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しなやかな腕の祈り

 鋼の錬金術師で、CPはロイアイとエドウィンで、エドとホークアイの話。
 雨が降っていた。
 風が礫となり道が川になるほどの豪雨を潜り抜けてきた人影は、扉を開けたまま無遠慮に床に雫を撒いていた。
 一呼吸ほどで玄関が水浸しになる。
 深夜叩き起こされた苛立ちを表現するためにため息を一つ吐き、立ち塞がるずぶ濡れの人間を押しのけて扉を閉めようとした時だった。
「鋼の、人体錬成について教えてくれ」
 黒髪から垂れる雫を拭いもせずに、抑揚のない口調が囁いた。




「教えない」
 その台詞は躊躇わず毅さを失わずに声にすることが出来たが、目の前の罪を犯そうとする咎人を正視することはできなかった。開いたままの扉から吹き付ける雨粒を拭うことも出来なかった。
 自信に溢れ快活だった面影は失せ、その面は笑みにひどく似た歪んだ形で固まっていた。
 時が止まっているのだ。
 彼の時が。
 彼はいつも快活であった。自信に溢れ、停滞しなかった。時に辛辣な言葉を投げつけ、時に悪辣に全てを利用しようとし、それでも、何故か人好きのする男だった。
 今はもう、見る影もない。
 あんなに嫌っていた雨に濡れて、自分が雨に濡れていることすら意識出来ていない。年齢職業立場からしたら例外的なほどに率直な感情を顕わにするところがあったのに、それすらももはや失われている。
 彼を彼たらしめていた心の全て。
 それは、アノ日、彼女と共に世界に置き去りにされたと聞いた。




 どこまでも彼のためだけに在ろうとした彼女の、最期の言葉は彼以外誰も知らない。だが、容易に想像することは出来た。「愛している」か「前へ進んで」か「泣かないで」のどれかだ。
 どれであったとしても、彼へのメッセージであることには間違いはなく、彼女の命が彼のために費やされたという事実に間違いはなかった。
 彼女の訃報を耳にして、彼女の墓に詣でて、彼以外の人間と彼女の死を悼み、そして、彼には会わないようにしていた。伝え聞く話によると、彼はその後も何事もなかったかのように平静に過ごし、順調に仕事を続けている。
 そんな様子は、泣き喚くより恐ろしい。
 涙にして感情の一部を排出することは、生き続けるために重要な機能だ。あまりに重い荷を背負い続けられる人間はいない。重い心を辛く思わない人間はいない。
 けれど、彼は一粒の涙すら零さなかったという。
 致死量に程近い痛みを一片足りとも零さずに抱え続けるのは無理な望みで、案の定、彼は崩壊した。外からはわかりにくい形で。今日の午前に聞いた話では、ちゃんと人間のように振舞うことが出来ていたようだが、今はもうダメだ。
 魂と、精神と、肉体で出来ている『人』。そのはずなのに、眼前の男は魂を持ち合わせていない。
 人形なのに、『人』であることを保てていない。
「軍属の私が総力を上げて調べたところ、人体錬成を試みた術師は幾人か現存している。だが、その中で、人体錬成の失敗後も諦めずに研究を続け、精力的に成果を上げ続けてきた術師は君しかいない。私の知り得る限り、君が一番真理に近い」
 大人のくせに時折子供のような顔をする男だった。今は、時を止めた奇妙な顔。
「教えない」
「君は弟の肉体を取り戻すために、再度人体錬成を試みる。それはもはや推測ですらない、予定だ。だが、圧倒的にデータが足りない。人体錬成に関する実験を安易に試みることは出来ない。だからこそ、喉から手が出るほどに、自分の理論を実証する実験をしたいだろう?弟の肉体を錬成する時に、今度こそ失敗せずにすむために、データが欲しいだろう?君が私に構築式を授けるならば、君はデータを得ることが出来る」
 人の背中を叩いて前に進ませるほどの、強い力を宿した言葉を放てる男だった。今は、呪いしか吐けない。
「俺は教えない」
「私の焔は、金属を溶かすことも、爆砕することもできる。いかに天才の君といえど、鎧の身体を破壊してしまえば、再度弟の魂を錬成できる自信はあるまい?私の焔は、もっと広範囲に焼き討ちをかけることもできる。君の愛する故郷は、緑溢れる善いところだ。紅蓮の煉獄と化した故郷を見たくはあるまい?」
 傷ついても前へ進み決して諦めないことを誓った男だった。今は、もう一歩も進めない。
「俺は教えない!」
「肉体の一部が代価となる、時には肉体の全てが奪われる。それはすでに承知している。手足を無くしたなら機械鎧で補うし、内臓や目を無くしても、彼女さえ還ってくるならば彼女が私を支えてくれる。頭と心臓ばかりは奪われたくないがね。生命活動を持続できるのならば、この肉の身の何を無くしても、私は私だ」
 感情豊かで、その冷徹な一面とは裏腹によく笑う男だった。今は、嘲っている。
「俺は教えないっ!」
「教えてくれ。彼女は俺のものだ。俺の側にいなければならない。・・・・・・・・・・還してくれ」
 うめくように呟かれた声。
 彼は泣いたりしないはずで、彼女のために一片の涙も零さずにいたはずで、なのに彼の頬を滑る雨粒はひどく涙に似ていて。
 両親を亡くした時のあいつの涙。優しい母を亡くした日の自分たちの涙。たった一人の弟を奪われた時の慟哭。
 喪う痛みは傷じゃなくて、衝撃じゃなくて、振動。連鎖する自壊の振動。喪ったことを受け入れるというのは、連鎖する自壊によって滅ぼされた己を再構築すること。誰もが、そうやって喪って滅びて、己を再び築いて、その繰り返しをして生きていて。人殺しの彼は幾度も他人にそれを強要してきたはずで。
 でも。
 自身のみでは立てぬほどの痛みがあることを知っている。立てない弱さを罪と断じる資格を持つ者など、何処にもいない。
 罪の名は罪で。罰の名は罰。贖う術を知らないから、いつまで経っても罪人は罪人のまま。拳に握り締めた生身の左手の爪が、掌に喰い込む。

