コンテントヘッダー

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
コンテントヘッダー

おいしいお茶を淹れるには

 シャーマンキング。アンナとピリカ(CPは葉アンナ)。
 今日は美味しいお茶を飲んだの。







 まだ春にはかなり早くて、冷たい風の吹く日。
 でも梅の蕾がもうすぐ咲きそうに綻んでいる日。
 冬だから寒いんだけれど、柔らかな日差しに少しずつ春の訪れを感じる日。
 今日は、そんな日。
 そんな素敵な感じのする日の午後なのに、私はとっても困っていたの。
 理由は・・・・・・・お兄ちゃんが悪いのよ!
 お兄ちゃんの、お兄ちゃんの、バカァ!!






 あのね、私のお兄ちゃんはシャーマンで、友達の精霊コロポックル達のためにでっかいフキ畑を作るっていうでっかい夢を持ってるのよ。だから、お兄ちゃんは夢を叶えるために、シャーマンキングになるべく頑張ってる。私は、その夢を応援してるの(お兄ちゃんの特訓に付き合ったりしてね)。
そんなわけで、昨日の夕方、お兄ちゃんの予選二回目のシャーマンファイトがあったの。もちろん、お兄ちゃんが勝ったわ(えへん)。
 それはいいの。
 それでね、その後、日も沈んだし、どこに泊まろうかという話になったんだけど、あいにくそこから歩いていける場所には、宿泊施設が無かったのよ。昨日の戦いの場は、閉園になった遊園地だったから、まあ、仕方ないわよね。
 それもいいの。
 だから、電車に乗って移動しなくちゃいけなくて、二人で駅に行ったわ。私は、疲れてたし面倒だったから、パッチ族も選手の泊まる所くらい手配をしてくれればいいのに、て不満を言った。そしたら、お兄ちゃんが、あいつらは本物の貧乏だから仕方ねえだろ、て言ってきたわ。少し足が痛くなってた(だって移動して戦うお兄ちゃんの後をずっと追いかけてたんだもの)私は、ちょっとムっとしたわ。でも、カリムが公園でパンのミミの餌をもらってる鳥を羨ましそうに見てた、て聞いて、可哀想になってきちゃって、怒る気持ちはなくなったの。
 だから、それもいいの。
 問題はね、お兄ちゃんが今日の宿って言って私を連れて行ったのが、元民宿の炎だったことよ!
 駅の路線図を見て、意外と近いなとか呟いてたから、そこで気がつくべきだったのよね。でも、疲れてたし、お腹空いてたから、お兄ちゃんが手を引いてくれるままに着いて行っちゃったのよ。
・・・・・・・・・・・・私ともあろう者が。大失敗だわ。
でも、その、炎で嫌なことがあったってわけじゃあないのよ。
それはほんとよ。
むしろ、とても良くもらったから困ってるのよ。
お兄ちゃんの第一試合の相手だった麻倉葉は、突然やってきた私たちにご飯を食べさせてくれて、お風呂に入れてくれて(驚いたことに温泉よ!)、お風呂を上がったら寝る部屋まで用意してくれてた。
前に会った時、お兄ちゃんが負けたことがショックで、悔しくて、悔しくて、私はひどいこと言っちゃったのにね。まるでそんなことが無かったみたいに・・・・・・・・・
私だって、礼儀知らずじゃないわ。だから、麻倉葉に、感謝はしてる。
してるのよ。お礼を言わなくちゃって思ってるのよ。 
ただ、素直になれないの。
でも、それって良くないわよね。未来のシャーマンキングの妹が礼儀知らずじゃ、お兄ちゃんやコロロまで恥ずかしいわよね。
だから、私はちゃんとしなくちゃいけない。頭ではわかってる。けど、気持ちがついていかないの。 
それで、私はどうすればいいのかわかんなくなっちゃって、朝から困ってたのに、お兄ちゃんはお昼までお腹出して寝てて、やっと起きてきたと思ったら、お昼ご飯を三杯もお代わりしてたの。
・・・・・・・・・・・お兄ちゃん、豪快なのはいいけど、無神経な男はもてないわよ。
そしたら、その様子を見ていた麻倉葉の許婚(お兄ちゃんと同い年で許婚がいるなんて驚きよね)の、恐山アンナさんとかいう人が、お兄ちゃんと麻倉葉におつかいを命令したのよ。お米とお味噌と醤油とトイレットペーパーを買ってきて、て。
それで、二人はお買い物に行っちゃった。私とその恐山アンナさんを残して・・・・・・・
そう、今、炎にいるのは私たち二人だけなのよ。
さっきからずっと一つのコタツに入っているんだけど、私はどうしたらいいのかわからない。
うわーん、気まずいよう!私、こういう空気苦手なのにー!
だから、だから、困ってるのよー!
お兄ちゃんのバカァー!!
 




