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こい

 シャーマンキング。葉アンナ。
 世界は沈黙しない。
 大地の下の溶岩流の猛り、干満を繰り返す海の潮騒、優しく撫で荒々しく嬲る風、地を駆ける獣たち。
 決して途切れぬ、音の洪水。
 あたしは沈黙しない。
 鼓動、吐息、声。この身がやがて朽ち果て白く乾いた骨の欠片になっても、その欠片があんたの名を呟くでしょう。
 尽きせぬ想いを篭めて。





 
 最近、元民宿炎にはネコが尋ねてくる。
 葉が雨の日に軒下で震えていた一匹の野良ネコをしばし部屋に上げてミルクをやってしまったことが原因で、そのネコの仲間だか親類だかも一緒に尋ねてくるようになった。
 けれどネコたちも己の立場を弁えていて、野良ネコとしての分を越えることはしない。
 部屋に上がろうとしないし、無理矢理餌を強奪することもない。彼らはただ、つかの間友人に会いに来るような態度でふらりと訪れ相応のもてなしを受けると、過度の媚びは売らずに去ってゆく。
 世話好きで構いたがりのまん太やたまおはネコたちの態度をそっけないと不服げであったが、元民宿炎の女主アンナは、ちょうどよい距離感だと思っていた。矜持を保ったまま、つかの間寂しさを埋められる。
 アンナは、縋ってこられるのは苦手だった。
 プライドを投げ打ち縋ってくるほどの勢いに対して、自分は同等の値を持つものを返すことが出来ない。返そうという意思すらない。だからいずれ、重苦しいだけの枷になってしまうような気がして。
 釣り合わない天秤を見るのは落ち着かない。ずっと、そう思っていた。
 



 そんな彼女は、ある朝、葉がロードワークに出かけてから、布団の中で独りきりゆるゆるとした微睡みを味わっている時に、ネコの鳴声を聴くと、起き出して煮干とミルクを注いだ皿を持って庭に下りた。
 葉の体温が残る布団は離れがたかったが、いつまでもグズグズと惰眠を貪っていても仕方がないというのは明白な事実で、布団を離れる契機をくれたネコに少し感謝した。
 どれほど側にいようと幾度交わろうと、葉とアンナは違う人間で全てを共有することは無理だという真理を理解しつつも受け入れ難いアンナにとって、毎朝、葉の体温が残る布団から離れるのは少し苦行であった。だが、グズグズと寝過ごしていると、今度は布団から葉の体温が消えてしまったという事実を噛み締めなくてはならない。それも好きになれない感覚だった。
 頑是無い子供の繰言のような物思いに浸るくらいなら、強制的に起こされた方がずっと良い目覚めと言える。
 アンナは、タイミングの良かったネコを誉めてやろうと思って、浴衣にサンダル履きで庭に下りた。まだ朝餉の準備を始めるにも早い時刻なので、働き者のたまおも寝ている。アンナの耳に聞こえる音は、遠くの鳥の声と、自分の足音、そして、低木の茂みの向こうのネコの鳴声だけだった。
「ネコ、ネコ、出といで。ミルクと煮干をあげるわ。こっちへおいで」
 アンナが声をかけると、鬱金色の毛並みに茶の縞が踊る小さな生き物が低木の陰から飛び出してきた。尻尾の長いその毛玉は跳ねるように物置の方へ駆けてゆき、先日大鍋を探した竜あたりが閉め忘れたのだろう隙間から物置へ飛び込んだ。
 いつもならば、アンナはネコを深追いせずに物置の入り口に餌を置いて去っただろうけれど、今朝のアンナはネコを誉めるつもりだったので、立て付けの悪い物置の戸をガタガタ言わせながらネコを追って物置に入った。
 埃っぽい物置は、民宿時代の荷物がそのまま雑然とつっこまれていて、その荷物の中には何に使うのかさっぱりわからないような代物もあった。
 例えば、この二重底のでかい箱とか。
 どうやって隠されていたスイッチを爪をひっかけたものかしれないが、アンナが見ると、ネコは上手に、箱の下段にあった秘密の引き出しの中に収まっていた。市松模様の箱は、引出しが閉められた状態で外から見ると引出しの存在を感じさせない。
 だから、アンナもこの箱にこんな仕掛けがあったとは知らなかった。
 すっかりこの家に馴染んでこの家の主のつもりなのに、まだ知らないことがあったのがなんだか少し可笑しくて、アンナはネコと共に引き出しの中に入ってみた。引出しは旅行用トランクより大きめというサイズで、アンナのような細身の少女ならば背を丸めたら中に収まることもできそうだった。
「あんた、賢いネコね」
 アンナがミルクを飲むネコの頭を撫でると、ネコは斑に金が混じる不思議な黒の瞳を細めて、気持ちよさそうにニャアンと鳴いた。




