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逢うた初回に 好いたが因果 みんなそなたがあるゆえに

 リクオとゆらとつららで、「悪」について。
 リクオとゆらの間にあるのは、純然たる友情です。
 CPは、リクつら。

 あ、うちのゆらは、原作で違う事実が描かれるまでは、中2の春に浮世絵町に戻ってくる設定です。

 旧家の跡取り(候補)で自分ちの書物とか普通に読んでいそうなので、リクオとゆらは古典は勉強の必要がないと思っています。花開院家歴代当主の日記とか、リクオにとってお父さんの日記とか、普通に古典ですよね。

 では、子リクオ様、お気に入りの側近の見合い話を阻止なさったの巻、以下からどうぞ~。
 ああ、皆?
 巻さんたちに頼まれた清継君が、教室で明日の古典の小テストのヤマを張ってるみたいだよ。すぐ終わりそうだから、待っていようよ。ボクらは、他の教科はともかく、古典のヤマなんて必要ないしね。
 
 つらら?
 ああ、つららなら、昼休みの後、任せてる錦鯉地区に行ってるけど、もう少ししたら戻ってくるよ。今日の帰りに一緒にソフトクリーム食べようって約束したから。つららは約束を破らないんだ。

 え?あー、うん。つららは、物心つく前から、ボクの『お気に入り』だからね。
 いや、ホント。
 あんまりボクがつららを気に入ってるから、どれだけ傍に置いておいても、うちじゃ誰も気にしないよ。

 そうだよ。つららは、実はボクらより年上だ。
 正確な歳は絶対に教えてくれないんだけど、ボクが産まれた頃から姿は変わっていないよ。
 慌てんぼうのドジっ娘で可愛い系だから、花開院さんはあんまり歳の差を感じないかもしれないけど、ボクは、中学生になるまでは、つららとの歳の差が結構気になったなぁ。 
 そういえば、・・・・・・

 あ、ちょっと。ガクガク揺すらないでよ。うん、ちゃんと話すから。
 
 話すのはいいんだけど、先に言っておきたいことがある。
 ボク、花開院さんのことは、一生つきあいたい友達だと思ってるよ。うちのおじいちゃんと13代目みたいに、さ。
 でも、友達っていうのは、主義主張や善悪の線引きが多少違っていてもいいと思うんだ。

 いいや、ボクの考え方では、『仁義』と『善悪の線引き』は、『美』と『法』ぐらいにかけ離れた基準だよ。
 うん、だから、まあ、この話を聞いても仲良くしてね、てこと。それだけ。

 じゃあ、話すね。

 【悪】について。



 

 
 あれは、ボクが10歳の時の話。
 当時のボクは、反抗期まっただ中で、「立派な人間になる。奴良組三代目なんか継がない」って言い張ってた。なのにそのくせ、家のみんなのことは好きでさ、自分が大人になっても家を出ていくなんてことは想像できなかった。その前よりはマシになったけど、世話も焼いてもらってたし。
 情けないけど、要するに、甘えてたんだね。
 でも、意地を張っちゃって、素直になれなくてさ。
 だから、あんな絡め手を使っちゃったんだ。


 あのね、つららに縁談が来たんだ。
 といっても、そこまで正式な話じゃないよ。 
 奴良組への所属を迷っていた土地神が、たまたま見かけたつららに惚れて、うちの幹部の一ツ目に紹介してくれって頼んだ、という話だ。
 これは、正式な縁談というほど形式を整えたりはされなかった。
 一ツ目としては、その土地神とつららが上手くいったら自分の配下に所属してくれるだろうから、つららが断り辛いように正式な縁談にしてしまいたかっただろうね。
 でも、つららの母親がおじいちゃんの側近だった縁で、おじいちゃんはつららをちょっと特別に気にかけていたから、正式な縁談だとおじいちゃんの了承を得ないといけない。
 だけど、つららをボクの守役に命じたのはおじいちゃんで、ボクはまだ10歳だ。
 だから、守役をやめなくちゃならないような縁談なら、おじいちゃんが蹴る可能性は高い。
 なので、一ツ目は、もうちょっと軽い話にしてつららに持ち込んだんだ。
 「今、組に勧誘中の土地神から、雪女という妖怪のことで知りたいことがあると相談されたので、一度会ってくれないか」、とね。


 
 つららは、奴良組を愛してる。
 そう言われたら、了承するよ。本人は、その土地神が自分に気があるとは思ってないんだしさ。
 それで、明後日には会う、という時に、一ツ目がその土地神に電話でこの話をしてるのを、ボクが聞いちゃったわけ。 
 「男を虜にする雪女とはいえ、まだ年若く初な小娘。会わせさえすればこっちのもんだろう。どうにでも、強引に話を纏められるだろうて」、なーんて言ってたな、あいつ。
 迂闊だよね、一ツ目。謀なんだから、本家を出てから電話しないと。壁に耳あり障子に目あり、庭の木陰にリクオあり、だよ。
 まあ、ボクは、一ツ目が迂闊だったおかげで、助かったわけだけど。

 

 一応、フォローしとくけど、一ツ目だって鬼じゃない。あ、いや、鬼だけど。そんな、根っから悪い奴なんかじゃないんだ。
 つららに悪意があったわけじゃないんだよ。あいつ、つららの母親とも長い付き合いなんだしさ。
 後で聞いたけど、土地神は、山中に祀られた天然の大きな水晶に宿っていて、清い水を好む性質だったらしい。山神の娘と言われ白雪を身に纏う雪女には、確かに悪い相手じゃあない。
 他の雪女に、だったらね。
 

