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黄泉桜

 タイトルは、MEIKO姉さんの名曲から(この曲大好き!)。
 CPはリクつらですが、・・・・・・・清継くんにこんなに力を入れて書いたのが何故かは、自分でもちょっとよくわかりません(苦笑)。

 そんな未来話ですが、よろしかったら追記をどうぞ。
 さぁさ、みなさまお立会い。ご用とお急ぎでない方は、これなる浮世拙を見ておいで。
 これは、今よりすこぅし、・・・そう、すこぅし先のお話でござい。




❀✿❀✿❀✿❀





 温暖化の進んだ昨今には珍しい、凍てつく夜のことだった。

 昼間に曾孫たちの相手をして疲れた男は、今宵、常より早く床に就いた。長らく精力的と評されてきた男だったが、さすがに、この頃は寄る年波を感じざるを得ない。若い頃は、迷子になった挙句一晩中山中を彷徨ってもけろりとしていたのだが、足腰は随分弱くなった。紳士たる意地にかけてもみっともなく腰を曲げたりはしないが、外出時には、杖を手放せぬ。眠りも浅い。
 そのせいか、夜半に、ふと目が覚めた。
 厚手のカーテンに包まれた闇の中、手探りで枕元のローテーブルを探る。老眼鏡をかけて時計に目をやると、薄ぼんやりと光る蛍光塗料が、草木も眠る丑三つ時だと告げた。
 年も年だし時間も時間、大人しく寝直すのが正しいと理解しつつも、何故だろうか、すっかり醒めてしまって眠れない。無理やり目を瞑って寝がえりなど打ってみるが、遠のいた眠気は一向に戻ってこず。
 大層強引な性格なのだが同時に身内を大事にするこの男は、このままでは、傍らで眠る妻を起こしてしまうと思い、スプリングの効いた寝台から身を起こした。肌触りのよい上質なガウンを纏い、音立てぬように注意して、そっと扉を開ける。
 廊下は、静まり返っていた。照明は、シンプルながらも優美なアールデコのランプ。古風な色ガラスを通した光は、磨き込まれたマホガニーの廊下を柔らかく照らす。
 早寝早起きの老夫婦に合わせて、この屋敷では、住み込みの使用人も夜更かしなどしない。久しぶりに尋ねてきた孫夫婦も、幼い息子に合わせて早めに就寝したようだ。
 男の耳に響くのは、広間の柱時計が刻む音だけ。大正浪漫の名残を残す屋敷の瀟洒な雰囲気を、邪魔するものなどありはしなかった。
 だが、男は、何やら不服そうに眉を顰める。
 建築時の名残を残しつつ最新の設備を導入してきた屋敷は、古風に見えても、断熱と床暖房が行きとどいている。今にも雪が降りそうな冬の夜中だというのに、廊下に出ても少しも寒くない。
 老いた身にこの暖かさはありがたいこと。だが、男は、これをつまらないと感じた。これでは、風情も何もありはしない、と。
