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しなやかな腕の祈り

 ぬら孫 リクつら小説。
 
 この作品を読んでくださる方は、以下の注意を読了願います。

【注意】

・この作品は、百鬼夜航路の木公様の素敵トーク「例えばリクオさんが、つららさんを失って本気で魔王を目指すフラグが立ってしまったら、ゆらちゃんには伝説の勇者フラグが立つんだと思う」という設定に萌えた水鏡が、許可を得て、分岐EDの1つを書かせていただきました(木公様、ありがとうございます!)。
・なので、リクオ様は魔道に堕ちて魔王となっておられます。
・設定上、つららさんはお亡くなりになっておられます。
・物語の都合上、つららさんの娘の咲麗というオリキャラが登場しております。
・どこぞの霊界探偵漫画の氷女の設定を一部拝借し、「雪女は、望むならば、生涯に一人、単為生殖で娘が産める」ということにしております。


 この注意を読んで大丈夫と思われた方は、以下へどうぞ。
 以下に、『魔王リクオVS伝説の勇者ゆら分岐ED~開かれたパンドラの箱ルート~』をぎゅぎゅっと押し込めておきます。
 ぎゅぎゅっ!
 いきなさい、と母は言った。

 純白のはずの着物を所々真っ赤に染めて、立つのもやっとの姿で、なのに顔を上げて。
 私と同じ黄金螺旋の瞳を些かも曇らせずに、そう言った。
 私は、嫌だと言いたかった。
 嫌です、お母様。一緒に行きましょう。お母様がもう歩けないのなら、私がおんぶしますから、どうか一緒に。どこまでも、一緒に。
 霰の涙を零しながらどれだけ訴えても、母は、決して首を縦に振ってはくれなかった。
 私は産まれたばかりの子供だったが、母がもう長くないだろうことはわかっていた。
 元々、福大明神流の陰陽師に捕らえられ、生き胆を奪われた母の身体は弱っていた。そこへ、奴らが使った荼枳尼天を勧請する禁呪の反動を肩代わりさせられ、昼夜を問わず痛みに苛まれるようになってしまった。着物に隠された雪白の肌には、赤黒い呪が刻まれて、今この時も膿んでいるはずだ。
 塵芥を含んで汚れて吹き溜まる都会の雪のように、呪われ、穢れ、損ねられた雪女。
 だから、母は、呪われ穢れたこの身ではもう主にお会いできないと、ならば僅かばかり永らえることに何の意味があろうかと、己の魂を削って、まだ呪いに侵されていない清い部分だけをかき集めて、分身にして娘である私を創ったのだ。
 雪女は、確かに、我が身一つで娘を産むことが出来る。しかしそれは、通常、山の姫神様のお力を借りて為すことで、母の行いは無茶が過ぎた。だから、赤く染まったあの着物の下に、臓腑はほとんど残っていない。身体があるはずの場所には、虚ろな闇が蟠っているだけだ。
 命と力は元々弱っていて、魂と身体は私を産む為に損なった。残るのが心だけでは、それほど長く生きられようはずもない。片腕は爛れ、両足は指がない。氷で足の指を補ってここまで逃げてこれたことが、不思議なぐらいの有様なのだ。
 敵の目を盗んで逃げだした先で大急ぎで私を産んだ母は、子供の時間を奪ってごめんなさい、記憶に居座ってごめんなさい、と詫びながら、私を童女の姿で為して、母の知識を最初から頭に入れておいてくれた。何とかして私を生き延びさせるようとして。
 だから、私もわかっているのだ。母がもう長くないと。このままでは、追手に捕まってしまうと。
 わかっている。わかっているけれど、でも、どうして一人で行くことができようか。
 母親だ。
 私を産み、守り、愛してくれた、たった一人の母親なのだ。
 私は、どうしたらいいのかわからず、だが母と離れたくなくて、母が死ぬのが怖くて、己が死ぬのも怖くて、わぁわぁと声を上げて泣き出した。霰の涙が地面に散らばる。
 追われる身で足を止めて声を上げて泣くなど自殺行為だと理解しながらも、涙は止まらない。この時の私は、もしかしたら、世界も未来も何もかもが怖くて、せっかく母が命を賭して産んでくれたというのに、ここで母と共に果ててしまいたいと、頭の片隅でそう思っていたのかもしれない。
 私は、幼く、無知で、愚かで、弱くて、まだ世界を知らなかった。
 縋りついて泣く私を見下ろした母は、そっと抱きしめながら、何を思っていたのだろう。それはわからない。だけど、この、冷たい、けれど優しい抱擁を、私は生涯忘れないだろう。
 やがて、母は耳元で私に一つ頼み事を囁いて、それから、妖力の籠った冷たい吐息を吐いて、私を眠らせた。
 故に、その後に起こったことを、私は知らない。
 眠りの術が解けて、母が隠してくれた大木の洞から這い出てきた私の目に映ったのは、端が赤く染まったマフラー。ただそれだけ。
 母が、この世に残したのは、私と、このマフラーだけであった。

 いきなさい、と母は言った。

 嗚呼、あれは、「行きなさい」ではなく「生きなさい」だったのだ。
 そう悟った私は、マフラーに顔を埋めて、声を殺して泣いた。




*****




 鬼の国への入口があると伝説に謡われる暗魔の山奥深く、貴布禰の社の裏で、篝火が燃えている。
 方陣を描く術者たちが、喉も裂けよとばかりに呪を読み上げていた。人心を宥める響きとかき乱す響きが同時に木魂して、術者たちの魂が揺れる。空間がかき混ぜられる。
 今日に至るまで積み上げられた屍と怨嗟を孕んだ濃密な闇を、祈りで、願いで、穿たんとして唱和してゆく。