 
 その話を聞いた10歳のボクは、思った。
 とりあえず嫌だ。ものすごく嫌だ。絶対に嫌だ。つららが嫁に行くとか、冗談じゃない。つららは、ずっと、この先もずっと、うちに居るんだよ。ボクの傍にいなくちゃダメだ。
 見合いなんて、そんなのは許せないから、断固阻止する!
 さて、では、どうするか?
 つららに一ツ目の意図をバラせば、つららは責任感が強過ぎるところがあるから、かえって変なふうに責任を感じて見合いに行ってしまうかもしれない。
 おじいちゃんに頼るという手はあるけど、普段三代目を継がないと言っているくせにこんな時だけ権力を借りるのはどうかと思うし、それに、おじいちゃんは、前日から、4泊5日の予定で湯治に出かけて留守だった。
 そもそも、三代目は継がないつもりなのに、つららをずっと傍に置いておきたいなんて、ボクのワガママだ。だから、誰にも相談できない。
 ボクは、考えた。

 
 要するに、正式な形は整っていないし、つららも見合いだと思ってないんだから、つららがそいつに会わなければいいんだよ。
 つららに行かせない為には、何か事件が起こればいい。
 つららはボクの守役だ。
 ボクの身に何かあれば、そんな奴に会いに行っていられないだろう。
 

 というわけで、ボクは身を隠した。
 決行は、翌日、つまり、つららの見合いの前日の夕方。
 まず、一度、学校から帰宅する。そして、つららと会話してから、隠れた。
 こうすれば、つららはボクの守役というだけではなく、最後の目撃者となるから、誰も、幹部の一ツ目であっても、ボクを探すのを優先するな、とは言えなくなるだろ?



 ああ、うん、隠れる場所については、だいぶ考えた。
 少なくとも、丸1日は見つからない場所じゃないと困るからね。
 外に出ていくと、案外鴉たちに見つかりそうだから、これは却下。それ以前に、誰にも気づかれず玄関から出たり、塀を越えるのは無理だった。あの頃は、明鏡止水使えなかったし。
 自分の部屋は、もちろんアウト。他の下僕の部屋も、ダメ。台所や風呂や脱衣所なんていう共有スペースも、もちろんダメだ。
 ボクは幼い頃からかくれんぼが大好きで、うちの者はほとんどつきあわされたことがあったから、これまでかくれんぼで隠れたことがある場所は、見つかってしまうだろう。
 とういわけで、普段使っていない座敷や、蔵もアウト。
 うちは妖怪屋敷だから、庭の木の上とか床下とか屋根裏は、かえって誰かがいる可能性高いしね。
  
 
 つまり、これまで隠れたことがない、そして、あんまり探しにこないだろう場所に隠れればいいんだよ。


 あったよ。その条件を満たす場所。
 さっき言ったでしょ?おじいちゃんは留守してた、て。
 そう。おじいちゃんの部屋。しかも、おばあちゃんの仏壇がある方の部屋。
 この部屋はね、本家務めの妖怪たちも誰も立ち入らない。うちの母さんが掃除の為に入るぐらい。
 掃除は週に2回で、ボクは、この日の前日に掃除をしてたのを知っていた。
 だから、おばあちゃんの仏壇がある部屋の、押入れの中の、更に行李の中に隠れたんだ。



 ん?案外快適だったよ。 
 遠慮なく、おじいちゃんの着物の上に寝っ転がってたし、当時は今より身体が小さかったし。お腹が減った時用に食べ物も持ち込んでいたし。
 それに、楽しかった。久しぶりにかくれんぼしてる気分で。
 8歳で反抗期が始まってから、ボクは、家の妖怪たちとはあんまり遊ばなくなった。学校で「良い奴」の仕事をするのに忙しかったこともあるしさ。
 でも、本当は、自分で突っぱねておきながら、みんなと遊びたい気持ちがあったんだ。・・・・本当に勝手なんだけど。


 うちの妖怪は、みんな、気のイイ奴だよ。
 おじいちゃんが楽しいことが大好きだから、うちに住んでるのは、楽しいことが好きで、何かっちゃ宴会にしちゃうような奴らばっかりだ。
 ボクはみんなが好きで、みんな、ボクを愛してくれた。
 ボクが反抗期でみんなに背を向けてた間も、みんなは変わらずにボクを愛してくれたよ。本当にありがたいことに。
 だけど、ボクは、自分で張った意地を回収できなくて、なのに寂しくってさ。「もういいよ」「お節介」「自分で出来るから」って言ってたけど、かまって欲しかったんだ。


 だから、夜が更けてだんだん騒ぎが大きくなるのが、面白くてたまらなかった。
 みんなにとっては、すごい迷惑だったろうけど。





::::::::::::

 

 そこまで言うて、奴良君は、鞄からペットボトルを取り出して水を飲み始めた。夕陽に照らされた水が、赤く光る。
 うちは、何とも言われへん気分で、妖怪の総大将を眺めやる。
 奴良君のこと、同一人物なんやっていうのはわかってるつもりやったけど、何となく、昼と夜の姿は見た目だけやのうて言動も全然ちゃうから、双子の兄弟みたいに思てたとこがあった。
 やけど、今、わかったわ。
 元々は、周りの迷惑なぐらいの悪戯っ子が1人いてはって、それが2つの方向性に成長しただけで、根っこは同じなんや、てこと。
 眠い時とか、お腹減った時とか、タイムセールに挑んでる時とか、先生の前とか、友達の前とか、家族の前とか、普通の人間かて話し方や態度が変わったりするやろ?全部一緒の人の方が、珍しいやろ?奴良君本人にとってはそういう感じで、自然なことなんやろな。
 つまり、大人しそうな昼の姿も、根っこは魔王ということや。
「・・・・で、どうなったん?まあ、あの雪女が今も独身なんやから、結果はわかっとるけど」




::::::::::::


