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Because you ・・・・・・・・

 鋼の錬金術師。ロイアイ。バレンタイン話。
 このヒトは何を考えているのだろうか?
 己の人生を賭け命を捧げ、そのことに悔いは無いつもりでいる私でも、時折、猫ヒゲが非常によくお似合いの威厳に欠ける顔に力一杯拳を叩き込みたくなることがある。尖らせた拳で鼻っ柱をへし折ってあげるからすましたその顔から鼻血を垂らしてください、と思うことが。
 まさに今が、その時だった。









 バレンタインディは私とデートするように!と宣告されたのは、1月の終わり。またこのヒトはこんなに真剣な顔で子供のようなことを仰ってもう、と微笑ましいを通り越したヌルい笑みが浮かびそうになるのを感じながら、でしたらその前の2週間は定時に帰らせてください、と告げてみた。ほぼ9割冗談のつもりで。
 そうしたら、2月1日から連日、常には見せない集中力で山と積んだ仕事をこなし、私を定時に上がらせることに成功したのだ、このヒトは。途中で突発的な事件でも起こっていたら不可能だっただろうが、神だか悪魔だかを味方につけているらしく(きっと悪魔の方)、この2週間東部は平穏だった。
 そしてバレンタインディ当日の今日、このヒトは得意になった顔で、バレンタインディのデートにはチョコレートが無くてはならない、と告げたのだった。
 そのおかげで、私は鳥肌が立ちそうな違和感に苛まれながら、2月14日の昼休みに、可愛らしい女性でいっぱいの売り場へチョコレートを買いに行く羽目になった。なんで私が?、と胸の中で20回ほど呟いた。
 なんで私が?
 去年あまりにもしつこい懇願に負けて、自宅で手作りチョコレートを作っている最中に感じたのと、同じ種類の違和感。
 なんで私が?




 軍はあからさまな男社会で、そんな場所で生き抜くと決めた女の私は常に距離感を考えて行動する必要があって、私はメリットとデメリットを予測した上で、自分の性格にとって一番楽な道を取ることにした。それは、技能を磨き常にクールでいること。できるだけ、女性ということで見くびられないために男よりも努力をする道。
 それでも、その道を歩むということは、自分を男だと思うということではなく、むしろ女だと認識し続けることだった。私の側の問題ではなく、相手の男性の側の問題として。私が女で相手が男で、男の中には戦闘のせいで生存本能が昂ぶる輩が多いということを忘れてはならない。私がついうっかり我が軍の兵士を殺してしまわないように、常に気をつけていないと。
 そのためには、適切な距離を取る必要があった。仲間としての連帯感を持ちつつも、親し過ぎない程度の距離。その距離を保つために線を引く。
 地面に描かれた線は自然科学流に言うと意味を為さないただの線だが、頭を使う習慣を持つ人間にとっては、警告であり境界線であり断崖となる。線引きされていない世界に線を引いたのは、人間だけ。所有を主張するために人間は線を引く。私が取った距離、私が引いた線は、私のテリトリーに入ることを禁じるために。
 ほとんどの皆は賢くて、本能で、侵入者がいかなる罰を受けるかを察してくれた。賢くない輩もいたけれど、そういう方には体で覚えていただいた。
 そうやってそこそこ上手くやってきたつもりだったけれど、このヒトだけはダメだった。このヒトには線は線にしか見えないらしく、意味を読み取れないものらしい。私が私のテリトリーとして保持している空間に、全く無遠慮に乗り込んでくる。
 だから、くだらない噂やスキャンダル対策として、根本から関わりあわないという形を選んだ私に対してこんな欲求をぶつけてくる。言い訳は常に揚げ足を取られる危険と隣り合わせだから、最初から関わらないことが一番安全で労力を使わなくて済む手段だと承知しているというのに。バレンタインにこのヒトにチョコレートを渡したなどという噂は、絶対にお互いのマイナスになるとわかっているのに。
リザ・ホークアイは整備が行き届いた銃のように機能的で無骨で現実的で隙の無い女であるべきなのに。
 今、リボンとハートの飛び交うこの売り場にいる。目の前には、紅いリボン、青いリボン、黄のリボン、緑のリボン、茶のリボン・・・・・・・・・・・・・ああ、銃にリボンなんて似合わないのは、幼児だとてわかる理屈だ。
 なのに。
 私はどうしようもなく愚かで、このヒトを無視できない。
 鈍い金色の細いリボンでデコレートされた包みを手に取ると、むせ返るようなチョコレート売り場の甘い匂いと相まって、くらくらと眩暈がした。
 まったく、なんで私が。




