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赤い月

 シャーマンキング。葉アンナ。
 赦してほしい      この気持ちを
 赦されるわけが無い   この願いを
 赦されてはいけない   この涙を

 赦さないで欲しい    この気持ちを
 受け入れたりしないで  この願いを
 慰めたりしないで    この涙を 






 真夜中に、目が覚めた。
 なんだか、身体が重い。
 下腹部に鈍痛を感じて、こんな時間に目が覚めた理由を知った。あたしは、眉を顰める。
 自らを女であると思い知らせるこの徴は、定期的に訪れ、いつもあたしを憂鬱にする。
 あたしが女である以上避けようが無い、事だ。
 溜息をひとつ吐き、うなじに張り付いた髪をかきあげる。
 だるい身体を起こして、廊下に出た。裸足の足の裏に感じる廊下は、なんだか生温い。東京は今夜も熱帯夜。
 できるだけ音を立てないように歩いても、老朽化した階段はぎしぎし鳴る。破格に安い家賃なのだ。 これは仕方が無い。
 それでも、その音が静まり返った家の中にやたら響くのが疎ましくて、眉間に皺が寄るのがわかる。
あんたの眠りが深いことはよく知っていたけれど。




 用事を済ませてから、喉が乾いていたから台所に行った。
 台所の電気をつけて、コップを取り出し、冷蔵庫の麦茶を注ぐ。
 とぷとぷ。
 水の音は奇妙なくらい、あたしの中に響く。
 麦茶を一気に飲み干して、渇いた喉を潤す。冷たい液体が、あたしの身体の中に流れ込む。唇が、舌が、喉が、胸が、冷える。
 あたしは、使ったコップを洗う。
 蛇口を思い切り捻ったから、水の勢いが強い。最初は、少し温かい水。
 あたしの指を、掌を、手の甲を、水が叩く。そのうち、水は冷たくなっていった。
 コップを洗い終わる頃には、すっかり手が冷たくなってた。
 冷たい右手で、冷たい左手の指を握り締めてみたけれど、ちっともあたたまらない。
 冷たいまま。
 あたしの手は、冷たいまま。
 



 冷たい手のままもう一度眠る気にもなれず、あたしは縁側から庭に下りてみた。風はそよとも吹かない。空気が澱んでいる。
 見上げると、雲一つ無い夜空に、月が浮かんでいる。
 今夜の月は、どういう光線の加減か、なんだか赤い。
 赤い、月。
 清らかな白銀でなく、あたたかなたまご色でなく、柔らかな青みを帯びた白でなく、赤。
 濁った血のような赤が、月の光を穢している。
 でも、この姿も間違いなく月だ。
 この赤く穢れた月も、清らかだったり、あたたかだったりして見えたのと、同じ月だ。
 だから、あたしが穢れているのは、赤い月のせいじゃない。
 月はただ、そこに在るもの。
 あたしのことなんか知らずに、あたしのことなんか気にせずに、そこに在るもの。
 例え、あたしが穢れていようとも。





 視界に赤い月が写っているのが不快で、赤い月の光に照らされているのに我慢できなくなって、あたしは池の辺に植えられた木の影に立つ。
 ほら、もう赤い月は見えない。
 あたしをかき乱す月の光が届かないと思って安心したのに、視界に赤い色があって、びくっとする。
 何?
 よく見ると、それは池の水面に映った月の影だった。
玄く静まり返った水面に、映る月の姿は、やはり赤い。
 赤い。
 赤い、月。
赤い月が、そこに在る。
 そのことが、嫌で。嫌で。
 逃げても追いかけてくる月の姿が疎ましくて、耐えられなくなったあたしは、屈みこんで池に左手を伸ばす。
 暗い水の中に手をつっこんで、ぐるぐるかきまわす。池の水はぬるい。左手が、生温かくなる。
 水が揺れて、月の姿が歪んだ。
 月の像が乱れて、細かい赤い光になる。
 それでもなお、暗い水面に赤い月の光が映っている。あたしが木陰に入っても、見ないようにしても、見えないようにしても、月はやっぱり赤いまま。
 肌に張り付く、赤。
 肌に染み込む、赤。
 もっと、もっと、激しく水をかき混ぜる。
 光が溶けて、闇に飲み込まれるまで。
 もっと。もっと。




