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雛逃げ (前)

ぬらりひょんの孫、リクつらss。
 
 33334hitのしのぶ様リクエストの「つららに『あなた』と言わせておいて自ら悶絶するリクオ」で、・・・・・・なんでこうなった?みたいな出来ですが、その上前後編にしてしまいましたが、明日UP予定の後編と合わせて、しのぶ様に献上させていただきます。
 リクエスト、ありがとうござました。

 以下にどうぞ~。


「無理です~っ!」
 いつぞやの戦いの時と同じように、涙目で走り去る雪女。新雪のごとく穢れなき白い袖が、ひらっと翻る。揺れる黒髪。走るのに不向きなはずの女物の着物で、なのに意外と素早く去っていくその後ろ姿。 
 しかし、今宵の主は以前とは違った。追い縋る形で手だけ伸ばして見送ったのは、まだ若頭であった頃の彼。三代目となった主は、盃を置いて立ちあがる。
「逃がすかっ!」
 十六夜の月に照らされながら、奴良屋敷にて、側近頭と三代目の追いかけっこが始まった。





 発端は、今日昼寝した時に見た夢だ。
 夢の中で、ボクはまだ幼い子供で、季節柄仕方がないことなんだけど、降り続く長雨にうんざりしていた。やんちゃな盛りだったから、庭で遊べない日が続いてむずむずしてたんだ。
「つららー、外に出ちゃダメ?濡れても、後でお風呂に入ったらいいんじゃないの?」
 今に至るまでずっと、ボクの一番お気に入りの下僕はつららだ。雪女のつららは、雪山で遭難した男の心を虜にする女怪だけあって、顔立ちは大層愛らしく、声は鈴を転がすよう。肌はすべすべ、髪はさらさら、抱きしめると柔らかくて涼しくていい匂いがするし、何よりリアクションがいいとあっては、数多の下僕を差し置いてお気に入りになるのも当然だった。
 それに、素直なつららは、ボクが愛しくて堪らないのだと言葉でも行動でも常に伝えてくれるので、一緒にいるだけで幸せな気分になれるんだ。
 だから、その日も、遊んでくれとねだった。正座したつららの膝の上に上半身を乗り上げて、必殺の上目遣いで。
「泥だらけになっちゃうのは洗濯すればいいですけど、お風呂に入る前に風邪をひいちゃいますから、お庭で遊ぶのは駄目ですよ。リクオ様、明日には雨も止むようですから、今日はお部屋の中で遊びましょうね」
 愛情深いつららは、己の労苦など気にしないぐらいボクに甘いけど、身体の心配をし始めたら退いてくれない。
 おねだりは失敗だ。我がままなお坊ちゃんそのものなボクは、機嫌を損ね、口をとがらせて足をぷらぷら揺らす。
「でも、おはじきもお手玉もカルタももう飽きちゃったよ。人生ゲームとかトランプとか双六とかは、みんな弱過ぎてつまんないし」
 ボクは、ぬらりひょんの特性なのか、引きが強いんだよね。清継君の妖怪ポーカーも常勝だし。だから、天運で勝敗が決まるゲームをすると、だいたい勝っちゃってつまらない。かといって、この頃はまだ、囲碁とかは難し過ぎたし。
「それは、みんなが弱いというよりはリクオ様が強過ぎるだけかと思いますが・・・・。では、何をなさいますか?」
 つららは、拗ねたボクの背中をせっせと撫でてくれた。そんなふうにされると、じめじめと湿度が高い中でひんやり冷たい指先は気持ち良かったし、何より指先から幼い主の心を慰めたいという気持ちが伝わってくるから、機嫌なんかすぐに直る。
「うーん・・・・あ、ボク、おままごとってやったことない」
「おままごと、ですか?」
 ボクが好んでいたのは身体を使う遊びや悪戯で、おままごとなどはしたことがなかった。だけど、幼稚園で女の子たちが遊んでいる姿はよく見かけたので、ふと思い出したのだ。 
「うん。やろうよ、つらら!じゃ、ボクが旦那様ね」
「私は何の役をやればよろしいですか?側女ですか?貸元ですか?」
 つららは、ボクの提案が穏便なものだったのでほっとしたんだろう(さては、悪戯の片棒を担がされるかと思っていたな)。にこにこと笑っている。
「何言ってるんだよ。ボクが旦那様なんだから、お前は奥様に決まってるだろ!はい、ほら、旦那様が家に帰ってきたよ!ただいま、つらら」
 勢いよく立ちあがったボクは、一度廊下に出て、すぐに襖を開けて中に入ってくる。つららは、慌てて、三つ指をついて頭を下げた。
「ふぇっ?あ、はい。おかえりなさいませ、リクオ様」
「違ーう!それじゃいつもと同じだろ!つらら知らないの?奥様は旦那様をこう呼ぶんだよ!」
 そして、小さな身体をふんぞり返らせて、偉そうにボクが講釈したこととは・・・・・・・

