知れ渡ることだろう。だったら、引き継ぎもあらかた終わったつもりだし、予定を早めてしまおう。
 妾は、部屋に戻ると、纏めておいた荷物を手に取った。荷物は、風呂敷包み一つきり。
 あんまりゴチャゴチャしているのは嫌いだから折に触れて処分したり整理していたつもりだけど、妾だって女なので、着物やら簪やら何やらで、いつのまにか物が増えていた。どれも皆、それなりに思い入れもある上物ばかり。
 けれど、雪女は本来、ゴチャゴチャした飾りなんぞ必要としない妖なのだから、里に持って帰る気にはなれなかった。雪女の身を飾るのは、純白に輝く雪とどこまでも澄んだ氷だけで十分なのだ。
 年にほんの数日しか雪が降らぬこの地と違い、山神に守られた山の奥深くにある静かな里では、年中雪が積もっていて、冬が終わらない。春も夏も秋も訪れはせぬ隠れ里なので、里には雪女しか住めぬ。
 ならば、五つ紋の黒留袖も、色無地も、友禅も、真珠の帯留も、珊瑚の簪も、鼈甲の笄も、妾には必要無いというもの。
 捨てるのはさすがにもったいないので誰かに譲ろうかと思ったところで、慌しい足音がして、襖ががらりと開いた。
「雪麗さんっ!」
「雪麗姐さんっ!」
 駆け込んできたのは、首無と毛倡妓だ。気が良くとも武骨で大雑把な者が多いこの組で、珍しく気が利くこの二人は、先刻のやり取りを聞きつけて、妾の性格ならばすぐに出て行ってしまうだろうと考えて、駆けてきたのだろう。聡い子らだ。
「アンタたち、早耳ね」
 にっこり笑ってやると、片付けられた部屋の有様と風呂敷包みを見て、首無がぎゅっと眉を顰めた。
「雪麗さん、どうしてこんな・・・・」
「お止しよ、首無」
「だが、紀乃・・・・・!」
 ここ数日仕事を教え込まれていた毛倡妓は、別離を予感していたようだった。袖を引いて相棒を諌めようとするが、近年はすっかり穏やかになっていたのにこの家に来た当初の刺々しさを思い出したような首無は、語気荒く袖を引く指を払った。
「首無、お止し。毛倡妓が困ってるよ。アンタらの大将でダメだったんだから、アンタじゃダメなのはわかるだろう?毛倡妓、箪笥の中に、着物やら簪やら何やら入ったままなのは、アンタにあげる。妾がいなくなったら、どう考えてもアンタに1番しわ寄せが行くからね。中の物は、アンタが使うも良し、邪魔だったら売り払っちまうも良し、好きにおし」
「そんなっ、姐さん、オレたちじゃ止められないのはわかりますけど、もうちょっと待ってください。女衆の仕事は細々したことが多いから、まだ全部は引き継ぎできていないでしょう?1年程かけて季節季節の行事の設えなんかも全部引き継いでから、貸元の皆さんに連絡して、荒鷲一家なんかも皆集めて、労いの宴などして・・・・・・」
 首無がぐだぐだと言い募るので、妾はぴしゃりと遮った。
「妾、そういうの嫌い。アンタも知ってるわよね?細々したことなんかは、これからの時流に合わせて、アンタらが好きに決めればいいの。荒鷲一家には、里へ帰る途中に立ち寄って挨拶してくるわよ」
「雪麗姐さん、後生ですからもう少し待ってくださいな。散々世話になったんだから、せめて一席設けさせてくださいよ。それに、荷物も持って行ってもらわなくちゃ、困ります。長距離朧車やら人足やらの手配をしなくちゃ。ねえ、姐さん、アタシは、総大将が姐さんに誂えてくださった着物を、仕立て直して袖を通すなんて、できやしませんよ?」
 普段は目端が利いて女に丁寧な首無は、感情が高ぶると意外に不器用な所があるけど、毛倡妓は、さすがに花魁を務めただけあって、相手の言動を誘導する手練手管に長けている。
 なるほど。確かに、妾の着物をこの子に着せるなら仕立て直しが必要だけどやり難いだろうし、仕立て直したって着る場に困るだろう。いっそ売り払うにしても、来歴を説明されたら商人も買い取るのを嫌がるでしょうね。
 私は、毛倡妓の見事な返しに感服して、一つ秘密を明かすことにした。 
「それじゃ、着物は、妾の娘にやってちょうだい」
「娘!?」
「えっ、ね、姐さん、まさかお腹に・・・・」
 ぎょっと目を丸くした二人が帯の下あたりをまじまじと見つめるのがおかしくて、妾は少し笑った。
「妾のお腹にはまだ誰もいないわよ。でも、雪女の里に帰ってから、娘でも生まれることがあったら、その娘を本家に奉公に寄越すと言ってるのよ。その時は、よろしく頼むわね、首無、毛倡妓」
 雪女の里には、男はいない。なのに、里に住まう雪女たちは、時々、代替わりをしている。中には、人やら妖やらの父親を持つ雪女もいるが、父親を持たぬ雪女も多い。
 一族の秘密なのだが、雪女という妖は、山神様の助力を得て、男と交わらずとも子を為すことが出来るのだ。ただし、子は必ず娘で、生涯に一人だけしか産めない。いかに山神様のお力を借りても、男の精を受けぬ分も己の精気を注ぎこまねばならないので、子を産んだ雪女は、力の多くを消耗し、その子が成人する頃には果てることとなる。
 つまり、一人で子を為すということは、己の死期をこれと定めて後継者を残す、ということだ。
 妾は、もうずっと前から、そう、あの女が嫁いできたその日から、容色が衰える兆しを感じたら里へ帰り娘を産もうと決めていた。
 桜の花に例えられたあの女は、比翼連理の契りを交わしたからこそ、老いて散り逝く己の姿を愛した男の前に晒すことが出来たのだ。
 選ばれなかった妾に、同じことは出来ない。
 選んでもらえなかったからこそ、せめて、美しい女だったと思っていて欲しい。そう、覚えていて欲しい。
 こんなのは、他の者から見れば、つまらない意地なんだろう。だけど、二世を誓ってもらえなんだ妾には、他に縋れるものなどないのだ。