 ふるえ。
 ふるえ。
 ゆらゆらと。

 高められた気は、ついに『場』に揺らぎを生じさせた。現れたのは、巧妙に隠されていた異界への入口だ。
 この国の闇を統べる妖の王 奴良リクオが築いた髑髏ヶ城へと続く、黄泉比良坂。
 この先は、再生と実りの萌芽を内包する根の堅洲国ではなく、未来も何もありはしない、ただただ死ばかりが横たわる黄泉の国へと通じているのだろう。
 赤々と燃え盛る篝火で周囲は昼間のように明るいというのに、空間に生じた裂け目のようなソレの奥は、昏い。光など届かぬ全き闇が、獲物を飲み込まんと顎を晒していた。
 見つめるだけで身震いせずにいられない、その眺め。
「ホンマに行くんか?」
 だから、いつの間にか傍らに立っていたこの人が私に問うたのは、侮ったのではなく、単純に心配をしてくれたのだろう。あの闇の奥には、善きモノなど、明るいモノなど、何もないように思えるから。
 この人は、花開院ゆらさんは、優しいのだ。ことここに至っても、まだ尚。
 ゆらさんが花開院の当主を襲名した年に、五百年前に袂を別った福大明神流が、妖の生き胆を捧げる荼枳尼天の禁呪を使って、本家を急襲してきた。
 予想外の攻撃に花開院一族の犠牲は大きかったが、羽衣狐との戦いのように奴良組の妖怪たちと共闘して、福大明神流の邪法使いたちを倒すことは出来た。
 失った命は還らずとも、そこで終わるはずだった。
 ・・・・・禁呪の贄が、奴良組大将の妻となる女でさえなければ。
 人間と妖怪の共存を、光と闇の境を守ってきた男は、『人間』からのあまりに手痛い裏切りに、魔道に堕ちた。
 以来、ゆらさんは、花開院家当主として、羽衣狐や鵺といった大妖を縛鎖した破軍の唯一の使い手として、魔王と戦い続けている。そして今宵、この戦いにて刺し違えてでも魔王を止めると決めて、ここに立っている。
 皆の命を、希望を背負って。
 これまでの戦いで欠けた戦力を補うべく全国の寺社と協力して、戦える者をかき集めたこの戦いは、勝っても負けても、最後の戦いになるはずだ。
 この戦いで、全てが決まる。光差す朝が訪れるのか、夜の闇に全てが覆い尽くされるのかが。
 それほどの戦いに大将として挑むゆらさんに、偽りや迷いを含んだ言葉は通じないだろう。
 しかし、私の答えも決まっていた。
「行きます」 
 ゆらさんは、ちらりと横目で私を見た。
「こんなこと言いたかないけど・・・・あいつ、変わってもうた。昔はな、確かに、うちはあいつと友達やった。けどなぁ、うちは、もう、わからんようになってしもたわ。あのな、福大明神流の大刀自、あの鬼婆、秋房兄ちゃんを、雅継兄ちゃんを、他にもたくさんの人を殺したあの婆は、うちかって殺してやりたかったわ。けど、できんかったんや。花開院流は、闇に近しく、闇を見、闇に触れる陰陽師やからこそ、いかなる理由があろうとも術で人を殺めてはいかんと教えてきた。それをしたら、一線を踏み越えてあちら側に逝ってしまうと。やから、うちは振り上げた拳を下ろしたんや。その代わり死ぬより辛い目に合わせたる、て思いながら、殺さへんと決めた。けど、あいつは・・・・奴良君は・・・・・」
 声は少し震えていた。けれど、しっかと両足で大地を踏みしめる立ち姿には、些かの揺るぎもなかった。この人は、揺れて、迷って、悩んで、それでも進んでいく人だから。逃げない人だから。
「一瞬、何が起こったんかわからんかった。ただ、秋房兄ちゃんが造った神剣血吸の刀身が紅に染まって、鬼婆でも噴き上げる血はきれいなんやな、と思た。そして、血を浴びて立つ奴良君もとてもきれいやな、て。・・・・・・羽衣狐も鵺もそうやったけど、闇を統べる魔っていうんは、どうしてあないに美しいんやろなぁ。あいつらがあんまり美しいもんやから、その先に一片の光も届かんと知っとっても、皆、ついていってしもたんやろか。でもなぁ、それはあかん。あかんねん」
 ゆらさんは、そこで、私の顔を覗き込んだ。人間に擬態した瞳の奥に、雪女の証である黄金螺旋を見出そうとしているかのように。
「あんたがあっちに逝ってまうなら、うちはあんたを滅するで。それでも、行くんか?」
 きっと、ゆらさんは、私の正体に気づいているんだろう。だから、この言葉は、脅しやはったりじゃなくて、本当のこと。ゆらさんは、穏やかな日々を共に過ごした思い出の相手に似ているからと、私に優しくしてくれたけど、私が間違えてしまったならば、躊躇わないのだろう。一族の当主として、この国の闇から人々を守る者として、きっと。
 だけど、・・・・ううん、だからこそ、眼前の昏い昏い闇から目を離さずに、私は言う。
「私は、・・・私が、行かなくちゃいけないんです」
 首に巻いた形見のマフラーの端を、握りしめながら。
 




******


 


 身動ぎした瞬間に、かさり、と紙が滑る音がした。
 目を開けてもまだ暗いものだから、一瞬夢の続きかと思いそうになったが、違った。ここは、髑髏ヶ城の二の丸だ。
 人より夜目が利く妖の目で辺りを見回すと、妖怪と人間の屍が転がっていた。そして、呪を刻んだ一枚の符が。
 次第に、頭がはっきりしてくる。思い出した。
 無理を言って最終決戦の戦列に加えてもらった私は、なのに、情けなくも、堀を渡り城に入ったところで、敵の攻撃が頭をかすめて昏倒してしまったのだ。
 主力たる花開院当主が負傷したというならばまだしも、戦場では、怪我人を介抱する隙などない。けれど、それでも、私が生きていると気づいたゆらさんは、隠行の術の符を放って、守ってくれたのだろう。
 ・・・・・本当に、甘くて、優しい人。
「行かなくちゃ」
 むせかえるような血の匂いにくらくらしながらも、私は立ちあがる。
 此処は、昏い国。城の外は、天地の境目がわからぬほどに闇ばかり。だから、所々に紙燭が照らすだけの廊下も、とても昏くて怖い。だけど、戦いの音が、膨れ上がる妖気と術の気配が、間違えようがないほどに方角を教えてくれるから、行かなくちゃ。
 私は走る。
 擬態など取っ払って、本性の姿で、どうか間に合ってくれと祈りながら、吐き出す吹雪に乗って。