 ・・・・・・・・それなら、『いけない』なんて誰が言えるんだ?

「俺はっ・・・・!!!」
 




 自分の叫び声で、目が覚めた。
 生身の体中に汗をかいていて、なのに喉はカラカラだった。右手を枕に寝そべる視界に写る壁は、安宿にありがちな薄い木の板じゃなくて、懐かしい幼馴染の家の漆喰じゃなくて、冷たい石造りの代物だった。
 軍部だ。ここは、東部を統括する東方司令部の建物内。外は雨。
 急速に意識が覚醒する。
大佐に借りていた資料を返却するついでにいくつか質問をしたくてこの東方司令部まで足を運んだのに、当の大佐が例の如く仕事を抜け出して行方不明になっていたから、不貞腐れて待っていた。昨夜借りた資料を読むために徹夜をしたせいで、待っているうちに眠気に襲われて、雨の中一端宿に戻るのも面倒で、中尉の勧めに甘えて仮眠室に行かせてもらった。 
だから、この白いカーテンに遮られた部屋は、東方司令部の仮眠室。聞こえるのは雨音。
理論的に何もおかしいところなどない、ごくありがちな日常の一コマ。
そう、頭では理解しているはずなのに、生身の左手が機械鎧の右手と同じくらいに冷たい。今の夢のせいだ。左手の掌には、喰い込んだ爪の痕。
在り得べからざるほどにリアルな質感を湛えた夢だったから、自分はまだこの『現実』が本当に本物なのか疑っている。体の奥底が夢の中の暴風雨を浴びたみたいに冷えてしまっていて、細かい震えが収まらない。激しい雨音が、鼓動を掻き消す。

なあ、俺は最後に何て答えた?