 
 うん。その通り。
 つららは、夕飯の時間にボクが見つからなかった時点で焦りだして、夜半にはもう泣いてた。
 もちろん、他のみんなも大騒ぎだ。
 鴉天狗は、自分の息子たちどころか、浮世絵町中の鴉を動員してボクを探し始めるし、青も町中を走り回ってた。
首無は、身体の小さい子供のことだから、大人である自分たちには想像がつかない場所にハマりこんでいるかもしれない、て首だけで家中探すから、残った身体が縁側から庭に落っこちたし、川で昼寝してた河童も呼び戻された。
 黒は、埋め忘れた落とし穴に落ちたんじゃないかと、庭中這いつくばって探し出したし、毛倡妓は、慎重に、一部屋ずつ髪を伸ばして全方位探索したみたい。
 納豆小僧とか豆腐小僧の小物連中も、床下や天井裏を走り回ってさ。
 おじいちゃんがいないから、騒ぎは大きくなるばかり。
 まあ、母さんだけは、あれで、ビックリするぐらいに勘がイイ人だから、「そのうち出てくるわよ~」とか言ってのんびりしてたらしいけど。



 で、だ。うん、つららだよ。
 つららは何しろボクの1番のお気に入りだったから、数え切れないほどかくれんぼにつきあわされてたけど、鬼がとっても下手だったんだよ。
 いつも、ボクを探し出せないんだ。
 だから、ボクは、わざわざ罠を用意して、つららが罠にひっかかったら、こっちから姿を現すようにしてた。
 イロイロやったよ~。
 落とし穴におとしたり、逆さ吊りにしたり、背中にカエルの卵入れたり。それはもう、ありとあらゆる悪行を。
 つららは元々慌てんぼうだし、ボクの姿が長いこと見当たらないと徐々にパニックに陥っていくから、いっそこっちも驚くほどに、悪戯にひっかかりまくった。


 
 ・・・・ちょっと、花開院さん、その札はしまおうよ?
 ボクも反省したし、成長したから。
 それに、ボクは、人間に対してその種の悪戯をしかけたことはほとんどないよ。ホントだって。後でカナちゃんに聞いてみてよ。 
 ボクが悪戯を仕掛けるのはいつもうちの妖怪で、特に多かったのが、つらら。
 つららは、すぐ驚くし、慌てるし、もちろん叱られたけど、謝ったら許してくれたし。
 何より、つららがボクの名を呼んで、ボクのことだけで頭をいっぱいにして、ボクを探す姿が好きだったんだ。
 ボクには人間の血が入ってるから本家以外の妖怪には陰口を叩かれることもあったし、妖怪屋敷の生まれ育ちだから人間のクラスメイトに違和感を持たれることもあったけど、つららはね、いつだって、全力で全身全霊で、ボクのことを愛してくれてた。
 あいつ、後でどんなに怒るとしても、ボクの姿を見つけた瞬間に、すごく嬉しそうな顔をするんだよ、いつも。ボクは、それを見たくてたまらなかったんだ。 



 行李の中で、ボクは、ボクの名を呼ぶつららの声を聞いて、わくわくしてた。
 声に涙が混じってくると、姿を現したくてどうしようもなくなるほど。
 つららは今、どんな顔をしているんだろう?いつだってボクのことを構ってくれるつららだけど、今はいつにもまして、頭の中はボクのことでいっぱいに違いない。ボクの顔を見たら、いつもみたいに、雲間から差す光みたいに、泥土に咲いた蓮華みたいに、それはそれは綺麗な笑顔になるはずだ。見たいなあ。
 ・・・・・・だから、札はしまおうよ。




:::::::::::




「・・・・・・」
 うちは、半眼になって眼前の悪童を睨みつけとった。沈みゆく夕陽の最後の光を浴びて、奴良君の髪の先が赤茶けた色に見えた。それは温かみのある色味やと思たけど、うちの眼差しは冷たなる。
 なんやろな、この人(というか妖怪か)。
 これまで秘密を共有してたんが妖怪ばっかしやったから、人間で初めて事情を知っとるうちのこと、特別に気にいっとるのはわかるんよ。嘘が無い分、楽なんやろな。
 うちかって特殊な家に生まれた身で、妖怪も陰陽道も信じひん人の偏見の目に晒されてきたんやから、気持ちは、まあわかるわ。
 でも、ここまで正直にならんでええやろ?
 『良い奴 奴良君』のアレレな本性知ってもうて、こっちも反応に困るわ。
 京都で共闘もしたことやし、『妖怪は悪』ゆう家訓は極端やて、うちが当主になったら廃していこうかと思とったけど、ちょっと迷うなあ。
「・・・・あの雪女、なんで、あんたのことあないに好きなん?」




::::::::::::



 ・・・・・・・雪女は情の深い女怪なんだよ。つららのお母さんもそうだったらしいし、遠野の冷麗もそういうとこあるし。
 つららは、特に、赤ん坊の頃からボクの面倒を見てるから、単なる下僕というより、母親みたいな、姉みたいな気持もあるだろうしね。

 あのね、この辺りに降るすぐに溶ける粉雪とは違って、雪女の故郷の雪は、溶けて消える前に後から後から降り積もるものなんだって。家も町も何もかも白く染めて、埋めて、積った重みで屋根だってひしゃげる。吹雪に見舞われては、辺り一面雪の白ばかりで、他には何も見えず、雪に埋もれていくしかない。柔らかい雪に一度足を取られてしまえば、自力で逃げ出すこともできず、もがけばもがくほど、沈み込んでいくばかり。
 雪女は、春になっても、夏になっても、溶けない雪だ。
 それはそれは、恐ろしい女怪なんだよ。
  ボクはね、物心ついてからこれまで、つららに愛されていないと感じたことなんか、一度もないよ。
 本当に傲慢な言い様だけど、太陽が東から昇るように、つららに愛されていることは、当たり前だったんだ。ボクにとっては。
 ・・・・・・・愛情の構成成分までは計り知れないんだけど、さ。