 いっそ事件でも起こって、という私の祈りも虚しく、2月14日もイーストシティは平穏であった。故に、このところすこぶる真面目に仕事を片付けている司令官と副官は、定時に上がることができてしまった。
 去年のバレンタインディには、衆目の前でチョコレートをねだって私の怒りを買ったことを覚えていたらしく、このヒトは、一緒に司令部を出て一度お互いの自宅に帰って身支度をしてから再度待ち合わせ、などという面倒な手順を踏んだ。
 ここまでされては、私に抵抗する手段など無い。
 眩暈がするほどの違和感に苛まれながらも用意したチョコレートを、金のバックルがついた黒い革のカバンに詰める。何かの折にこのヒトがプレゼントしてきて上手に拒絶し損ねた、身に添うデザインでスリットが深いロング丈のワインレッドのワンピースと、ふんわりしたボリュームのある揃いのボレロを身に付ける。上手に拒絶し損ねた原因が、このボレロならば銃身の短い銃を携帯できると説得されたことを思い出しながら。
 髪は下ろして、いつものピアスを外し、これまたいつの間にか誰かが自室の机の引き出しに入れた、流線型のデザインが新鮮なオニキスのピアス(犯人は明白だが)を付ける。首には、誰かさんが鍋敷き代わりにしてくれたおかげでうっすらと焦げ跡の残る黒地に臙脂と金の流線的な模様が入っているスカーフを、焦げ跡が見えないように工夫して捻って巻いてみた。
 ここで、一度、姿見で確認してみる。
 目元にうっすらとゴールドのパウダーで光を入れ、マットな質感のワインレッドの口紅を塗った女がこちらを見返していた。
 この女がリザ・ホークアイだと辛うじて認められるのは、ボレロのボリュームで隠された奥に銃を所持し、カバンの中にもう一丁と予備の弾丸を所持しているという事実。ただそれだけ。
 ああもうまったく、なんで私が。




 愛犬に餌をやってから待ち合わせ場所の大通りの噴水の側の街灯の下へ急いだ。パンプスの足音がカツカツと響く。
 流麗なラインの黒のパンプスは、手持ちの靴の中では一番この服に似合い、ヒールが低めで足首を固定しているからこの手の靴の中では走りやすさでも一番だった。履き心地もいい。
気に食わないのは、夜中の運動のせいで疲れて熟睡していた私の足から型を取った錬金術師が、その型を靴職人に渡したんだオーダーメイドだから君の足にピッタリだよ、などと得意げな顔でプレゼントしてきた靴だという、ただその一点だけだ。
 自分の足音が耳障りで苛々しだした頃、やっと待ち合わせ場所に着いた。あのヒトはまだ来ていない。
 少し、ほっとした。
 襟と袖と裾に黒いファーがついた落ち着いた焦げ茶のコートの前を掻き合わせながら、通りを行き交う人々を見やる。
 年代は様々、10代から老年の域に差し掛かった人までいたが、その中の半分以上がカップルらしく見えるいうのは、どうなんだろうと思う。私の目がおかしいの?それとも、いつの間にかこんなに浮かれた街になった?
 頭の中で、結論に辿りつきたくない疑問を思い浮かべてぼんやりしていた私は、不意に後ろから左肩を叩かれて、ゾッとした。ワンアクションで右に一歩踏み出してその手から逃れ、同時にボレロの下の銃に右手の指を伸ばしつつ振り返る。
 貴方だった。
 聞き慣れた声で、勇ましいねリザちゃん、などと囁く。
 仕立てのいい黒のコートを着て機嫌の良さそうな笑顔を浮かべている姿を見て、私は、バレンタインディに女性が意中の相手にチョコレートを贈るなどという浮かれた習慣をこの街に持ち込んだのが、ロイ・マスタングだったことを思い出した。
 そんなヒトとこんな日にデートをする羽目になるなんて。
 ああもうまったく信じたくもない、なんで私が?