 短い昼寝から目覚めたボクは、ニヤリと口元に笑みを浮かべた。





 鵺との大戦を終えて二ヶ月、最近、ボクには、一つ、不満があった。
 校内の雑用で忍耐力を培った昼姿であっても決して我慢ならない、看過など不可能な不満である。
 それは、惚れた女が「男」として扱ってくれない、ということ。
 つららは、今宵こそはと迫る度に、ボクを子供扱いして逃げるんだよ。
 確かに、ボクは人間としては成人していないし、昼姿の身長はつららを追い越しはしたものの、まだまだ成長途中の中学生だ。人間社会では、「大人の男」としては扱われない。それは、認める。
 けどね、それは、ボクが純粋な人間であったら、という話じゃないのかい?
 オレの1/4は妖怪で、妖怪としては成人している。それに、先頃、大妖・・・・ていうかありゃあ荒御魂とでも呼ぶべきだろうという鵺を倒し(みんなのおかげでな)、名実共に魑魅魍魎の主となった。
 年若い故に経験不足な面はある。あるが、妖怪としちゃあ一人前になれたつもりだ。
 だから、妖怪であるつららに子供扱いされるのはおかしいだろう、というのがオレの主張だ。
 だいたい、つらら本人も、奴良リクオを「男」として見ているはずなんだよ。
 そうでなければ、勝利の高揚がどれほどあったとしても、鵺を倒したあの夜にオレを突っぱねたことだろう。
 あの夜、主の布団を敷き終えて、つららは退出しようとした。その時、つららの腕に巻かれた白い包帯が袖から垣間見えて、それで、オレは辛抱が出来なくなっちまった。
 惚れた女に傷を負わせちまった自身へ憤りがこみ上げると同時に、そうまでして己に尽くしてくれるつららの真心が尊く眩しく、そして切なくて、頭の中がぐちゃぐちゃになったまま、腕を掴んで引き寄せる。
 出来るだけ痛くないように、けれど逃さぬように、つららが敷いてくれた布団の上に細い身体を押し倒した時、オレは、つららの真っ赤に染まった耳元でこう囁いた。
「凍らせてもいいぞ」
 どうしても触れたかった。欲しかった。眩暈がするほど、血が熱くて。
 だが、つららを傷つけたくはなかった。
 自分自身じゃ止まれねぇから、つららが拒みたいのならば、つららに止めてもらおうと思ったんだよ。
 しかし、つららは。
「・・・・いいえ」
 確かにそう言った。震えてたし、小さな小さな声だったけどな、つららは、己の意思を表明してくれた。
 だから、オレは、滾る恋情に従って、唇を重ね、帯を解いたんだ。
 どれほど長く生きようと一生忘れないだろう、甘美な愛しい夜だった。
 翌朝、目覚めると、夜具の中にはボク一人。
 慌てて、寝間着のまま厨房へ駆け込むと、昨夜の甘く蕩けた顔が嘘のように忠実な側近の顔をしたつららが、何食わぬ声で朝の挨拶をしてきて、・・・・・・現状に至るわけだよ。
 抱きしめようと伸ばした腕はすいっと避けられ、口吸いを迫ればぺしんと額を叩いて「駄目ですよ。もう子供じゃないんですから」なんて言ってくる。「ボクのこと好き?」と問えば、「もちろん好きです。大事な大事な愛し子ですもの」なんて答えられ、「オレに惚れてんだろ?」と問えば、「はい。大事な大事な主様ですから」なんて返されて、男のプライドは粉々だ。ならば、とあの夜のことを蒸し返そうとしてみれば、何やかやと用事を作って逃げられる。
 何でこうなった?
 ボク、何か間違えた?
 だけどね、ボクはまだ若いし、側近頭の上に護衛でもあるつららは、四六時中側にいて、同じ屋根の下で寝泊まりしている。何より、一度あの甘い夜を味わってしまったんだ。
 思春期男子が我慢できるかっ!ていうか、我慢しなくちゃならない理由がわかんないよっ!
 ボクは、戦後処理で忙殺されていたとはいえ、無理強いをしなかったこの二ヶ月の自分を偉いと思う。
 そして、これ以上偉くなる必要はないし、無理だともと思う。
 だから、今夜は退かない。絶対に、つららを捕まえてやる!
そう決意して、つららを私室へ呼びつけた。