 走る。






*******





 
 花開院ゆらは、永い花開院の歴史においても、稀なる才を持つ術者である。
 直情的な性質故に謀は苦手であったが、数多の戦いを経て、戦場での勘は研ぎ澄まされた。
 その勘が言う。
 間に合わない、と。



 戦いの場所は、髑髏ヶ城の本丸大広間に移っていた。
 先刻、セオリー通りに、昏いこの異界にあって煌々と灯りが燈る天守閣最上階を目指した花開院一行は、全員が二階に上った所で、天守閣その物を倒壊させるという罠に嵌まってしまった。
 主力たる本家の兄妹は、いち早く異変を察知し守りを固めたおかげでかろうじて無傷だったが、かき集められた助っ人たちは、彼らほどに戦いに慣れていなかった為に、かなりの人数が瓦礫の下敷きになった。彼らの中にはまだ生きている者もいるだろうが、もう、戦いに参加することはできないだろう。
 粉塵舞う中、瞬時に状況を把握した参謀の竜二は、動ける者に、あらかじめ配布しておいた隠行の符の発動を命じてから、この罠の成否を確かめに現れた敵への攻撃を開始した。
 この策は、成功したと言える。
 粉塵で視界を遮られた上に術で身を隠された為に、妖怪たちには人間の居場所がよくわからない。しかし、妖気を察する才を持つ人間たちには、他の物はよく見えずとも、妖怪たちの居場所はよくわかった。
 最初、倒れるのは妖怪ばかりだった。
 しかし、それも長くは続かない。
 此処は、罪咎穢れ諸々の悪しきモノが逝きつく果てである、黄泉の底。光届かぬ昏き淵である。
 強さも性質も主に呼応する百鬼たちは、清廉なはずの主が人の血を浴びた時から、とうに狂っていたのだ。彼らは、もはや、光を、未来を、思い描くこともできぬ。
 ただただ、ほんの束の間でも、流れる血の赤で主の無聊を慰めんとするだけの、下僕たち。
 敵の血を、仲間の血を、無辜の民の血を、赤を、赤を、赤を、数多の赤を塗り重ねて、彼らは、黒になった。
 闇に、なった。
 だから、妖怪たちは、居場所が特定できぬならば、と味方を巻き込むことも気にせずに広範囲無差別系の攻撃を繰り出してきたのだ。
 丸太のような豪腕が、地を割る。雨のように降る妖火。物も人も妖も切り裂いていくのは、風の刃。同じ主を仰ぐ同朋であるはずの者の首を刈って、尚も止まらずに鎌が唸りを上げ。血を吸って赤黒く染まった紐が、蠢く全てを首括ってゆく。
 これでは、策も何もあったものではない。勝利も敗北もわからぬまま、誰が敵で味方か判じることすらせずに、屍ばかりが積み上がっていく。
 この様を地獄などと呼んでは、地獄に失礼だろう。経典が説く地獄とは、六道の内に在り、来る輪廻の為に罪を漱ぐ場なのだから。
 これは、魔縁の宴だ。
 六道より外れたる魔縁外道の者共が、恋い慕う魔王に血塗れの余興を捧げている。
 
 ぬらり。

 凄惨なる殺戮の場に、闇から滲み出るようにして、王が降り立った。
 己が策により倒壊させた天守閣を見やり、己が下僕共の戦いを見やり、やがて、いずこにも興を掻き立てられなんだ、と言わんばかりに視線を逸らした。
 場に現出しただけで空気の密度を変えるほど濃密な妖気を放ちながら、しかし、秀麗な面には生気の欠片も無い。理想も、思想も無い。大義も、未来も無い。ただただ我が身を破滅の化身に堕として、終焉が訪れるのを待つ姿は、それなのに神々しいほど凄艶で、だからこそ、ゆらは腹が立った。
 どうしようもなく、腹が立った。
 羽衣狐も、山ン本も、鵺も、福大明神流も、皆、悪ではあったが、どれほど身勝手で穢れたものであろうと、彼らなりの祈りが、欲が、理想が、願いが在った。未来を、欲していた。 
 彼らは、他者の命を踏みつけにしてでも、己が命を長らえんと足掻いていたのだ。
 だが、この男は違う。
 この男は、祈りを紡がず、欲を募らせず、理想を語らず、願いを持たず、未来を求めない。
 彼は、虚ろなのだ。
 だから、ゆらは腹が立つ。祈りを紡ぎ、欲を持ち、理想を抱え、願いを捨てず、未来を求める自分が、自分たちが、彼の破滅に巻き込まれるなんて冗談じゃないと、そう思う。
 強く思う。
 そして、同時に、彼女は諦めた。この場に至るまで抱えてきた、ほんの一滴の未練、かつての友を取り戻せるやもしれないという希望を、彼女は捨てた。
 眼前に現れたるは、魔の王を通り越した災厄の主、禍津日神となり果てた存在。
 ならば、我こそが直毘神となりてこれを討たん、とゆらは奥儀たる破軍を発動する。
 破軍、それは、花開院の歴代当主の御魂を召喚して彼らの霊力を借り、術の威力を上げる技。
 故に、肝心の術の発動までには、些かのタイムラグが生じる。それが、破軍の欠点。
 欠点を自覚していたゆらは、破軍発動直前に兄竜二に目配せで合図し、竜二が仰言・金生水の花でゆらを守る。竜二の才の限界により長くは発動していられない術ではあるが、破軍の時間稼ぎとしては十分だった。妖怪たちの拳も、刃も、この世で最も純粋な水によって溶けてゆく。
 しかし、破軍成功なるか!?、と誰もが思った瞬間、ゆらを守る水の花たちは消え去った。畏れのみではなく物理にも作用出来るよう放たれた魔王の明鏡止水・桜が、金生水を蒸発させ、術者の竜二にも手傷を負わせたのだ。
「!?」
 兄が炎に吹き飛ばされたことに衝撃を受けながらも、それでもゆらは破軍を成功させた。彼女の背後に、花開院歴代当主が現出する。
 だが、遅い。
 破軍は、術の威力を爆発的に底上げする増幅の為の技。つまり、破軍を発動しただけでは、何の役にも立たないのだ。
 ゆらが次なる術の発動に入る前に、魔王は動いていた。魔王は、あの日以来刀身が赤く染まってしまった神剣血吸を振りかぶる。
 かき集めた助っ人たちは、半数以上が天守閣と共に埋もれ、残りも妖怪たちの猛攻に晒されて、ゆらに助力することはできない。大将であるゆらを常に守ってくれていた実兄にして参謀である竜二は、生きてはいるようだが、魔王の炎に灼かれて、もはや身動きが取れぬ。召喚された歴代当主の中、唯一自由意思にて行動できる十三代目はゆらを背に庇ったが、元より儚い身である彼など、神剣血吸ならばゆらと共に一刀両断出来る。
 歴戦の戦士だからこそ、ゆらは悟る。
 間に合わない、と。
 だが、そこに、冷たい風が吹いた。
  