 ディナーは決められた手順で、決められた通りに進行した。帆立貝のマリネと毛蟹のラビオリは称賛に値したが、こんな砂漠の方が近い内陸部の街で高い金を払って魚介類を食するのは、中尉という階級には身に余る贅沢だと思えた(支払うのは貴方だが)。
 私の家で何か食べさせてくれと言ったなら、お子様味覚な貴方がお好きなクリームシチューでもオムライスでもなんでも好きな物を作ってあげたのに。
 まあ、ディナーが美味しかったから私は別にいいけれど。
 帰り道で貴方が腰に手を回してきたから、厚手の手袋の上からでも充分痛いと思えるくらいに抓っておいた。腰に手を回す?冗談じゃない。私は動きにくいし貴方の武器である発火布が片手分使えない。なんのメリットも無い。
 抓られた手を撫でてブツブツ文句を言いながら、じゃあ手を繋ごうなんて言って片手を差し出すから、これも遠慮した。
 焔を生み出す貴方の手と銃を操る私の手。どちらも空けておくべきだ。私は今夜、いつもより動きにくく被弾しやすい無防備な服装で、銃身の短い銃を一丁しか身に帯びていないから少し神経質になっている。軍服なら、もう少し精神的余裕があるのだけれど。
 貴方は口をへの字に曲げてすっかり機嫌を損ねてしまった。歩いている道からすると、このまま貴方は私の家に泊まるつもりらしい。となると、あまり不機嫌なままにしておくと面倒なことになる。以前に、私がシャワーを浴びている間にブラックハヤテ号と喧嘩をして結果リビングを散らかされたという前科もあることだし(あの時は、犬と同レベルで喧嘩をする男に忠誠を誓う自分が切なくなった)。
 しかたなしに、慣れた発火布の手袋と違う黒い手触りのいい生地の手袋に包まれた大きな手を、私の肩に導く。これなら,私の両手と貴方の片手が空いているし、いざと言う時、貴方の盾になったり貴方をしゃがませたり路地に押し込んだりしやすい。これくらいで妥協しておくべきだろう。
 嬉しそうに私の肩を抱き寄せた貴方が、オニキスのピアスが光る耳元で囁いた。
 愛してるよリザ、と。
 喉の奥まで上がってきた、愛さなくていいんですよ、という返事は口に出さないことにした。
 バレンタインディなので、情けをかけてみる。
 ああもうまったく信じられない信じたくもない、なんで私が?




 玄関の扉を閉めると、ほっと安堵の息が漏れた。
 一昨年のバレンタインディにテロリストが騒ぎを起こしたのは、何もただの偶然じゃない。焔の錬金術師が広めた風習は、女性からはおおむね支持を得ていたが、誰からもチョコレートをもらえる当ての無い男性からは憎憎しく思われていた。その単純な反感と、そもそもの仕掛け人が焔の錬金術師で東方司令部の大佐であるという事実が、半ば嫌がらせ交じりにバレンタインディを決行日として選ばせたのだ。
 捕獲したテロリストの幹部からそう聞かされた時、貴方は、見苦しいなモテない男とはそんなだからモテないのだよ、などと辛辣な言葉を浴びせたから、さらにモテない男性から敵視されるようになった。だから私は、割と本気で今年もテロの可能性を危惧していたのだ。けれど、モテないテロリストの男性は、このバレンタインディに騒ぎを起こして、モテない男の僻みだと言われるつもりはなかったらしい。この家までの行程は、物陰で不埒な行為に及ぼうとする貴方をかわす労力を別にすれば、至って平穏だったから。
 やっと安堵した私はキッチンでヤカンを火にかける。貴方は勧められるまでもなく、当然のように、勝手知ったる私の家のリビングのストーブに火を入れ、ソファに腰掛け、ブラックハヤテ号と戯れている(ブラハはちょっと嫌がっているみたいだけど)。
 お気に入りの紅茶の缶とティーポットとティーカップ(いつの間にか二つに増えているのはどうしてかなんて、質問する気も起きない)をテーブルの上に用意して、私は、自分の焦げ茶のコートとソファに脱ぎ捨ててあった貴方の黒いコートをハンガーに掛けた。
 昔は、コートくらいハンガーにかけてください、と叱っていた気もするけれど、今はもうすっかり慣れてしまって、注意する分のカロリーがもったいない。
 温まった湯をティーポットに注いでティーポットを温めて捨てる。それから、アールグレイの茶葉をスプーンで3杯測って入れて、沸騰した湯を注ぐ。ティーポットにはティーコージーを被せて、ティーカップもお湯で温めておく。
 紅茶が出来上がるまで後3分。
 キッチンの隅に置いておいた雑巾で水場を掃除する。こういうのは、溜めずにこまめにするのが大切だから。
 3分経った。ティーカップを温めていた湯を捨てて、紅茶を注ぐ。片方のカップに砂糖をスプーン2杯分溶かして、両方にミルクを注いだ。完成。
 ソファの上でブラハに靴下を引っ張られて抵抗している貴方に、砂糖を入れた方のカップを差し出した。ブラハには、靴下が痛むからオイタはダメよ、と注意する。
 甘党の貴方が、茶菓子は無いのかね?と言い出したので、金のバックルがついた黒いカバンから、深い青の包装紙に鈍い金色の細いリボンがかかっている包みを取り出す。
 茶菓子ですどうぞ、と手渡したら、貴方はなんだか・・・・・・・あんまりな表現だとは思うけれど、大好きなお母さんから大好きなお菓子をもらった小さな子供みたいな、そんな笑顔になったので。
 上段回し蹴りを胸に喰らった時のように、躯に衝撃が走った。
 ああもうまったく信じられない信じたくもないでも嘘じゃない、なんで私が?