「ねえ、ピリカ」
「え!?」
 居心地悪くコタツに入りながら、心の中でお兄ちゃんに対する文句を並べ立ててた私は、突然の言葉にとても驚いた。
 どうすればいいかわからなくて、コタツ布団の深い緑色の地に柔らかい赤い色をした花が散っている柄を見てた頭を、上げる。
 向かいの席に座った恐山アンナさんは、さっきまで読んでた女性ヘブンを机の上に置いて、こっちを見てた。
「な、なんですか?」
 私は、何故かちょっと敬語。
 この人には、どう接するべきかわからないからだけじゃなくて、なんとなく敬語を使っちゃうわ。
どうしてかしら?
 綺麗な人だからかな?
 そうなの。恐山アンナさんはとっても綺麗な人なのよ。ちょっとキツイ感じがしないでもないけど、女の私から見ても見惚れちゃうほど綺麗。それに、お兄ちゃんと同い年とは思えないほど、落ち着いてて大人っぽい(お兄ちゃんちょっと落ち着きが足りない時があるから)。
 それとも、お兄ちゃんが初対面でぶっ飛ばされたせいかもしれない。まあ、話を聞いてみると、お兄ちゃんが失礼なこと言ったみたいだから、ぶっ飛ばされても仕方ないんだけど。
 でも、恐山アンナさんは細身で、とても、頭の中で鐘が鳴り響くくらい見事なパンチ(お兄ちゃん談)を繰り出せるとは思えないんだけれど、私。
「お茶淹れるけど、あんた飲む?」
 無造作に艶やかな髪をかきあげながら、恐山アンナさんは私にそう言ってくれた。
「あ、はい。飲みます。えっと、でも、私が淹れにいきましょうか?」 
 居候のくせに平気で三杯もお代わりできるお兄ちゃんとは違って、私には、少しくらい遠慮の精神というものがある。だから、私がお茶を淹れにいこうかな、と思ったの。
 でも、恐山アンナさんはすっとコタツから立ち上がった。
「いいわ。あたしがやるから。あんたは座ってなさいよ」
 そう言って、そのまま部屋を出て行ってしまったの。
 ええっと、じゃあ、私は待ってるしかないわよね。
 浮かしかけた腰を戻して、私はもそもそとコタツに入りなおす。
 




うーん、二人で無言でコタツに入ってるのも気まずかったけど、無言でお茶飲んだりしたらもっと気まずいわよね。
 ど、どうしよう?
 私、元々おしゃべりは好きなのよ。いつも、お兄ちゃんやコロロとはいっぱいおしゃべりしてるもの。
 でも、麻倉葉の許婚の恐山アンナさんと、何を話したらいいのかなあ?
 共通の話題って言ったら、シャーマンファイトのことになるけど、まだ第一試合のわだかまりが残ってる私には、話しづらいし。かといって、私自身の話とかお兄ちゃんの話とか話しても興味ないかもしれないし。恐山アンナさんがいっぱいおしゃべりする人なら、それを聞いてればいいかもしれないけれど、恐山アンナさんはなんとなく物静かな感じがするし。
 困ったなあ。
 私は、コタツ布団の上にぽすん、と頭を乗せた。
 私だって、そんなに子供じゃないつもりよ。だから、お兄ちゃんに勝ったからって麻倉葉を恨んだりしても意味が無いってことは、わかってる。麻倉葉は、いい人みたいだし。お兄ちゃんは友達になってるんだし。
 けど、けど、素直になれない。
だって、ショックだったの。
 私のお兄ちゃんが、コロロ達のために頑張ってるお兄ちゃんが負けたことが、私はとってもショックだったの。
 私、お兄ちゃんのでっかいフキ畑を作る夢は、正しいと思うの。そして、お兄ちゃんが努力してたことも知ってる。
 でも、勝負ってそれだけじゃないのね。正しさとか、努力とかだけでどうにかなる物じゃないのね。だから、お兄ちゃんは負けるかもしれないし、怪我をするかもしれないのね。
 そのことを、思い知らされた気分。
 やだなあ、そんなこと考えたくないのに・・・・・・・・・・・