 ひゅるり。

 魔王とゆらの間に、白い吹雪が降り立った。





******




「お父様!」

 その時、彼の耳に聞こえてきたのは、忘れ得ぬ、だがもう二度と聞くこと叶わぬはずの、鈴を振るような愛しい声。
 ひゅるりと吹き込んだ冷たい風と共に眼前に舞い降りたのは、闇夜に映える白い雪。
 彼は、息を飲む。
 雪白の肌。漆黒の髪。純白の着物。そして、望月に似た黄金螺旋の瞳。
 全てが、思い出の中の姿に、あまりにも似ていた。
 いや、細かく見れば違いはある。ストレートのはずの髪は毛先がウェーブがかっていたし、ポニーテールに括られていた。顔立ちは、思い出のものより幼いし、右の目尻にホクロがある。  
 だが、同じ柄のマフラーをして、魔道に堕ち穢れた我が身を恐れもせずに闇に際立つ白い手を伸ばすので。
 黄金螺旋の瞳が、まっすぐ自分を見つめるので。
 この見知らぬ雪女の声が、姿が、魂の色が、あんまりにも『彼女』に似ているので。
 彼は、刃を止めた。
 雪女は、抜き身の刀に怯みもせずに、彼の胸に飛び込んでその背にしがみつくように抱きしめる。
「お父様、私は、春に咲く花を愛した雪女の娘です! 」
 雪女が叫ぶ。
 激戦の最中であっても虚ろだった彼の瞳が、自分を抱きしめる雪女を映した。分厚い氷河のように静謐だった彼の心に、ひび割れが入る。
「お前、は・・・・」
 だが、その先の問いは、言葉にならなかった。
「破軍発動っ!!」
 ゆらの縛鎖の術が為った。
 破軍によって威力を増した術は、弱い妖ならば触れただけで滅する滅魔の滴を振りまきながら、彼の周りを囲む。咄嗟に左手で胸の中の雪女を抱きしめた彼は、鏡花水月を使おうとしたが、発動は叶わなかった。破軍で底上げされたゆらの術力が、一時的に、彼の畏れを上回っていたのだ。縛鎖の術が、神剣血吸ごと彼の右腕を封じ、腕の中の雪女ごと縛り上げる。
 しかし、これだけでは彼は倒せない。
 稀有なほどのゆらの精神力でも、破軍と縛鎖の術を維持した上で、新たな式神を召ぶことは不可能。
 滅魔の滴は、彼の身を溶かす前に彼が放つ妖火によって相殺されている。
 血と殺戮に酔った妖怪たちは主の危機に気づかず戦い続けているが、同時に、花開院の手勢も彼らの相手をするだけで手一杯で・・・・・・否、違った。
 この乱戦の中、ゆらとは離れた位置にいた義兄魔魅流が、ゆらを見つめて、黒いマントの中から、霊弓雷上動を取りだす。彼がつがえた鏃は、鵺によって砕かれた神剣祢々切丸の欠片を雅房が鍛え直したモノ。
 人間たちは、ちゃんと理解していた。個として彼に対峙しても勝算などないということを。普通に攻撃しても、ぬらりひょんたる彼には鏡花水月で避けられて終ってしまう。
 だから、花開院の兄妹たちは、竜二がゆらを守り、ゆらが破軍で増幅した術で彼を封じ、ゆらに注目を集めた後ろで待機していた魔魅流が止めを差す、という策を練ってきたのだ。
「魔魅流君、行っけぇぇーーっ!」
「闇を貫け、雷上動」  
 ゆらの叫びを合図に、魔魅流の体内を巡る雷の力を全て篭めた矢が、放たれた。
 白金の光が、闇夜を切り裂く!

 そして。






********







 かくれんぼは楽しい。
 だけど、ボクはかくれるのがとっても上手だから、なかなか見つけてもらえなくて、だんだん退屈になってくる。
 何やってるんだろ、おそいなあ。早くボクを見つけてよ。
 あんまりおそいからうとうとしてきて、はっと目がさめると、あたりはすっかり暗くなっていた。
 ここはボクの家の中だけど、ボクの家は広くて木が多いから、お外の光はとどかないんだ。夜の庭はくらい。
 くらくて、こわくて、さびしい。
 いやだなあ。早くボクをむかえに来て。
 ぐすぐすとべそをかきながらひざを抱えていたら、やっと、お前の声がきこえた。おそいよ。
 真っ黒な夜の中、白い女が走ってくる。ボクを見つけて、ボクの名を呼んで。
 さしだされた白い手に、ボクは飛びついた。

 ボクが欲しいのは、待っているのは、いつでも、あの白い手。
 闇に際立つ、愛しい白雪。
 お前だけを待っているから、早く迎えに来ておくれ。







********





  