 細いリボンを解いて深い青の包装紙を破いて(貴方は不器用過ぎです)、蓋を開けたらシャンパントリュフが12個入っている。それを見た貴方は、笑顔のまま一つを口に運んだ。
 隣に腰掛けて愛犬を膝に抱き上げながら、私は横目で貴方の反応を窺う。
 なにしろ、買いに走ったのは今日の昼休み。しかも、売り場は戦場で、試食などしていられなかった。だから、いつだったか貴方が中佐の家で食べて美味しかったと話してくれたメーカーのチョコレートにした。甘党の貴方と違って、私はこういう物に詳しくないから。
 甘い物を食べている時の貴方はとても幸せそうで、私も見ているだけでなんだか柔らかい気持ちになるのだが、犬を飼うようになって、この気持ちの正体がわかった。ブラックハヤテ号が無心に餌を頬張っているのを見ている時にも、同じような気持ちになる。悪くない感覚なので、今度エドワード君がイーストシティにやってきたら何か美味しい物をご馳走してあげようと思う。きっと、同じ気持ちになるはず。
 そんなことを考えながらぼんやりとブラハの頭を撫でていたら、美味しいよリザありがとう、と小さな声が言った。
 貴方はいつも女性から何かプレゼントされたら、美辞麗句を並べてて流暢に謝辞を述べる。そんな姿は飽きるほど見た。なのに今は、ありきたりの台詞で小さな声。
 骨の芯が痺れるような気がした。
 ああもうまったく信じられない信じたくもないでも嘘じゃない嘘にはできない、なんで私が?