「こんにちは、お邪魔しまーす。葉くん、アンナさん、最高級ネコ缶お土産に持って来たよー」
 昼頃、慣れた様子で炎の玄関を開けて入ってきたのは、制服姿のまん太だった。今日は土曜日。葉とアンナが二人揃って休んでいるのを心配したまん太は、学校からそのまま炎にやってきた。最近よく遊びに来るネコたち用に最高級ネコ缶【ネコまっしぐら】を手土産にして。
 まん太が勝手知ったる玄関で靴を脱いでいると、奥から葉が出てきた。ロードワークの時用のTシャツとジャージ姿だ。
「・・・・・まん太」
「葉くん、元気そうだね。二人揃って休みなんて、今日はどうしたのさ?寝坊でもして学校行くの面倒くさくなったの?あれ、アンナさんは?」
 いつもユルんだ風情の葉にしては硬い表情だったが、二人が寝込んでいるのではないかと心配していたまん太は、安心してちょっと笑顔になった。
 だが、葉は微笑み返してはくれなかった。抑揚のない口調で呟く。
「・・・・・・アンナは、おらん」
「え、もしかしてアンナさん病気で病院に行って・・・」
「違います、まん太さま」
 一気に顔を曇らせたまん太が憔悴した様子の葉に詰寄るのが見るに耐えなかったのだろう、台所からやってきたたまおがまん太の言葉を遮った。
「あ、たまおちゃん。こんにちは」
「こんにちは、まん太さま。あのですね、アンナ様は・・・・」
「アンナは朝からおらん。何処行ったかもわからん。寝巻きの浴衣のまんまで行方不明だ」
 葉の口から説明させるよりは、とたまおが言おうとした台詞は、沈んだトーンの葉の声によって紡がれた。たまおが視線を向けると、葉は一つ頷いた。葉は確かに消耗してはいるがたまおが庇おうとした気持ちを汲めないほどではない、ということだろう。朝からずっと泣きそうな不安を抱えていたたまおは、少しだけ呼吸が楽になった。
「えーーっ!!ど、どうしてっ!?」
 オーバーリアクションで驚いたのはまん太だ。アンナはあまり外出を好まないし、比較的真面目に学校に来ている。そんな彼女が葉にもたまおにも告げずに姿を消すのは、確かにおかしかった。
 二人が学校に来なかった理由を、まん太は納得する。最愛の妻が行方不明とあっては、学校どころではあるまい。
「朝、オイラがロードワークに出かける前は確かにおった。でも、朝飯の支度が終わったたまおが呼びに行ったら、部屋におらんかった。服を着替えた様子はない。カバンも靴もある」
「じゃあ、家の中は?」
「アンナの部屋もオイラの部屋も客間も押入れは調べた。屋根裏から床下まで見たぞ。でも、おらん。阿弥陀丸が、さっき、炎の霊と近所の霊に聞き込みをしてくれたけど、誰もアンナを見とらんそうだ」
「ええと・・・・・・・・・・」
 常とは違う暗い声を出す葉を扱いかねたまん太は、言葉に詰まった。炎は元民宿だけあって一般家屋より広いが、これだけ捜索して見つからないというのは変だ。おまけに、アンナは稀有なほどに美しい少女だった。その外見だけで勝手に彼女に懸想した輩は、これまでに何人もいる。
 廊下で立ち尽くす三人の頭の中に過ぎった犯罪の可能性は、否定できる根拠がない・・・・・・・