「リクオ様、お呼びですか?」
「うん。こっちおいで」
 夜に男の私室に入るというのに、つららは、警戒もせずにとことこ近寄ってくる。
 これは、まあ、仕方がない。昔から、この部屋の掃除も洗濯物をしまうのもつららがやってるから、第二の自室のような感じなんだろう。実際、この部屋のことはボクよりつららの方が把握してるし。
 腰を下ろすように促すと、つららは隣の畳に座った。下僕として正しい位置だ。黄金螺旋の瞳が、まっすぐにボクを見つめる。
 つららがボクを主として慕っているのが、いつものことながら、ひしひしと伝わってくるなぁ。
 けど、こんなに警戒心のない健気な生き物を罠にかけようとするボクの胸には、罪悪感なんかこれっぽっちもないんだよね。
 いや、むしろ、こんなに可愛い生き物は、奴良組総大将自らで保護すべきだと思うんだ。
「つらら、今日昼寝してたら、懐かしい夢を見たよ。昔、二人でおままごとしたことあったよね。覚えてる?」
「覚えております。雨の日が続いてお外で遊べないからと、リクオ様はすっかり拗ねてしまわれて・・・」
「ねぇ、あの時みたいにボクのこと呼んでよ」
 懐かしそうにしみじみ言いやる言葉を遮り、膝が当たるぐらい詰め寄って、顔を近づけた。白桃のような頬に赤みが差す。
「ふぇっ?」
 つららの反応に気をよくしながら、ボクは人差し指を伸ばして、つららの唇にちょんと触れた。柔らかい。
「この唇で、『あなた』、てさ」
「なっ、何をおっしゃっておられるのでございますか!?リクオ様はもう子供ではないのでございますから・・・・」
 つららは器用に、正座したままでずざざっと後ずさった。しかし、ボクはそこに更に詰め寄る。
「そう。ボクはもう子供じゃない。お前を抱いた男だ。だから、それぐらい呼んでくれたっていいだろ?」
 絹糸のように滑らかな髪を一房手にとって、口づける。髪に神経が通っているわけではあるまいに、つららはビクっと震えた。
 良い兆候だと、ボクは目を細める。つらら、お前、こんな反応をしておいて、ボクを子供だなんて言わせないよ?
「ねぇ、つらら、呼んでよ?」
 呼んでくれないのならそんな口は塞いでしまおう、と眼差しで語って顔を寄せると。
「無理です~っ!」
 真っ赤になったつららが、勢いよく立ちあがった。そして、あっという間に走り去る。
 こうして、冒頭に至るわけだ。





