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ours

 ゴーストハント。
 ネタバレですので、原作全巻読破済みの方だけ、どうぞ。
 一点の曇りも霞みも無い、全き闇だった。
 都会では滅多にお目にかかれない代物だ。窓を封鎖して照明を消しても、家電の類は小さな電源ランプを点けて自己主張している。調査でよほどの山奥に出かけて、闇夜に外を覗いて、やっと遭遇できそうな闇。
 と考えたあたりで、彼は、自分が覚醒していることに気がついた。
 寸暇を惜しんで研究に励む重度の仕事中毒の彼は、怠惰と無駄を嫌う。だから、すぐさま身を起こそうとして・・・・・・身体が動かないという事実に気がついた。誰かが、横たわる彼の上に馬乗りになって、彼の瞼を手で押さえている。
「ふざけるのもいい加減にしろ、ジーン」
 些かの迷いも無く、彼は馬乗りになっている相手の名を口にした。
 他人の気配に敏い彼相手に気づかせず接触できるのは、同じ遺伝子を持って産まれ、意識のラインが繋がっている双子の兄ぐらいだ。異能の力を分け合った、彼の片割れ。奪われた半身。欠けた月の欠片。
 弟は、返答を待たずに乱暴に兄を払いのけた。
「ひどいな、ナル」
 目を開けても、闇だ。瞼を開ける前と違うのは、鏡像ほどに似ている兄の姿が見える点だけだった。
 真の闇の中に、造形美の極地のような秀麗過ぎる顔が、二つ並んでいる。兄は、穏やかに柔らかく微笑んで。弟は、不穏な無表情で。「美」だとか「対」だとかをテーマにした宗教的な絵画のような眺めだったが、残念ながら観客は一人もいなかった。闇の中には、そっくりな兄弟だけ。
 だからこそ、確信する。ココは、弟の夢の中。鬼籍に入った兄の眠る場所。そのどちらでもある、曖昧な領域。
「どうしてラインが繋がっている?」
 死によって別たれた二人が邂逅できるのは、これまでは、弟の調査中に限られていた。だが、弟の記憶では、現在は調査中ではない。彼は、確か、来月の学会のために論文を纏めていたはずで・・・・・・・
「それはやっぱり、どこかの研究馬鹿の肉体が危機に直面して、意識が研ぎ澄まされちゃったからじゃないかな?」
 弟と正反対に表情豊かな兄は笑みの形に口角を上げていたが、闇色の瞳はちっとも笑っていなかった。どうやら怒っているらしい、と他人の感情を読み取ることが不得手の弟でも理解は出来たが、傲岸不遜な弟は兄の怒りなど気にはしない。
「肉体の危機?僕が?」
 問い返す声にも顔にも、微塵の焦りも謝意も見つけられない。天上天下唯我独尊の気がある弟の性格を熟知している兄は、大仰に嘆息した。
「そうだよ。寝不足と栄養失調で貧血起こして倒れてたんだからね。どこかの研究馬鹿様は」
 普段の調査中に「役立たず」だの「間抜け」だの罵られている仕返しか、兄の台詞は嫌味のニュアンスを帯びていたが、嫌味の帝王(アルバイト調査員曰く)である弟は、少しも怯まなかった。
「その程度なら、危機というほどじゃないな」
 しれっと弟が言い放った言葉で、兄はとうとう笑顔を崩してむっと眉を寄せた。
「あのねえ、倒れたナルを見つけたのは麻衣だよ!彼女がどんなに心配したと思う!?泣いちゃって、可哀想だったんだから」
 兄が口にしたのは、兄弟にとって特別な意味を持つ名前だった。
 死人である兄と夢の中で出逢い、生者である弟の下で働いている少女。彼女は、この双子と波長が近く、時にラインを繋げることができた。彼女こそ、月読尊もかくやというこの美貌の双生児を照らす、唯一の太陽。
「『視えた』のか?」
「『逢った』んだよ」
 嫌そうに眉を顰めた弟の前で、兄は険を消して天使のようににっこり笑んだ。
「抱きしめて、頭を撫でて、慰めて、二人でどこかの研究馬鹿様の悪口を言い合ったんだ。ああ、楽しかった!」
 弟の表情が悪魔のように剣呑になるが、兄は全く気にせず、浮かれた声で少女との逢瀬を語る。
「調査中はね、妨害が入る前に情報を伝えなくちゃ、て焦るから、長話をし辛いのだけれど、今回は違うからね。麻衣とたくさん話をしたよ。やっぱり、『僕の麻衣』は可愛いね♪」 
 弟の眉間の皺が更に深くなった。
 強力過ぎる特殊能力のせいもあって他者との物理的接触をひどく厭う弟は、だがしかし、兄亡き今、彼女だけは、『特別』の枠に入れている(両親と上司と部下とイレギュラーズはまた違う枠に入っている)。不意打ちで触れられても身体が逃げないし、嫌悪感も抱かない、むしろ触れたいと願う唯一の相手だ。空間を共有する相手として認めているし、欲している。だからこそ、葛藤を乗り越えてその手を取り、恋人となった。
なのに兄は、彼女を我がモノのように発言する。単純にからかっているだけだとわかっていたが、だがしかし、独占欲の強い弟は腹が立った。固く拳を握り込む。
「黙れ、浮遊霊」
「妬かない、妬かない。大丈夫。お兄様は弟のことも愛してるから。ね、『僕のナル』♪」
「ジーン・・・・」
 わかっているくせに無邪気を装って笑う兄に、絶対零度の辛辣な言葉を投げかけようとした弟は、兄の顔を見て言葉を止めた。
 無を体言したような音も光も物も気配もない絶対の闇の中、兄は真顔で弟を見つめていた。その眼差しは、毒舌家の弟から言葉を奪うほどに、真摯で。
「愛しているよ、僕のナル。僕の麻衣。生きていなくても、魂すら眠ってばかりでも、僕が僕である限り、ずっと、ずっと、愛しているよ」
 調査中に兄弟のラインが繋がるのは、切迫した場面であることが多い。雑談をする隙など無い。事態を解決に導くために情報を伝えたり、チャージをしている最中に、こんな話は出来ない。だから、調査中でもないのにラインが繋がっている今を好機と捉えたのだろう。兄は、ずっと、この言葉を伝えたかったに違いない。光が見えているのに闇の中から抜け出せず、その理由は謎のままで、次の瞬間に光にたどり着くのかそれとも永劫にこのままなのかもわからないという、深遠の闇の中で眠り時に目覚めるだけの寄る辺無き身だからこそ、唯一己のモノであるはずの心を伝えたかったのだろう。
 性格は違い過ぎているが、弟は、兄の意志を正しく理解した。外見の相似性と反比例して中身が似ていないくせに、否、似ていないからこそ、双子は互いを理解している。それはもう、嫌というほど。
 だから、弟の返事はこうなった。
「言われなくても、知っている」
 そっけない言葉だ。その上、微笑み一つも零さない。だが、弟は兄の視線を受け止め、まっすぐ見返してきた。
 弟が兄を理解しているように、兄だって弟を理解している。故に、短いそっけない言葉でも、意図を読み取ることが出来た。「言われなくても知っている」から、無理に伝えなくてもいい。「言われなくても知っている」から、安心して眠っていろ。そして、自分が「言われなくても知っている」のだから、当然そっちだって、こちらがどう想っているかなんて、「言われなくても知っている」んだろう?
 表情が浮かばない漆黒の眸の持ち主は、言外にそう語っている。
「うん!」
 ちっとも素直じゃない弟があんまり可愛らしくて、兄は破顔した。
 