「まったく、冬がこんなに暖かくては、雪女の居場所がなくなってしまうよ。みんな、もっと妖怪の立場も考えないと」
 男の口をふとついて出たのは、あまり一般的ではない台詞だった。が、それも仕方のないこと。
 男は、生まれ持った容姿も、頭脳も、運動神経も、富豪であった父親の跡を立派に継いでこのご時世に財を喰い潰すどころか増やした手腕も、それこそ人が望む全てを持ち合わせていたが、ただ一つ、趣味がすこぅし変わっていた。
 男が情熱を注いだ対象、それは、『妖怪』。
 幼い頃、夢か現かわからぬ闇の中で悪しき妖怪に襲われ『魑魅魍魎の主』なる者に助けられて以来、男は、『妖怪』に興味を持ち、知りたい・見たい・会いたいと言って憚らず、学業や家業の傍ら、『妖怪』研究に血道を注いだ。
 一般的とは言い難い趣味ながらも、長年に渡る研究が無為だった、などとは誰も言うまい。
 学生時に結成した団は、活動中に幾度も妖怪と思しき何がしかと遭遇したし、研究成果を纏めて出版した本は、その道では高く評価されている。妖怪に関する収集物は、今や、博物館の規模だ。書庫などは、業界の学生などに『妖怪図書館』と呼ばれている。その情熱と功績を認められ、民俗学の講義を請われることもあった。
 男が『妖怪』に対して注いだ情熱は、誰にも否定できないモノであろう。
 だというのに、男は、幼い時の最初の経験以降、『妖怪』と遭遇できなかった。
 彼の周囲、特に、男が組織した怪奇探偵団のメンバーなどは幾度も『妖怪』と出会っているのだが、何故か、男自身が『妖怪』の姿を目にすることは叶わなかったのだ。
 一度など、謎の行方不明や惨殺事件が横行していた『京都妖怪大戦(彼の命名)』の最中に、昼間ですら暗雲立ち込めていた京都に赴き、陰陽師の総本山に滞在までしたというのに、、『妖怪』を目撃することは出来なかった。その屋敷が『妖怪』の襲撃に合って大破した時でも、不可思議な眠気に襲われて、気づいたのは妖怪が駆逐されてから、という有様。
 ここまで来ると、もはや、偶然というよりは天命などと言うべき何かを感じさせる。
 しかし、行動力の塊のような男は、決して、諦めはしなかった。
 曾孫も出来たこの歳になっても尚変わらぬ男の望みは、幼き日の自分を魅了した『魑魅魍魎の主』に再会すること、だ。
 風も無いのに靡く白銀の髪、涼やかな面立ち、漂々とした佇まい、そして、闇に沈むどころか圧するような、あの瞳。
 『彼』は、夜に、闇に、妖しきモノに、人々が抱く畏れを具現化したような、そんな存在だった。
 何十年経ようと鮮やかに思い返せる刹那の邂逅が、男の情熱の原点であり、終着点でもある。闇夜の羽虫が篝火に魅かれるように、男は、情熱に任せて『彼』を追うことを止めはしない。老い衰えた今も、まだ。
「・・・・・とはいえ、僕もいつまで続けられるか」
 らしくもない気弱な発言が漏れた、その瞬間のことだった。

