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雪の声

 ぬら孫 リクつらss。

 今週号「罠」の後のお話。
 
 自室に入って襖を閉めた途端、張りつめた糸が切れたように脚の力が抜けて、すとんと尻餅をついた。
 両手を後ろについて、ぼんやりと天井を眺める。
 天井の染みは、幼い頃に花だ魚だとなぞらえてみた時と何も変わらない。だがしかし、他の全ては変わってしまった。特に、本日、決定的に。
 リクオは、悪食の野風の襲来後、すぐさま総会を招集した。
 人間山ン本から生じた百物語組が行った、生粋の妖怪には到底考えつかない新しい攻撃方法に、会議は紛糾した。だが、リクオは、時に強引に、時に宥めすかして、奴良組のシマである浮世絵町への進入ルート、件の噂の出所、他に同様の仕掛けがネット上になされていないかの調査、シマ内の警戒、今後生じ得る事態への対応の決定、と可能な限りの対策を検討し、戦力を配備した。
 そして、総大将として、今すぐ、これ以上出来ることは何も無い、というところまで働いてから、自室へ戻ってきたのだ。
 だから、総大将からの命を受けて走り回る者の物音で、屋敷は騒然としている。
 この部屋だけが、静かだ。
 とても、静かだ。 
 駅前で我が姿が変じるのを人目に晒してから、リクオは、一息もつくことなく動いてきた。人間を守ったリクオを化物と罵った声は、耳の奥から消えずに底なし沼のような黒い不安を沸き立たせている。しかし、奴良組を愛する妖怪を背負う三代目総大将として、不安などに屈してはならぬと、まだ齢13の若さで己を律していたのだ。
 その反動が出たのだろう。誰の目にも晒されていない今のリクオは、部屋に灯りを燈すことも出来ず、夜着に着替えて明日の為に休養を取らねばならぬと理解しつつも、もう指一本動かしたくなくなってしまっていた。
 疲れてしまって。
 とても、疲れてしまっていて。
 必死で押しのけていた底なし沼にとうとう脚を取られてしまってから。

 きっと、そのまま、朝日を浴びて姿が変じるまで、天井を眺めてしまっていたことだろう。
 白い手が襖を開けてくれなかったら。





 つららが声を掛けもせず主の部屋に入ろうとしたのは、世話係として布団を敷く為だった。
 側近頭として総会に参加し片付けまでしていたつららは、部屋から物音がせず僅かな光も漏れていない様子から、リクオ様は湯を使っているのだろう、ならばお疲れに違いない今宵はすぐにお休みになるわね、と考えたのだ。
 だから、真っ暗な部屋に力が抜けた様子で座り込んでいるリクオの姿を目にして、とても驚いた。
「リクオ様っ!?」
 天井を眺めていたリクオは、その声に、目線だけを動かす。
 すぐさま駆け寄ったつららは、しかし、リクオがこうして座り込んでいる理由が身体の変調などではないことに、すぐに気づいた。
 夜姿が常に纏っている芳しく濃厚な畏れの気配はどこにもなく、夜闇を圧して炯々と輝くはずの紅の瞳が、ぼんやりと視線定まらぬ様子だったから。あの艶やかな紅が褪せたように見えたから。
 リクオの生い立ち全てを見つめてきたつららは、リクオの疲れを感じ取る。
 そして、何も言えなくなった。
 つららは、側近頭を賜ったことを誰もが順当だと思うほどに、リクオの傍近くに常に寄り添っている。リクオを慕いついてくる妖怪は数多あれど、つららと同じぐらいにリクオを理解しているのは、義兄弟の杯を交わした鴆ぐらいであろう。つららは、リクオの為すこと願うこと全てを、受け入れ応援したいと心底思っている。だから、『妖怪として』のリクオだけではなく、『人間である』リクオも理解しようとしているのだ。
 故に、わかってしまった。
 リクオが何に疲れているのか、如何なる不安に憑かれているのか。
 8つの歳に妖怪を拒んでから、リクオは、人間社会に己の居場所を築く為の努力を続けてきた。謗らず妬まず倦まず病まず、常に笑顔で快活で、しかし出過ぎることはなく、人の頼みを快く引き受けて、他者を害することはなく。心無くふりをするのではなく、己の心の形をそのように作り変えんとして。それは、小学生の子供にはあるまじき、悟りを目指す修行僧かと問うてやりたくなるような努力であった。
 中学に上がり妖怪任侠の跡目を継ぐと決めた後も、人間としては『良い奴』たらんとする努力は続けられていた。それは、慣習でもあったし、何より・・・・・恐怖であったのではないか、と、決して口にはしないもののつららは常々思ってきた。
 神話や伝承に謡われる妖と人との不和の物語の原因は、単に、妖が人に悪しきことを為したというだけではなく、それ以前の根底に、人が異端を厭う気持ちがあったからだということを、生粋の雪女として産まれ、リクオの護衛として人に混じることも多いつららは、理解している。
 人は一人では弱く脆く無力で、だからこそ、群れて生きる生き物。故に、群れを乱す恐れがある異端を忌避してしまう。
 もちろん、人間の中には、異端にこそ新規の力があるとして異端を歓迎し求める者もあるし、異端を受け入れる度量のある者もいる。されど、異端を闇雲に厭う者は、どうしてもいるのだ。それは、幾人の聖者が異端を厭う愚を諭したとて、幾人の賢者が異端を受け入れる理を説いたとて、それで数を減らすことが可能であったとて、・・・・やはり、いるのだ。
 異なっていることと悪しきことが同義だと思い込み、それを根拠にして攻撃を加えてくる輩は、いなくならないのだ。
 リクオは聡い子供であったから、そのことをよく理解していたのだろう。だから、『良い奴』たらんとする努力を続け、なのに、人間に胸襟を開くことは出来なかった。
 リクオは、幼馴染のカナを、妖怪に憧れる清継を、妖怪が在ることを知る清十字団の面々を好いている。彼らが困っていたら助力しようという気持ちはあるし、共に居ることを望んでもいる。
 しかし、リクオは一度も、そう、妖怪を拒んでいた間ですら一度も、『人間であり妖怪でもある自分のことを、人間に理解して受け入れて欲しい』などと口にしたことはない。
 人間社会に居場所を求める者として、望まなかったわけではないだろう。だが、おそらく、望んではならぬと己を戒めていたのだろう。
 それを求めては破綻する。願いが満たされぬ苦しみを抱えねばならぬ。その願い故に何かを歪めてしまうかもしれぬ。
 悲しいほど聡いリクオはそれを理解していて、だからこそ、願いを抱くことを諦めていたのだ。
 幸いにして、秘密がバレた花開院ゆらは、まっすぐな気性のままにリクオの存在を受け入れてくれた。身体を張って共闘し、現在も同一の敵を持つ間柄として、他の花開院の陰陽師たちも、リクオを拒みはしなかった。
 だから、これでいい、もうこれ以上は求めるまい、とリクオは無理に願いを殺すのではなく、上手に願いを断ち切ろうとしていた。断ち切ることができるはずだった。後もう少し経てば。
 けれど、まだリクオは若くて、幼くて、人間の世界に居場所を求めて足掻いた記憶があまりにも鮮明なので・・・・このように疲れてしまったのだ。
 己の何年もの努力を、この先も続くはずだった平穏を、一日にして全て砕かれてしまいそうだから。
 明日、いや、あと数時間で夜が明けたその先に、すっかり変わってしまった世界が待っていそうだから。
 つららは、その心情を慮り、悔しくなって、悲しくなって、そして、何も言えなかった。
 人ならぬこの身で、発せられる言葉など無い。
 だから、部屋に入り込んで襖を閉めて、膝立ちになり、そっとリクオの頭を己の胸に抱き寄せた。
 せめて、夜が明けるまでの間、何も見なくていいように。どんな雑音も疲れたリクオの耳を汚さぬように。
 深山に降り積もる雪が音を吸い込み世界の全てを白一色に染め上げるみたいに、あんまり疲れてしまったリクオは、せめて後数時間ぐらいは、もう何も聞かせず何も見せずにいたいと思って、包むように守るように抱きしめた。