 あまりにも重い沈黙に沈みこみそうになった時、庭の方からかすかな鳴声が聞こえた。ネコの声だ。
「あら、ネコさんたち今日も来たみたいですね。私、ミルクをやってきます」
 この場にい続けることが居たたまれなかったたまおは、そそくさと台所へ向かった。その後姿を見送っていたまん太は、急に閃く。
「あ!」
「どした、まん太?」
 突然大きな声を出したまん太を、葉が覗き込むようにして見た。まん太は男子中学生の平均よりだいぶ小柄な体格なので、そうやっても目線は合わないが。
「アンナさんはネコを追っかけていったのかも。だって、着替えもせずに靴も履かずにいなくなったんだろ?庭から、縁側に置いてあるサンダル履いていったんなら、靴履く必要ないし」
「あの、葉様、ネコさん用の皿をご存知ありませんか?いつものところに見当たらなくて」
 葉がまん太の言葉を吟味しようとした途端、台所からトタトタと歩いてきたたまおが、ネコ用皿が行方不明であることを告げた。葉とまん太は顔を見合わせる。
「「!」」
「僕、縁側のサンダルを見てくるよ!」
 はりきったまん太は小さな身体をゴム鞠のように弾ませて庭に通じる縁側のある居間に駆けて行った。
「え、あの、まん太さま?」
「たまお。今まん太が言ったんだが、アンナはネコに餌やろうとしてネコの跡をついていったのかもしれん。それなら、アンナが寝巻きのままなのも靴があるのもネコ皿がねえのも、説明がつく」
 急に駆け出したまん太を不審そうに見たたまおに、葉はまん太の説を説明した。たまおの顔に納得の色が浮かぶ。
「あ、確かにそうですね!」
「葉くん!サンダルなかったよ!!」
 葉は、居間に飛び込んだ。




「なあお前ら、アンナがどこいったか知らんか?綺麗で優しいオイラの嫁さんだ。お前らに餌やってからどこにいんのかわからねえんだ」
 数分後、庭先には、数匹の野良ネコたちとネコに話し掛ける葉がいた。縁側のサンダルとネコ皿が無かったことによって、アンナがネコに餌をやろうとしたのは確実だったが、その後の足取りがよくわからない。ネコが逃げたとしても、飼いネコでもないのだから追う必要はない。追いかけたとしても、帰ってこないのはおかしい。
 葉は焦っていた。
「このネコ缶あげるから、アンナさんの居場所教えてよ」
 まん太は手土産のネコ缶【ネコまっしぐら】を缶切りでカンカン叩いて訴えた。理性的な行動でないことは承知していたが、ネコの手も借りたかった。
 と、鬱金色に茶の縞の毛並みのネコがまん太の手に飛びついてきた。
「えっあっ!」
 驚いたまん太が咄嗟に缶切りを離すと、ネコはその缶切りを咥えて駆け出した。まん太は慌てて追いかける。
 ネコは、庭の片隅にある物置に入っていった。縁側の辺りから見ていたら気がつかなかったが、近くでよく見てみるとネコが入り込める程度に戸が開いている。まん太は、ガタガタ鳴る立て付けの悪い戸を開けて中に入った。
「ネコー、ネコー、どこー?缶切り返してよー」
「まん太、ネコは・・・・・・・」
 埃っぽい有様に閉口して中に入ることを躊躇って入り口でネコを呼んでいたまん太の後ろから、葉が物置の中を覗きこんだ。そして、息を飲んだ後居間に取って返した。
「あ、葉くん。ネコが隠れちゃって・・・・・葉くん?」
 まん太が振り向くと、葉はロードワークから帰ってきてから居間に置いていた春雨を手に駆け戻ってきた。いつものユルさは身を潜め、今の葉の眼差しには鋭利な刃によく似た鋭さがあった。
「下がってろ、まん太」
 物置の入り口に立つまん太を押しのけるようにしてどかせ、葉は埃だらけの物置の床に立った。埃が積もった床には、ネコの足跡と、サンダルの足跡があった。
「えっ葉くん!?」
「葉様、何をっ!?」
 サンダルの足跡が続いている市松模様のやたらでかい箱の前で、鞘を床に置いた葉は両手で剣を構えた。
 切っ先まで意識を伸ばして冷たい鋼を己の腕の延長と捉える感覚を見出した瞬間、葉は鍛え上げられた美しいとすら言える動きで、眼前の箱を斬り壊した。
 そして、箱を構成していた全ての欠片が床に崩れ落ちるのを待たずに、箱の底に当たる部分に手を伸ばす。
「アンナっ!!」
 欠片を押しのけて葉の腕が抱き締めたのは、探していたアンナだった。
「・・・・・葉、埃っぽいわよ?」
 舞い散る埃に眉を顰めるアンナを、葉は強く強く抱き締めた。