「知ってたんだ、どうしたってもうこの手には、戻らないなんて ――― 」 
 彼が、呟く。
 全てが狂い始めたあの夜以来、ずっと封じてきた『人間』の姿で。


 
 かつて、山ン本との激戦の最中に、彼の父、二代目総大将鯉伴と盃を交わした妖怪は、こう言った。
 いずことも知れぬ不思議な、けれど美しい桜が咲く場所に、人間のお姿の総大将がいらっしゃった、と。
 半妖として産まれた鯉伴は、幼い頃より妖力を使いこなし、その姿は、生粋の妖怪たる父親によく似ていたし、寿命も妖怪のそれで、四百年生きてもまだ若々しかった。
 鯉伴は、人を愛し、守り、寄り添ったが、どちらかというと、妖怪よりの生き物だった。
 ならば、その妖怪が会ったという人間の姿の鯉伴とは、外に現れなかった可能性、言い換えれば、妖怪としての鯉伴から余っていた部分なのだろう。
 鯉伴ほどの大妖ならば、半妖とは、妖怪が足りぬというわけではなく、妖怪である部分に加えて人である部分が多い、ということだ。
 鯉伴が完成させた鬼纏とは、その余っている部分に、桜が咲く美しい場所に、人間の鯉伴が心許せる妖を招くことで発動する技であった。
 リクオもまた、大妖である。
 だから、リクオの中にも、桜が咲く場所が在る。そこでは、今はもう廃墟と化した懐かしい奴良屋敷の庭にあった枝垂れ桜によく似た桜が咲き、昼の時分ならば夜姿の『妖怪』が、夜の時分ならば昼姿の『人間』が、そこに居た。
 かつて、は。
 今は、もう居ない。
 あの夜、最悪の可能性を無理やり否定することで足を進めていたリクオの前に、真実は残酷だった。
 妖怪に歩み寄った花開院流を罰する為、花開院流から権勢を奪う為に、荼枳尼天の禁呪を欲した福大明神流の大刀自は、術の発動に必要な妖の生き胆を求めて、祝言間近だった雪女を浚った。贄とする生き胆の持ち主は、強い女怪でなければならなかったから、魑魅魍魎の主の妻となる女が狙われたのだ。
 妖怪をすべからく悪しく卑しきモノと説く福大明神流の術者たちは、抵抗する雪女の片腕を呪符で焼け爛れさせ生き胆を奪っただけでは、終わらなかった。逃げられぬように両足の指を斬り落とし、雪白の肌に刃で呪を刻んで、本来ならば術者が受けるはずの禁呪の反動を雪女に押し付けたのだ。 
 挙句、大刀自は、殺した雪女の頭蓋の骨を、大昔の武将よろしく杯として用いていた。酒がよく冷えてよい、などと言って。
 大刀自を殺したリクオが、その髑髏杯に手を伸ばすと、杯は変わり果てた己が姿を恥じるように、ほろりと溶けて消えた。
 リクオは、愛した女の亡骸すら、手にすることが叶わなかった。
 雪女は、百鬼に名を連ねる者。
 彼女が戦場で戦いの末に果てたならば、リクオは狂わなかっただろう。悲しんで、哀しんで、その先の長い生涯でもその喪失感を埋められなかったかもしれないが、きっと、このような狂い方はしなかった。
 だが、雪女は、リクオが幼少の頃よりずっと恋うてきた氷麗は、『人間』の欲望の為に浚われ殺され家畜のように利用されたので、『人間』が、リクオがこれほどに愛している氷麗を、心在るモノとして扱わなかったので。『人間』であった母は事故で亡くなり、『人間』を愛した祖父は鵺との大戦で亡くしていたので。

 氷麗が、もう居ないので。

 リクオは、魔王となった。  
 昏い、昏い、闇の底に、堕ちた。
 そもそもが闇に棲まう妖が、闇の底に堕ちたらどうなるか?
 妖は、天地の気が、語りや想いの形に凝って生じたモノ。己が性を忘れずに気を保っていれば、何百年と永らえることが出来る。
 しかし、闇の底に堕ちて己が性を見失えば、渦巻く黒き気に形が揺らぎ、崩れ、やがて、形は磨耗して崩れ逝く。
 けれど、リクオは半妖であった。それも、とても強い半妖。
 かの鵺を見てもわかるように、強い半妖は、人間としての形が在る為、闇堕ちしても、己が姿を見失わない。その分、周りが狂う。近くに在りリクオに心を寄せた妖こそ、リクオの黒き渦に巻き込まれ、闇に沈んでいく。
 『人間』奴良リクオの最も近くに在った妖は、『妖怪』奴良リクオであった。
 枝垂れ桜の咲く場所で、人間に絶望した『人間』は殺してくれと頼み、闇に堕ちた『妖怪』は己を手に掛けてしまった。
 以来、『妖怪』は、ずっと独りで其処に居た。だから、外界の何も、彼の心には届かなかったのだ。
 彼は、己で己を鬼纏って、其処に居た。
 白い手が、迎えに来てくれるまで。