 ッポォンッ

 防音の施された室内にあって聞こえるはずもない鼓の音が、響き渡ったのは。 








「こっちだ!確か、こっちから!」
 このご時世に珍しい由緒ある大きなお屋敷のご隠居は、けれどそんな肩書に見合わない必死な有様で、持病の腰痛も昼間の疲れもなんのその、廊下をバタバタ駆けてゆく。往時の健脚には遠く及ばずとも、老爺にしてはずいぶんな速さで、男は走る。
 人々が寝静まった丑三つ時に鳴り響いた、不思議な音の正体を見極めんとして。
 玄関に回って靴を履くのももどかしく、勝手口で庭掃除用のサンダルをつっかけると、もう一度鼓の音がした。
  
 ポポンッ

 男の耳は正しかった。音は、確かに裏庭から聞こえてくる。男の胸が、『彼』に初めて会った日のように高鳴った。
 勝手口の扉を開けて、庭に出る。雲が掛かっているのか、空は暗い。この屋敷の庭は、表側と裏側とに分かれていて、表側は男の妻の趣味で英国風、裏側は男の好みで和風に設えられている。夜間、表の庭は門灯に照らされて明るいが、高い塀に囲まれた裏庭を照らすは月光のみ。
 悪戯な雲が月を隠した今宵、見慣れたはずの庭は闇に沈んで、そしらぬ顔でつれない素振り。
 おやおや、ひやりと頬を撫でたこれは、笹の葉かい?手に触れたこれは、南天の実?おっと、爪先で蹴ってしまったのは、葉牡丹かな?踏みしめた柔らかい感触は、椿の花かもしれないね?
 嗚呼、今宵はなんという夜だ。
 庭木のどれもこれも男が采配したはずなのに、陽光に照らされる姿は瞼の裏に思い描けるほど見慣れているというのに、闇の薄衣に隔てられただけで、これほど余所余所しく感じられるとは。
 それでも挫けず駆けこんだのは、冬となれば、爛漫の春が嘘のように、寂しい枝ばかりの姿を晒すが道理の、桜の大樹の下。
 時刻は深夜。月が雲を隠した空は、どういうわけか、街の夜灯りを照らしもせずに吸い込まれそうに、昏い。夜が更けても強欲に闇を濁すが昨今の人間のやり様だろうに、今宵この庭を染め上げるは、己の指先も見えぬほどの、真の闇。
 季節は、サンダル履きの爪先が痛いほどに冷たい、真の冬。
 だというのに、どうしたことか。
「・・・・桜?」
 霜が降りそうな寒気の中で、はらはらと舞い落ちるのは、淡雪の真白ではなく、薄紅であった。
 空も庭も男も覆い隠す闇の中、薄紅だけが闇に染まらず。
 男の髪に、頬に、肩に、ひらひらゆらゆら降りかかる。薄紅は、雪のように儚げな風情で、なのにそのくせ、つつましく溶けて消えはせず、ほろほろと降り積もる。
 これは、桜。
 桜が咲いている。
 春以外に花を咲かせる桜が無いではないが、二期桜とて咲くのは春と秋。このような凍てつく冬に咲く道理はない。
 はらはら、ひらひらと夢見心地に美しいこの花吹雪は、まさしく怪異。
 これこそ、妖の兆しとして、男が、待ち望み、追い求め、焦がれていた、あり得べからざる事象。 
 
 ッポポンッポポポポッポポポポォンッ。

 狂い桜に見入っていた男が、再び響いた鼓の音に我に返る。
 いつの間にやら、桜の下には、膝をつき小鼓を構える女の姿があった。
 白い女が、桜闇に浮かび上がる。
 闇に沈むではなく、月光を浴びて蒼き燐光を帯びる漆黒の髪。異形の、黄金螺旋の瞳。肌は、穢れなき新雪のごとく白く。裾に黒菱を描いた着物も、また白く。冷たく整い過ぎて人形めいた容貌の中で、唇に刷いた紅だけが、生々しく艶めかしい。
 雪のように白く美しい、女。
 女の面差しは、清らなる童女のようにも、臈長けた婦人のようにも見え、そして、・・・・どこか懐かしくもあった。
「君、は・・・・?」 
 目立たない場所に幾つも設置された警報装置を作動させずに庭先に現れたことといい、防音された邸内に響いた鼓の音といい、異形の黄金螺旋といい、この女が、人ならざることは明らかであった。
 眼前のこの美しい異形は、『妖怪』、だ。
 長年追い求めた存在にようやく相見えた男は、少年のように頬を紅潮させて女を見つめる。
 女は、男の高揚など全く無視して、白い繊手で鼓を打った。

 ポォンッ

 その音が響くと同時に、桜の枝より舞い降りたる一つの影。
 空気の密度が変わった。雲が切れて、望月が顔を見せる。凍てつく寒さがふわりと和らぎ、馥郁たる春の花の香気が漂った。
「!!!」
 男は、瞬きも忘れるほどに驚愕し、月下に現れた姿を喰いいるように見入る。
 月光を浴びる白銀の髪は長く靡き、桜色の着流しの上に、戯れに羽織った女物の打ち掛けに描かれているのは、金糸銀糸で縁取られた豪華絢爛たる桜花。半襟は薄緋で帯は濃緋、どちらも銀糸の刺繍が入っている。白足袋にきりりと映える鼻緒は猩々緋で、ちらりと覗いた八掛けは、かくも鮮やかな紅赤ときた。
 全くもって傾いた装いで、武骨な男が纏ったならば滑稽でしかろうのに、こちらは稀なる美丈夫であったので、芝居のように洒落て見せてしまっていた。
 ましてや、震えがくるほどの艶麗な面に、闇を圧する紅玉の瞳が嵌まっていれば、尚のこと。
 無粋な名乗りなど必要なかった。男にわからぬはずがない。
 闇を圧し、闇を征し、闇を愛し、闇に愛され、闇を守るモノ。
 人も、己に続く百鬼も、地を統べる神々も、心ある全てを魅了した妖。
 夢幻を司り、畏れを捧げられる王。
 『彼』だ。