 アンナが無事見つかり、ネコを追って入った箱の中で不思議にも寝入ってしまった事情を説明され、炎にやっと平和が訪れた。葉がアンナの側にいたがるので、湯浴みをして服を着替えたアンナは、大人しく居間で葉の抱擁を受け入れている。
 まん太とたまおは二人でネコに餌をやろうとして、ネコ缶を開けた。【ネコまっしぐら】の名に違わない効力で、ネコたちはネコ缶に大興奮して寄ってくる。
「なんか、変な夢見てたわ。あんたがね、あたしがいないって言って探してるの。屋根裏で蜘蛛の巣被ったり軒下で蝉の屍骸踏んづけたりしてもちっとも怯まないで、一生懸命探してるのよ」
 隣に座って抱き締めてくる葉が、ずっと笑顔のままアンナを見ているので、少し気恥ずかしいような気がしたアンナは、ネコに追いかけられて庭を逃げるまん太を見ていた。
「ああ、探しとった。見てたんか」
 葉は庭の騒ぎなど一向に耳に入らない様子で、癖の無いアンナの髪を梳いたり指に絡めたりしていた。午前中の不足分を取り戻そうとでもいうように。
「見てたわ。でも、あんたはあたしが見えなかったのね。あたしずっとずっと葉のこと呼んでたのに。あたしの声聞こえなかった?」
 ネコにひっかかれたまん太が悲鳴をあげたところで、アンナは葉の方を向いた。白目の部分がうっすらと青味がかっている色素の薄い澄んだ瞳は、いつも、静謐な雰囲気を湛えていたが、眼差しに込められた力は強い。今日もそうだった。
「呼んどったんか?」
 悩ましげな長い睫毛に縁取られた瞳の吸引力を感じながら、葉はアンナを見つめた。
 アンナには鈍重なところが無い。嵐の激しさと熱を秘めながらも、静謐で深い。だから葉は、アンナと幾度交わろうともアンナの全てを共有できないのだということを、いつもいつも思い知らされる。そして、それを歯痒くて甘美な真実だと感じていた。 
 全てが手に入らないから、いつまでも追い続けるのだ。不完全な二人の人間だから、触れ合う歓びがある。
「さっきも、朝も昼も夜も、ここで暮らすようになる前も、あんたと出逢ってからずっと、・・・・ううん、出逢う前から呼んでたわ。聞こえなかった?」
「なんて呼んどるんだ?」
 たまおが慌ててまん太に駆け寄る様子も目に入らない葉は、どこか甘えた響きのあるアンナの声に聞き入っていた。アンナの声は、必ず、葉の胸底を擽る。
「『葉。葉。こっちに来て』て」
 静かででも熱い眼差しの求めるところを察した葉は、貪るようにアンナの朱唇に口づけた。世界の他の音など認識できなくなっている葉の頭に、アンナの呼ぶ声だけが響いていた。
 噛み付くようなキスを受けながら、アンナには、葉の呼ぶ声が聞こえた気がした。





 囁く。囁く。囁く。祈りを篭めて。
 ねえ、こっちへ来て?


【終】
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