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ストロベリーツリー

 冒険王ビィト。ビィキス。

 君だけを。






 アザレアの町の門は親切で人懐こい。
「宿屋ならば、そこの通りを左に曲がって3軒目にあるスカーレットの宿がオススメだ。女将さんは料理はできなくてちょっとおっちょこちょいだが親切でかわいらしいし、料理上手な旦那さんは元バスターだから、バスターの客に対して好意的だ」
「そっか。じゃあそこに行ってみる。ありがとな!」
 門の言った通りの場所に、スカーレットの宿はあった。決して新しくはないが小奇麗で居心地がよさそうな宿だ。扉には緋色の薔薇のリースが飾られ、窓辺で揺れるカーテンには花の刺繍。この荒れたご時勢では珍しいほどに、気持ちよさそうな宿。
 その印象は中に入っても覆されることはなかった。テーブルも椅子もよく手入れされていて、厨房からは食欲をそそるスープの匂い。1階は食堂、2階は宿という典型的な造りで、店内はさほど広くはない。だが、掃除が行き届いていて、決して豪華ではないが温かい印象を受ける。
 すごくステキな宿だ。
 頬が緩んでしまった。このところ野宿が続いていたので、つい嬉しくって。そう、これから5日は宿に泊まれるんだよ。
 どういうことか説明するね。
 今朝、ぼくたちは魔物の群れと遭遇した。これ自体は大した問題じゃない。というか、ぼくらはヴァンデルバスターなので、魔物を倒さないと生計が立てられなくて逆に困る(一人きりの時に群れを相手にするのならちょっと困ったかもしれないけどさ)。
 だから、魔物が出てきたのはいいんだ。いつの間にかビィト戦士団の会計係になってしまっているポアラなんかは、魔物がコインに見えてたらしくて遭遇したことを喜んでたくらいだからね。でも、なんか今日はちょっとついてなかったみたいでさ。ビィトが、薄刃のナイフみたいな羽を持つ小型の昆虫型魔物にジャケットを切られちゃって(怪我はしてないんだけど)、ちょうどポアラの靴が寿命を迎えてしまって(つま先に穴が)、とにかくどこか村か町へ行こう、ということになった。
 だから、1番近かったアザレアの町に来たんだ。アザレアの町はさして規模が大きくないけれど、強力な魔人が近くにいないおかげで、わりとのんびりしたムードがある。鑑定小屋(ここにも緋色の薔薇のリースがあったな。流行ってるのかな)の鑑定士(すごく糸目だった。知ってる誰かに似てる声だったな)ものんびりしていて、ジャケットの入荷は5日後だと言われてしまった。
 スレッドは憤慨していたけれど、この町の先の行程は山越えだから、次の町でジャケットを入手するにしてもそれ以上に日数がかかってしまうし、ミルファはバスター協会に定期報告書を送る時期だったし、ポアラのサイズの靴もちょうど品切れで入手は2日後と言われたし、何より今日がビィトの眠る日だったから、この町に滞在することに決定した(それに今ぼくらは懐が温かいし)。
 だから、久々の宿。久々のまともな食事、ふかふかのベッド。
 嬉しくってちょっと頬が緩むのは赦して欲しい。はは。
 ぼくは、ビィトに毛布(さっきビィトが蹴り飛ばした)を被せながら、にこにこしていた。
 ちなみに、部屋割りは、空き部屋が「2人部屋1つ+1人部屋2つ」だったので、2人部屋にポアラとミルファ、1人部屋にスレッド、1人部屋にぼくとビィト、という結果になった。スレッドはぼくやビィトより身体が大きいから1人で1つのベッドを使うべきだし、ビィトは寝る日以外はベッドいらないし、ぼくとビィトなら1つのベッドで寝られないこともないし、ということでこの部屋割り。だから、ぼくはビィトと同室。なんか、2人で旅をしていた頃のことを思い出すなあ。2年前のぼくらは今より背が低かったしお金もそんなになかったから、宿を取ったら1人部屋で一緒に寝てた(宿を取るのはビィトが寝る日だけだったけど)。あの頃とはイロイロ違ってしまったこともあるけど、でもビィトはビィトだし(きっと何が起こってもビィトはビィトのままなんだろう)、ぼくは結局ビィトを好きで、今一緒にいることができる。ビィトの寝顔を眺めて、頬をつついたりしている。
 だから、ぼくは幸せだ。
 この先に艱難辛苦が待ち受けてるのは確実だけど(7つ星との対戦は避けられないし、ぼくには裁判が待ってる。まあ、コレはぼくの自業自得だけど)、でも、今は幸せ。ビィトの傍にいられるんだからね。
 と、ぼくが幸せを噛み締めていたら、扉をノックする音がした。開けてみると、お盆に飲み物を乗せた女将さんがいて、あ、サービスかなと嬉しくなったぼくがお礼を言ってお盆を受け取ろうとしたら・・・・・・・・・・・