 百鬼を従える魑魅魍魎の主が、そこにいた。

「ぬ、主、僕は・・・・・!」
 やっと、幼い頃から探し続けてこの齢になってようやっと、再会できた相手に対して、けれど男は言葉が続かない。
 男にとっては重大事でも、彼にとっては些事であろう。彼が、もう何十年も前の、人の子との一瞬の邂逅を覚えているとは限らない。仮に覚えていてくれたとしても、だから何だと言うのか。
 彼に焦がれるのは、地を這う獣が天上の月を仰ぎ見るようなもの。無様な獣がいかに憧れようとも、月は、掛けられた想いなど歯牙にもするまい。獣は、月に触れることすらできぬ。どれだけの熱量であったとしても、男の情熱など、彼には何ら関係がないこと。
 求める気持ちのまま手を伸ばして、なのに一歩も動けないまま、それでも、男は、一挙手一投足を見逃すまいと全身全霊で彼を見つめる。
 彼に対して何か言いたいことがあったような、問いかけたいことがあったような気もしたのだが、もう何も思い出せない。男に出来るのは、ただただ、この奇跡が一秒でも長く続いてくれと祈ることだけだ。
 何をして欲しいのでもない、何を訴えたいのでもない、何を教えてほしいのでもない。
 男は、ただ、会いたかったのだ。
 彼に、もう一度会いたかっただけなのだ。








 はらはらと薄紅が散り逝く夜に、しばし、しじまが降りる。
 やがて、ふっと、そう、桜花が春風に揺れるような淡いモノではあったが、彼は微笑んだ。
 仕方ねぇな、と言わんばかりの気安い笑みのおかげで、張りつめた場の空気が緩む。そして、雪像のように身動ぎもせず静謐だった女が、やれやれ、と言わんばかりのため息を零して、朱唇に笑みを浮かべて彼を見やった。懐から扇を出した彼もまた女を見つめ、小さく頷く。
 それを合図に。

 ポンッポポンッポポポポォンッッ

 女の手が、鼓を打つ。
 彼の手が、扇を開く。
 天には望月、地には桜。
 天地の狭間で、彼は舞う。
 桜色の長着の裾が、金糸銀糸に飾られた打ち掛けが、ゆらりゆらりと揺れ。ゆぅるりと踏み出した足元で、紅赤がちらりと覗いた。はらりと舞い落ちた花びらを、扇面に受け止めて。ひらりと、零して。
 踏み出す足取りは男君らしく大胆で、なのに優雅。裾捌きは颯爽として。扇は、時折、剣舞のように素早く閃く。見得を切る姿は、一幅の絵画のようだった。されど、身を翻す様は、殺陣のようでもある。
 複雑な筋立てや堅苦しい決まり事などは何もない、神代の舞いはかくもと思わせるありのままの、舞。
 此処に在るがまま、今に居るがまま、隠しも装いもせぬ心のただそのまま、彼は舞う。
 春を謳歌する蝶のように軽やかに、春の陽のように麗らかに。時に、夏の狂騒を思わせるほど激しく。または、秋の憂いを拭うほど華やかに。そして、淡雪のように清澄にも。
 真冬に狂い咲く桜の下で、百鬼夜行の主は、遊び舞う。
 その様は、水面に映る月の如く、鏡に映る花の如く。