 魔王の胸を貫いた雷上動の矢は、貫き通し地に突き刺さっても尚、その白金の光を失わなかった。だから、辺りは昼間のように明るい。
 ゆらは、瞬きする。
 眼前には、すっかり大人に成長した『人間』奴良リクオが、雪女を抱きしめたまま立っていた。術の鎖はまだ彼を縛っていたが、滅魔の滴はもう彼には意味を為さなかった。彼は、『人間』だ。
 魔王であった『妖怪』は、雷上動が放たれるのを目にした瞬間、腕の中の雪女の頭の位置を、己の心臓からぐいっとずらした。あれが、雪女を守る為の動作だったのか、それとも、己に終焉を齎すモノを迎え入れようとした行いだったのか、ゆらにはわからない。きっと、永遠に。
 ゆらにわかるのは、妖怪のみを滅する祢々切丸の性質を受け継いだ矢によって、『妖怪』が滅し、『人間』が残った、ということだけだ。
「知ってたんだ、どうしたってもうこの手には、戻らないなんて ――― 」
 先刻までの喧騒が嘘のように静かな場所に、リクオの呟きが響いた。
 魔王の百鬼たちは、主が討たれた時から、電池が切れたように動きを止め、壊れた玩具のように虚ろにたたずんでいる。生き残った花開院の手勢たちも、あまりに異様なその様に気圧されて、追撃はせずに静観していた。
 此処にはこんなにたくさんの人や妖怪がいるのに、ひどく静かだ。
 あんまり静かだから、そこでやっと、ゆらは気づいた。
 髑髏ヶ城とは、魔王が覇を唱える為の王城ではなく、あの夜、愛した女の亡骸すら手に入れることが出来なかった男が築いた、奥津城だったのだ。彼女と、そして、自身の為の、墓。収まるはずの主が欠けた、墓。
 だからこれほどに昏く寂しく狂った場所だったのだ、とゆらは気づいてしまって、唇を噛みしめた。人を屠る魔王を憎み討った自分には泣く資格など無いはずだから、ゆらは、唇を噛みしめて眉を寄せて、涙を堪えた。
「・・・・・私は、氷麗の娘、咲麗です。雪女は、生涯に一人だけ、己自身の妖力で分身たる娘を産むことが出来ます。だから、私は、あなたの血を受けてはいません。でも、・・・・お父様と呼んでもいいですか?」
「お前のように清冽な雪女が、こんな穢れた者を父などと呼んではいけない。花開院さん、悪いけど、この娘を縛鎖から外してくれないか。ボクは、もう、何の力もないし、何も抵抗しないから」
「お父様っ!?」
 リクオは、そっと、目を瞑ってうなだれた。
 咲麗の黄金螺旋の瞳は満月のように綺麗で、綺麗過ぎて、もう何年も闇に親しんできた彼の眼には眩しかったのだ。
 咲麗は、俯いたリクオにこちらを向かせようと腕の中でもがいたが、リクオごと術で縛りあげられているので、上手くいかなかった。
 こんなの、ダメだ。これじゃ、伝わらない。
 咲麗は悔しくて、悔しくて、霰の涙を零した。

 かつん。こつん。

 霰の滴が床に触れた音と、その冷たさに、リクオが目を開ける。 
 このチャンスを逃すまい、と咲麗は叫んだ。
「お父様、逃げないでください!お母様が愛した人なんだから、私から逃げないでっ!」
「咲麗・・・・」
 咲麗の声に含まれていたのがもし慰めや労わりだったなら、リクオには届かなかっただろう。けれど、声が伝えたのは懇願だったので、リクオはのろのろと顔を上げた。
 そして、自分を父と呼ぶ、愛しい女の面影を宿す娘を、見つめた。
「お父様がどんなに悪くても、酷くても、世界の全てがあなたの敵で、あなたが世界の敵であったとしても、最後の最後の最後まで、お母様だけは絶対にお父様の味方だったんだから、お父様は私の話を聞かなくちゃダメです!私は、その為に、ここに来たんですから!」
 生き残らせる為に童女の姿で産まれた咲麗は、見た目よりずっと年若い。だが、母親の知識を受け継いだ彼女は、思慮深い娘であった。
 母を失い、無我夢中で山中を逃げた咲麗は、人里が恐ろしかった為に山へ深く深く踏み入り、やがて、山神の祠にたどり着いた。元々が無理をして創られた身である上に、無茶を重ねてきたので、追手の気配が感じられない静謐な祠に入った咲麗は、そこで、枯渇した妖力を蓄えることを身体が望み、何年も眠りにつく。
 咲麗が目覚めると、魔王の暗躍により、世は、一変していた。
 幼い咲麗は、人も妖怪も何もかも怖くなってしまって、だがそれでも、自分が何かしなければと思って、同じ雪女ならば怖くないかもしれないと、冷麗を頼って遠野へ向かった。羽衣狐との戦い以降氷麗を可愛がっていた冷麗は、咲麗に、雪女として必要な技術、畏れの発動や擬態の術を教え、虜にした人間の男を操って、花開院ゆらに接触する手はずを整えてくれた。
 そして、ゆらは、かつての友によく似た咲麗の正体には気づいていただろうに、戦列に加えてくれた。
「私がお母様と一緒に居た最後の時、私をつれて逃げ出したお母様が、眠らせた私を隠して逃がしてくれる前に、一つ頼み事をなさいました。お母様は、きっと、その頼みを叶えて欲しくて、弱った身体で無理にでも私を産んだんです。お父様、あなたを愛したお母様の遺言を、聞きたいですか?」
 リクオは、もう何もかもが終ったのだと思っていた。氷麗が浚われた日に終りが始まって、あの夜に自分の心は壊れて、そして今、やっと命を終わらせることができるのだと、そう思っていた。
 けれど、咲麗の言葉を聞いて、もはや何も祈らず望まず願わないはずのリクオの心に、一滴の未練が生じる。骸ですら取り戻すことが叶わなかった妻だからこそ、娘に託した言葉を知りたいと思った。
 死だけを見つめていたリクオの中に、揺らぎが生じる。
「・・・・・うん。知りたい。教えてくれ」
 全身全霊を篭めてリクオを見つめていた咲麗は、リクオの変化を敏感に感じ取り、胸が震えた。
 今が、正念場だ。咲麗の、戦いの時だ。
 今ここで繋ぎとめられなかったら、リクオは死んでしまうだろう。氷麗の想いは届かない。
 そんなことは赦せない。そんなことはさせない。此処が黄泉の国であるならば、自分は菊理媛となって、この人を現世に帰してやるのだ。
 死への願望が齎す静穏など、この吐息で乱してやる。必ず、そうしてやる。揺らぎ、惑い、みっともなく足掻くのが、生きるということなのだから。それが、母が望んだことなのだから。