 このままチョコレートを食べ終わったら紳士的に自宅に帰ってくれたりすると、私の胸は温かく優しい気持ちで満たされたままイイ気分で眠りにつけたはずだが、そんな展開を許す貴方ではない。
 案の定、4個めのトリュフを口に入れたあたりで、油断していた私に顔を寄せて唇を重ねてきた。
 甘党の貴方の甘ったるいキス。
 ちょっと融けた4個めのトリュフを私の口内に移し終えた貴方は、リザちゃん美味しい?とニヤニヤ笑いを浮かべて尋ねてきた。温かく優しい気持ちが、どこかへ吹っ飛ぶ。
 返事などしてやるのは悔しかったので、うとうとしていたブラハを寝床に連れて行って彼のお気に入りの明るい青の毛布を掛けてあげてから、ソファに座りなおした。貴方はまだニヤニヤ笑い。
 私は自分がプレゼントしたトリュフを指で抓んで口に入れて、ニヤニヤ笑いのままの貴方に口づけた。唇を割って浸入し、舌の上に乗せたトリュフを貴方の口内に置き去りにする。舌で自分の唇を舐めると甘かった。さすが一流メーカーのトリュフ、不快でない後味の良い甘さ。
 美味しかったですか?と問おうとしてそうする前に、ソファに押し倒されていた。ああ、ワンピースとボレロが皺になる。
 窒息死しそうなキスの嵐の合間に、切れ切れに、シャワーを浴びましょうと言ったけれど貴方は無視して私の背中のワンピースのファスナーに手を伸ばしてきたから、そちらに注意が行った隙を狙い済まして、床の上にあった貴方の足首に蹴りを放った。
 貴方のプレゼントしてくれた靴は、低くても硬いヒールを持つ。とてもステキな靴だ。
足首を抱えてソファから落ちた人物を跨ぎ越して、寝室からハンガーを取ってくる。ボレロとワンピースを脱いで掛けた。ついでに、床でうめいている人物のチョコレート色のジャケットも脱がせてハンガーに掛けておいた。
 それだけの作業を終えて振り返ると、恨めしそうな顔が見えた。
 涙目の貴方が、ひどいぞ今のは痛かった君はそもそも上官をなんだと思っているのだね?いやそれよりもこれが愛する男に対する仕打ちかね?、とブツブツ呟くので、下着姿の私は、思い切り整髪剤をつけないとオールバックにすることができない黒髪に、キスを一つ。時に都合の悪いことは聞こえなくなる調子のいい耳に、キスを一つ。苦い物を食べてしまった時に皺が寄る額に、キスを一つ。
 慰謝料はこれくらいでよろしいですか?、と囁くと、もっと、という返事が返ってきた。
 だから、チョコレートよりもっと深い色の瞳を覆う瞼にキスを一つ。ネコ髭がよくお似合いの頬にも一つ。無精髭が似合わない顎にも一つ。
 もっと?
 問おうとした唇はまた塞がれた。甘党の貴方の甘ったるいキスの甘さに、貴方の首に腕を絡めてしまう私は甘ったるい女で。
 ああもうまったく信じられない信じたくもないでも嘘じゃない嘘にはできないしかしこれもまたいつものこと、なんで私が?




 トリュフがまだ7粒残っている箱を持たされ下着姿のまま抱き上げられて寝室へ向かうのは恥ずかしい気もしたけれど、抵抗しても煽るだけだとわかっていたから大人しくしていた。靴が足から転げ落ちたけれど、それも見ないふり。明日の朝拾うことにする。
 ベッドの上に優しく下ろされて、脱いで、と言われたので素直に下着を脱ぐ。貴方に脱がされるよりよっぽどマシ。貴方はいつまで経ってもどれだけ言っても、脱がせた服を一箇所に纏めて置いてくれないのだから。
 サイドテーブルにチョコの箱を置いて、脱いだ下着を枕元に纏めたら、貴方もちゃんと脱いでベッドサイドの椅子に服を纏めておいていた。貴方にしては、上出来な方だ。
 そんな風に思ったのは間違いだったと、私はすぐに思い直すことになる。だって、ベッドに上がってきた貴方の手には見慣れた錬成陣入りの手袋。
 は?
 私の主観から言わせてもらえば、全裸の男性の手に手袋(しかも白)というのはだいぶマヌケだ。その白い手袋は、青い軍服にこそ似合う。 
 サイドテーブルの上のランプの灯りでも私が訝しげな顔をしているのはわかっただろうに、貴方はやけにご機嫌だった。そして、私を押し倒す。手袋のままするつもりなのだろうか?発火布は濡れたら役に立たないから、戯れでも濡らしたりしないで欲しいのだが。サイドテーブルの引き出しに整備済みの銃を入れている私は、ついそう考えてしまう。
 だが、貴方の発想はいつも、バカバカしさにおいて私の予想の斜め上を行く。
 貴方はサイドテーブルの上のチョコの箱から、トリュフを1粒抓んで、私の胸の谷間に乗せた。
 は?
 私が訳がわからないでいる内に、もう1粒胸の谷間に、もう1粒を臍の少し上に、そして3粒を下腹部の谷間に。それから、自分の口に1粒放り込み、ご満悦の表情で手袋の包まれた指を鳴らした。
 パチン。
 熱っ。冷えた躯に急に熱めのシャワーを浴びたみたいな驚き。
 貴方は上手に火力調整して、私の躯の上に置いたトリュフだけを融かした。粘度の高い温かい液体が緩慢に肌の上を滑る。
 リザ・ホークアイのチョコレート掛けできあがり♪、なんて言って私を見下ろす貴方は本当に嬉しそうで。
 私がどれくらい軍隊式格闘術を習得済みかを思い知っていただきたくなった。
 ああもうまったく信じられない信じたくもないでも嘘じゃない嘘にはできないしかしこれもまたいつものことだけどいつまで経っても慣れないのはどうして、なんで私が?