 若き主が早くに自室に下がった為、連日繰り返されていた宴会は今宵はなしになり、奴良家の妖怪たちは、思い思いに夜を過ごしていた。
 望月こそ昨夜であったが、十六夜の月にも風情を見出すのが日の本の民というのもの。
 武骨な印象がある特攻隊長たちは、粋でいなせな二代目に心酔したぐらいだから、これで案外風雅というものをわかっている。
 彼らは、十六夜の、決して満ちてはいない、これより欠けゆく月を見上げて、ゆるゆると時を過ごす贅沢を楽しんでいた。
 しかし。
「つらら、待て!」
「いやぁぁ~っ!」
 しんみりした風情など打ち砕く勢いで、足音が二つ、中庭に面した廊下を爆走している。向かいの縁側で将棋を指していた青田坊と黒田坊は、よく知った声に顔を上げた。
「リクオ様?」
「雪女?」
 耳まで赤くなった雪女のつららを、昼姿のリクオが追いかけている。
 リクオはクラスでも一二を争うほどに足が速い。つららとて吹雪に乗って現れる妖なので身は軽いのだが、女性の着物は裾でもからげないと走るのに不向きである為、リクオが追い上げてきた。ひらひら揺れる袖に手を伸ばす。
「つらら、捕まえ・・・・」
「ふぅぅ~っ!」
 雪女のターン!滑氷回廊!
 リクオが袖を捕まえる寸前、つららは足元に向かって氷の吐息を吹きつけた。途端に、廊下が凍る。
 つららは普段ドジっ娘だが、己の眷属である氷に滑ったりはしない。しかし、リクオは勢いよく転んで尻餅をついてしまった。
「つっ!」
 主の苦痛の声に一瞬反射的に振り向いたものの、つららは、氷の上を滑るように駆けて、廊下の向こうへ走り去っていった。
 しかし、今宵のリクオがこれぐらいのことで諦めるはずがない。奴良リクオは、柔和な顔立ちからは意外なほどに意思が強いのだ。
「上等だっ」
 瞬時に夜姿へと変じると、あり余る妖気を桜の花びらの形で放出した。花びらは、柱や床は焼かずに、雪女の畏れによって生じた氷だけを溶かす。
 立ち上がったリクオは、つららを追って駆けだした。
「なんだ、あれは?雪女の奴、リクオ様の命令に背くとは」
「ほっとけ。ありゃあ単に、犬も食わねえってやつだから」
「犬?」





 弱き者を守ってくださるのが、魑魅魍魎の主たる奴良組の総大将。 
 だから、奴良家には、武によって身を立てること叶わない小物妖怪たちが多く棲みついている。
 納豆小僧は古株で、初代の京都遠征にも随行した彼は、小物たちの相談役になっていた。
 今宵は、雲のない十六夜。奴良家では主の人間的生活に合わせて夜に眠る者も多いとはいえ、妖怪にとっては夜こそ本番。こんな夜に早々に眠ってしまうなんて、そんな勿体ないことはできない。
 では十六夜をお題に連歌でもして、歌が出来た者から盃を干していこうか、と納豆小僧がいかにも酒飲みらしい案を出し、小物たちはいそいそとその準備をしていた。
 庭に緋毛氈を敷き、酒やつまみや紙や墨を運び込んでいると、・・・・ん?何やら後ろが騒がしい? 
「待ちやがれっ!」
「ひぃぃぃ~~っ!」
 廊下の角から声と足音が聞こえてきたと思った途端、運悪く廊下に立っていた納豆小僧は、氷の吐息に直撃されて冷凍納豆となった。
「ごめんなさいぃっ」
 つららは、凍りついた納豆小僧を、身軽にぴょんととび越える。
「待てっつってんだろうがっ!」
 そうまでして己から逃げようとするつららに苛立ったリクオは、妖気の桜を廊下に散らせた。この桜は、物質は透過するが畏れには反応して火花を散らして相殺する。
 故に、こちらも運が悪い豆腐小僧が、障子を開けて廊下に出てくると、大事な豆腐が焼き豆腐になってしまった。
「あ、悪ぃ」
 涙目の豆腐小僧に一応謝りつつも、リクオは、足を止めずにつららを追う。
 小物たちは、我らが大将の暴挙に呆然とし、無言でその背を見送る。