 最初に映ったのは、白い天井。次が、見慣れた顔。
「・・・・・・・・・・ナル?」
 白い病室で漆黒の瞳が開かれると、椅子に座っていた少女が即座にその気配に気づいて顔を覗き込んできた。年不相応に冷静な彼は、覗き込んできた顔を観察する。目の周りが腫れて充血している。泣き虫な彼女の泣き顔を数え切れぬほど見てきた彼は、泣いたな、と冷静に理解する。
 彼が病院に担ぎ込まれる少し前、二人はいつものパターンで喧嘩中だった。性格が正反対の二人にとって、喧嘩は日常茶飯事。一種のコミュニケーションだ。周囲の感想も「ああ、またか」で、もはや誰も仲裁などしなかった(お人好しの癒し系神父がいればまた違ったかもしれないが、神父は最近多忙らしくオフィスに来ていない)。
 故に、この結果となった。
 普段なら、彼の健康は彼女が管理している。世間の基準よりずっと仕事中毒の彼に無理やりにでも食事と睡眠を取らせるのは、以前は無口な世話役の部下の仕事だったが、最近では彼女の仕事だ。だから、彼女の訪れが途絶えたここ数日、彼はマトモな生活をしていなかった。食事や睡眠を最後に取ったのはいつだったのか、本気で思い出せない。食物を口にした最後の記憶は、倒れた前日に職場で彼女が淹れた紅茶を飲んだ時のこと。これでは、倒れて当たり前だ。どう考えても彼の自業自得。
 だが、きっと、彼女は自分を責めている。
 彼女だとて、彼の自己管理不足だとはわかっているが、だからこそ、「1人にしたらろくな生活しないってわかってたのに」「リンさんが帰国してるんだから、ナルに注意できるのあたししかいなかったのに」「もう1日早く、様子を見に行けばよかった」とでも思っているのだろう、とこれまでの経験を踏まえて彼は推測する。
 推測してもそこで反省はせず、落ち込む→怒り出す→浮上する、といういつものパターンに従って彼女が浮上するまで待ち、日頃の毒舌の仕返しとばかりの声高な説教に耐え、頃合を見計らって短くて曖昧な謝罪を述べる、というのが彼のパターンであった。
 だが、夢の中で兄に叱られた直後の今日は、さすがの彼でも、いつものパターン通りに振舞うのは気が咎めた。倒れた彼を発見して救急車を呼び入院の手続きをしたのは、喧嘩中だった彼女に違いないのだ。そこまで迷惑をかけた上に泣かせているのだから。
 何か、言わなければならないだろう。何か・・・・・・・・
 寝起きの上に貧血でいつもより思考が遅いことに苛つきながらも、慣れぬ馴染まぬことをせねばならない展開に戸惑いながらも、彼は考えた。