 冬の雪より、春の桜を選んだ男。
 だけど、あの日、あの男は、確かに、妾を、美しいと、その瞳は雪原を照らす望月のようだと、そう言った。
 妾の名を呼んで、そう言ったのだ。

 だったら、衰える姿などは誰にも見せられないし、悟られたくもない。
「じゃあ、娘さんの為に、この箪笥は置いておきますね」
「娘さんだけじゃなくて、雪麗さんも、たまにはこっちにいらしてくださいよ。ご恩返しができなかった分、イイ酒を用意しておきますから」
 妾の叶わなかった恋のことは、本家の誰もが知っている。だから、この二人は、妾がついに片恋を終わらせて、縁談でも探す為に里に帰るのだと勘違いしてくれたらしい。優しい子たちだ。
「・・・・・アンタたちも、達者でおやり」
 妾は、二人の勘違いを訂正せずに、包みを持って部屋を出た。






 空が高く青い。
 初夏の風を受けてさやさやと枝を揺らす枝垂れ桜は、憎たらしい程青々と繁っている。
 冬になると、毎年、こっそり雪を増やしてあの枝をへし折ってやろうかと思ったものだが、春の花盛りがあまりに美しいことを忘れられないので、一度も実行したことはなかった。
桜なんか、好きじゃないし、ちっとも妾に似合わない。けれど、美しいとは思ったから。
「雪麗、ワシと一献どうじゃ?」
 昔の艶を失って代わりに深みを増した声に、我知らず、足が止まる。
 けれど、突然、桜の枝の下に妖気が凝って、ぬらりと現れ出でた姿に驚きはしなかった。この男の神出鬼没にはもうとっくに慣れている。
 それに、きっと、来るだろうとは思っていた。この屋敷にはお節介が多いから、誰ぞが鯉伴とのやり取りを伝えでもしたのだろう。
 この男は、鯉伴とは違う。
 肝を失ったせいで妖怪にしてはずっと早く、そう、人間みたいに老いた男は、いつしか、老爺の落ち着きなんかを身につけてしまった。失うことに、上手に慣れた。
 だから、妾を引き留めたりすまい。
 