「何してんだ、お前?」
 池の水をかき混ぜることに夢中になってたあたしは、不意に手首をつかまれた。
 あたしより少し大きい手。
 縁側の方を振り向くと、そこにはあんたがいた。
 こんなに近づかれても気がつかなかったなんて、あたしらしくない。
 てんで、あたしらしくない。
 表情を浮かべずに見つめ返すと、あんたは少し戸惑った顔をした。それは、そうだろう。
 一緒に住んでいる同い年の女が夜中に池の水を一心不乱にかき混ぜていたら、誰でも戸惑う。当然だわ。
「あたしがあんたを起こしてしまったんなら、悪かったわね」
 あたしが喋ると、あんたはほっとした顔をした。
「いや、オイラが勝手に起きただけだ」
「そう」 
 あたしは俯く。漣が収まりつつある池の水面に、また赤い月の像が結ばれていくのが、見えた。
 せっかくあたしが壊したのに。
 せっかく闇に溶かそうとしたのに。
 赤い、月。
 壊しても、壊しても、無くならない。
 とっとと消えてしまえばいいのに。
「アンナ・・・・・・?」
 明らかに様子がおかしいあたしの顔を、あんたが覗き込もうとする。
 あたしはそれを避けるために、顔を背ける。
「離してよ。痛いわ」
 あたしより少しごつごつした葉の手で掴まれた左の手首が、痛い。
 痛い。
 あんたはそんなに力を入れているわけではないのに。
 灼けるように、骨が軋むように、痛くてたまらない。
「あ、ああ。すまん」
 あんたが慌てて手を離す。あたしがそんなに痛がるなんて思ってなかったようで、困った顔をしてる。
 そうね、痛がるほど強くつかまれたわけではないのにね。
 でも、あたしはとても痛かったのよ。
「何してんのよ、葉。さっさと寝なさい。朝になったら、また地獄の特訓よ」
「うえっ、そりゃねえよ。アンナー、手加減してくれよ」
 あんたは情けない声を出す。
「うるっさい!つべこべ言ってると、メニューを倍にするわよ!」
「うえー、勘弁してくれ」 
 あたしが急かすと、あんたはのろのろと縁側に上がってサンダルを脱いだ。
「なら、オイラもう寝るな。お前も早く寝ろよ。おやすみ」
 そして、そのまま部屋に帰っていった。 






 あんたが階段を上ったのを確認してから、あたしは右手でそろそろと左の手首を掴む。
 熱い。
 あんたの意外に力強い手で掴まれた部分が、耐えられないほどの熱を持っている。
 灼けるように、熱い。
 さっきまでのぬるくあたたまった手とは比較にならない。相変わらず風はそよとも吹かず、この熱を拡散してはくれない。
 鈍い痛みにも似た、この熱さ。
 これは、彼があたしに与えた、熱。溢れるほどの、痛みすら覚える、熱。
 赤い水が、この熱をあたしの全身に運ぶ。手首から、腕、肩、胸、心臓、そして、全身に広がる。
 熱い、熱い、熱い。
 灼熱の業火の如き熱が、あたしの身を灼く。
「・・・・・・痛い」
 呟いて、右手に力を込める。この手の中に、この身の内に、いついつまでも、この熱を閉じ込めるために。きつく、きつく、握る。
 この熱が、いつまでも消えなかったらいいのに。
この痛みが、ずっとあたしを苛んでくれたらいいのに。
この熱も痛みも、癒されることなく在り続ければいいのに。 
 これはあんたがあたしに与えた熱。あんたが与えた痛み。
 幼い頃から、たった一人焦がれつづけたあんたの、熱。
 ずっと、触れたかった。近づきたかった。
 でも、それは口には出さない願い。
 口には出せない願い。
 あたしは自由なあんたを愛したから、あんたの自由を蝕むことをしたくない。
 長い間、そう思ってきた。それは、嘘じゃない。
 けれど、こんな夜は思ってしまう。願ってしまう。祈ってしまう。
 泣いて、縋って、懇願したなら、あんたはあたし一人のものになってくれるだろうか、と。
 あたしだけを見て、あたしだけを聞いて、あたしだけに触れて、あたしだけを感じ、あたしだけを愛する、あたしだけのあんたになってくれるだろうか、と。
 赤い月を見上げながら、あたしは愚かで醜い願いを紡いでしまう。こんな風に考えてしまうのは、きっと赤い月のせい。
あたしは、もっと、強いはず。強くなった、はず・・・・・・・・・
 



「赤い月は、嫌い・・・・・・・」
 赤い光が張り付いて、いつまでも取れない気がするから。
 赤い月は、嫌い。
 赤い光が染み込んで、あたしをかき乱すから。
 赤い月は、嫌い。 
 愚かで弱いあたしを知っているから。
 赤い月は、嫌い。
 あたしの弱さと醜さを照らすから。
 赤い月は、嫌い。
 その引力で、あたしの赤い水を狂わせるから。
赤い月は、嫌い。
どうしようもなく女である自分を思い知らせるから。






 ・・・・・・・・・・・嘘よ。こんなのは嘘。
 こんな願いは、嘘。
 あたしはこんなに弱くないの(あたしの弱さはあんたを傷つけるでしょう?)。
 あたしはこんな弱さを赦さないの(あたしの弱さはあんたの枷になるでしょう?)。
 あたしはこんなに弱いあたしを赦したりしないわ(弱いあたしに価値などないでしょう?)。
 だから、あたしは、強くなりましょう。
 いくらでも。いくらでも。 
 涙など、省みず。悲鳴など、押し殺して。
 強くなってみせましょう。
 







 でも、葉。
 あんたがあたしをいらないなら、あたしだって、あたしなんかいらない。










ああ。赤い月があたしを嘲笑ってる。
END

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