「間抜けな浮遊霊から伝言だ。『愛しているよ、僕のナル。僕の麻衣』。だそうだ」 
 哀しいのか悔しいのか怖いのか、ただでさえ白いのに更に血の気が引いている顔を見てまたしても涙の衝動がこみ上げてきつつあったあたしは、無言でこっちを見ていたナルが急に口にした「愛している」なんてらしくなさ過ぎる言葉に心底驚いて、一気に涙の気配は去ってしまった。
 だって、一応コイビト(この言葉ですら漢字表記にし辛いほどそぐわない)のあたしが言うのもなんだけど、ナルに「愛している」なんて言葉は、本当に本当に似合わない。ジーンからの伝言にしても、ものすごい違和感(コイビトからそこまで言われてしまうのが、ナルのナルたる所以だと思う)。
 なんか、おかしい。すごくおかしい。笑っちゃいそう(笑ったらさすがにナルが怒るだろう)。
 少しましな気分になって、枕元の椅子に座ったまま身体を折り曲げて、ナルの枕の隣にぽすんと頭を乗せる。白皙の美貌と至近距離で目が合う。表情はほぼ変わらないけれど、黒曜石の瞳には珍しいほど柔らかい感情が浮かんでいた。
 ジーンに会えたんだね、ナル。
 ジーンのためにはよくないことかもと思うけど、光の中に還って安寧を得て欲しいと祈ってるけど、やっぱり恋しいね。会えると嬉しいね。あたしも会ったよ、さっき。自分が酷いなと思うけど、でも、会えて嬉しかったよ。 
 大好きなジーンの笑顔を思い出して胸があったかくなって、ナルがわざわざ伝言を伝えてくれたことが嬉しくて、唇が笑いの形を取るのがわかった。
「それで?ナルは何て答えたの?」
 甘えた声が出て、少し舌足らずな口調になった。ナルの手が伸びてきて、爪先まで嫌味なほど整った指が髪を撫でてくれる。
「『言われなくても、知っている』」
 そっけないにも程がある返答はいかにもナルらしくって、とうとうあたしは噴出してしまう。
「そうだろう?」 
「うん、そうだね」
 さも当然、て感じでしらっとそんなことを言うナルの傲岸不遜さを、あたしは嫌いではない。もちろん腹が立つこともあるんだけど(ていうか、腹が立つ時の方が多いよね)、今回のこの態度は、あたしやジーンに愛されて当然だと思っていることの表れだから、むしろ嬉しい。
 うん、覚えててね。忘れないでね。あたしたちはナルを愛してるよ。
「だから、お前だって、僕が今更あの間抜けと同じことを言わなくても、ちゃんと知っているんだろう?」
 まっすぐ、目を合わせて、奥の奥まで探るみたいに見つめながら、ナルが言った。意味なんか、もう、明白で。わかりやす過ぎて。
 単純なあたしは途端にどうしようもなく嬉しくなってしまったんだけど、このまま素直に喜ぶのは少し抵抗がある。だって、本当に心配したんだよ?あたしやジーンにこんなに愛されてるくせに、知ってるくせに、自分をちゃんと大事にしないナルってひどいよ?ねえ、あたしたちが何で腹を立てたのか、ちゃんとわかってる?ていうか、頭良過ぎるから「理解」はしてるんだろうけど、悔い改めるつもりはある?・・・・・・・・・・・・・・・・・・て、無いよねえ。ナルだもんねえ。
 よくわかってしまっている自分が、とっても悔しかった。だから、意趣返しをしようと思う。
「ナル、ジーンに伝言お願い。『愛してるよ、あたしのナル。あたしのジーン。ナルは【あたしたちのナル】なんだから、きちんと健康管理するからね。心配しないで。どんなに嫌がられても、健全な生活をさせてやるよ。だって、あたしには、ジーンの分までその権利と義務があるからね!』て。きちんと伝えてね!」
 あたしがきっぱり言い切ると、至近距離の美貌はそれはそれは嫌そうな顔になり、何らかの屁理屈を捏ねて抵抗しようと、口を開こうとする。だが、体調不良で寝起きのナルの反応は、いつもより少し鈍い。だからあたしは、文字通りの口封じで無駄な抵抗を封じ込めてやった。
 抵抗なんかもう遅い。あんたなんか、とっくに、あたしたちのモノなんだからね。絶対に手放してあげないんだからね。
 ざまあみろ!





 白い病室に、口づけの後に勝ち誇って太陽のように明るく笑う少女と、憮然としている月すら恥じ入りそうな美貌の青年と、鏡の奥で「僕の麻衣はやっぱり最高っ!」と腹を抱えて笑い転げている誰かがいたとか、いないとか。




【おしまい】
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