「ピリカ、開けてちょうだい」
「は、はーい」
 襖の向こうから恐山アンナさんの声が聞こえたから、私は急いで潤んできてた目元を拭って、襖を開けた。
 恐山アンナさんは、お盆の上に急須とお湯飲みを二つと、蜜柑を二つ載せていた。
 わたしは、席についた恐山アンナさんが、すらりとした細い指でお茶を淹れてくれるのを、ぼんやり見てた。
 この人は、麻倉葉の許婚なのよね。
 じゃあ、当然、麻倉葉のことを応援してるのよね。シャーマンファイトに参加する彼を。
 それって、つらくなったりしないのかなあ?
 私は、今、ちょっと、お兄ちゃんの応援をするのがつらい気分。頑張ってるお兄ちゃんには言えないけど、昨日の試合を見てる時も、心配で胸が張り裂けそうだった。
 お兄ちゃんが怪我したらどうしよう、お兄ちゃんが死んじゃったらどうしよう、てずっと思ってた。負けてもいいから、早く無事に試合が終わって欲しいと、ほんのちょっとだけ思った。でも、負けて落ち込むお兄ちゃんなんか見たくないから、やっぱりお兄ちゃんには勝って欲しいとも思った。
 だから、試合が終わった時、お兄ちゃんが勝ってくれて、お兄ちゃんが怪我一つしてなくて、相手の人もひどい怪我とかしてなくて、わたしは本当にほっとした。
 けど、シャーマンファイトはまだまだ始まったばかり。お兄ちゃんはこれからも戦いつづけなけなくちゃいけない。
 今の私には、そんなお兄ちゃんを応援しつづけていける自信が無くなっちゃってる。
 私、どうしたらいいんだろ・・・・・・
「さ、どうぞ」
 いつの間にか、恐山アンナさんはお茶を淹れ終わっていて、私に向かって湯飲みを差し出してた。
「あ、どうも」
 私は、受け取る。
 受け取った湯飲みは、滑らかな青いグラデーションで、下のほうは薄いピンク色になってた。
 きれいな色の湯飲みは、ほんのりと温かい。
 いい色ね。趣味のいい湯飲みだわ。
 私は、ちらっと、恐山アンナさんの湯飲みを見てみた。雪のように白い地に、鮮やかな紅葉が散っている柄だった。
へえ。なんだか、この人にピッタリだわ。
「飲まないの?」
 私が湯飲みを観察してたから、恐山アンナさんが少し不審そうな顔をした。といっても、この人はあんまり表情をあらわにしない(怒ってる時以外)みたいだから、よくわかんないけど。声が、そんな感じ。
「あ、飲みます飲みます」
 私は慌てて湯飲みに口をつけた。
 え・・・・・・・・・・・・
「美味しい!すっごく美味しいわ!」
 思わず、声を出してた。だって、すごく美味しいんだもの。このお茶。
 昨日の夕ご飯の時も、今日の朝ご飯の時も、昼ご飯の時も、お茶が出てきたけど、それとはまったく比べ物にならない。
 森に差し込むお日様の木漏れ日を集めて溶かしたみたいな、透明感のある黄色がかった薄い緑色。肺の中を洗うかのような爽やかで豊かな香り。かすかに甘味を感じるのに少しも濁っていない味。強い印象を受けるのに、あくまですっきりした喉越し。
 一口飲んだら、身体中に染みとおった気がした。
「私、こんな美味しいお茶飲んだの初めて!」
 お茶ってこんなに美味しい物だったんだ。今まで知らなかったわ。
「そう。よかったわね」
「あの、アンナさんが淹れてくれたのよね、このお茶」 
 あまりのお茶の美味しさにショックを受けて、私はさっきまで感じてた気まずさをすっかり忘れて、勢い込んでアンナさんに話し掛けた。
 だって、ほんとにすごく美味しいんだもの。
「そうよ」
「すごいわ!ねえ、どうやったらこんなに美味しいお茶が淹れられるの?」
 私は不思議だった。だって、普通に急須からお茶を注いだだけに見えたんだもの。それとも、私が気がついてないだけで、ものすごい技を使ってたのかしら?
 ああもう、何でちゃんと見てなかったのよ、私ったら!
「よかったら、淹れ方教えるわよ?」
 私があんまりお茶の美味しさに感動してるたら、アンナさんがそう言ってくれた。
「え、いいの?」
「いいわよ。あいつら帰ってくるまで暇だし」
「じゃあ、これ飲んじゃったら、教えて欲しいです」
 私はアンナさんにお願いした。
 ちょっと厚かましいかな、とは思ったけど、こんなチャンスを逃すわけにはいかないわよね。うん。
「わかったわ」
 一つ頷いて、アンナさんは、私のお願いを聞いてくれた。