 まこと、夢幻の如くなり。
 








 さて。美しいモノには、人の心を動かす力がある。
 人も、物も、現象も、歴史も、とかくこの世に在る全ては多面体で構成されており、いくつもの面を併せ持つものだが、美しいモノというのは、その面のいずれかの真を突いている。
 美しいと感じることは、その真を突きつけられるということ。貫かれるということ。
 真を突きつけられ貫かれ揺れた心は、いつの間にか降り積もっていた余分な垢を振り落とす。凹んだ金物を反対から叩くように、外圧で変形した部分に元の形を思い出させる。それ故に、人は、その分楽になり心地よくなり、その心地をもってして、美しいモノを善しと感じるのだ。
 今宵の舞は、美しかった。 
 だから、男の心は揺れた。
 ゆぅらりふらりひらひらと揺れて、悪しきこと卑しきことくだらぬことを振り落としていくものだから、舞に見入りながら、善きことばかりが思い起こされていく。
 時の輪と逆回しに、回り回りゆく、思い出の絵巻。
 昼間に遊んだ曾孫の、えくぼが愛らしかったこと。孫の成人の晴れ着が、大層凛々しかったこと。花嫁衣装をまとった愛娘の頬を零れおちた涙は、どれほど美しかったことか。商談を纏め上げ、部下と酌み交わした酒の味は、ああ、旨かったとも。臨月の妻の腹に耳をくっつけると、聞こえてきた温かな鼓動に泣きたくなった。
 美しい舞に心を揺さぶられ、男はどんどん澄み渡り、積み重ねた時を遡ってゆく。
 それと同時に、男の顔からは皺が消え、髪は黒くなり、肌には張りが蘇ってくる。心と同じく身体も時を遡っているのだが、男は我が身の変化に気づかない。
 ただただ舞に見入り、心と身体を解放していく。
 震える手で細い指に嵌めた、婚約指輪は輝いていた。けれど、それより眩しいのは、その時愛する女が浮かべた、涙交じりの笑顔。研究成果を纏めた論文への恩師の褒め言葉は、いつまでも耳に残ったものだ。初めての恋は、苦く、酸っぱくて、甘く。恋をして初めて知った、空回りも焦りも戸惑いも切なさも、全てはもはや善き思い出。
 そうそう、高校の3年間は、世の若者のように色恋沙汰には見向きもせず、勉学と生徒会長の職務と自ら主催した部活動に盛を出していて、まるっきり、中学の延長だった。
 中学時代には、本格的に妖怪探しを始めて、後に偉大なる陰陽師となった少女の助力も得て、様々な事件に遭遇したものだ。
 悲しいかな、妖怪をこの目で見ることは叶わなかったが、後の研究の礎となる多くのデータと、・・・友達を得ることができた。
 これほど年を経てそれでも、いや、それだからこそか、ありありと瞼に描けるあの日の仲間たちの姿。
 キーボードがカチャカチャ鳴る部屋に、窓から夕日が差し込んでいた。
 バランスボールで遊ぶ少女の髪は、跳ねる度にぴょんぴょん揺れている。彼女と楽しげに話しているのは、雑誌を読みながら長い髪をかき上げる少女。部屋の隅に座り込んだ少年は、せっせとサッカーボールを磨く。部屋の中央では、陰陽師の少女が禹歩の講座を開いていて、生徒役は、怖がりなのによく妖怪に出会っていた少女だ。
 思い返してみても、誰もがてんでバラバラで、まとまりがあるとは言い難い。なのに、どこか居心地がよくて。収集をかけなかった日でさえ、みんな、何となくこの部屋に居ついていた。
 彼らは、僕の大事な仲間。僕の情熱の理解者。
 ・・・・おっと、まだダメだ。マイファミリーが揃っていないぞ。
 いつも、彼らは遅れてやってきた。
 時計の針が少し進むと、やがて、いつも通り大量の頼まれ事を終えた眼鏡の少年が、雪のように白い肌の少女を伴って、戸を開ける。これで、メンバーは揃った。さあ、冒険を始めようじゃないか!
 だから僕は、パソコンから顔を上げて、彼らの名を呼ぶんだ。
 ああ、あの少年と少女の名は・・・・・・