 水が豊かで、森林を破壊する類の魔物を大量に撒くほどに資本力のある魔人もいないこの土地は、緑が色濃くて実りが豊かだ。大陸主要行路からは外れているし特産物があるわけでもないから大規模に発展してはいないけれど、のどかで良い土地柄だと思う。空も青く晴れ渡っていて、今日は散歩日和。
 女将さんにおつかいを頼まれたぼくは、1人でアザレアの町の門の外の道を歩いていた。燦々と降り注ぐ陽光を、生い茂る木々が遮ってくれる。ほんと、ここの緑は濃淡が多彩で花も咲いていて、大地の恵みを感じるなあ。
 ポアラとミルファは買い物に行ったし、スレッドもどっかに出て行っちゃったし、ビィトは寝てるから、今はぼく1人。ビィトと再会してから1人になることってなかった気がするから、なんか新鮮な気分だな。深呼吸して、肺いっぱいにフィトンチッドを吸い込んだ。
女将さんのおつかいは、苺の木の花を摘んでくること。
苺の木というのは、果実が苺に似ていて、パフスリーブ形の花をつけるツツジ科の植物だ。女将さんは結婚する妹のためにブーケを作りたいらしいんだけど、ブーケに入れたい苺の木の花(この町の風習なんだって。花言葉が花嫁にぴったりだとか)が、町の中ではまだ咲いていない。門の話によると、門を出てしばらく行ったところにある泉の辺なら咲いているとのこと。でも、この辺りは比較的穏便だとはいえ、戦う術を持たない人間が門の外に行くのは危険だ。だから、バスターのぼくに頼んだんだ。報酬は、宿代1割値引き。
ラッキーな話だと思って引き受けたぼくは、順調に泉にたどり着いた。この辺りに苺の木があるんだよね・・・・あ、発見。泉のすぐ傍で、パフスリーブ形のピンクの花がたわわに垂れている。
楽なおつかいだったなと思いながらポケットから鋏を取り出そうとした瞬間、助けを呼ぶ人の声が聞こえて、ぼくは駆け出す!声はやって来た方角から聞こえた。魔物が吼える声も、そっちから。たぶん、追いかけられてるんだ。でももしかしたら、その人は門にたどり着いて自力で助かるかもしれない。そうなってくれるように祈りながら走ったけれど、門の少し手前のところで魔物に襲われている人の姿が見えた。魔物は、走りながら鳴き声から推測していた通り、甲虫系だった。大甲虫だ。ぼくは即座に、大甲虫に向かって、天撃の氷柱を放つ!
「下がって!」
 甲虫の類はパワーがあって防御力も高い。だから、氷柱が直撃しても一撃で倒されてはくれなかった。けれど、氷柱によって身体が地面に縫いとめられているからもう身動きはできない。襲われていた男性が、慌てて避ける。そこへ、威力を抑えた天撃の火炎。大甲虫を繋ぎ止めていた氷柱が溶けて、中甲虫が水浸しになる。
「あんた、何をっ!?」
 せっかく動きを止めた大甲虫の自由を回復してどうするんだ!と男性が驚きの声を上げるけど、応える余裕はない。ここからはスピード勝負。中甲虫が地響きを立ててこちらに迫ってくるが、手足を穿たれたせいでその動きは遅い。ぼくはその姿から眼を逸らさず手を天に掲げて。
「天撃の落雷!」
 瞬時に中空に走った稲光は、ぼくの意に従って大甲虫を射抜く。そう、ずぶ濡れで手足から体液を流している大甲虫を。そして、水も、大甲虫の体液も、伝導体だ。
 かくして、大甲虫は焼き焦げて転がることとなった。
 甲虫系は腕力も生命力も強い。だからまず、襲われた人を大甲虫の攻撃圏内から離脱させ、止めをさした。昆虫系は火に弱いから火の天撃を使えたらよかったけど、この辺りは木が密集していて天撃の火柱を連発するのは危険だったから、攻撃力の高い雷系を使うことにしたんだ。うまく行ってよかった。
 ぼくは、大甲虫の死骸を怖々眺めている背の高い男性に駆け寄った。
「大丈夫ですか?怪我は?」
「あ、ああ、大丈夫。かすり傷だけです。あなたはバスター?すごい天撃ですね!」
 ぼくより5つほど年嵩に見えるその人は、わりとよい身なりをしていて元気そうだった。背中の大きな荷物も無事だったみたいで、ぼくはほっとして息を吐き出す。役に立ててよかった。
「はい、ぼくはバスターです。さっきの天撃は、一つ一つの威力は弱いんです。組み合わせ方の問題だから。昆虫系は火に弱いけど、この辺りは木が密集しているから大きな火を出すのは危ないと思って。うまくいってよかった」
 褒められたのがちょっと照れくさいし、こんなにストレートに感謝されるなんてなかなかないから、少し頬が緩んだ。感謝されることが目的じゃないけれど、でも自分が人の役に立ったと実感できることは素直に嬉しいよ。
 温かい気持ちになったぼく(や、街道に転がしとくわけにいかないから、この後で大甲虫の後始末という仕事は残ってるんだけどね)が見上げると、背の高いこの男性は何故か真っ赤になった(暑いのかな?)。
「あ、あの、お名前を教えていただけますかっ!?あ、オレはネジキと言います。一応烙印はしてるけど、本業は行商人です」
「ぼくはキッス。バスターです」
  ネジキさんは、ぼくの両手をガシっと握って自己紹介してくるから、ぼくは手を握られたまま、答えた(感謝を示してくれてるのに振り払うなんてできないし)。
「キッスさん・・・・ステキな名前ですね」
 ネジキさんは、どこかぼうっとした感じでそう呟いたから、ぼくはちょっと驚いた。だってぼく、名前を褒められたの初めてだ。ぼく自身は自分の名前が嫌じゃないけど、スレッドなんか「恥ずかしい名前」とか言ったし(ひどい言い方だよね。人の名前に対して)、小さい頃にからかわれたことだってある。だから、ちょっとビックリ。
「そ、そうですか?」
「はい・・・・」
 声は奇妙に熱っぽかったけれど、(ぼくの名前を褒めてくれる人なんて初めてだし)悪い人じゃないんだろうなあ、と思ったぼくは、同行したがる(そうだね、また魔物が出たら危ないからね)ネジキさんと一緒に、泉に戻って花を摘んで、アザレアの町に戻った。
 その最中に聞いた話によると、ネジキさんは本業が行商人で、旅の途中で魔物を倒した時に報奨金をもらえたらラッキー、というぐらいの気持ちで烙印をしている兼業バスターらしい。一応天撃は使えるらしいけど、まだあまり上手くないんだって。だから、ぼくがアザレアの町に数日滞在する予定だと言ったら、天撃を教えてくれと頼まれた。「あの、キッスさん、オレに天撃を教えてもらえませんか?あ、いえ、無理だったらいいんですけど、キッスさんみたいなすごい天撃使いと出会えるチャンスは滅多にないから、勉強できたらいいなって。今日みたいなことがあった時に、自分でなんとかできるようになりたいんです」、なんて言われたら断れないよ。ぼくは引き受けた。それに、せっかくぼくが助けた人だから長生きして欲しいし、天撃の話をするのは好きだしね。
 だから、明日宿に近い公園で待ち合わせをする約束をして、ぼくは宿に帰った。苺の木の花を抱えて。宿の入り口でポアラとスレッドが話をしていて、ぼくを見て驚いた顔をする。
「キッス!?」
「ただいま。どうしたの、そんな驚いて」
「どうしたのはこっちの台詞なんだけど。あんた、なんでそんな格好してるの?」
「変?さっき上着を濡らしちゃって、女将さんから服を借りたんだ」
 そう、ぼくの今の格好は、いつもの服じゃなくて、女将さんから借りたブラウスとカーディガンだ。さっき、部屋に入ろうとした女将さんが躓いてぼくの上着が濡れちゃったから、貸してもらったんだよね(ぼくの服は女将さんが洗ってくれてる)。女将さんはちょうどぼくと背格好が同じくらいだったから、白いブラウスも空色のカーディガンもサイズぴったり。窓ガラスに映る自分の姿を確認してみたけれど、どこもおかしな感じはしなかった。ブラウスの襟にフリルとリボンがついてるけど、これくらいなら上流階級の子弟でも着用するし(まあぼくは単なるバスターだけどさ)、カーディガンに花の刺繍があるけど派手じゃなくてあっさりしてるし。う~ん、何もおかしくないと思うんだけど?
「おまえ・・・・」
「あー、あんたってそういう人だったわよね」
 上手く言葉が出てこない感じのスレッドと諦めた様子のポアラの前で、ぼくは小首を傾げていた。ぼく、何か変なのかなあ?