 ・・・・・・・そんなことを、してはくれまい。

 妾は知っている。ちゃーんと、知っているわ。
 だから、他にやりようなんか思いつけなくて、老いた顔でやんちゃ盛りの子供のような笑い方をする男に、嫌そうに眉を顰めてみせる。
「何よ。妾に注げって?」
「ワシが注いでやろうと言っておるんじゃ。受けておけ」
「嫌よ。初夏に陽を浴びながら呑みたい雪女なんて、いやしないわ」
 天より舞い降りる初雪は、清く儚い。触れた手の体温に溶かされて消えてしまう。されど、降り積もった根雪は固くしぶとく、手など凍りつかせてしまう。
 妾もそのように年を経たので、返す声は震えやしなかった。
 貫き通した嘘が真となるならば、張り通した意地は矜持と呼べよう。この世の誰も、妾の矜持など守ってくれぬからこそ、この手で守り通したかった。
 だから、これが今生最後の別れだと、もう二度とこの男を目にすることはなく、見てもらえることもなく、言葉も交わさず、声も聞けぬのだと思うと張り裂けそうになる胸を隠して、何食わぬ顔で、廊下を歩きだした。
 ぐだぐだしつこいのや湿っぽいのを嫌うのは、自分が本当はそんな女だから。
 選ばれなんだというのにぐだぐだとしつこく傍に居座り、独り寝する枕に零れた霰の涙を溶かす術を思いつかず、あの女に友誼めいた感慨を覚え鯉伴を愛しんだのに、名を呼ばれただけで魂が震える妾の、なんと浅ましく愚かで滑稽なことか。
 この男は老いた。姿も声も変わり、力は減じた。
 なのに、妾を魅了した輝きが失せたとは思えぬとは、どれほど未練がましいのか。
 今でも、今からでも、妾を選んでくれまいかと願う心が、どうしても消せぬ。消えてくれぬ。
 だけど、死んでもそんな有様を悟られたくはなかった。だから、足は止めない。
 震えるな、足。引き攣るな、顔。瞳よ、堪えなさい。葉桜繁るここには、泣き声をかき消してくれる吹雪も、泣き顔を隠してくれる雪も無いのだから、里に帰るまで我慢なさいよ。
「・・・・・・何よ?」
 妾の心など気にせずに、いつでもやりたいようにやるのが、この男だ。
 この男、こともあろうに、妾の袖をついと引いた。そして、こんなことを言う。

「行くな。お前がおらんと寂しゅうなる」

 瞬間、歓喜と怒りが嵐のように体内で吹き荒れた。
 妾は愚かだが、長の歳月にさすがに学んだ。この言葉に、他意は無い。きっと、無い。例えば納豆小僧にだって、同じように言うに違いないのだ。
 総大将なんて生き物は、寂しがりで欲しがりで、喪失に慣れても、まだ駄々を捏ねる。是と答えてくれと祈る息子と違って、是などとは答えまいと知っていて、祈ってすらくれずに、こんなことを言ってみるのだ。
 なんて酷い男。
 本当に、殺してやりたい。
 だから、アンタなんて嫌なのよ。腹が立つのよ。
 
 ・・・・・・だから、アンタを好きなのよ。

 瞳からほろりと零れようとした霰を、とっさに、顔の上半分を凍らせることで留めた。喉を叱咤して、なんとかして声を出させる。
「なら、どうしても出て行かなくちゃ。寂しがってもらえるんならね」
「おい、雪麗・・・・・」
 殺してやりたいほど憎たらしい男は、振り向かせようというのか、さらに強く袖を引く。だが、もう、顔を見られるわけにはいかなかった。涙を零さぬ為に凍りつかせた顔なんて、絶対に見せられない。

 アンタは、妾を、美しいと言ったのだもの。
 妾は、あんたに、美しいと思っていて欲しいんだもの。

「娘を、この家に寄越すわ。面倒みてやって」
 言うなり、己が作り出せる最大の吹雪を吐き出した。葉桜の緑が真っ白に染まり、障子も襖も跳ね飛ばされ、廊下も部屋も庭も雪に埋もれる。
「娘!?ちょっ、お前っ」
 妾の言葉と猛吹雪のどちらに驚いたのかは知らないが、枯れ木のような指が袖から離れてくれたから、妾は、吹雪に乗って舞い上がる。
 そして、叫んだ。
「さようなら、ぬらりひょん!アンタなんか、さっさとくたばっちまいな!」