「ねぇ、『妖怪』は『いる』と思う?」

 いつの間にか、鼓の音は止み、学ランを纏う僕の眼前には、同じ制服姿の『彼』が、立っていた。
 成長期前でまだまだ背が低くて眼鏡を掛けたその姿は、僕の記憶そのまま。
 明るい茶色の髪と、同じ色の瞳。いつも穏やかな笑みを浮かべて、頼まれ事を引き受けてばかりいた。けれど、軟弱ではなくて、時々、驚くほどに強い光を瞳に宿した。
 懐かしい、僕の友達。
 柔らかく微笑んだ彼は、僕に歩み寄って、再び問いかける。まっすぐにこちらを見つめながら。

「ねぇ、『妖怪』は、『いる』かな?」

 そして、僕は思い出した。
 ああそうだ、思い出したとも!
 最初に、『妖怪』が『いる』と言ったのが誰であったのか、を。
 どうしてだ!?どうして僕は忘れてしまっていた!?『妖怪』が『いる』と、最初に言い出したのは、僕じゃない!むしろ、幼い僕は、『妖怪』を否定して馬鹿にしていたじゃないか!

 「『妖怪』なんていやしない」、そう言ったのは、幼い日の僕。
 「『妖怪』はいるよ」、そう叫んだのは、眼鏡を掛ける前の彼。

 中学に上がってからの彼は、いつもいつも、騒動が始まる前か、終った後にしか居合わせなかった。傍らの謎めいた少女と内緒話をして、時々そっと、二人で姿を消してしまう。妖怪に会いたがるそぶりを見せないのに、何故か、妖怪のことにとても詳しくて。
 いかにもおどろおどろしい、あの大きな古いお屋敷。不思議なおじいさん。声はすれども姿が見えない、たくさんのお手伝いさんたち。偶然触れた手が驚くほど冷たかった、彼女。いつも、何かを隠すみたいに慌てる、彼。誤魔化すみたいに言葉を連ねる、彼と彼女。
 時折、ほんの時折、藍色のはずの彼女の瞳が黄金に輝いて、明るい茶色のはずの彼の瞳には紅が閃いて。

 すこぅし変わっていた、彼女と彼。 

 ああ、なんてことだろう。
 今思い返せばこんなに不可解な事実の数々は、なのにあの当時は、目隠しされてたみたいに気にならなかった。
 けれど、やっと、僕は答えに至る。
 やっと、『君』を見つける。
 なんだ。なんてことだ。ずっと、ずぅっと、『君』はここにいたんだね?ここに、いてくれたんだね。
 愚かな僕は、それでも一歩踏み出して、伸ばしかけて固まっていた手を、今度こそ伸ばして、『君』の手を掴む。
 そして、『君』の問いに答えた。

「やっと見つけたよ!『妖怪』は『いる』!僕の友達だっ!」

 溢れる涙を拭いもせずに、しっかと『君』の手を握って、子供みたいに大声を上げた。
 僕がずっと言いたかったことは、コレだった。
 僕がずっと探していた理由、それはこれを言う為だった!
 これを伝える為に、僕は、『君』を見つけなくてはならなかったんだ!
 僕が『彼』に出会えないのは、道理だった。「いない」と言って最初に拒んだのは、僕だったのだから。自分で自分に目隠しして、否定された彼の哀しみなど気づきもせずに。
 「いない」なんて、言ってごめんよ。
 あの日、助けてくれて、ありがとう。
 きっとたくさん困らせたのに、つきあってくれたおかげで、楽しかった。あんなにいろいろ騒ぎがあって、いつぞやの京都などたくさんの人死にが出たはずなのに、僕らがいつも無事だったのは、ちっとも気づかなかったけれど、『君』が、『君たち』が、何度も守ってくれたんだろうね。
 
「・・・・・・見つかっちゃった」

 『君』は、僕の旧い友達は、久しく見なかった悪戯な笑みを浮かべて、傍らの彼女を見やった。黄金螺旋を藍色に変じさせた彼女は、「見つかっちゃいましたね」なんて言って、にこにこ笑っている。
 懐かしい思い出のあの日と、少しも違わずに。

     
 美しくて、畏ろしくて、すこぅし変わっていて、優しい『君たち』。
 どれだけ時間が経っても、これまでも、今も、これからも、『君たち』は、僕の大切な友達だ!