 ベッドに入る前に、明日着る服を掛けておいた。この宿の女将さんはバスターに対して偏見がなくて(旦那さんがバスターだったから。女将さんに一目惚れした旦那さんがバスターを辞めて婿入りしたんだって)、とても親切だ。マントまで洗ってくれたし、明日も服を貸してくれるって。ポアラやミルファにも勧めてくれたけれど、2人はサイズが合わなかったみたいでぼくだけが借りることになっちゃった(ぼくはサイズが合ったから)。なんだかかわいい服だけれど、さっき試しに着てみたら違和感がないからまあいいかと思っておく。町の中だしね(危ないことしないだろうし)。
 そうやって翌朝の準備をしてから、ビィトの隣に潜り込んだ。ビィトはすやすやと眠っていて、ぼくはこの気持ちよさそうな寝顔を見るといつも気持ちが安らぐ(ポアラは呑気過ぎてムカついたから鼻に花を挿してやったことがある、て言ってたけどね)。ぼくがごそごそと寝心地の良い位置を捜していたら(1人用ベッドに2人だから狭いんだ)、こっちに寝返りを打ったビィトの腕がぼくの腰に乗って抱き寄せるみたいな格好になったから、ちょっと驚いた。でも、背なんかぼくより低いくらいなのにずっと力持ちで筋肉のついたビィトの腕は少し重いけれど、この姿勢はベッドから落ちる心配がなくてちょうどいい気がする。うん、いい感じ。ビィトの体温は温かいし(ビィトは体温高めだよね。ぼくは冷え性気味だけど)、腕の重さも嫌じゃない。
 ぼくは人見知りするタイプの子供だったから、ビィト以外の人とこんなにくっついて眠ったことはほとんどない。ビィトと別れてから必要に駆られて山中の小屋で雑魚寝したことがあるけれど、あれは嫌だったな。夏だったから寝返りを打つと隣の人に肌が直接触れて、その感触にぞっとした。ビィトなら平気だったのにどうしてだろう、とは思ったけれど寝られなくて、結局ぼくは小屋の外で寝た(夏だったし)。
 でも、ビィトなら全然大丈夫。汗ばんでても泥だらけでもぞっとしたりはしない。だから、ココはぼくが居たい場所だ。ぼくは小さく「おやすみ、ビィト」と囁いて安心しながら目を閉じた。
 ビィトの腕の中に居れば、悪い夢を見る心配すらいらない。


 


「天撃の火柱!」
「もっと天力を練って、それを纏めて放たないと。そのまま飛ばしたら、敵に当たる前に空気抵抗で飛散しちゃいますから」
 明けて翌日、ぼくは町外れで約束通り、ネジキさんに天撃を教えていた。彼が使えるのは、天撃の火炎だけなので(ちなみにバスターレベルは2。強そうな魔物に会ったら逃げることにしていたらしい。賢明だと思う)、ぼくが町を出るまでに天撃の火柱をマスターしてもらおうと思っている。ネジキさんは勘は悪くないけれど、あまり本格的に修行をしていなかったらしくて、天力のコントロールが甘い。でも、真面目でやる気もあるから、この分なら明日には町の外で練習した方がいいだろう(町中だと危ないからね)。 
 ネジキさんは、ビィトよりよっぽど筋のいい生徒だ。
 そう思って、少しおかしくなった。二人旅をしていた頃、ぼくは天撃が得意でビィトは天撃が苦手だったから、ぼくは何度か、ビィトに天撃を教えようとしたことがある。ぼくがビィトより優れているのは天撃だけだから、天性のバスターとでも呼ぶべきビィトに教えてあげられることがあるのが、とても嬉しかったんだ。属性ごとの特徴だとか、種類だとかをぼくが実演を交えて講義するのを、ビィトはいつも面白そうに聞いていた。その点は良い生徒だった。けど、自分でやる段になると不思議なくらいにダメで、出来るようになったのは自分の手に火をつけることだけだった。ぼくは、教え方が悪いのかなあ、と少し落ち込んだ。
 だけどね、その時にぼくは少し安堵もしていたんだ。だって、ビィトが天撃まで上手になってしまったら、ぼくは要らなくなってしまう。醜く卑しい心根だと我ながら思うけれど、ぼくはビィトにとって必要な存在でありたかった。この頃からもうすでに、彼はぼくの世界の中心だったから。
 ビィトと一緒にいると、世界は明るく温かくて、ぼくは幸福だ。けれど、その光によって曝け出される自分の醜さに耐えなければならない。それが苦しい。昔から、今もずっと。
 わかってる。ぼくは強くならなければならない。ビィトの光に耐えられるぐらいに、強く。
 昔は無理だった。ビィトがぼくを全然好きにならなければまだ耐えられたのに、ぼくを受け入れて好きになってくれたから、ぼくは恐ろしいほど幸福になり、同時に、不安が尽きることがなかった。ぼくはビィトに捨てられることを何より恐れ、押し返しても押し返しても波のように押し寄せてくる不安に負けて、結局、別離を提案した。捨てられる前に離れようとしたんだ。当時はそこまで意識して言ったわけじゃないけれど、今ならわかる。ぼくは、逃げた。
 だけど、逃げたからって楽になれるわけじゃなかった。ビィトが傍にいないと世界は暗くて、ぼくはすぐにビィトが恋しくなった(なんて情けない)。傍にいた時は疎まれるぐらいなら離れた方がマシだと思ったけれど、離れたら疎まれてでも傍にいればよかったなんて思ってしまう。ぼくは勝手で、その上バカだ。バカだから、暗い場所で躓いても起き上がる術がわからず、もっと暗い場所にたどり着いてしまった。そうしたら、光と違って闇はぼくを照らさず沈黙のままに包み込んでくれたから、決して幸福ではなかったけれど、静穏を得ることができた。
 でも、今は違う。今はまた、ビィトの光に照らされている。
「キッスさん、そろそろ昼飯にしませんか?」
 ぼんやり考え込んでいると、ネジキさんが顔を覗き込むようにしてこっちを見てたから、少し慌てた。ちょっと早口になりながら返事をする。
「そうですね。お腹減ると集中力鈍りますし。じゃあぼく、宿に戻って何か食べてくるから、1時間後にまたここで待ち合わせを」
「あの、昼飯2人分用意してきたんですけど!オレ、結構料理得意で。キッスさん、カツサンドお嫌いですか?」
 商人が本業のネジキさんは、声が大きくてよく通る。だから、強い語調で言葉を遮られたぼくは、なんとなくその迫力に気おされた。
「う、ううん。嫌いじゃないです。でもいいんですか?」
「やっ、授業料代わりだと思って食べてもらえるとありがたいです!」
「なら、遠慮せずいただきます」
 宿賃に朝食は含まれているが、昼食・夕食は含まれていない。だから、街中を1人で歩いていると、たまに親切なお兄さんやお姉さんがご飯をおごってくれることがあって、今日もそういうふうに親切な人に会えたらいいなあ、と思っていたくらいだから、昼ごはんをおごってもらえるのはありがたいことだ。宿に長逗留するんだから、節約できそうならしないとなと思っていたぼくは、二つ返事で頷いた。