 これが、妾と、ぬらりひょんとの、別れだった。








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「のぅ、氷麗よ」
「はい、初代」
 今にも初雪が降りそうなほど寒い縁側で、すっかり葉が落ちた枝垂れ桜を眺めながら、ぬらりひょんは、雪女に酌をさせていた。
 この雪女は先代と違ってまだ年若く未熟で、冷気の制御がうまくない。だから、燗酒など酌をする時は分厚い鍋つかみを用いるのだが、今宵、彼女は、白魚の指でそっと徳利を掴んでいた。つまり、酒は冷やだ。
 老いたとはいえ天下を獲った大妖なのだから、ぬらりひょんは、人間よりずっと冷気に強い。されども、寒さを感じぬはずはないのに、わざわざ冷やを用意させて酌婦に雪女を指名し、夜風が吹きっ晒しの縁側で呑むなどおかしなことだ。
 普段、ぬらりひょんは、この雪女に自分の用事を言いつけることはしない。
 先代の雪女は、二代目の鯉伴を慈しんだが、己を二代目の下僕とは考えず、鯉伴もそれを許した。先代の雪女の主は、初代ぬらりひょん唯一人であった。
 同じように、鯉伴は、この雪女も己の下僕とはせず、息子のリクオに仕えるように命じた。故に、リクオの現在の側近は、他は皆、鯉伴から受け継いだ者たちだが、今代の雪女はリクオだけの下僕だ。
 だからこそ、ぬらりひょんは、リクオの気持ちを考えて、これまで、この雪女にはリクオに関すること以外を命じなかったのだ。
 けれど、今宵は、かつての日々を夢にでも見たのか、今にも初雪が舞いそうな寒気を懐かしみでもしたのか、単なる気紛れか、自分のものではない雪女、己に長く仕えた雪麗の娘氷麗に、酌を命じた。
 そんなことをされて、氷麗が何も考えぬはずはない。だから、ぬらりひょんが次に口にした言葉は、氷麗の想定内だった。
「お前の父親は、どんな男だったんじゃ?」
「まぁ・・・・お珍しく私を名指しして酌を命じられたのは、その質問の為ですか?」
 予想通りの話題を切り出したぬらりひょんに、口元を袖で覆った氷麗は微笑んでみせる。常の天真爛漫な微笑みより、少し大人っぽく。
 そんなふうにすると、普段は雰囲気の違いでそうも思わぬのだが、氷麗は雪麗によく似ていた。
「そうじゃ、と言うたら教えてくれるのか?」
 雪麗の娘だと名乗った氷麗が一人で本家を訪れた時、誰もが、氷麗の父親、すなわち雪麗の夫について知りたがった。しかし、氷麗は。
「いかに初代であらせられても、こればかりはダメです。お教えできません」
 誰に対しても否と言うのみ。強面の貸元が脅し気味に問うても、首無や毛倡妓が優しく尋ねても、一度も口を割ることはなかった。 
 どういう理由か、当時総大将であった鯉伴は、氷麗に父親について尋ねることはなかったが、逆に、ぬらりひょんは、氷麗と初めて顔を合わせた時から、何度も同じやり取りを繰り返している。
 そして、毎度、突っぱねられているのだった。
「なんじゃ。つれないのぅ」
 ぬらりひょんは、老爺のくせに小僧のように口を尖らせたが、目は楽しげな色を浮かべていた。