❀✿❀✿❀✿❀




 
「ひいおじいちゃーん、起きてよー。ご飯できたよー」
 紅葉のような手で、頬をぺちぺち叩かれた。瞼を開けると、そこには、大昔に鏡でよく見慣れた顔。
 昨日から泊りがけで遊びに来ているこの曾孫は、何の因果か、幼い日の僕に瓜二つの顔をしている(かくて天パは継承されてしまった)。
 開け放たれたカーテンから注ぐ朝の光が、幼子を照らしていた。稚い産毛がきらきらと光っている。ただそれだけのことが何だか嬉しくて、気づくと、頬に涙が零れ落ちていた(年を取ると涙腺が脆くなっていけない)。
「・・・どうしたの?お腹痛いの?怖い夢でも見たの?何か悲しいことでもあったの?」
 同じ顔をしてはいても、傲慢だった僕よりずっと性根が優しい曾孫は、きゅうっと眉を寄せて、濡れた頬を拭ってくれる。
 ああ、お前はいい子だねぇ。
「・・・違うよ。大丈夫。ひいおじいちゃんはね、痛くも怖くも悲しくもないよ。僕はね、昨夜、美しいモノを見たんだ」
 優しい曾孫を心配させたくはないけれど、袖口の折り返しに桜の花びらを見つけてしまったので、どうにも涙が止まらなかった。
 まだ心配そうに眉を顰める愛し子の頭をそっと撫でて、ゆっくりと話し始める。
「お前にはまだわからないかもしれないけど、僕ぐらいの年になると、みんな、始まりと終わりの場所のことを意識するようになるんだ。しばらく前にお前が旅立ってきて、もう少ししたら僕が向かうところ。『人間』は、みんな、そこから来て、やがてそこへ還る。それが道理だ。その道理を恨んだことはないけれど、僕は、抱えた想いまでは持っていけないだろうことを寂しく思っていたんだよ。ひいおばあちゃんがよく言っているように、お前のひいおじいちゃんは、欲張りでワガママだからね。だけどねぇ、せっかく出会ったのに、愛したのに、ここに『いた』のに、忘れてしまうなんて寂しいじゃないか?僕はね、それが、すこぅし嫌だったんだよ。だけど、昨夜、友達が教えてくれたんだ。だからもう、寂しくない。それが嬉しくて、涙が出たんだよ」
「・・・何を教えてくれたの?」
 曾孫は賢い。僕の発言の内容はよくわからずとも、僕が伝えたいことがあるのだと察して、続きを促してくれた。お前は、本当に優しい子だね。
「覚えていると、忘れないと、そう教えてくれたんだ。僕はもうまもなく逝き、いつの日か還ってきたとしても、すっかり忘れ果てているだろう。それが世の習いだからね。だけど、僕よりも永くこの地に残る彼は、彼女は、僕の大切な友達は、薄情な僕が忘れてしまっても、覚えていてくれる。そう約束してくれたんだよ」
 知っての通り、僕は往生際が悪くて、しつこくて、強引だ。
 だから、あの再会の後で、感動のあまり滂沱の涙を流しながら彼らに詰め寄って、約束を迫った。
 ・・・我ながら卑怯なやり口だった気もするが、まぁ、爺さんというのは大抵、頑固でしつこいモノだ。それに、僕も妻もこんなに皺だらけになったというのに、彼と彼女だけは匂い立つような美貌を誇っているのだから、すこぅしぐらいワガママを聞いてくれてもいいような気がしないかね?もちろん僕は皺が増えようが妻を愛しているし、妻だって皺だらけの爺さんになった僕を愛してくれているだろうけど、でもねぇ、やっぱり何か悔しいよ。妻はあんなにエステに通ったし、僕だってジムで頑張ったりとかいろいろしたんだから。
 というわけで、その悔しさを原動力に、僕は押した。ぐいぐいと押し通した。
 彼があの美しい妖の姿を取っていたならば、あんなに強く推せなかったかもしれないけれど、その時は見慣れた中学生の姿だったから、あの頃の『良い奴』を強引に振り回していたノリで詰め寄ると、最後は根負けしてくれた。やったね!傍らの彼の愛妻からは、愛らしい乙女には似つかわしくない、己が選んだ亭主のどうしようもなさを熟知した上で尚零さずにはいられないと言わんばかりのため息(僕の妻がよくやるやつだ)が零れたけど、僕は気にならないから大丈夫(というと、妻はいつも怒るけど)。
 だから、僕は嬉しい。
 朝っぱらから泣きだすぐらいに、嬉しくてたまらない。
 僕らが交わした約束、それはね・・・・・・・・
「僕の名を受け継いだ清継、お前は、8歳になったら、この家に泊まりにおいで。ひいおじいちゃんがもういなくても、必ずだ。それで、夜になったら、裏庭の桜を見に行きなさい。お父さんもお母さんもひいおばあちゃんも眠ってしまっているだろうけど、必ず行くんだ」
「・・・・・行ったら、何があるの?」
 訝しげにしながら、それでも、曾孫は、頭を撫でる僕の手を拒まなかった。
 同じ名前でも僕よりずっと優しくて賢いこの子は、ひいじいさんの遺言を忘れずに叶えてくれるだろう。
 だから、きっと大丈夫。
 