 まろやかで柔らかい舌触り。一滴一滴に凝縮された太陽と大地の恵み。
 寒い(北海道よりはずっとマシだけど)冬だからこそ、この湯気の暖かさが好ましい。
 ああ、本当に美味しいお茶だわ~。
 ピリカ幸せ。
 私は、自然に頬が緩んでいることに気がついた。
 お茶を飲む前まで感じていた気まずさが、嘘のよう。今、この部屋には和やかな空気が流れている。
 だから、私の口も滑らかに動き出す。
「ねえ、アンナさん」
 私は気負うことなく、向かいで静かにお茶を飲むアンナさんに話し掛けてた。
 こんなに美味しいお茶を飲んでる今なら、余計な恨みとか悔しさとかで濁らない言葉で、話ができると思ったの。
「何かしら?」
 お兄ちゃんはアンナさんのこと、おっかない女だから怒らせんなよ、て言ってお使いにいったけど、それはお兄ちゃんにとって第一印象が良くなかったせいね。きっと。
 だって、私を見てるアンナさんの瞳は、とても澄んだ色をしているもの。
「あのね、葉さんの応援をしてるのは、どんな気分?」
 アンナさんの瞳をまっすぐ見つめて、私は、ただ純粋に、一番聞きたいことを聞いた。お兄ちゃんにも、コロロにも、聞けないこと。私と同じシャーマンファイトを見て応援するしか出来ない立場のアンナさんだからこそ、どうしても聞きたかったこと。
「・・・・・・・あんたは、どうなの?」
 私の言葉に、アンナさんはそんな風に返してきた。とても静かな声だった。
「私は、・・・・・前はね、とってもドキドキしてたけど、わくわくもしてた。お兄ちゃんがつらい時は励ましたい気持ちでいっぱいになって、お兄ちゃんが嬉しい時にはわたしも一緒に嬉しかったの。でも、今は・・・・・・・・」
 空気が、喉の奥で詰まった。言葉が、途切れる。
時計がチクタクいう音が、やけに大きく聞こえた。
「今は?」
 アンナさんが促してくれたから、私は何とか言葉を見つけることが出来た。
「今は、今はね、ちょっと違うの。お兄ちゃんが戦わなくちゃいけないのが、怖いの。とっても。昔からずっと、今でも、お兄ちゃんのこと信じてるのに。わたしはお兄ちゃんと同じ夢を見てるのに。なのに、怖くて仕方なくて、もう戦わないで、て言いたくなっちゃうの・・・・・・・・・それじゃダメなのに」
 私、お兄ちゃんが勇敢なアイヌのシャーマンであることを、ずっと誇りに思ってきた。なのに、妹の私が臆病者になっちゃったみたい。
 お兄ちゃんが麻倉葉に負けた日から、私は怖くて仕方がないの。
 あの日、お兄ちゃんは、初めての試合でどうなるか要領がわからないし、相手がどんな奴かもわからないから、私が危ない目にあったら困るから、て言って試合を見に行かせてくれなかった。私は行きたかったけど、お兄ちゃんはダメって言った。
 だから、一人で試合が終わるのを待ってたわ。
 その時も、不安はあった。確かに。
 でも、お兄ちゃんを信じてた。だから、お兄ちゃんの勝ちを疑ったりしなかった。お兄ちゃんが勝つ姿を見られないのが、残念だったの。
 けど、お兄ちゃんは負けちゃった。
 そのことをカリムから聞いた時、私は足下がボロボロ崩れていくような気がしたわ。
 その時から、お兄ちゃんが戦いつづけることが、怖くなった。そのショックが蘇ってくるようで。
 ごめんね、お兄ちゃん。アイヌのホロホロの妹ピリカは、臆病者になっちゃったよう。
「・・・・・・・・アンナさんは、怖くないの?」
 私は、空っぽになった湯飲みを机において、アンナさんに問い掛けた。
 本当に、知りたかった。この人が怖くないのかどうか。
 深々と降り積もる雪のように静かで美しいこの人が、どう思っているのか、知りたかった。
「・・・・・あたしは、葉を信じてる」
 少し時間をかけて言葉を選んでたアンナさんは、しばらくして、それだけを言った。