 カツサンドはおいしかった。
「今は往来が危険だからって言うんで、薬はどこも品薄だし、護衛に払う費用とかも加算されて割高じゃないですか。でもオレは、安価で品質の確かな薬を提供したいんです。だから、護衛を雇わなくて済むようにバスターの烙印を受けました。バスターの中には、本業は商人で兼業でバスター、と言い切るオレを気に食わない人もいて文句を言われたりもするんですけど、オレは一石二鳥で何が悪い、と思ってます。昔、妹が病気した時、薬を買う金が足りなくてもう少しで死んじまうところだったんです。いや、今は元気ですけど。そん時に思ったんですよ、薬の値が下がったらいいのにな、て。その気持ちがオレの原動力です」
「ネジキさんは偉いですね。ぼくは、そういうバスターの在り方も有りだと思います」
 本人の申告通り、ネジキさんは料理上手だ。カツはいいお肉を使っていて、パンも美味しい。キャベツの千切りは瑞々しいしソースは独特の風味があってカツと合っている。美味しいなあ。ぼくだけこんなに美味しいものを食べてるのが申し訳なくなってくるくらいだ。
「そ、そうっすか?はは、嬉しいな。えっと、キッスさんはどうしてバスターに?」
「あー、似合わないってよく言われます。だからよく聞かれるんだけど、ぼくは天撃に興味があったからバスターになった部分が大きいんです」
 ネジキさんは商売をしているだけあって気の利く人みたいで、飲み物も付け合せのポテトサラダもデザートにオレンジも用意してあった。ビィトとは大違い。2年前宿屋に泊まった時、ビィトが風邪を引いていたぼくに料理を作ってくれたことがあった(宿の人が厨房を貸してくれたんだって)。その時のメニューは、パン粥。誰が作っても失敗しないパン粥だから食べられる出来だったけれど、量が半端じゃなかった。だから、ぼくの風邪が治るまでの3日間、ぼくらは3食パン粥だったよ。宿の人たちは呆れて見てたっけ。
 でも、ぼくはいまだ、あの時のパン粥と並ぶほどのご馳走を知らない(グリニデ城で食したどんな美酒も叶わなかった)。
「ああー、キッスさんの天撃すごいですからね!じゃあ、天撃の腕を買われて、戦士団にスカウトされたんですか?」
「戦士団のリーダーがぼくの友達なんです。一緒に旅してたこともあって。しばらく前に再会した時に、ぼくを戦士団に誘ってくれたんです」
 嘘をついてはいないが打ち明けたわけでもない話し方を、ぼくはした。ぼくは変なとこ正直だけど率直じゃない。だから、嘘はあまり上手くないけど、誤魔化しはそんなに下手じゃないんだ。
 今ここで、ぼくがビィトと共に旅をするようになった経緯を詳しく述べる必要は感じない。だからぼくは、曖昧に微笑んだ。今日も日差しは燦々と大地に降り注いでいる。その光が目に入ったのか、ネジキさんは目を細めて眩しそうな顔をした。





「ただいまー」
「おっかえり、キッス君。お昼ごはんどこで食べてきたの?帰ってくるかと思ったのに」
 宿に帰るとミルファとポアラが出迎えてくれた。テーブルの上に便箋を広げている様子からすると、定期報告の書面は難航しているようだ(ミルファは書き物がちょっと苦手みたいだ)。
「あ、待ってくれたもしかして?だったらゴメン。天撃を教えてる人がぼくの分もお弁当用意してくれてたんだ。ゴメンね?」
「いいわよ、別に」
「そう?でもまあ、お詫び代わりに、ていってももらい物なんだけどさ、これをもらってよ」
 2人のテーブルの隣に立ったぼくは、手に持った袋を開けた。テーブルの上に、色取り取りのリボンが散ばる。白・黒・青・水色・ピンク・薄紫、黄緑、リボンの色も太さも様々だ。
「わあ、きれい」
「・・・・どうしたの?」
 リボンを見て、ミルファは目を輝かせて、ポアラは少し目を眇めた。
「お礼だって言ってくれたから、もらっちゃった」
「・・・・全部女物に見えるんだけど?」
「昨日、戦士団に女の子がいるってぼくが言ったからじゃないかな?あ、女将さんにも1つあげてこようっと」
「おい、嫁さん」
「・・・・言わないで。わかってるから」
 食堂の奥の厨房へ行こうとすると、スレッド(無言で食堂の壁にもたれてた)とどこか疲れた様子のポアラの声が聞こえたけれど、意味はよくわからなかった。何の話をしているんだろう?
 リボンを渡すと、手芸が趣味の女将さんはとても喜んでくれた。そう、女将さんは手芸が好きで、今日ぼくが借りてる服も自分で作ったんだって。ぼくが今日借りた服は、花のモチーフ編みで出来たシルバーグレイのボレロと、ライトブルーのブラウスと、インディゴブルーの細身のパンツ。すごいよね、こういうの作れる人って。