 ねぇ、約束だよ。
 2年後にまた会いに来ておくれ。
 そして、ずっと、ずぅっと、『清十字 清継』と友達でいておくれ!






【おしまい】


【追記】



「あんな約束をしてしまって、良かったのですか?」
「・・・・お前だって止めなかっただろうが。それに、癖かもしれねぇが、あいつにあの勢いで詰め寄られると、どうにも断るのが難しくてな。せっかく会いに行ったのに素気無いってのも、どうかと思ったしよ」
「リクオ様は、今も昔もお優しいですこと。ですが、まぁ、清十字の曾孫は、同じ名前で顔がよく似てても、中身は曽祖父と違うらしいですから、私はいいですけどね。リクオ様、今度は惚れられて団を作ったりされないように、せいぜいお気をつけくださいませ」
「・・・つらら、お前、他人事みたいな言い方するなよ。なんだ、何か拗ねてやがるのか?」
「いいえー。別にー。今朝化猫屋から届いた請求書とか、それに紛れて届けられた泥棒猫からの奴良組総大将への恋文だとか、昨日3丁目の本屋のバイトの娘が言ったこととか、一昨日人魚組の組長に睨まれたこととか、私は何も気にしておりませんよー」
「しっかり気にしてんじゃねぇか。清継はじじぃになっても相変わらずだったが、うちの雪女も、こんだけ連れ添っても、男心がわかんねぇ小娘みてぇな悋気だな、おい」
「・・・・・何か文句でもおありですか?」
「いいや。オレの過保護な守役も、ドジな側近も、愛しい恋女房も、そこが可愛いって言ってんだ。なぁつらら、オレは気にいってんだから、変わってくれるなよ」
「まぁまぁ、お上手ですこと。わかりましたよ、約束にはつきあいます。どうせ、守役も側近も古女房も、いつでもリクオ様には負けっぱなしなんですからね。ああもう、本当に、いつまで経っても、彼も私もあなたもしようのないこと!」 

 


 
 長らくのおつきあい、ありがとうございました。
 お拙は、これにて終いでございます。
 ではでは、みなさま、

「「「桜の下で、また会いましょう!」」」



【ほんとにおしまい】
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