 そんなつららだから、ボクを探すのも一生懸命だった。
 妖怪は人間より体力があるけど、一度も休みを取らず、泣きながら、声が枯れるほどにボクの名を呼び続けて探してたんだ。途中で解けたマフラーにも気づかずに、ね。
 季節は、初夏。夏じゃないけど、雪女にとっては冬のように過ごし易くはないはず。なのに、湯気が立ち込める風呂場も隅から隅まで探したりもしてた。無茶だよ。

 だから、夜明け前、無理を重ねたつららは倒れてしまったんだ。



 ・・・・・ボクは、ね、翌日の昼あたりまで隠れているつもりだったんだよ。
 それで、みんなの死角になっていた場所でたまたま眠り込んでしまって今目が覚めた、みたいな顔で出てくるつもりだった。
 持ち込んだお菓子を食べていればお腹も減らないし、多少窮屈でも行李の中で眠ればいいと思って。
 でも、ちっとも眠くならなかったし、お菓子も食べる気になれなかった。
 さっきも言ったように、最初は楽しかったんだ。
 つららが泣き始めた頃も、まだわくわくしてたよ。
 でも、だんだん胸が苦しくなってきた。
 首無が止める声も聞かず、毛倡妓が宥める声も届かない様子で、泣きながらボクの名を呼ぶつららの声を聞いていると、ボクもつららのことしか考えられなくなっていって・・・・


 ボクは、そこで初めて、本当に生まれて初めて、つららがボクに愛想をつかすかもしれない、て思ったんだ。


 この時のボクは、ひどく傲慢だった。
 ボクを軽視していた一ツ目に直接交渉するのが得策でなかったとしても、見合いを止めるだけならいくらでもやりようがあったはずなんだ。青と黒と河童は・・・・まあこういうの向いてないけど、首無と毛倡妓あたりなら、相談さえすれば、もっと穏便な案を出してくれただろう。おじいちゃんは留守だったけど、母さんに相談することもできた。
 なのにそれをしなかったのはね、つららに見合い話が持ち上がって、まだまだ子供の自分と違って、つららは、そういう年頃なのだと、ボクの守役である以前に1人の女で、誰かと結婚してもおかしくないんだと、意識させられて、焦ったからだよ。
 だから、悔しくて、自分だけで邪魔してやろうと思ったんだ。
 ・・・・・・・それに、自分で突っぱねたせいで、この時はそれ以前より少しだけつららと疎遠になっていたから、以前みたいに無邪気に甘えることがもうできなかったから、つららの愛情を確認したかったんだと思う。
 つららは情が深いから、一度愛して育てた子供を心底嫌うことはないだろうけど、人間を選ぶと宣言したボクでも全身全霊で愛してくれているのだと、確かめたかった。

 自分は、何も、つららに与えることも報いることも捧げることもせずに、ね。

 
 
 そんな傲慢さには、当然、罰が当たる。
 夜半を過ぎた頃には、やっと思い至ったつららに見限られる可能性に怯えて、怖くてしかたなくなっていた。
 つららの為には一刻も早く姿を現すべきだろうに、「疲れました。もう無理です。ついていけません」なんて言われたらどうしようかと思うと、出て行けなくて。
 結局、一晩中眠れずに行李の中で膝を抱えていたボクが出てきたのは、手鏡の憑喪神が「雪女が倒れた!」と叫んだ声が聞こえたから。その途端、頭が真っ白になって、気づいたら隠れていた場所から飛び出して駆けだして、目の前に倒れたつららがいた。
 あの綺麗な金色の目を閉じて、髪も袖も地面に投げ出して、起き上がることもできずに荒い息を繰り返すつららが、ね。
 音立てて血の気が引いたよ。
 つららは、ボクが名前を呼んでも気づかない。せめて屋敷の中に運んでやりたかったけど、小物の憑喪神や10歳のボクでは運べなくて。 
 騒ぎを聞きつけた首無が駆けつけて、つららを運んで、鴆君を呼んでくれた。鴆君がつららを診てくれた。毛倡妓が、汚れたつららの着物を着換えさせてあげてた。

 ボクは、何も出来なかった。

 

:::::::::



 囁くように呟いて、奴良君は俯いた。陽が落ちたせいで、俯かれると表情がようわからへん。
 今のが、なんや、妖怪任侠の三代目を襲名した男に相応しゅうない、小さな子供みたいな頼りない声やったから、うちはちょっと眉根を寄せる。下向いとる顔を覗き込む方がええもんか、悩む。
 やけど、慰めたりすんのは、奴良君がうちに求めとることとちゃうやろう、と思た。
 奴良君には、『甘やかしたり愛してくれる相手』なんかいくらでもおるし(件の雪女筆頭で)、『普通の人間の友人』なら清十字団がおって、『気さくに接してくれる相手』かって遠野の奴らがおるはず。
 うちは、たぶん、奴良君の中で、そいつらとは違う役割を求められとる。
 ・・・・・あのな、その昔、奴良君のおじいちゃんは、生き肝を失って羽衣狐を倒し魑魅魍魎の主となったすぐ後に、秀元と酒を酌み交わしたんやて。
 奴良君のおじいちゃんが、妻や部下やのうて、秀元と話そう思わはったんは、なんでやろうな?
 己を慕いどこまでもついてくる相手やのうて、なんも事情知らへん相手でものうて、見て知っとって背を預けて一緒に戦こうて、けど決して道が交わらん相手と、話したかったんは、なんでや?
 ・・・・聞いて欲しいて思わはったんかな。
 13代目秀元は、なんでも受け入れるけど、同時に、なんでも受け流して、なんも受け取らへん。ホンマに自分勝手でひどい奴やけど、あれで、自身の道を定めとって、揺れも迷いもせん奴や。
 京を守る秀元は、江戸に帰る妖になーんもしてやりはせんかったやろう。
 ただ、聞くだけ。わかろうとするだけ。覚えておくだけ。彼方から見守るだけ、や。
 やからこそ、奴良君のおじいちゃんにとって、気ぃが楽な相手で、聞いて欲しいと思わはったんかもしれんな。

 ・・・・・やったら、今、奴良君がうちに求めとることは?