 雪麗と氷麗、この雪女の母子は、顔立ち自体はよく似ている。だが、性格の違いもあるし、まだ年若い氷麗が雪麗の妖艶さを身につけておらぬこともあって、ぬらりひょんが普段の氷麗を見ても、雪麗と印象が重なることはほとんどない。
 しかし、雪女の畏れを全開にする戦闘時と、この話題に関してやり取りをしている時だけは、氷麗は、常の天真爛漫な雰囲気を拭い去って、母に似た妖しい艶を帯びた。
 だから、ぬらりひょんがこの話題を持ち出すのは、真相を究明せん為というよりは、長く傍にいた美しい雪女の面影を懐かしんで、という方が正しいかもしれぬ。
「まぁ、なんておっしゃり様でしょう。つれないのは、あなた様の方です」
 氷麗もまた、このやり取りを楽しんでいるようだった。亡き母を敬愛している氷麗は、母が生涯で唯一愛した男が、母のことを気にしてくれるのが嬉しいのだ。だから、母を真似て演ずるような物言いをする。
「雪女は、まこと扱い辛い女よな。のぅ、氷麗、お前の部屋を錦で埋め尽くせばよいか?白魚のその指全てに宝玉で拵えた指輪でも嵌めてやればよいか?氷室を備えた別宅でも誂えてやろうか?どうすればよい?」
 ニヤニヤ笑いながらそんな戯れを口にしたぬらりひょんは、筋が浮かぶ枯れ木のような指を、白魚の指にそっと絡めた。
 他の者が行ったならばとんだセクハラだが、セクハラは受ける相手の気持ちによって認定される為、愛嬌のあるぬらりひょんならば冗談で済んでしまう。氷麗は、くすくす笑った。
「ぬらりひょんというのは、本当に酷い殿方ですこと。魑魅魍魎の主様ならば、そのような物で雪女の真心は買えぬとわかっていらっしゃいますでしょう?」
「ならば、どうすれば、お前の口を割らせることができる?」
「それはもちろん・・・・」
 雪麗は、娘に対しても、断ち切れぬ己の恋情をくだくだしく語ったりはしなかった。さばさばした口調でそっけなく一言説明しただけだ。母の気性を理解し、己の出生を知る氷麗は、だからこそ、そこに、言葉では語り尽くせぬほどの深い想いを感じ取った。
 そして、誓ったのだ。
 たった独りで抱える行き場の無い想いを、片思いと言い、片恋と言う。好いた男女の間の子供を、愛の結晶なんて言う。
 叶わなかった恋故に雪麗が独りで産んだのが氷麗なのだから、氷麗は、雪麗の片恋の結晶と言えよう。雪麗の片恋は、氷麗という形で実を結んだのだ。
 だから、氷麗は、せめて雪麗の矜持を守りたいと思った。他の誰かが聞いたらつまらぬ意地だと笑うかもしれない、ちっぽけな矜持であっても。
 けれど、それこそが、雪麗が最後まで貫き通そうとしたモノなのだから。
「もちろん?」
 ぬらりひょんは、姪っ子をからかうような心持ちでいるのだろう。悪戯をしかけた時のリクオと同じ笑い方をしている。
 しかし、氷麗は、言葉遊びを楽しむ余裕がある様が、なんだかすこぅし憎たらしくなってしまったので、この、イイ歳をして稚気が抜けない男をちょっと懲らしめてやることにした。
 廊下の向こうから近づいてくる耳慣れた足音が、誰のものであるかなど気づいた上で、ぬらりひょんの方に身を乗り出す。
 そして、掴まれていないもう片方の手で皺だらけのその頬をそっと撫で、黄金螺旋の瞳を妖しく輝かせながら、囁いた。
「この口を、吸ってくださるならば」
「「!?」」






