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 「いつか知る、その全てを」

 カミヨミ。菊理姫。

「お兄様、こちらにいらしたの?」
 今年の梅雨は些か切れが悪く、上昇していく気温の中にぐずぐずと湿度を孕んで、なのに雨垂れを零さない。雨降り前の熱気が地上に停滞している。風吹かぬ邸内の空気は篭っていた。
 停滞を忌んだ帝月は庭に下りていた。庭とて風は無いのだが、巧妙に配置された木々と池の分まだ涼しげではある。池の水面は木々の陰が落ちて暗く、睡蓮の白が浮かび上がる。生気と熱気を抱えたまま夜に沈んでいこうとする庭に立つ帝月は、来る夜を統べる妖のようですらあった。硬質な膚の皓さは闇にこそ映える。
 帝月は夜が似合う。不吉なほどに。
 禍々しさすら漂いそうな帝月の傍らに、縁側から庭に下りた菊理はするりと寄り添った。並んで立つと相似と差異が際立った。二人の顔立ちは鏡に映したように酷似しているが、膚の質感は違う。菊理の膚は、白い花弁を連想させた。
 そして今、菊理の白いはずの頬は上気している。常日頃儚げな風情である菊理がこのようになっている理由は一つ、つい先刻まで天馬と会っていたのだ。
「天馬様はお兄様にお会いできなくて残念だ、と」
「ふん。あいつはお前がいればそれでいいのだろう?」
地上に熱と湿度を閉じ込めている雲は、沈み行く太陽の姿が見える場所だけがくっきりと切り取られていて、赫い光が地を染めていた。木陰に佇み日差しを避けている帝月とは対照的に、菊理はその白い膚に惜しみなく夕陽を浴びている。帝月は、その赫さに眼を眇めた。
 菊理には夕陽が似合う。不吉なほどに。
「そんなことおっしゃらないでくださいまし。天馬様は私たちを愛してくださっていますし、私たちだとてあの方を愛しているのですから。尖った嘘で引っ掻いてはいけませんわ。お兄様には、ずぅっと、天馬様と仲良くしていただかないといけないのですから」
 菊理は、優しい、柔らかい口調で喋る。だが、菊理は「優しい、柔らかい」だけの女ではない。夕陽を浮かべた赫い赫い瞳は、曲がらぬ強さではなく、撓んでも折れぬ毅さを宿していた。菊理は、一見して感じる儚げな風情と矛盾せずに、けれど真実毅いのだから。
「・・・・・・・天馬は阿呆だ。何もわかっていない」
「天馬様は素敵な方です」
 帝月は類稀に鋭く聡いところがあって、天馬の気性をこの上なく善きモノと思っていたが、「カミヨミの女を娶る」ことの真の意味を知らず、考えもしない(本人は考えているつもりなのだろう。だが甘い)天馬の欺瞞も見抜いている。だから時折、見たくないモノを見ずにいる天馬にどうしようもなく苛立った。
菊理もまた敏く、天馬の欺瞞などとっくに見抜いているに違いなかったが、天馬に苛立ちはしない。
帝月は、己が苛立つ根源的な原因は、天馬に理解を求めているからだと知っていた。
「・・・・・・・・・・お前は恐ろしい女だ。本当に。でも、あいつもいつか知る、その全てを」
「ええ。ですから、その時には、天馬様に優しくしてあげてくださいましね、お兄様」
 赫い赫い夕陽を浴びて微笑む菊理は幽玄で美しく、菩薩にも夜叉にも見えた。この瞬間、彼女は正しく、生と死を司る始原の女神であった。
「・・・・・・・お前は本当に恐ろしい。だが僕は、お前以上に見事な女を知らない」
愛しさと羨ましさと憐れみと畏れの混じった兄の声を聞いた菊理はふぅわりと嬉しそうに微笑んだ。
「愛していますわ、お兄様」





 沈み行く夕陽が似合うのは、子を産めば死ぬ定めの、見事な女。
 同じ顔をした双子の兄は、妹がどんな女かをよく知っている。
 彼女の許婚は、まだ何も知らない。


【おしまい】
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