「わ、私だって、お兄ちゃんを信じてるわ!」
 私は、お兄ちゃんを信じてる気持ちを否定されたような気がして、ムキになった。
 お兄ちゃんを信じる気持ちは、ちっとも減ったりしていないんだもの。嘘じゃないもの!
「なら、怖くてもいいのよ」
「え?」
 私は、一瞬アンナさんが何を言っているのかわからなかった。
 目を大きく見開いて、湯飲みを机に置いたアンナさんを見つめる。
「怖くてもいいのよ。当たり前のことだもの。そして、結果がどうなろうと信じた気持ちまで否定されるものではないわ。あたしは葉を、あんたはホロホロを、信じていていいのよ」
 風が吹いたみたいだった。降り積もった雪を溶かす、暖かく芳しい春の風。
 でも、私はその風の暖かさが信じられなくて、思わず抵抗してしまう。
 信じることが、怖くて。
「で、でも、お兄ちゃんは第一試合負けちゃったのよ。昨日の試合は無事に勝てたけど、次はどうなるかわからないわ!負けちゃうかもしれないし、怪我しちゃうかもしれないし、し、死んじゃうかも・・・・・・・」
 それ以上は、言えなかった。
 向かいに座るアンナさんは、興奮してる私とは対照的に、深い湖のように静かだった。
「それでも、信じてるんでしょう?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・うん」
 それでも、何があっても、不安に苛まれても、わたしはお兄ちゃんを信じてる。お兄ちゃんと同じ夢を見てる。
「だったら、恥じる必要なんか無いわ。あんたはホロホロを信じてていいのよ。ホロホロと同じ夢を見てていいのよ。あんたが信じてることがホロホロの力になり、あんたが同じ夢を見てることがホロホロの支えとなるはずだから」
 真冬の曇天を吹き飛ばして太陽を呼ぶ突風みたいに、その言葉は私の胸に届いた。私の視線を受けとめて、まっすぐ反らさずに見つめ返してくれた、アンナさんの言葉は。
「・・・・・・いいの?お兄ちゃんのこと、信じてていいの?」
 私、怖かった。お兄ちゃんが負けたら、お兄ちゃんを信じてた私の気持ちが否定されたみたいで。私がお兄ちゃんを信じちゃいけないって言われてるみたいで、怖かったの。とっても。
 私がお兄ちゃんを信じてても、何の意味も無いって、何の役にも立たないって言われたみたいで、つらかった。
 お兄ちゃんに何にもしてあげられない自分が、つらかったの。
「ええ。いいのよ。ホロホロは度量の広い男なんでしょう?必ず、あんたの気持ちを受け入れてくれるわ。だから、あんたは戦いつづけるホロホロの存在を受けとめなさい。ホロホロを信じてるんなら、できるはずよね?」
 アンナさんはそう言って目元の表情を和らげた。そうしたら、その色素の薄い瞳が、とっても優しい色をしていることに、私は気がついた。アンナさんが淹れてくれたお茶が優しい味をしていたように、アンナさんが言ってくれた言葉の響きは、とっても優しかった。
 だから、私は笑顔になる。
「うん!」
 優しい色を浮かべたアンナさんの瞳を見てると、身体中に温かい風が注ぎ込まれたみたいで、私はいても立ってもいられなくなった。
 コタツから立ち上がって向かい側にまわって、アンナさんに抱きつく。
「ピリカ!?」
 アンナさんは驚いたみたいだけれど、私を突き放したりはしなかった。それどころか、アンナさんの肩に顔を埋めてる私の頭をゆっくりと撫でてくれた。何度も。何度も。
 アンナさんが吹き込んでくれた優しい風が、私の中で押しつぶされて固くなってたものを、溶かしてく。
 それは、ゆるゆると溶け出して、やがて溢れて流れてく。
 ほら、瞳から溢れて、頬を流れていくでしょう?瞳も、頬も熱くなったでしょう?