 奴良屋敷の東の回廊に面した部屋に、一組の男女の姿があった。
 男の肩に頭を預けて盃を傾ける女と、女に酌をしながらもう片手で女の肩を抱いている男。
 二人の間に、言葉はない。
 夫婦の誓いこそ立ててはいないものの、多少の紆余曲折がありながらも、互いに互いを唯一の相手として長い年月を過ごしてきた。
 二人は、そこらの夫婦以上に互いのことがわかっているから、余計な言葉などいらないのだ。
 女が盃を干すと、男はその白い手から盃を取り払った。そして、ゆっくり顔を寄せる。女は艶やかに微笑みながら、そっと目を閉じた。
 二人の距離は、ゆっくりと縮まって。やがて、ゼロに・・・・・
「邪魔するぜ!」
 スパーン!、と前触れなく襖を開け放った狼藉者のせいで、距離はゼロにはならなかった。
「え!?あ、あの、リクオ様?」
「何かあったんですか?」
 何も悪いことはしていないはずなのに(ここは首無の私室である)、首無と毛倡妓はあたふたと慌てたが、険しい顔をしたリクオはずかずかと部屋に上がり込み、障子の前に立った。
「悪ぃが、ちょいと静かにしててくれ。組の一大事なんでな」
 背を向けて立つリクオが放った一言に、三代目総大将側近たちは、はっと仕事モードに切り替わって、立ちあがって身構える。
 鵺との大戦も勝利し、奴良リクオが名実共に夜の世界の頂点を極めた今、日々は概ね平和であった。無謀にも魑魅魍魎の主に挑む者はいるが、上空では三羽鴉が警戒していることもあるし、奴良家に入り込める侵入者などいるとは思えない。
 しかし、だが、大事な主がこうまで真剣なのだから、自分たちがイチャついていたうちに、何かは起こっていたのだろう。 
 そう考えた首無と毛倡妓は、無言のまま辺りの気配を探る。
 ん?何やら廊下が騒がしいし、それに、寒い・・・・・?
「つららっ!」
 障子に人影が映った瞬間、リクオはスパーンと障子を開け放ち、廊下に飛び出して腕を伸ばした。
「ふぇえ!?」
 闇雲に冷気を吐きながら廊下を駆けていたつららは、突如前方に現れたリクオに心底驚く。つららは、自身の畏れで凍らせた上を滑るようにして駆けていた。だから、勢いがついていて、急には止まれない。
 ならば、このまま、待ち構えるリクオの腕の中に飛び込むか?、と思われた瞬間、それは起こった。
「うぉっ!?」
「おぉ!」
「まぁ!」
 首無と毛倡妓が声を上げたのも、無理はない。
 何も考えず小動物の本能のまま身を屈めたつららは、スライディングの要領で、リクオの腕をすり抜けたのだ!
 リクオが昼姿であったならば、無理だったかもしれないが、背の高い夜姿で腕の位置も高かった為に、つららのスライディングは成功してしまった。あまりにも見事なファインプレーであった。 
 リクオは、一呼吸の間、呆然とつららの後ろ姿を眺め、それから、はっと我に返ってつららを追いかけ出した。
「待ちやがれっ!」
 後には、何とも言えない顔で互いに見つめ合う、首無と毛倡妓が残された。
 



 
「河童、つららを足止めしろ!」
「え?」
 前方の池に己の側近である河童を見つけたリクオはすかさず命令したが、手酌で月見酒を楽しんでいた河童は、咄嗟に対処しきれない。
「ごめんなさいぃっ!」
 河童が命令に戸惑っている間に、つららは池に吹雪を放った。
 河童の名誉の為に述べておくが、彼は決して弱くない。華々しい活躍こそ多くないものの、乱戦においても己の為すべきことをわきまえた堅実な戦い方ができる、立派な武闘派妖怪である。
 しかし、畏れという特殊能力を駆使して戦う妖怪たちのバトルには、相性が大きな問題で、河童の操る水と雪女の操る冷気とでは、敵対するにはあまりに相性が悪かったので。
 河童は、池ごと凍らされた。
「あ」
 リクオは、凍った河童に目をやったが、止まらずに駆けてゆく。
 十六夜の月が、池の氷の柱を照らしていた。

 