 白い手が襖を開けて、白い衣を纏う女が現れた。
 自分の名を呼んで駆け寄ってきた女は、けれどそれ以上言う前に全てを察した様子で、愛らしい顔を悲痛に歪める。
 彼女がこんな顔をするのは自分を思いやってのことだとわかっていたので、そんな顔を見たくはないし、そもそも会話をするのも億劫だったので、退出を命じようとした。
 そうしたら、その前に、白い胸に抱き寄せられたのだ。
 柔らかくて、優しくて、いい匂いがして、・・・・・なのに人ならぬ冷たさの身体。
 真冬にその冷たさに震えあがったことはあるが、彼女に触れられて嫌だったことは、これまで一度も無い。
 闇に生きる妖の道を選んだはずの自分なのに、一番心安らぐ色は、彼女の白だ。闇に輝く白雪こそを、最も美しいと思い、そして、目にする度に安堵する。
 己では人であり妖でもあるつもりだが、それを、人にも在らず妖にも在らず、と称されることもあろう。そんな時でも、この白が在る限り限り、己は道を見失わぬし、独りにもならぬのだ。
 どこまでも己を想ってくれる優しい女は、だから、今も、疲れ切った己に必要なものを差しだしてくれた。
 白い腕で守り、白い胸で憩わせてくれる。
 細い指が宥めるように頭を撫でるので、成人し総大将を継いだ身に守子をあやすような振舞いだとは思ったが、
守子であった頃からこの腕の中が安らげることはよく知っていたので、促されるように身体を預けて、目を閉じた。
 目を閉じると、耳が鋭くなる。
 部屋の外の喧騒は心に届かなかったが、柔らかい女の胸の奥で鼓動が刻まれる音は、よく聞こえた。
 夕刻から耳の奥でこだましていた己を異端と罵る声がどんどん退けられて、規則正しい脈拍だけが耳を打つ。
 冷たい雪。柔らかい雪。優しい雪。
 己を罵る外界から、雪が守ってくれている。
 後数時間で、夜が明ける。
 朝になれば、状況を見極める為にも、学校へ行かねばならないだろう。人間の世界が己を受け入れてくれるのか、拒まれるのか、それはわからない。未来は常に不確定だ。
 けれど、確かなことも在る。
 さっきから、己を抱き寄せながら声を殺して泣いているこの女は、己が人の姿をしていようが、妖の姿をしていようが、傍に寄り添ってくれるのだろう。想っていてくれるのだろう。
 それなら、きっと、己は戦える。人間としての日常が壊れてしまって二度と手に入らぬとしても、立ち止まったり迷ったりすることなく歩いて行ける。
 そう思ったから、だから、今、みっともなく座り込んで女に縋る自分を赦してやろうと思った。女の背に腕を伸ばして、胸に縋りつく。
 ますますよく聞こえる心音が、とても心地よい。
「つらら、うるせぇよ・・・・・」
 



 声になんかされずとも、知っている。
 いつだって、お前は、その胸の中で、オレの名を呼んでくれているのだから。
 
 だから、オレは、ボクは、大丈夫なんだ。


【おしまい】



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