「・・・それが、奴良君の『悪行』なん?」
 うちは、話の続きを促した。
  

::::::::




 違うよ。
 ここまでは、ボクが傲慢で醜く愚かだったという話。
 本当の【悪】は、この先だ。


 
 倒れたつららが目を覚ましたのは、夕方になってから。
 それまで、ボクは、誰が咎めようとも、つららの部屋に居座っていた。みんな、つららの体調の為にクーラーで冷やしに冷やした部屋では風邪を引く、て言ったけど、ボクは絶対に動かなかった。
 
 うちのおじいちゃんなんかは例外だけど、妖怪はね、成人したらあんまり姿が変わらない。
 妖怪は人間より物質としての割合が低いから、心持ちがそのまま形になって表れるんだ。己の本質が変動しない限り、姿は変容しないと聞いた。
 つららは、ボクが物心つく前からあの姿だ。
 だから、その時も、つららはつららだった。

 ぱちぱちと瞬きして目を開けたつららは、まだ寝起きのぼんやりする頭で、それでも枕元に座るボクに気づいて、ふわりとほほ笑んだんだ。
 ボクが元凶なのにね。
 なのに、あの雪女ったら、嬉しそうに、それはそれは嬉しそうに、愛しくてたまらないといったふうに、ボクの名を呼んだんだよ。
 その後すぐにまた眠ってしまったけれど、ボクの存在に安堵したつららの寝顔は、その前までの憂いが晴れて、妖怪のくせに清らかな天女みたいで、眩しかった。
 ボクは、帰宅したおじいちゃんに頭を叩かれるまでは、ずーっとその寝顔を眺めていたよ。



 つららの寝顔を見つめていたボクの気持ち、わかる?
 ボクはね、すごく幸せだったよ。
 罪悪感は消えやしないのに、それ以上の幸福な気持ちで胸を満たされてしまっていた。安堵して、嬉しくなってしまったんだよ。

 つららに愛されていると確認して、ね。



 ねえ、花開院さん、だから、これが、ボクの【悪】だよ。
 ひどい話だろう?
 つららを心配させて、泣かせて、倒れるほどに無理をさせて、なのにボクは嬉しくなってしまったんだ。すっかり、幸せになっちゃったんだ。
 もちろん、反省はした。
 もう二度とこんなことはするまいと誓った。
 でも、それは、手段についてだ。
 こんな、効率が悪くて、つららを泣かせるような方法を取ってはいけない、と思っただけで、動機や目的については、全く改めるつもりがなかったし、今もない。 

 うん、今も。ね。



::::::::



 最後の台詞を普段より低い声で呟きはった奴良君は、立ちあがって、鞄の中から机の上に何か取りだした。
 出てきたんは、『及川氷麗さんへ』と書かれた・・・・・手紙?よう見たら、差出人のとこにうちのクラスの男子の名前が書いたある。
 そんなもんが、なんで奴良君の鞄から?、と思たとこで、うちは気づいた。
 これ、ラブレターや!
 雪女は主の護衛の為に学校に来とるだけで、クラスに席はない。やから、うっかり雪女に惚れてしもた男子がおっても、気持ちを伝える手段は限られてくる。登校時の玄関とか、昼休みの廊下とか、人目のありまくりなとこで直接告白すんのが嫌やったら、こうやって、所属しとる部活の仲間に仲介でも頼むしか手はあらへん。
 で、生徒会長の清継君とか、『及川さん』に惚れとる島君とか、女子とかに頼むんは気が引けて、『良い奴 奴良君』に頼んだんやろう。それは想像つくわ。
 でも、・・・・うわ~、奴良君、これどないすんねやろ?どんな顔で雪女に渡すんや?
 ちょっと眉を寄せて見上げると、目が合った奴良君は、にっこりと笑った。
 そして。
「!」
 あっという間に、夜の、妖怪の姿に変化した。ここは学校で清十字団の部室やいうのに、いともあっさりと。
 ご丁寧に衣装も変えて、着流しに羽織りや(学生服と眼鏡はどこいったんやろ?妖術?)。
 慌てて窓の外を見たら、話しとるうちに、すっかり陽が暮れとった。そうや、秋も終り冬に差し掛かる昨今、陽が落ちるのは早いんや!
 やから、妖怪の姿に変身できんのはわかったけど、なんで今ここで?体調かなんやで変身を我慢できんかったんか?それとも、もしや敵襲かっ!?
「!!」
 焦ったうちが椅子を鳴らして立ち上がると、奴良君(今まで昼の姿で話しとったから、急に夜の姿になられてもなんや違和感あるなあ)は、机の上に置いた手紙を持ち上げて、高く放り投げた。
 そして、ふところから大きな盃を取りだし(どっから出てきたんや!?また妖術か?妖怪は便利やな)、水平に構えた。
 瞬時に盃の底から酒が湧き出し、奴良君は、その水面にそっと息を吹きかける。