 
「青、黒、つららを止めろっ!」
「合点承知!」
「雪女、観念しろ!」
 主がそう命令を発した時、特攻隊長たちは既に臨戦態勢であった。
 青田坊と黒田坊は、さっき、中庭の向こうの廊下を駆けていく二人の姿を見送り、その後、他の住人を巻き込みながら廊下を爆走している音が聞こえたので、そのうち来るだろうと予測がついていたのだ(だから、将棋盤も片付けておいた)。
「ひぇぇぇ~っ!?」
 巨漢の武闘派妖怪である黒田坊と青田坊に立ち塞がれて、つららは慌てた。黒田坊が前衛、青田坊が後衛という配置の為、先程のようなスライディングはもう成功すまい。つららは焦って視線をあちこちへ彷徨わせ、そして、妙案を思いつき、最大出力で氷の息吹を放つ!
「ふぅぅう~~っ!」
「えっ?」
 つららが放った冷気は、空気中の水分を氷結させて、東と西の回廊の間に氷の橋を生じさせた。黒田坊があっけに取られているうちに、すてててっと氷の橋を渡り切ってしまう。
「おい、黒!」
「ま、待て!雪女!」
 青田坊に背中を小突かれて我に返った黒田坊は、つららを追って氷の橋を渡ろうとした。
 ここで、考えるべきことがある。
 黒田坊は背が高く、袖の内に数多の暗器を隠し持っているので、かなり重い。つららが作ったのは、手すりも何もない氷の橋。氷を眷属とする雪女のつららだからこそ無事に渡り切れたが、普通の人間や妖怪が渡れるはずもない。
「うぉお!」
 案の定、何も考えずに追いかけた黒田坊は、踏み出した第一歩で滑った挙句に、自重で氷の橋を叩き割って、中庭に落っこちた。 
「ちっ」
 舌打ちしたリクオは、走ってきた勢いを更に加速して、中庭の茂みや枝を足場に、妖怪だからこそ出来る軽やかな跳躍で、なんとか向かいの廊下に渡り切った。そして、庭におっこちた下僕には一瞥もくれずに、つららを追いかけてゆく。
「うぉっ、髪が茂みに絡まって!?青、助けてくれ!」
 青田坊は、重いため息を吐いた。





 離れを除いた屋敷のほとんどの廊下が凍りついた頃、つららの前方に二つの人影が現れた。
「!?」
 赤い紐を構えた首無と、扇の鈴をりゃんと鳴らした毛倡妓だ。
 一見して柔和な美男美女だが、二人は、二代目の側近も勤め上げたれっきとした武闘派妖怪だ。その二人が畏れを解放して待ちかまえているのだから、つららは焦った。
 だが、首無も毛倡妓も獲物の効果範囲が広く、臨戦態勢で油断も望めない為に、今度こそ逃げ場はない。
 混乱したつららがちらっと後ろを振り向くと、リクオが後ろから迫ってくる。
 こうなったら二人を凍らせてでも!、と決意したつららは出力を上げる為に息を吸い込んだが、二人の方が早かった。
「無駄よ」
 瞬時に、毛倡妓の髪が伸びてつららを包み込んだ。
「きゃあっ!」
 毛倡妓の髪は、ちょっとでも美しいだとか怖いだとか感じてしまうと、炎も雷も冷気も通じなくなる。臨戦態勢の毛倡妓を前方に発見した時から、つららは怯んでしまっていたので、抵抗も出来ない。つららは、毛倡妓の髪にからめとられた。
「よしっ!」
 毛倡妓が捕獲に成功した姿を見て、笑みを浮かべて駆けよるリクオ。しかし、次の瞬間、その秀麗な面には驚愕が刻まれた。
「うぉっ!?」
 首無が、主の足元に紐を放ったのだ。紐が足首に絡まる。まさかそんなことをされるとは思わなかったリクオは、あっさりと逆さ吊りにされた。
「おまっ、首無!主を逆さ吊りたぁどういうことだ!」
「毛倡妓、離して~!」
 紐と髪で捕縛されて、じたばたと暴れるリクオとつらら。
 そんな二人を見下ろして、背筋が凍りそうなほどの畏れを纏ったままの首無と毛倡妓は、声を合わせた。
「「で、どうして、屋敷中に迷惑をかける追いかけっこが始まったんですか?」」
 そう問うた二人の表情は、美しくも畏ろしい笑顔であった。


(後編に続く)
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