 翌朝もよく晴れていて、ぼくとネジキさんは天撃の火柱の練習をするべく門の外に出た。門が、練習にちょうどいい開けた場所を教えてくれたんだ。
 ネジキさんはとても熱心で真面目な人で、昨夜も練習を積んだらしくて、今朝見せてもらった天撃の火柱は昨日の練習より形になっていて、ぼくは驚いた。元々理論は理解してたみたいだし、火の属性が合うみたいだけど、でもよっぽど練習しないと一晩でこれだけ前進しないだろう。その上、また美味しいお弁当を作ってきてくれたし(今日はピタサンド)、なんか、がんばりやさんなんだなー、と思ったよ。
 その姿を見ていたらぼくも練習しなくちゃ、という気持ちが盛り上がってきて、ネジキさんの休憩の間、ぼくは天青の氷結波の練習をしていた。この技は命中すればそこそこの魔人を一撃必殺で倒せるほど威力があるけれど、天力の圧縮に時間がかかるのが欠点だ。今は1人じゃないから技が発動するまでの時間稼ぎをしてもらうこともできるけれど、ちょっとでも早く打ち出せたらその分だけ戦闘が有利になるはずだ。だから、圧縮の練習(実際に放ったりはしない。放つ寸前で散らす)。
 そうやって練習していると、初めて実戦でこの技を使った時のことを思い出した。
 あの時は絶体絶命のピンチで(まあ、最近そういうこと多いけど)、まだ練習中で成功率が半分にも満たない天青の氷結波を使うしか手段がなくて、失敗する可能性に怯えながら必死で水の天力を圧縮していた。この技は、準備に入った後で集中力が一瞬でも途切れたら、圧縮した天力をコントロールできなくて技として発動不可能。ぼくは、怖くて怖くてたまらなかった。あのままだったら、きっと失敗していたと思う。けど、失敗しなくて済んだのは、あの時、敵の攻撃を凌いで時間稼ぎを引き受けてくれていたビィトが、ぼくを見て小さく頷いてくれたからだ。それはほんの刹那の動作だったけれど、ぼくには、ビィトがぼくを信頼してくれていることが伝わった。ビィトの目は、「キッスなら出来る!」と、そう言ってくれていた。だから、ぼくの中から怯えが消えて、100%以上の力を発揮することができたんだ。
 敵を倒した後、ビィトは「さっすがキッス!天撃の天才だな!」と背中をバンバン叩いて褒めてくれたけれど(ちなみに、ちょっと痛かった。ビィトは手加減が下手だ)、ビィトが一緒でなければこの技を成功させられなかっただろうことを、ぼくは理解していた。あれ以来、ぼくは天青の氷結波の発動に失敗したことはない。
 この力は、ビィトの役に立つための力。
 と思った瞬間に気が緩んで、散らすはずの圧縮した天力を放ってしまった。あ、やっちゃった。光の鳥とでも呼ぶべき形状で放たれた天力は、空を切って飛び、岩に命中。ダイヤモンドダストが舞い散る中、門ほどもある大岩が破砕される。
 ぼくが恐る恐る振り向くと、ネジキさんが潤んだ熱っぽい瞳でぼくを熱く見つめていた。
「すごい!すごいですよ、キッスさん!あんなすごい天撃初めて見ましたっ!こんなすごい天撃使いがこんな田舎町にいるなんてっ!」
「あー・・・あれ一応ぼくの切り札の1つだから、誰にも言わないでくれます?」
 うっかりしていたぼくは、口止めをした。しまったな。情報はそのまま力に直結するから、7つ星との対戦が確定している現状では、できるだけ手の内を隠しておく必要がある。そうは言っても高位魔人は人間より情報収集力が高いから、以前使用した技はもうバレているだろうけれど、一応念のため。というか、一人旅ならまだしも、戦士団として行動できる状況では、ぼくは強く見てもらう必要はないんだよね。敵が油断してくれたら勝率が上がるわけだから、侮ってくれる方がありがたい。
「は、はいっ!わかりましたもちろんですっ!」
 ぼくの意図を汲んでくれたのだろう、ネジキさんはブンブン首を振って頷いてくれた(元気な人だなあ)。
「じゃあ、二人だけの秘密ですよ?」
 冗談めかして唇に指を当ててウィンクしたら、ネジキさんの顔は火を噴きそうに真っ赤になった(血圧でも上がったのかな?)。





 宿に帰ってきたら、食堂にポアラがいた。
「ただいま、ポアラ。これあげる。またもらっちゃったから」
「おかえり。これ、髪飾りね・・・・」
「ぬいぐるみとお菓子ももらったよ。お菓子は皆で食べようね。ぬいぐるみは女将さんにあげるんだ」
「その服も女将さんに貸してもらったの・・・・・?」
「うん。女将さんがぼくの服繕ってくれるって言うから。ほら、森の中とか旅してたから、結構痛んでたんだよね。あんまり気にしてなかったけど」
「その服、ワンピースって言わない・・・・・?」
「うん。ワンピース。でも下にパンツ穿いてるし、ベルトもしてるからおかしくないかと思って。に、似合わない?」
「ううん。すごく似合ってる。むしろ問題はそこにあるというか・・・・・」
 ポアラは腕組みして首を傾げてぶつぶつ呟いていた。変なポアラ(体調でも悪いのかな?)。





 その次の日は、また門の外で、今度は属性ごとの天撃の特徴を教えることになった。ネジキさんは昨夜も真面目に練習してたみたいで、天撃の火柱は威力が弱めながらも発動するようになっていたから、後は自分で技の完成度を上げればいい段階になっていた。それなら今日は、他のバスターと共闘することになった時のために他の属性の天撃を広く浅く覚えてもらおうということで、全属性の通常天撃を見せて講義してみた。
 自分で使えなくても、知ってるだけで有利になることはある。作戦の組み立て方だって違ってくるしね。
 という観点からはぼくの講義は正しかったと思うんだけど、・・・・・ちょっとやり過ぎたかもしれない。
 あのね、なんでそんなふうに思うかというとね、ネジキさんの態度がちょっと変だから。いや、ネジキさんは最初から大甲虫を倒したぼくにすごく感謝してくれて、年下なのに丁寧な話し方をしてくれて、感激屋なんだなー、とは思ってたんだけどさ。今日、帰り際に言われたんだよね。
「・・・・何を?」
 問うてくるポアラの声は低くて、鋭い。その迫力になんとなく気圧されながら、ぼくは話を続ける。
「『オレなんかじゃ釣り合わないのはわかってますが、でも、本気なんです!キッスさん、オレはあなたと離れたくないんです』て言われちゃって。ネジキさん、そんなに天撃に興味が出たのかなあ・・・・・あ、なんでテーブルに突っ伏すのポアラ!眠いの?でも、続きがあるから最後まで聞いて。あのね、ぼくは『ビィトについて行くからあなたといることはできません。そして、ビィト戦士団はこれ以上団員を募集していないので、あなたをつれて行くこともできません』、てはっきり言ったんだ」
 そう、ぼくははっきり言った。だって、ビィト戦士団は世界の7つ星に狙われてるし、ビィトにはお兄さんたちと再会するという目的があるし、ぼくはグランシスタで裁かれなくてはならない。よって、無関係な余人を巻き込むわけにはいかない(まあ、ビィトが望んだら別だけど)。
 だから、はっきりきっぱり断った。
 そしたら。
「でもね、『わかりました。ついて行くのも引き止めるのも諦めます。ですが、それならキッスさんが旅を終える時のために、オレは金を貯めて家を用意して待っています。あなたに不自由な思いは絶対にさせません』て言われちゃって、これはどういう意味だと思う?ネジキさんは将来的に老人ホームでも経営するつもりで、その勧誘の台詞なのかな?それとも、大商人になって隊商を組むから専属護衛になってくれ、てことかな・・・・・・あ、なんでまたテーブルに突っ伏すのポアラ!なんで壁で頭打つんだよスレッド!」
 2人に相談するぼくの掌の上では、無理やり渡された指輪(石はこれ、サファイア?)が呑気に光を撒いていた。