「明鏡止水 桜」

 ゴゥっと唸った炎が、宙を舞う手紙に絡みつき、床に落ちるまでに焼き尽した。残るのは、僅かな黒い煤のみ。
 それを確認して一つ頷いて、奴良組三代目組長は、また、浮世絵中学の学生の姿に戻った(戻れるんかい。つくづく便利やな)。
 それで、にっこりと、さっきとおんなじ、イイ笑顔になる。
 『良い奴』なんかじゃ到底あらへん、悪戯っ子の、確信犯の顔に。
「~~~っ」
 その時やっと、テストのヤマかけが終ったらしくて、部室の扉が開いた。
「お待たせして申し訳なかったね、奴良君!花開院さん!」
「ゆらちゃん、待たせてごめんねー」
「あら、皆さんも今いらしたんですか?あ、リクオ様~、お待たせして申し訳ありませんでした~!」
 扉から入ってくる部員たち。すかさず奴良君に駆け寄る雪女。「ううん。それよりお疲れ様、つらら」なーんて甘い声を出す奴良君。
 すっかりいつも通りの光景やけど、うちは平静に振舞われへん。
 だって、今、ホントに今さっき、この部屋に魑魅魍魎の主が現れて、とある男子生徒が逸る恋心に耐えかねて認めたラブレターを、あっさり燃やし尽くしたんやで!
 流れるような所作で止める間もあらへんかったゆうことは、この、今、清十字団の前でいけしゃあしゃあと良い奴ぶってはる妖怪は、最初からああするつもりやった、てことや。こいつ、絶対、躊躇いや罪悪感とか、微塵もあれへんで。
 あんた、百鬼を束ね、この日本の国の妖を、闇を統べる若き魔王やろが!その妖力を何に使うてんねん!?
「つらら、往復させちゃってゴメンね。疲れてない?」
「いいえ!リクオ様とご一緒できるのが、つららの喜びですから、疲れなんかあってもふっとんじゃいます!」
 主が今さっき何をしてたんか知らん雪女は、労われて嬉しそうに笑う。
 騙されとるで、自分。あんたの主は、今、恋敵からのラブレターをあんたに見せもせずに処分しよったで。
「がんばりやだな、つららは。じゃあ、そんなつららにご褒美として、ソフトクリームを奢るよ」
「行く約束ですものね・・・て、奢りはダメですよ。私、自分の分は自分で」
「いーから。ボクの言うこと聞きなさい。それとも、お前は、ボクの労いを突っぱねるとでも?」
「そんな!まさか!」
 『良い奴 奴良君』はいつも穏やかなしゃべり方をしてはるけど、今のしゃべり方は、そんなん通り越して甘かった。ヌガーやらキャラメルやらの歯ぁ溶けそうな甘さや。
 見てみぃ。他の清十字団の面子が、誰も口を挟まれへんままあの二人を見とるやないか。家長さんは、前はよぅこの二人にツッコんではったけど、最近はもう疲れてもうたのか、眉間に皺を寄せつつも何も言わへんようになってもうた。ああ、もっとがんばって。あんたは、清十字団の貴重なツッコミやったのに。
「うん。じゃあ、行こうか。清継君、今日はもう暗くなっちゃったし、部活はナシだよね?」
 片手に鞄を、もう片手で雪女の手を握って、奴良君は立ち上がった。百鬼を束ねる長であるこの男は、自分がそうしよう思た時には必ず意思を押し通しはる。今のも、言葉としては疑問形やけど、口調はもはや断定や。
「そうだねぇ。取り急ぎの用件はないし、ボクも今日は早めに帰ってくるよう家から言われているしね」
「なら、解散だね。みんな、また明日ー」
「待てぃ」
 何でもかんでも己の好きにしようとする奴良君に、うちは堪らずに声を掛けた。
 なんで、皆わかってへんねん!?
 昼間の人間の姿の、押しに弱い『良い奴』なんて、人間社会で余計な詮索を避ける為のただの仮面に過ぎひん。その証拠に、正体を知らん余分な相手がいてへんかったら、昼姿でも結構ぐいぐい押しとる。
 夜の妖怪姿やと、もっと遠慮のぅ好き勝手してはる。
 けど、奴良家の妖怪は甘々やし、任侠の親分やねんから言うて、止めへんどころか推奨気味やから、だーれもツッコミを入れへん。
 それは、あかん。あかんで、奴良君!
「ん?何、花開院さん?」
 うちは、両手が塞がってる奴良君に近づく。
「さっきは話聞かせてくれて、ありがとうな。おかげで、これまでより奴良君のことがよぅわかったわ。そんでな、感想を一言言わせてもらいたいんやけど」
「何かな?」
 うちは、身体は小柄やけど、日々修行で鍛えとるから、肺活量はなかなかのもんや。
 あくまでも『良い奴』の仮面を外さへん頭を掴んで引き寄せ、肺いっぱいに息を吸い込み、耳元で、肺活量限界の最大音量!

「この、悪の総大将がぁ~~~っっ!!」

 


 うちは、今、ようやっと、奴良君とうちの関係の在り方についての答えが見つかったわ。
 さっき考えてみた奴良君のおじいちゃんと秀元の関係性についてのうちの考察は、たぶん、間違ってへん。
 けど、うちらは、血を引いとっても別の存在やねんから、違うつき合い方をしてええはずや。そうすべきや。
 全てを受け入れ受け流し受け取らへんのが、13代目秀元のスタイル。
 せやけど、うちは、流れに逆らう。己が納得できんもんを受け流したりなんかせぇへん。我が心のまま、うちの感じるままに、受け入れるべきは受け入れ、抗うべきは抗うわ。それが、うち、花開院ゆらのスタイル。
 というわけで、最愛の雪女を待っとる間が暇やからって、うちをからこうた分の仕返しは、きっちりさせてもろた。
 奴良君は、鞄を取り落として耳を押さえて蹲る。雪女が慌ててしゃがみこんだ。他の皆は、ビックリしてこっちを見とるが、うちは何も説明せんと鞄を掴んで戸口へ向かう。
 そんで、振り返ってもう一声。

「いつか滅したるからな!覚悟しときや!」
 
 そんだけ言うて、うちは走り出した。廊下の窓ガラスに映ったうちの口元がにやけとるように見えたんは、きっと気のせいや。あないに困った男と話しとって楽しかったなんてことは、もちろんあらへんからな!