「おーい、みたらし団子買ってきたぞー」
 玄関を開ける音と能天気な声。そして、階段を上がってくる足音が聞こえたので、アンナさんに抱きついて赤ちゃんみたいに泣いてた私は、慌てて身を離した。
「ピリカー、いい子で留守番してたかー?」
 そんな台詞を言いながら襖を開けたお兄ちゃんの声に、私が振り向くと、お兄ちゃんは襖を開けた格好のまま、変な顔をした。
 何、その顔?にらめっこ?
「ピ、ピリカ・・・・・イタコさんにいじめられたのか!?」
 へ?
 お兄ちゃんは、呆気に取られてる私の両肩を掴んだ。そして、私を庇うように自分の後ろにやって、興奮した様子でアンナさんに文句を言った。
「くそーっそうなる可能性もあるかなとは思ったけどよ。イタコさん、気に障ること言ったとしたって、年下の女の子を泣かさなくてもいいじゃねえかよ!」
 その言葉を聞いたアンナさんの整った眉が顰められ、そして、
 ぱーん!
 次の瞬間、お兄ちゃんのほっぺたに見事なビンタが決まった。お兄ちゃんは驚きで目を丸くしてた。
 そう、私がぶったのだから。





「ピ、ピリカ・・・・・・・?」
 ぶたれた頬を押さえて座り込んだお兄ちゃんは、鮭が空から降ってきて顔に当たった(となりの夫婦が喧嘩して投げたから)時みたいな、信じられないものを見る顔をした。
「何言ってるのお兄ちゃんたら!アンナさんがそんなことするはず無いでしょ!アンナさんはとっても素敵なお姉さんなんだから!」 
 私が腰に手を当てて叱っても、まだお兄ちゃんはちょっとぼうっとしてた。
 仕方ないから、私からアンナさんに謝っておく。アンナさんに嫌われたくないもの。
「ごめんなさい、アンナさん。お兄ちゃんが失礼なことを言って」
「いいわよ。ホロホロは本当に妹思いなのね」
 良かった。アンナさん怒ってないみたい。
「お兄ちゃん、私が泣いてるのを見ると、いつもこうなの。だから、目にゴミが入った時とか、目薬差した時とか、すごく辛いもの食べちゃった時とか大変なのよ」 
「え、じゃあ、今のは・・・・・」
 やっと事態を把握したお兄ちゃんがこちらを見上げてくる。 
「そうよ。目に入ったゴミを取ってもらってたのよ」
 嘘よ。
 ホントは泣いてたのよ。
嘘ついちゃダメかしら?でも、なんとなくお兄ちゃんには内緒にしておきたい感じなの。
「そ、そっか・・・・・・・イタコさん、すまねえ」
 お兄ちゃんは、背を丸めて、本当にすまなそうにアンナさんに謝った。
 お兄ちゃんのちょっと早とちりな所はいただけないけど、こういう、自分の非を認められるところは、すごくいいとこだと思う。
 私、妹バカかしら?
「ん、何してんだ、おまえら?みたらし団子だぞ?」
 手に持った包みを揺らして、台所に荷物を置いてきた葉さんが部屋に入ってきた。
「じゃあ、あたしとピリカがお茶を淹れるわ」
 すっと立ち上がったアンナさん(アンナさんの動作って一つ一つが綺麗だわ)が、私を見てそう言った。
「え、アンナさん?」
「淹れ方教えてあげるっていったでしょ」
 あ、覚えててくれたんだ。
「うん!」
 私は、アンナさんについてった。