「じじいっ!てめぇ、人の側近頭に何やってんだ!?」
 氷麗を探してやってきたリクオは、予想だにしなかった己の側近頭と祖父の艶っぽいシーンを目撃して、一気に頭に血が昇り、すかさず、一子相伝の妖怪ヤクザキックを繰り出した。
「酌をさせとっただけじゃ!お前こそ何をするんじゃ、この馬鹿孫が!」
 リクオの妖怪ヤクザキックは、先だっての京都大戦では巨漢の門番妖怪を一撃で沈めた技であったが、今回は、攻撃を受けた相手がそもそもその技の持ち主であった初代ぬらりひょんなので、避けられてしまった。
 しかし、リクオは更に蹴りを繰り出す。
「嘘つくな!この、セクハラ妖怪えろりひょん!」
「落ち着け!ワシが『えろりひょん』なら、お前も『えろりひょんの三代目』じゃぞ!」
 草履も履かぬまま庭に下り、攻撃するリクオと、避けるぬらりひょん。
 スピードは若いリクオに歩があるかもしれないが、何分頭に血が昇っているので、技も使っていないし攻撃は単調だ。だから、経験豊富なぬらりひょんは、動きを先読みしてかわす。
「このっ!ぬらくら避けんな、じじいっ!」
「こりゃ、リクオ、止めんかっ!」
 ぬらりひょんがなんとか諌めようとするのだが、リクオは止まらない。
 リクオにとって、氷麗は初恋の相手であり、その上、狐の呪いが解けた保証が無い為に今は言い出せないが、いずれ呪いが解けたことを確信出来たら嫁にもらおうとも思っているので、自分の祖父とはいえあんなシーンを目撃してショックだったのだ。
 氷麗は、とても一途で、これまでずっとリクオを一番大切にして他の男に目を向けるような素振りすらなかったから、余計に。
「ちょ、ちょっと、お二人とも、止めてください!リクオ様、おじい様を蹴ってはいけません!」
 氷麗は慌てた。
 確かに氷麗はリクオが目にするようにして悪戯を仕掛けたが、それは、リクオはきっと、『何やってんだよ、じじい・・・』などと言って、我が祖父は老いても尚お盛んなのかと呆れる素振りをするだろう、と思っていたからだ。
 何も言われていないのだから惚れられているなんて知らない氷麗は、まさか、リクオが瞬時にエキサイトして蹴りを放つだなんて、予想もしなかったのだ。
「ほれ、リクオ、氷麗もああ言っておるから、そろそろ・・・・・」
「エロじじいっ!人の下僕の下の名前を勝手に呼んでんじゃねえっ!」
 真名が秘されていた時代の名残で種族名で呼び合うことが多い妖怪たちだが、氷麗は、若い妖怪で昨今の人界の風習に馴染んでいたし、母雪麗との区別の意味合いもあって、下の名で呼ばれることも多いし抵抗も無い。
 だから、リクオも、祖父が氷麗の名を呼ぶのも、氷麗が祖父に名を呼ばれるのも、どちらもなんとも思っていまいとわかっていたのだが、この時は癇に触った。
 オレの女を呼びつけて二人きりで酌などさせ、下の名を呼び手を握り、あまつさえあの白魚の指で頬を撫でられながらあんな際どい台詞を言われるとは何事だ、と思うと腹立たしくてならないのだ。
 リクオは、普段、氷麗に構う男がいたとて、不快に思うことはあれども、こんなにエキサイトしたりしない。氷麗の関心も真心も(そこに恋愛感情が含まれているかは不明でも)全て自分のものだとわかっているから、余裕があるのだ。
 しかし、相手がぬらりひょんとなったら、話は別である。
 リクオは、周りの者から、「氷麗の母である先代の雪女は、初代に心底惚れていた」「氷麗は母親に似ている」「リクオ様の夜姿は初代のお若い頃にそっくり」と聞かされていたので、「だったら、オレの夜姿が気に入ってるっぽい氷麗は、若い頃のじじいが好みのタイプどんぴしゃなんじゃねぇのか?」という疑いを常日頃から抱いていたのだ。
 そして、実際、それは間違ってはいなかった。
 氷麗の中の『女』として見た『男』のランキングでは、リクオが絶対の1位ではあるが、永久の2位がぬらりひょんと鯉伴で、他の者はほぼ同列の有象無象となっている。首無のそつのない器用さも、青田坊の武骨な思いやりも、黒田坊の意外な優しさも、河童の安定感も、牛鬼の渋さも、猩影のまっすぐさも、『仲間』としては高く評価しているが、『女』としてはほとんど関心が無い。
 雪女というのは、一途な女妖なのだ。
 聡いリクオは、そのランキングを無意識に感じ取っていたのだろう。だから、他の者相手には余裕を持てるが、老いたとはいえぬらりひょん相手だと、余裕を保てないのだった。
 懐から獲物を持ち出さない程度の理性は残っているが、以前自分が池に蹴り落とされて寝込んだ時ぐらいのことはしてもいいだろうと思っているので、蹴りはかなり力強い。
 孫と祖父の攻防をはらはらしながら心配していた氷麗は、老いのせいで動きが鈍ってきたぬらりひょんの袖をリクオの蹴りが掠めたのを見て、とうとうキレた。 
 全力で吹雪を吐き出して、叫ぶ。