:::::::



 う~ん、まだ耳がジンジンする。
 からかったのはボクだけど、容赦ないなぁ花開院さんは。まぁ、そこが彼女の良い所だけどさ。
 でも、まだ、本当にひどいことを1つ話し忘れていたんだけどな。
 

 ん?なんだい、つらら?
 ソフトクリームおいしかったろ?なのに、どうしてふくれっ面なのかな?
 花開院さんとは、ボクとつららの昔の話をしてただけだよ。ほら、これまでは、他の人には内緒で話せなかったから、聞いてくれる人がいるのが新鮮でさ。
 つらら、覚えてるよね?おじいちゃんの旅行中にボクの姿が見えなくなって、皆で大騒ぎして探してくれた時のこと。あの時、お前は倒れちゃったんだよね。本当にゴメン。
 もう二度とあんなことしないから、許してね?


 慣れてますから、て、・・・・まぁ、そうだよね。ボク、散々悪戯したからねぇ。
 悪戯癖は、ぬらりひょんの【悪行】なんじゃないかなぁ。おじいちゃんとかお父さんとかもそうだったみたいだし。お父さんと首無のかくれんぼなんか、範囲が江戸の町全域だったって言うから、さすがだよね。いや、首無にとっては洒落になってなかったらしいけど。
 うん、これはもう仕方がない。ボクの悪戯はぬらりひょんの【悪行】として、諦めておくれ。
 ボクだって、雪女の【悪行】にはほとほと困らされて、もう諦めてるんだしさ。おあいこだよね?


 違う違う。
 お弁当が凍ってるとか、吐息が吹雪だとか、そんなのはただの畏れだろう?【悪行】なんかじゃないさ。
 凍ったなら溶かせばいいし、吹雪も避けたり逃げたりすればいい。氷化粧で凍ったところを砕かれると困るけど、畏れには畏れで対抗すればガードはできるはずだし。そもそも、ボクは、広範囲無差別系の攻撃はちょっと苦手だけど、避けることにかけては天下一品のぬらりひょんなんだから、お前がちょっと力加減を間違ったくらいじゃ、なんてことはないよ。昼の姿だろうと、避け切れなかったら、ボクが間抜けだってだけのことさ。
 だから、ボクが言いたいのは、恨んでるのは、苛まれてるのは、そんなことじゃない。
 それはそれはひどいお前の【悪行】について、ボクは恨み事を言いたいんだよ。


 つらら、そんな泣きそうな顔しても、ダメだよ?すごく可愛いけど、赦してやらない。
 ずっと、一生、恨みに思うよ。
 だってねぇ、ひどい話じゃないか。
 お前は、自分では未熟者だって言うけど立派な雪女で、雪女というのは、雪と雪が齎す死への畏れと夢想を体現している妖だろう?
 だから、お前は、そんなに、男の心を惹くような愛らしい姿を、鈴の鳴るような声を、吸い込まれそうな瞳を、吸いつきたくなる白い肌を持っているんだろう?
 雪女は、雪原に倒れた男を魅了して、虜にして、心も命も奪ってしまう、それはそれは恐ろしい女怪だ。


 奴良家の三代目の若君様の守役は、そんな恐ろしい妖怪である雪女。
 若君様は、物心つかぬ赤子の頃から毎日毎日、鈴が鳴るような声で名を呼ばれ、吸い込まれそうな瞳で見つめられ、「大好きです」とか言われて育ってしまった。
 雪山で雪女が獲物となった男を魅了するのに、普通、どれぐらいの時間がかかるのかな?一晩も掛けたりしないよね。ほんの一時、時には一目で、お前たち雪女は男の心を虜にしてしまうんだろう?
 だったら、十年以上も傍について、美味しいご飯だの気の利いた世話だの心の籠った言葉だので、腕によりを掛けて籠絡されたら、いかにぬらりひょんの孫だって逃げようがないよ。畏れでガードできない頃から、そんな目に合っちゃあねぇ。
 もう、取り返しはつかない。
 

 守役の雪女は、そりゃあもうひどかったよ。
 夏の盛りに添い寝なんかされたら、涼しいわ柔らかいわ好い匂いがするわで、虜になるにきまってるだろう?案の定、反抗期に入るまで、若君様は、夏は、雪女にべったりだった。
 秋は秋で、食欲の秋とか言い出して、凍ってても美味しいご飯をこれでもかと作って食べさせようとする。そんなことされると、世間一般の女の子の「手作りという点で加点して一人前な腕前の食べ物」に、感動できなくなっちゃうんだよね。調理実習の時とか、何やら感動しているらしい周りの男子に同調できなくって、困ったよ。
 冬になると、初雪に喜んで舞を舞ったりするから、本当に性質が悪い。遭難している男の意識を一瞬で奪っていくような雪女の舞だよ?こっちだって男なんだ。クリティカルヒットするに決まってる。若君様のライフなんか、とっくの昔にもう0だよ。毎年毎年やられちゃあ、魅了が解ける隙が無いよ。
 春になってもさぁ、花見してたらちょこんと隣に座って、酌をしてくるのがまた困るんだ。傍にいてお世話を出来るのが幸せで堪りません!みたいな顔されたら、こっちは、桜を見ればいいのか雪を見ればいいのかわかんなくなってくるだろ?本当に迷惑だ。


 幼少期の経験は、人格形成に大きな影響を及ぼすと言うね。
 この先何百年生きようが、子供時代の思い出から逃れられるとは思えないなぁ。それはそれはひどい目に合わされたおかげで、瞼の裏にも鼓膜の奥にも魂にも、雪女が焼きついてしまってるからね。
 ああもう、雪女の【悪行】ってなんてひどいんだろう!
 魑魅魍魎の主の心を支配するだなんて、悪逆非道にも程があるよ。
 これはもう、責任を取ってもらわないといけないね!


 ん?どうしたの、つらら?
 今にも溶けちゃいそうに、顔が真っ赤だよ?
 まだ責任取ってもらってないから、溶けられるとボク困るんだけど。冷やせばいいのかな?ソフトクリームもう一つ食べる?
 