 ふるえ。
 ふるえ。
 ゆらゆらと。

「お母様は、おっしゃいました。『生きなさい、咲麗。私は私。あなたはあなた。咲麗、あなたは私の娘だけど、私に捕らわれなくていいのよ。あなたの好きにしていいの。幸せになってくれたら、それでいいの。だけど・・・・一つだけお願いがあるのよ。聞いてくれる?あのね、母様の初恋の人がもし泣いていたら、一度だけでいいから、その人を抱きしめてあげて欲しいのよ。悪戯っ子で、意地っ張りで、他の誰かの分の荷物まで背負おうとする、本当に困った若様、私の可愛い可愛い若様を、どうか抱きしめてあげて』、て」
「!!!」
 咲麗は、一層力を篭めてリクオを抱きしめた。
 リクオは、細い腕によって齎される冷たい温もりに、幼い頃から自分を包み込んでくれた愛しい氷麗にあんまりよく似た温もりに気づいて、ビクっと震える。
 その反応に力を得て、咲麗は言い募った。
「聞こえましたか、お父様?私は、幼くて、愚かで、何が正しいのかわかりません。人を殺すのはよくないと思います。だけど、お母様にひどいことした奴らは、私だって殺してやりたかった。『人間』を信じていいのか、信じてはいけないのか、それもわかりません。だから、私は、『魔王』を諌めたり止めたり倒したりする為に、ここに来たんじゃないんです。私は、私は、ただ・・・・・」
 リクオが、咲麗を抱く腕に力を込めた。
「咲麗・・・」
 花開院は、雷をもって『魔王』を裁いた。
 咲麗は、『魔王』なんて奴のことは、知らない。咲麗が知っているのは、母が語った言葉に、母が残した記憶に見た、『妖怪』であり『人間』でもあるたった一人の奴良リクオだけだ。
 だから、『魔王』の所業について問われても、悲しいとか恐ろしいとかしか言えないしわからないけれど、奴良リクオには、会いたかった。
 本来なら、雪麗が一人で産んだ氷麗の父が初代ぬらりひょんでなかったように、咲麗の父親も居ないと言われてしまうだろうけれど、母が望み、リクオが受け入れてくれたならば、己はリクオの娘なのだと、咲麗は考える。
 咲麗は、ずっと、リクオに会いたかった。氷麗を愛した者として、一緒に悼んで欲しかった。娘である自分を受け入れて欲しかった。
 氷麗の代わりに、咲麗がリクオを抱きしめてやらねばならないのに、そう思って此処に来たはずなのに、本当は、咲麗は父親に抱きしめて欲しかったのだ。
 自分勝手で我がままな自分が恥ずかしくて、情けなくて、でも、リクオの腕が力強くて優しいのが嬉しくて、生きていてくれて咲麗を見てくれることが、申し訳ない程嬉しくて、咲麗の涙は止まらない。
「お父様が、あなたが、泣いていると、思ったから・・・・私、抱きしめ、て、あげなく、ちゃっ、て・・・・そう、そう、思っ、て・・・・」
「咲麗!咲麗、ごめん!ごめんよ、咲麗!・・・ごめんよ、氷麗っ!」

 ほろり。はらり。 

 リクオの瞳から、涙が零れた。
 あの夜に泣けなかった代わりのように、熱い涙が頬を伝っていく。己が妻にと望んだから敵に目をつけられたのだと知ってから幾度もこみ上げ、なのに声に出しては言えなかった謝罪の言葉が、口からこぼれ出す。

 父と娘は、こうして、やっと、本当にやっと、巡り会うことが、触れることが出来たのだった。









*******







 いきたいか、と彼女は問うた。

 お父様の命によって、生き残っていた妖怪たちが、天守閣の残骸と共に生き埋めに術者を救助し、生き残った術者たちにあらかたの応急手当てが施された頃、ゆらさんは、こう言った。
 お父様と私をまっすぐ見つめて、言った。
「いきたいか、奴良君?」
 『生きたいか』と『逝きたいか』、二つの意味を篭めて発せられた言葉を、お父様はちゃんと理解して、力強く頷く。
「うん。勝手で申し訳ないけど、ボクは『生きたい』。もうちょっとだけでいいから、咲麗と一緒に居たい」
 お父様は、優しいお顔で私を見つめて、柔らかい声で、迷いなく答えてくれたから、私は嬉しくてならない。ゆらさんはお父さんを赦してくれずに殺そうとするかもしれないけれど、例え此処で父娘共々死しても、私は使命を果たしたし不幸ではなかった、と、地獄で再会する母に胸を張れることだろう。
 お父様と一緒に居られるのなら、私は、どこでもいい。どこでも、一緒に行きます。
 そんなふうに思っていたものだから、ため息をついたゆらさんが言った次の言葉に、私たちは驚いてしまった。
「やったら、好きにしぃ」
「花開院、さん・・・・?」
「ゆらさん?」
 縛鎖の術が解かれた。驚いた私とお父様は抱きしめあったまま、ゆらさんを呼ぶと、ゆらさんは、鼻の頭に皺を寄せ唇の端を曲げて、それはそれは嫌そうな顔をしてから、私たちに背を向けた。
「うちは、『魔王』を滅しに来てん。何も望まへん、虚ろなだけの死の王を、な。あんたは『人間』で、『生きたい』んやろ?やったら、うちは知らんわ」
「ゆら、甘いぞ」
 竜二さんが、歩きだしたゆらさんの肩に手を置く。事前に用意しておいた形代にダメージの半分を移すことが出来たから、竜二さんはもう自分の足で歩いている。
 ゆらさんは、竜二さんの手をぱしっと振り払った。
「でも竜二兄ちゃん、今ここでただの『人間』の奴良君をうちらが殺したら、闇に堕ちるのはうちら花開院や。それに、この雪女かって、闇堕ちしそうやし。そしたら、今度は、闇堕ちした雪女が死の女王に、黄泉津大神にでもなって、今は電池切れしたみたいに大人しなっとる妖怪共を纏めてあげて、戦いを続けるかもしれへんで。そしたら、この雪女をえらい可愛がっとったみたいやから、『魔王』には呼応せんかった遠野の連中も参戦してきそうや。うち、そんなん嫌や。魔魅流君も、嫌やろ?」
「うん」
 いつの間にかゆらさんの隣を歩いている魔魅流さんは、見上げるほどの長身なのに子供みたいな仕草で、こっくりと頷いた。
「おい、魔魅流」
「花開院流はなぁ、あのクソたわけの福大明神流と違うて、護る為に、命を助ける為に、あるねん。此処は封じてもうて、現世におる『魔王』の残党がなんかしてきたら、そん時はうちが身体張る。そんでええやんか?」
「花開院がそれでよしとしても、人材を借りた以上他のご歴々が・・・・・」
「そんなん知らん。花開院が一番強いんやから、どうにかして押し通して。頼んだで、竜二兄ちゃん!な、魔魅流君?」
「うん。頼んだ、竜二」
「お前らなぁっ」
 花開院家の三兄妹の後ろ姿が、遠ざかっていく。残りの術者に声を掛け、回収した術者たちの亡骸を抱えて、この異界から脱出する為の陣を組む。
 憎しみも顕わにこちらを睨む術者もいたが、術を放とうとしたその手を、ゆらさんが阻む。叫ぼうとした怨嗟を一睨みで黙らせ、もくもくと帰還の為の作業を続ける。
 それは、つまり、お父様と私が生き続けることを見逃してくれる、ということだ。
 異界に通じる門を穿つのは大変だが、異界から現世へ還る門を再度現出させるのは、さほど手間が掛からない。 作業はほどなく終り、ゆらさんたちの前に、光の道が現れた。
 私は、この期に及んでまだ甘くて、どうしようもなく優しい人の背中に向かって、叫んだ。
「ゆらさんっ、ありがとう!ありがとう!」
 そうしたら、ゆらさんは、後ろ姿のままひらひらと手を振って。
 そして、光の向こうに消えていった。