「おはようございます、キッスさん!」
 待ち合わせ場所の公園で、ネジキさんは今朝も元気に手を振っている。駆け寄ったぼくは、ポケットから指輪を取り出した。
「おはようございます、ネジキさん。あのですね、昨日渡されたコレなんですけど、やっぱりぼくは」
「サファイア、お気に召しませんでしたかっ!?キッスさんの瞳と同じ色を探したつもりだったんですが」
「あ、ぼくの目の色なんですか?へえー、そうだったんだ」
 ぼくはマジマジと指輪を見つめる。サファイアとルビーは同じ種類の鉱物で、赤い色をしていない物は全てサファイアと呼ばれる。だから、一般的によく知られている深い青以外のサファイアもあるんだけど、このサファイアは透明感のある空色をしていた。海の碧より儚い、彼方のブルー。へえ、ぼくの瞳の色は、こんなふうに見えるのかあ(普段鏡を凝視したりしないから、自分の目の色だって気がつかなかったや)。
「『そうだったんだ』じゃないだろうがっ!とっとと話を進めんか!」
「そうよ。流されてる場合じゃないでしょ!」
 ぼくが指輪を眺めていると、木陰からスレッドとポアラが出てきて大きな声でツッコんできた。そういえば2人とも、昨夜は何か相談してて、今朝はぼくにいつもの服を着るように命じて(なんでだろ?)、ぼくより早く宿を出たけど、一緒に散歩でもしてるのかな? 
「あれ、どうしたの2人とも?散歩?ネジキさん、この2人はぼくと一緒に旅をしていて・・・・」 
 紹介しようとして見上げたら、ネジキさんの顔が真っ赤になっていた。初めて見る怖い顔。え、何か怒ってる?
「キッスさん!こ、この人が戦士団のリーダーのビィトって人ですか!?もしかしてあなたの恋人!?」
 なんてすごい勘違いをするんだろう。ぼくとスレッドの顎がカクンと外れそうになった。間抜けに口があいて、静止の言葉がちょっと遅れる。
「・・・おい、なんの話だ?」
「違います、この人はスレッドと言って・・・・・」
「私たちの紹介より、ちゃんと指輪を返したのキッス?」
「まだ。今からその話を」
「えっ!サファイアはお嫌いですか?だったら、お好きな石を言ってくだされば何でも用意しますから!」
「いえ、サファイアは嫌いじゃないですけど、ぼくにはもらう理由がないし」
「そんな!もらってくださるだけでいいんです!それとも、この男が恋人だからもらえないとでもおっしゃるのでしょうか!?」
 だからなんでそんなすごい勘違いをするんだろう。確かにぼくは、スレッドをもう嫌いじゃない。第一印象は悪かったけれど、今はぼくだって、スレッドが(口も態度も悪いし無愛想だけど)人がいいって知っている。それに何より、ぼくらは仲間だ。彼のことは信頼している。けれど、それとこれとは話が別だ!
「勝手に人を巻き込むな!なんでオレがこんな・・・」
「そうですよ!違います、ぼくの好きな人はこんな奴じゃありません!」
「お前!こんな奴とはなんだっ!?」
「失礼だって言うの?でも、君の方がいつも失礼なこと言ってるよ!」
「キッスさんに失礼なことを言ってるんですか!?」 
パンパン!
 唐突にポアラが手を叩いて大きな音を出した。あんまり大きな音だったから、ヒートアップしつつあったぼくらは止まる。その様子を確認して、大きなため息を1つ吐いた後、ポアラは朝っぱらから疲れた声を出した。
「話が混線してるわ。本題は指輪を返すという話でしょう。ちゃんとその人と話し合いなさい、キッス。で、スレッドは私と一緒に帰りましょう。なんか、どんどん話題がずれて混乱していくから」
 しっかり者のポアラは、こういう時妙に迫力がある。ぼくもスレッドも反論せずに頷いた。そうして、ポアラとスレッドは去っていった。2人は何しに来たんだろう(散歩?)?
 通りの角に消えていく後姿を見送っていると、肩に手が掛かった。振り返るとネジキさんが真顔で、物理的圧力を感じそうなほどじぃーっとこちらを見つめていた。誠実そうな男らしい顔立ちなんだけど、この距離で(近いよ)この体勢で(両肩に手が乗ってて、ロックオンて感じ)こんなに見つめられると、ちょっと怖い。ネジキさん?
「キッスさん、出会ってまだ数日で何を言うかとお思いでしょうけれど、オレは真剣です。こんな気持ちになったのは生まれて初めてなんです。だから、オレとのこと、考えてみてくれませんか?」
 何を?
 と、ぼくが尋ねる間もなく、ネジキさんは言葉を紡ぐ。語調は早くて強い(だから口を挟む暇がない)。
「あなたは確かに天撃の天才だ。オレは駆け出しの3流バスターですが、それでもわかります。並じゃないって。だから、天撃を極めたいという気持ちはおありでしょう」
 驚いた。出会ってまだ数日の人でも、ぼくが天撃に情熱を傾けてるってことが、こんなにわかるのか(ぼくってそんなにわかりやすいんだ)。
「でも、あなたは戦いにはあまり向いていないように見えます」
 え?
「魔物から助けてもらったオレが言うのもおかしいですね。でも、そう見えるんです。いえ、お強いことはわかっています。大甲虫をあっさり倒したあの時の様子から、あの程度の魔物なら敵にならないんだと伝わりました。レベルは20台だっておっしゃってましたけど、おそらく、レベル以上の実力をお持ちなんですね」
 そう言って、ネジキさんはますます肩を掴む手に力を入れた(ちょっと痛いよ)。
 ぼくは、彼が言ったことを咀嚼しようとしてみる。
レベルは経験値として1つの目安ではあるが、バスターの実力を測る術ではない。レベルが高いのなら強いのだろうとは言えるけれど、レベルが低いからって弱いとは限らないからだ。同じレベルの人間が同じ強さなわけでもないし。だから、それから言うなら、ぼくの天撃はレベルで想定できる力を上回っているかもしれない。20台のレベルで上位天撃を使う人間を、ぼくは自分以外に知らないから。けれど、ぼくは体力も腕力も人より劣っているので、それで差し引きしたらちょうどぐらいなんじゃないかと思う(測定とかできないけどさ)。天青の氷結波は強力な技だが、タイムラグがあるから1人の時は使うの難しいしね。
だから、自分のことを「強い」とは思わない。ただ、ビィトはぼくと正反対で才牙があんなに使えるのに天撃ができないから、バランスとしてちょうどよいのかもしれない、と思っているだけだ。
 ぼくの自信の源は、たったそれだけ。
「けれど、技能や才能があっても、性格的に向いていないということもあるはずです。あなたは優しい。とても優しい。そして、穏やかで控えめな人柄で、争いごとを好まない。だから、人の痛みを取り込んでしまうほど優しいあなたは、戦うことで傷ついてしまうのではないのですか?戦いに、残忍な悦びを感じられないのでは?」
「それは・・・・・・・」
 ぼくは俯いた。痛いところを突かれた、と思った。ぼくは戦いに臆して逃げるつもりは毛頭ないが(ビィトと一緒に行く限り)、戦わないで済むのならそうしたいと思う。魔人が人間を苦しめ滅ぼそうとしていると知っていて尚、魔人という生き物の全てを否定しきることができない。世界には醜悪な人間がいて、でも素晴らしい人間がいるように、人類に対して悪の所業を行う魔人でも、価値のある部分はあるかもしれないと思ってしまう。それはぼくの、バスターとしての致命的な欠点だ。
 大らかで優しいビィトは赦してくれるが、本来なら赦されるべきではない点だろう。
「戦いの中に身を置かなくても、天撃を極めることはできると思います。時間はかかるかもしれませんが。その才を無駄にすることに罪悪感を覚えるなら、オレにしてくれたみたいに、天撃を人に教えることを仕事にすればいい。そうすれば、間接的に社会の役に立つことになるから、才能は無駄になりません。収入は今より減ってしまうかもしれませんが、その点はオレが支えます。これでも、結構稼いでるんです。ねえキッスさん、オレと一緒になることを考えてみてくれませんか?」
 ネジキさんの声は真摯だった。どういう理由かはわからないが、真面目に本気でぼくを案じてくれていることが伝わる。それに、彼は賢い。その上、バスターとしての物の見方に捕らわれていないから、戦い続けることだけが天撃を極める術でないことに気がついたのだろう。彼の言っていることは(なぜぼくをそんなに気に掛けるのかが不審だが)間違ってはいまい。
 けれど、ぼくは。
「NOです」
 返事は即座に口から滑り降りた。思考よりも早く、決断するという気負いすらなく。
 当たり前のことを当たり前に、ぼくは言った。否、と。
「あなたのことは嫌いじゃない。あなたは勤勉ないい人だと思うし、観察力があって賢い。けれど、ぼくの答えは絶対的にNOです。ぼくにはただ1つだけ【絶対】があって、それ以外を選ぶことなんてできないんです」
 そもそも護送されている最中の罪人であるぼくに行動の自由があるわけではない(ミルファが寛大な措置を取ってくれているから普段はそこまで意識せずにいられるけれど)、という事情がまずあるのだけれど、そういうことだけでなしに、ぼくの気持ちの話をしたいと思った。ネジキさんは何故か本気でぼくのことを考えてくれたみたいだから、ぼくもちゃんと答えたい。
 顔を上げてまっすぐ目を見て話した。いつ誰に問われても、この答えだけは変わらない。ぼくの命が掛かっていても、世界の半分をくれると言っても、いつだってぼくの答えは1つだ。
 1つだけだ。
「・・・・・・・・その【絶対】は、天撃のことですか?」
 ぐっと顔を歪めたネジキさんは、それでも肩に置いた手を外そうとはしなかった。その顔を見て、せっかくぼくのことを考えてくれたのに悪いなあと罪悪感は感じたけれど、ぼくの決断は少しも揺らぎはしない。
「1人の人間です。天撃は、彼の役に立つための手段、ぼくの持っている力です。興味はあるし情熱を傾けているけれど、ぼくが今、生き続けている理由は、彼です」
 彼は、ぼくの光。ぼくの太陽。
 ぼくの世界は彼が照らす光によって初めて芽吹き、命を得る。彼なき世界はぼくにとって意味がなく、彼がぼくを必要とするならば(どれほどの痛みを伴おうと。命と引き換えにしてでも)、ぼくは世界の涯にだってついて行く。怖くても、哀しくても、そうする。
 彼だけが、ただ1つの【絶対】。
 ぼくはもはやそのようになってしまって、修正はできないんだ(そして修正したいとも思わない)。
 彼の傍にいられる今、ぼくは間違いなく幸福だから(そうして、真実彼の役に立てるのならばこの命が尽きても幸せなんだろう、ぼくは。ていうか、そんなことになったら最高に幸せかもしれないな。けれど彼はぼくの死を赦さないだろうし、ぼくだって彼の戦力を減らすつもりはないから、そんなことはしないのだけれど)。
「だから、・・・・・ごめんなさい」
 人を傷つけているのに、今の自分を幸福だと言い切れる傲慢さに吐き気がしながら、でも拒絶の言葉を紡ぐと、ネジキさんの手に力が入って抱き寄せられた。えっ!?急にぞっとして反射的にもがいたけれど、ぼくの力では突っぱねることもできない。おまけに、どんどん顔が近づいてきて。
「でもキッスさん、オレは・・・・!」
「そこまで!」
 圧倒的な存在感のある声が聞こえた瞬間、ネジキさんの手は叩き落とされ、ぼくはぐいっと後ろに引っ張られた。わわっ。
 バランスを崩しそうになったぼくを、大きくないけど力強い腕が支えてくれる。その腕の持ち主は・・・・・・
「ビィト!どうしてココに!?」
 ビィトだった。まだジャケットは来てないからトレードマークとも言うべきオレンジのバスタージャケット姿じゃないけど、でもビィトだ。紛れもなく。
 昨日や一昨日と同じく門の外へ鍛錬に向かったはずのビィトが、ぼくの肩を抱いて立っていた。
「よ、キッス。なんか、ポアラとスレッドにキッスんとこ行けって言われた」
 先刻までの緊迫感に満ちた空気を吹き飛ばすくらい、ビィトは明るく笑った。ぼくはほっとして息を吐く。頬が綻ぶ。けれど、ネジキさんははっきりと顔を歪ませた。
「誰だっ!?」
 声は鋭くて怒気を孕んでいる。ネジキさんは背が高くて体格がいいし声が大きいからちょっと迫力があったけれど、ビィトは全然何とも思わない様子だった。まあ、ネジキさんの方が背が高いとはいえ、実力の差は歴然としている。ビィトは、世界の強豪魔人と剣を交えて怯まない男なんだから。
「ビィト。ビィト戦士団のリーダーだ」
 だから案の定、声には気負いすらなかった。ビィトはいつだって自然体で率直だ。
「・・・・・お前、キッスさんの何なんだ?」
「何っつーか、キッスはおれのだ。誰にもやる気ないから諦めてくれ」
 ぼくの肩を抱いたまま、睨みつけてくる歳も背も上の相手などには全く怯まず(というか、力不足過ぎるから敵として認識してないんだと思う)、ビィトは何処までもビィトらしく率直だった。ぼくは、頬が熱くなるのが自分でわかった(ああ、絶対真っ赤な顔してるよ。情けない)。
「ビ、ビィトっ!」
「ん?事実だろ?」
 服の裾を引っ張って小声で抗議しても、ビィトは悪びれない。
 そうだよ、君は正しいよ。ぼくは君のだよ。力も頭も身体も時間も命も心も魂も、全て君のだ。でもね、出会って数日の人にそんなこと宣言しなくてもいいでしょ。ぼくが恥ずかしいじゃないか。
「キッスさんを物のように言うな!」
「そう言われてもキッスはおれのだしなあ。まあキッスは物じゃないから自分でふらふらどっか行っちまうかもしれねえけど、そん時は力づくでかっさらう。キッスは世界一の天撃使いになって、おれの隣で暗黒の世紀の終わりを見る、て決まってるからな」
 ビィトが、どこまでもあっけらかんと言い放つ。何も知らない人なら、この言葉は戯言に聞こえるかもしれないが、この言葉が命懸けで果たされる約束の言葉だと知っているぼくは、胸が詰まった。
「ビィト・・・・・・・・」
 やだな。朝の公園で、うっかり感激しそうだ。目頭が熱い(なんでぼくってこう涙脆いんだろ)。
 ぼくは、ビィトの服の裾を握ったまま、少し俯いた。地面に生える草の色が鮮やかだ。降り注ぐ陽光が温かい。袖口の鈎裂きは繕われている。肩に感じるビィトの腕は温かくて力強く、確かな重みを伝える。ポアラとスレッドの意図はいまいちよくわからなかったけれど、きっとぼくを心配してくれたんだろう。お礼言わなくちゃ。ミルファは苦手な報告書に苦労してるみたいだから、宿に帰ったら肩でも揉んであげよう。女将さんは今日も緋色の薔薇柄のドレスがお似合いだったな。なんか、田舎町にそぐわないくらいに典雅な美人だよね、あの人。いつ見ても催眠術に掛かってる人みたいにちょっとイっちゃった目をしてる旦那さんは、料理上手だね。夕飯のメニューは何だったっけ?楽しみだ。
 急に息がしやすくなって、空気が美味しくなった。
 ビィトの傍にいると、世界がよく見える。世界が、ぼくに優しい。
 ぼくには赦されるべきじゃないほどに幸せで(ぼくは罪人なのにね)、幸せ過ぎて、胸が痛んだ。キリキリ、痛い。
 胸が痛くて息が出来なくて俯いたぼくの顔を、ビィトが覗き込んで問うた。
「キッス、それじゃダメか?」
 強い意思を宿す真っ黒の瞳がぼくをまっすぐ見つめる。ぼくの罪も脆さも弱さも見てきたのに、それでも逸らされない視線が胸に差し込んで。
 とうとう、涙がポロリと零れた。
「全然ダメじゃない!この先何があっても、君に必要としてもらえるならぼくは幸せだ。世界一の幸せ者だよ・・・・・ビィト、ぼくは君のことが大好きだ」
「ああ、おれも大好きだぜキッス!」
 ビィトが明るい声でそんなことを言ってくれるから、ぼくの涙の蛇口は完全に壊れてバカになってしまった。抱き寄せてくれるまま、ビィトの肩口に顔を埋めて、ビィトの服をグシャグシャに濡らしてしまう。
 ああもう、カッコ悪いなぼく(ネジキさん呆れてるんだろうな)。朝の公園で恥ずかしいことを言って大泣きしてるなんて、恥ずかしい。何をやっているんだろう、情けないったらないよ。そして・・・・・・・・・・・・・なんて幸せなんだろう(恐ろしいほどに。なくしたらもう生きていけないほどに)。