:::::::::



 にこにこと人の良さそうな笑みを浮かべて顔を覗きこんでくるのは、私が散々手を焼かされた悪戯っ子です。
 元服も済ませて大人になったはずなのに、三つ子の魂百までと言わんばかりに、子供の頃より性質の悪い方法でこちらをからかってきました。
 他の方なら、「育てた親の顔が見てみたい」などと言うこともできますが、僭越ながらも私がお育てしたようなものなので、私に言えるのはこれだけです。
「私、どこで育て方を間違ったんでしょう・・・・」
「ん?最初からじゃない?ボクの悪戯癖だって、つららの驚いた顔とか慌てる顔とかがあんまり可愛いから余計夢中になった気がするし。もう諦めなよ。幼い男の子は好きな子を苛めちゃうものだ、て言うけど、おじいちゃん曰く、『男というものは、心はいつでも少年なんじゃ』てことらしいから。五百年生きたおじいちゃんがああだから、ボクも五百年ぐらいはこうだよ。だから、お前も、五百年はボクの悪戯につきあうしかないね。つらら、仕方がないから、覚悟しなよ」
 この方は、本当に、なんという方なんでしょう。
 どうして、まだこんなに年若いのに、女の心を蕩かすのがこうもお上手なのか。私がお育てした若君様は、五百年後もお傍に置いてくださるのだと言外に告げられて私が喜んでしまうことなどお見通しで、こうおっしゃるのです。
 恨めしいのは、こちらの方です。
 先程仰せの通りに男を虜にするが雪女の【悪行】ですのに、日々このように心をざわめかされてしまっては、他の殿方に目を向ける隙など無いではありませんか。このままでは、私は、いつまで経っても、それこそ五百年経っても、誰一人籠絡できずに、雪女として未熟なままです。
 なのに、そんな未熟な雪女でも五百年もお傍に置いてくださるおつもりかと思うと、頬の熱が引きません。
 ああ、ひどい方。
 天然タラシこそが、無銭飲食なんか比べ物にならない、ぬらりひょんの真の【悪行】ですね。
「・・・・・五百歳になったら、悪戯から卒業してくださいますか?」
「どうだろうね?難しいんじゃないかなぁ。もう諦めなよ、つらら。都々逸でも、『逢うた初回に 好いたが因果 みんなそなたがあるゆえに』なんて言うだろう?これまでのあれも、今のこれも、この先のそれも、みーんなお前の撒いた種、お前の【悪行】のせいだよ。自業自得だ。だから、諦めて、責任とって、三代目の奥方様になって、ずーっと傍にてボクの面倒を見ておくれ。お前が大事に抱きしめてくれるんなら、ボクの心なんか、奪われたままで構わないんだからね?」
 そう言って、憎たらしい悪戯っ子は、私の唇の端ぎりぎりの所に口づけました。それで、ニヤニヤといや~な感じで笑っておられます。
 もどかしい位置に口づけられて、この浅ましい雪女がじれったくなるのを見越してらっしゃるのです。
 嫌な方!
 私は、甘い甘いとよく言われますが、これでも、主が本当にいけないことをなさった時には、きちんとお諌めしてきたつもりです。ですから、今日も手を抜きません。
 お仕置きです!
 側近をからかってばっかりの悪い若様なんか、ソフトクリームよりも冷たい雪女の口吸いをくらうがいいのです!



::::::::



 散々からかったボクに対するつららからのお返しは、花開院さんのお返しとは全然違う、ソフトクリームよりも冷たくて甘いキス。
 健全な中学生男子としては、そんな可愛いことされたら、場所が人目もある夕方の公園だってことも忘れて、がっついてしまうのも無理はない。頭の後ろと細い腰に腕を回してぎゅうぎゅうに抱きしめて、舌を絡めて口の中を舐めまわしてしまったけど、ボクは悪くない。
 むしろ、ざわめく血潮を押さえつけて、夜姿への変化を防いだだけ偉いと思う。雪女って、凍死への恐怖を忘れさせるぐらいに極上の『女』なんだから、キスなんかしちゃうと、眩暈がしそうに血が騒ぐんだよね。


 やっぱり、さぁ。
 花開院さんには怒られたけど、ボクの【悪行】なんて、【悪】なんて、たいしたことないよ。
 本当にひどいのは、ボクに【悪】を為させるつららの【悪行】なんじゃないかなぁ?

 ボクは、この日の本の国の魑魅魍魎を統べる主だから、こんなに悪い妖怪は、他の男に【悪】を為したりせぬように、直々に監視してやらねばならない。この先もずーっと。
 それが、ボクの義務なんだ。


 と、翌日、花開院さんに言ったら、今度は、式神を変化させたハリセン(何これ?いくら天与の才があるからって、精神力の無駄使いだよ)で盛大に頭を叩かれた。
 あれぇ?ボク、何か間違えた?
 


::::::



「この陰陽師娘!リクオ様に何をするのよっ!ああっ、リクオ様、痛くないですか!?たんこぶなどできていたらどうしましょう!?」
「たんこぶは出来てないよ、つらら。・・・・・ハリセンなのに意外なぐらいに痛いけど」
「ふんっ!花開院流陰陽術舐めんといて!『あいつらにツッコミ入れてやりたかった』という一念を篭めて、花開院是光が晩年に完成させた、特製ハリセンやで!鏡花水月対策ばっちりやから、夜でも、畏れを蹴散らして命中するで!これからもビシバシつっこんだるから、覚悟せい!色ボケ妖怪エロりひょんっ!!」



【おしまい】
  

 ぬらりひょんと雪女の悪行に苛まれている身としましては、どちらも、とっても悪い妖怪だと思います(笑)。

 いや、でも、ホントに、カバー裏ネタの五本指の由来エピソードとか、あれは、男を虜にする雪女の畏れが発動してたからあんなことになったんだと思われてならない。だったら、いかに大妖ぬらりひょんといえど、幼い頃から浴び続けてたらなぁ・・・・、と思っております。
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