「いい加減にしなさーい!」

 奴良家の庭に、他所の家より一足早い初雪が降った。
 それは、はらはらちらちらと舞い降りる儚さなど無縁な吹き荒れる豪雪で、庭は、一面雪景色となる。
 畏れでかわすのも間に合わずに雪塗れになった孫と祖父は、動きを止めた。そして、縁側で仁王立ちになって睨みつけてくる雪女を見やる。
「リクオ様!おじい様を蹴りつけようとするとは、何事ですかっ!?氷麗は、リクオ様をそのように育てた覚えはありませんよっ!」
「お前に育てられた覚えなんざっ・・・・あるけどよ」
 下僕としてではなく、育てた者として母や姉のように叱られると、リクオは弱い。幼い頃に悪戯をやり過ぎて叱られ、大好きな氷麗に嫌われたくなくて必死で謝っていた記憶が蘇るせいで、強く出られなくなるのだ。
「申し訳ありません、初代!リクオ様は、何か、混乱なさったのだと思います!どうぞ、お許しください。ほら、リクオ様も謝ってくださいませ!」
「・・・・」
「リクオ様!」
 リクオは、謝りたくなかった。氷麗は自分のものなのだから、自分には腹を立てる権利があると思うのだ。何の戯れなのか、自分以外の男の頬を撫でてあんな台詞を言ったのは氷麗なので、その事項に関する怒りを祖父にぶつけたのは不当だと思うが、他の事項に関する苛立ちは正当なはずだ。

 氷麗は、リクオのもの。

 それは、リクオが生まれてから今も、そしてこの先も、変わらぬ真実であるはずなのだから。
「よいよい、雪女。男子は男親と喧嘩するもんじゃ。ワシと鯉伴なぞ、庭を半壊させたこともあるぞ。だから、気にするな」
「ですが、初代・・・・」
「リクオ、お前の雪女を借りちまって悪かったな。雪麗がワシのもんだったように、この雪女はお前のもんじゃからなぁ、そりゃあ腹も立とうて。わかるぞ。もう返すから、仏頂面は止めてくれ」
 ぬらりひょんが引退した時、下僕は二代目の鯉伴に譲り渡した。心情としてはぬらりひょんの下僕のままでいる者もいただろうけれど、それでも、皆、公式には鯉伴が主だと認め、従っていた。
 雪麗以外は。
 ぬらりひょんは、己の下僕だった者が鯉伴を主と仰いだからと妬いたことは一度も無い。皆が鯉伴を盛り立ててくれることをありがたく思うばかりだった。
 しかし、雪麗が鯉伴を主としていたら、すこぅし面白くなかったかもしれぬ、とは思うのだ。
 ぬらりひょんが妻に選んだ女は珱姫だが、雪麗は、ずっと、気に入りの下僕だった。雪麗が自分に向けた想いと同じものを返してやることは出来なかったが、彼女の想いを重いだとか不快だとか思ったことはない。

 やがて散り逝く花を選んだ己だが、それでも、雪原の望月のようなあの瞳は、いつも、美しいと思っていたのだ。

 だから、ぬらりひょんは、氷麗に何度も尋ねているくせに、もし氷麗が父親のことを、雪麗が選んだ己以外の男のことを語ったならば、不快感を覚えたかもしれない、とさえ思う。
 老いた己でさえこの様なので若いリクオならば尚更だろうと考えたぬらりひょんは、先に下手に出た。そうされると、根が素直なリクオも、反省する。
「あー・・・・悪かったな、じじい」
「よいよい。で、リクオ、お前、雪女を探してたんじゃねぇのか?」
「ああ、そうだ。なぁ、氷麗、明日の襦袢に濃緋の半襟付けてくれ」
「わかりました。すぐやりますね。それと、足袋が汚れたでしょうから、替えを用意しますね。他にご用はございますか?」
「小腹が減った。酒となんか摘む物持ってきて、オレにも酌してくれ。冷やでな」
「・・・・・・冷えますよ?」
「いーから。冷やな!」
 そんなやり取りをしながら、若い二人は去ってゆく。
 雪麗との別れの時のように雪に埋もれた庭を眺めながら、再び縁側に腰を下ろしたぬらりひょんは、あの時と同じように手酌で酒を注いだ。
 今宵の月は、満月。白く染まった庭の上で、清らかな青い燐光に縁どられながら、煌々と輝いている。

 あの女の、瞳のように。

 だから、ぬらりひょんは、盃を干しながら雪上の月に語りかけるのだった。
「またワシに手酌酒をさせるとは。雪女は、まことつれない女じゃ。のぅ、雪麗?」
 月は、冷たく黙して答えず。ただ、雪に彩られた枝垂れ桜が、さやさやと夜風に枝を揺らした。







:::::::



 新しい季節には、新しい雪が積もる。
 じゃがのぅ、ワシはもう老いたから、昔の雪の面影ばかりを探してしまうんじゃ。
 嗚呼、雪麗、お前は美しい女じゃった。



【おしまい】
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