 結局その日は講義にならなかった。ぼくはビィトの肩で泣けるだけ泣いてしまって、涙を出し切って顔を上げるともうネジキさんはいなくなっていた。いい歳して泣き虫なぼくに呆れたのかな?と思って、でも探しに行くのも気まずい気がして、どうしようかなと思いながらビィトと町を散歩して宿に戻った。戻ったら、女将さんがぼくに預かり物だと言って、見覚えのあるパフスリーブ状の花を渡してくれた。苺の木の花だ。預かり物?首を傾げながらついていたカードを開くと、一言。
『ビィトさんとお幸せに』
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ぼくはよくポアラに「あんたって、変なとこ鈍感ていうか天然ていうか」と言われるんだけど、もしかして今、気がついちゃったかもしれない。不可解だったネジキさんの言動の理由とかそこらへんに。
 えーと、なら顔を近づけてきた時のアレはもしかして・・・・・・・・・
「どうしたのキッスちゃん?」
「な、なんでもないです、女将さん!」
 女将さんが後ろから覗き込んできたからビックリして手が滑って、そうしたらカードはするりと滑って女将さんがスープを煮ている竈の中に滑り込んだ。あ、と思う間もなく炎の中に消える。
「きゃあ、ごめんなさい!」 
「いいんです」
 慌てて謝ってくれた女将さんに、ぼくは首を振った。