 手袋を外して、いただきます、と手を合わせてから、貴方は私の胸に顔を埋める。もう散々味わったはずのチョコレートを、それでもまだ美味しそうに舐める。両手はあくまで優しいタッチで、何度も何度も、血管を辿るように胸を掬い上げる。
 愛しいのか憎らしいのか腹立たしいのか可笑しいのか、その境界線がわからなくなってきた私は、貴方の黒い髪に指を埋めてかき混ぜる。なんでこのヒトはこんななのかしら?
 チョコ味の唇が、胸の頂きを挟んだ。チェリーボンボンだ、なんてバカなことを言うので、肩が震えて困る。チェリーボンボンを舌で転がして吸って、軽く歯を立てたりするから、肩の震えに別のものが混じる。でも悔しいから、自分の左の手の中指の腹を噛んで、声など上げない。
 チョコレート塗れの指と唇はしばらくすると下方に移動し始め、腹で融けて流れているチョコレートも食されてしまう。ベッドに満ちるのは、むせ返りそうな甘いチョコレートの香り。昼休みに買いに行った売り場と同じ。でも今度は違和感を感じない。
 腹のチョコレートをあらかた舐めた貴方の頭は更に移動し、何食わぬ様子で膝を割ろうとするので何かが悔しくて抵抗した。もうあまり力が入らないけれど、それでも意地になって膝に力を篭める。
 食いしん坊で躾のなってない子供みたいに口の周りをチョコレートだらけにした貴方が、顔を上げて、リザちゃん?、なんて言うから更に意地になる。その呼び方をするなと何度言っても貴方は覚えてくれない。
 私が意地になっているのがわかった貴方は、ちょっとだけ考え込んで、それから、私の膝裏に手を入れて掬い上げた。ぐっと押されて、自分の膝小僧で胸を押すような体勢になってしまった。
 私が驚いているうちに、無防備なチョコレートでデコレートされたそこを貴方が舐め始めるから、歯形が残るくらい噛んでいた指の隙間から、あぁッ、と声が漏れた。
 ・・・・・・・・・こうして、バレンタインディのプレゼントは美味しくいただかれてしまった。
 ああもうまったく信じられない信じたくもないでも嘘じゃない嘘にはできないしかしこれもまたいつものことだけどいつまで経っても慣れないのはどうしてそれでも逃れられない、なんで私が?




 そして、朝。
 今日はお互いに非番(このヒトの策略)だが、私の体はいつもの起床時間に目が覚めてしまった。肌寒さに身を震わせながら裸の半身を起こし、今、私は寝台の惨状を見て、寒さだけではない震えを感じている。
 私と貴方の躯に残るチョコレートの跡と体液の名残(いろんな意味でドロドロでカピカピ)、シーツと毛布にこびりついているチョコレートの欠片(クリーニングに出さないと)、部屋中に満ちるむせ返りそうな甘い香り(3日は消えまい)。
 とても満足そうな幸福な貴方の寝顔。口の端にチョコがついているのが、年齢からは信じたくないほど子供っぽい。
 この顔に拳を叩き込んでやりたい衝動と、キスをしてやりたい衝動とが、私の体内で争う。
 サイドテーブルの上の箱に1粒だけ残っていたトリュフを食べながら、じっくりと、この問題について検討することにする。叩き起こすかキスで起こすか。
 口の中に入れたトリュフを噛み締めると、朝っぱらから脳が痺れそうな甘さが口内に広がった。
ああ、このチョコレートは私には甘ったる過ぎる・・・・・・・・・・




 ああもうまったく信じられない信じたくもないでも嘘じゃない嘘にはできないしかしこれもまたいつものことだけどいつまで経っても慣れないのはどうしてそれでも逃れられない。
 なんで私が、こんなにまでこのヒトのことを愛さなくてはならないの?
 
 チョコレートの甘さに痺れた脳は、答えを返してくれなかった。



【end】
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