 雷の矢は、まだ光を放っている。
 禍々しくも美しかった城は、見る影もないほど無残に壊れていた。生き残った妖怪たちの手当てが終ったら、元気な者でここを片付けなくちゃ。 
 その後は、これだけの数の妖怪たちが暮らしていくには、食べ物とか、他にも細々した物がいるわよね。
 ゆらさんは封じるって言ってたから、きっと、京都方面には門を開けない。でも、遠野だったら、門をつなげられるかもしれない。冷麗さんも、イタクさんも、淡島さんも、赤河童様も、何でも力になってやる、て言ってくださってたし。
「咲麗、何を考えているの?」
 これからのことに思いを馳せていたら(私、我ながらたくましいわ)、お父様に名前を呼ばれた。そのお声があんまり優しいから、私はうっとりする。
 お父様の『妖怪』のお姿は、評判通りぞっとするほどお美しかったけど、『人間』のお姿も、柔和な中にも凛々しさがあって、素敵だと思います。
 私は、お父様の胸に頬っぺたを押しつけながら、にっこり笑った。
「お父様、迎えに行くのが遅くなって、ごめんなさい。これからは、咲麗があなたを守りますからね」
 私がそう言うと、お父様は苦笑して、私の頭を撫でながら、こう言ってくれた。
「違うよ。今度こそ、ボクがお前を守るんだ。ボクと氷麗の、大事な、大事な娘を」
「お父様・・・・・」

 いきなさい、と母は言った。
 いきたいか、とゆらさんは問うた。
 私は、今こそ、こう答えましょう。

「咲麗は生きたいです。お父様、咲麗と一緒に生きてください!」







*********

 




 
 白い手がボクを見つけてくれたから。
 愛しい娘が抱きとめてくれたから。
 わるい夢は、もうおしまい。
 
 さぁ、手をつないでお家へ帰ろう。







*********






 
 男は、覚醒と同時に半身を起し、慌しく部屋を見回した。
 だが、部屋に在るのは男一人。もう一つの枕に触ってみても、温い。
 男は、寝間着を着替えもせずに転がるようにして廊下に駆け出した。鬼気迫る主の様に庭の下僕たちがぎょっと驚いた顔をしたが、そのような些事には構わず、男は、廊下を駆けてゆく。
 回廊。物干し場。厨房。
 望む姿がどこにも見当たらない。こみ上げる狂いそうなほどの焦燥をなんとか宥めて、男は、手当たり次第に戸を開け放ってゆく。
 居間。客間。仏間。物置。
 驚いた下僕たちが何事かと問うが、男は答えられない。
 ただ、彼女に。
 あの、愛しい女に会いたくて。
 夢は夢であり現実ではないのだと納得させて欲しくて。
 とうとう男は、裸足で、雪が降る庭に下りてしまった。すると、他の下僕が諌める前に、声がした。
 男が探し求めていた声が。


「旦那様っ!?何をなさっておられるんですか!?冬ですよ!雪、降ってますよ!なんで裸足で・・・・」
「・・・・お前は、どこに行ってたんだ?」
「李氷が夜泣きするから、お散歩に行ってたんです。そんなことより、早く廊下に上がって、足を拭きましょう!風邪を引きますよ!」
「・・・・何時でも起こしていいから、お前一人で散歩なんか止めてくれ。危ないだろう?」
「雪が降ってるから、私、無敵ですよ。そんなことより、早く上がってくださいってば!」
「そんなことじゃないよ。すごく大事なことだよ。ものすごく大事だよ。・・・・ああ、そうだ。お腹の中の子は、今度は女の子なんだよね?」
「ええ。女の子です。ふふっ、李氷、あなたはお兄ちゃんになるんですよ~」
「じゃあ、名前は咲麗にしよう。春に咲く花を愛する雪女の娘だから。きっと、優しい娘になるよ」
「あら、いい名前ですね!」







********





 

 咲麗、抱きしめてくれてありがとう。
 今度は、ボクが、たくさんたくさんお前を抱きしめてあげるからね。 





【おしまい】



 こういうの普段書かないから(ラブコメメインなので)、新鮮でした。ああ、楽しかった(特に、花開院三兄妹)。
 木公様、おいしい設定をありがとうございました!
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