 
 それでも花を捨てることはできなかったから、「キッスちゃんにはこの花が似合うわね~」と言って女将さんが持ってきてくれた花瓶に生けて、宿の部屋に飾っておいたりしたのだけれど、その後ストロベリーツリーの花言葉を知って、ぼくはあの田舎町で1番曲者だったのはあのかわいらしい女将さんだったのではないか、ていうかツッコむべきだったような気が、とか思ってしまった。
 いや、今更なんだけどさ。でもそう言えば、腕に7つも星をつけた女性型魔人によく似た声だったなあ、ていうか同じ声?みたいな、あれ?あの時は気にならなかったけど髪の色も同じ?ていうか、顔立ちも?待て待て、落ち着けぼく、旦那さんだっていたわけだしさ、いつも催眠術にかかったみたいな目をしてた旦那さんが、じゃなくてええと、ええと、あー、女将さんてほとんど仕事してなかったような、窓辺に座っててふてぶてしい猫を撫でてたよね、猫の名前はシンシアだったような、いやいや、だから考え過ぎだってば、普通の田舎町だったじゃないか、鑑定小屋だってあったし、鑑定士だっていたわけだし、そういやあの鑑定士の声って誰かに似てたなあ、と思って浮かんできた人影がウサ耳にしか見えないのはどうしてかな、え、ええと・・・・・・・・・・・考えると怖いこと思いついちゃいそうだから、この件に関してはもう考えるの止めようっと。うん。


 苺の木の花の花言葉は、「あなただけを愛しています」という(そして、緋色の薔薇の花言葉は、「陰謀」 だ)。




【おしまい】


【おまけ】

「本日オススメの商品は、こちら!偵察等に有効な『ローズ・オブ・スカーレット』です。一見しただけでは、何の変哲もない緋色の薔薇のリースにしか見えませんが、実はこれ、強力な幻覚香なんです。お客様の冥力を注ぎ込んで人間共の傍に置くと、この幻覚香の周辺にいる人間に、お客様がイメージした姿を見せることができます。その上、卑小な人間共が本来なら感じるはずの威圧感も麻痺させてしまいますので、人間の町の中に宿屋を構えて、あまつさえバスターを泊めてしまったりしても、相手は全然気がつきません。人間をからかって遊んでやりたい優雅なご趣味の方にオススメの一品です。詳しい資料等をご希望のお客様は、どうぞ魔賓館受付にて、タロトスにお申し出ください。では、また来週!」


【ホントにおしまい】
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