「まず、お水ね」
 アンナさんはやかんの蓋をかぱっと開ける。中には、たっぷりお水が入ってた。
「紅茶は違うんだけど、煎茶は、汲み置きの水を使ったほうがいいわ」
 そう言ってそのやかんをコンロにかける。 
「ふむふむ」
 私は頷く。なるほど、汲み置きの水ね。
 やかんを火にかけたアンナさんは、急須と、さっき使った湯のみを洗って、それから、新しく二つの湯飲みを食器棚から出した。
 落ち着いた黄色みを帯びた地色に萌えいずる緑色の紅葉の葉が散ってる(あれ、アンナさんとおそろい?)湯飲みと、滑らかな青い地に斜めから仄かにオレンジがかかってる湯のみ。
 どっちも綺麗な色。やっぱり趣味がいいわ。
「急須と湯飲みを用意しておく」
「はーい」
「それから、ここからが、美味しいお茶を淹れるために、一番大事なポイントよ」
「い、一番大事なポイントって?」 
 真剣な顔をしてアンナさんが言うから、私も身を乗り出す。
 アンナさんは、戸棚を開けて、奥に手を突っ込む。その手は、臙脂色のお茶の缶を持って戸棚から出てきた。
「これよ」
「これ?」
 名前も何も書いてない、普通の地味なお茶の缶にしか見えないんですけど・・・・・・・
 私が、不思議そうな顔でアンナさんを見ると、その疑問に答えてくれた。
「これは、葉が使ってるのとは違うお茶の葉なのよ」
「え、そうなの?」
「そうよ。あたし専用よ。いつもは隠してあるわ」
 アンナさんは、深く頷く。
「それじゃあ・・・・」
「そう、あたしのお茶と葉のお茶は、手間と手順と茶葉の質が違うのよ!」
「・・・・・・・・!」
 アンナさんは、絶句している私をよそに、やかんの様子を見ていた。
 コンロのやかんがしゅーしゅーと大きな音を立てる。湯気が、出てくる。
「ア、アンナさん。ちょっとずるくない?」
 呆気に取られていた私は、やっと、それだけを言う。
 だって、ねえ・・・・・・・・・・・
「いいえ。美味しいお茶にはね、ゆとりと、手順と、秘密が必要なのよ」
 抗議して来た私に対して、アンナさんは絶対の自信を感じさせる口調で、そう返してきた。
 アンナさんがあんまり自信がある様子だから、わたしもそうかなあって気がしてきちゃう。
 だって、アンナさんのお茶、すっごく美味しかったし。アンナさん、今だって手間暇かけてお茶入れてるし。どんなに茶葉の質が良くても、淹れ方によって、味って変わると思うし。
「・・・・・そういうものなのかな?」
「そういうものよ」
 アンナさんははっきり言い切った。
「あ、お湯が沸いたわね。ピリカ、お湯はちゃんと一度沸かさなきゃダメよ」
 さっきまでシューシュー言ってたやかんは、今はかえって静かになって、その分湯気がいっぱい出てた。
「やかんがうるさくなっても、泡がぶくぶく出てきても、まだ沸騰してないからね。沸騰したらかえって静かになって、湯気がたくさん出てくるものなのよ」
「へえー、そうなんだあ」
 アンナさんはお湯を急須に注ぐ。
「え、先にお湯?」
「そうよ。煎茶は、100度では温度が高すぎるの。物によるけれど、70~80度くらいが適温よ。だから、温度を下げるのと器を暖めるのと一石二鳥のやり方を今から教えるわ」
 そう言って、アンナさんは急須の中のお湯を人数分の湯呑みに注いだ。それから、食器棚から出した小さなスプーンで量り取った茶葉を、急須に入れて、湯呑みに注いだお湯を急須に戻して蓋をする。
 なるほど。こうしたら器も温まるしお湯も冷めるってわけね。
「じゃあ、上に行きましょう」
 アンナさんがお盆に急須と湯飲みを載せた。
「これで、美味しいお茶の淹れ方は終わり?」
「淹れるときには、ちゃんと待って、茶葉を充分蒸らしてから淹れること。その時間は、まあ、個人の好みがあるけどね。それから、注ぐ時、一つの湯飲みに全部注いでから、次の湯飲みに注ぐんじゃなくて、濃さが平等になるように注ぐこと。これくらいかしら?」
「ありがと、アンナさん。明日は、私がお茶を淹れていいかしら?」
「ええ。あの茶葉を使ってちょうだい」
 階段を上っていくアンナさんの後姿を見ながら、私は微笑む。
 アンナさん、私きっと明日美味しいお茶を淹れられるわ。
 だって、二つも秘密を持つことになるもの。一つはさっきのアンナさんとの秘密。もう一つは、これから葉さんと作る秘密。
 私、葉さんに秘密のお願いができたのよ。







 秘密のお願い、それはね、
「葉さん、私のお義姉さんはアンナさんみたいな人がいいから、どうやって捕まえればいいのかお兄ちゃんに教えてあげて」
 てこと。これは、アンナさんには内緒。


 美味しいお茶を淹れるには、ゆとりと手順と秘密が必要。
 だから、明日のお茶もきっと美味しいわ。
ね、そうでしょ?



 私はみたらし団子を食べながら、くすくすと笑いそうになった。
END
スポンサーサイト
コンテントヘッダー

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

greatberryking

Author:greatberryking
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。