「エドワード君、起きてる?」
 白いカーテンの向こう側からかけられた声にビクリと震えた様は、カーテンのおかげで見られないすんだ。
 理性的で、でも優しい響きのある声。ホークアイ中尉だ。
「あ、うん、中尉。起きてるよ」
「そう。少しは眠気が取れた?」
 ベッドの上に半身を起こしてカーテンを上げると、いつも通り青い軍服を纏っていつも通り髪を纏めているいつも通りの彼女がいた。
 気づかれぬように、細く長い息を吐く。彼女は生きている。
「うん。もー平気。仮眠室使わしてくれてありがと」
 浮かべた笑みは少しぎこちなかったかもしれない。けれど、中尉は、勘の鋭い彼女のこと、様子がおかしいとは気がついているだろうに、そのことには触れず、普通に話を続けてくれた。
 普通に。いつも通りに。
「あのね、私も探してみたんだけれど、まだ大佐が見つからないのよ。今から見つかっても、裁可しなければならない書類が山になっているから、今日中にあなたの質問に答える時間を作るのは無理だと思うわ。だから、悪いんだけど、明日、出直してもらえないかしら?明日は大佐が出勤した直後から厳戒態勢を敷いて、絶対に逃走を赦さないから。ダメかしら?」
「まだ逃げてんの?大人のくせにしょうがないな。あーいうのを、『大人子供』って言うんだぜ」
 今度はもうちょっと上手く笑えた。東方司令部最高司令官であるはずの大佐は、いつも通り仕事から逃げているらしい。
 こちらが現実。アレは夢。
 覗き込んでしまったあの昏色の瞳の冷え冷えとした印象を振り払うように軽く頭を振った。
 彼はあんな凍りついた瞳をしない。彼は焔を宿した瞳をしている。
 何度も、自分に言い聞かせる。
「上手いこと言うわね、エドワード君。あら、髪が・・・・・・」
 頭を振った拍子に結んでいた髪が一筋解けたようで、頬に張り付いたその髪を払おうとしてくれたホークアイ中尉の細い指を感じた瞬間、その指を握ってしまった。
「何?」
 彼女は焦らず騒がず怒らず、ただただ自然に振舞ってくれるのに、掴んでしまった右手を離せなかった。爪を短く切り揃えた指が冷たい。その冷たさは、おそらく、この雨の中大佐を探し回ったせいに違いないのに、なのに恐ろしくて。
 冷たい指を握り締める。掌に爪跡の残るこの左手で。
「・・・・ゴメン。女の人の手、無断で掴んじゃってごめんなさい。そういうんじゃなくて、俺、そういうんじゃなくて・・・・・」
 自分は歳の割に口の達者な人間だと自負していたけれど、今、咄嗟に上手い言い訳が出てこない。夢のことは説明できない。したくない。眼を合わせると読み取られるような気がして、俯く。離さなくちゃいけないとわかっていたけれど、この冷たい指を離すと彼女が消え去りそうで。
 怖くて。
 怖くて。
 どうしても、最後の返事が思い出せない。血を振り絞るような声で囁いたあの哀れな男の願いを自分が拒絶しきれたかどうかが、思い出せなくて・・・・・・・・・・・
「中尉?」
 頭にひんやりした感触。顔をあげると、感情を露わにしない彼女にしては珍しいほどに慈しみを湛えた眼差しで、こちらを見ていた。ゆっくりと優しく、頭を撫でる左手。
「いつか」
 いつもなら、子供扱いしないでくれ!と腹を立てていただろうけれど、今この時自分が必要としていたものを彼女が与えてくれるのがわかったから、大人しく頭を撫でられていた。遠い昔、母親にそうされていた時のように。
「いつか私が子供を産んだら、その子に優しくしてあげて。等価交換よ」
 何も訊かずに、彼女はただそれだけを言った。
 もうそろそろ一人前の男のつもりでいたのに、頭を撫でられて安心するなんて子供っぽいなと思いながら、素直に頷いた。
「・・・・・・うん。わかった」
 雨音が少しだけ優しく聞こえた。




 そう長い時間でもなかった優しい一時に終止符を打ったのは、行方不明であったはずの最高司令官。どうやら、扉が閉まりきっていなかった仮眠室を覗き込んだらしい。目が合った。
 一瞬の沈黙の後に、音立てて扉を開きズカズカと乗り込んできた。
「何をしているんだっソコォっ!!」
「よ、大佐。こんちは」
 堂々たる階級章を肩に付けている大佐は、自分たちが触れ合っていた空間を裂くようにして腕を振り回した。年齢から考えられないほどに子供っぽい仕草が、いやに似合っている。
「気安くホークアイ中尉に触るな、鋼の!いくら小さいとはいえ見えないとはいえ、もう15歳の・・・・」
「おヒサシブリです、大佐。かれこれ3時間ぶりですね」
 ナニかを勘違いしたらしい大佐の焦った声を遮ったのは、冷え冷えとした中尉の声だった。彼女の瞳の中に、先程湛えられていた慈しみはもはや無い。
「や、やあ中尉」
 自分が仕事から逃亡していたという状況をやっと思い出した大佐が、中尉の瞳の圧力に抗しきれず、微妙に視線を逸らす。
「何が不服かは存じませんが、エドワード君に文句を言うのはお止めください。私の方から触っていたわけですから、道理に合いません」
「君の方からって・・・ホークアイ中尉、前々から思っていたが君は少し」
 一瞬にして平常モードに戻ったホークアイ中尉は、あくまでクールだった。そのクールさが気に喰わないらしい大佐は、彼女に文句を言おうとして・・・・・・・
「大佐、私も前々から思っていたのですが、大佐が気軽に仕事を抜け出されるのは、私のやり方が甘いからでしょうか?もっともっと厳しくした方がよいのでしょうか?」
 目にも止まらぬ早業で抜かれた腰の銃をつきつけられて、大佐は勢いを失う。射撃の腕に定評のある中尉の愛用の銃は、正確に大佐の眉間を狙っている。
「いや、今でももう充分厳しいと・・・・」
「『充分』ならば、3時間も貴方を探し回る羽目にはならないでしょう?違いますか、大佐?」
「だからだね、それは・・・・・」
 延々と続く、説教と子供じみた言い訳。
 それはいつも通りの光景で。いつも通りの、サボり癖のあるロイ・マスタング大佐と、有能で歯に衣を着せぬ副官のリザ・ホークアイ中尉で。
 じわじわと胸に湧く安堵で、笑いがこみ上げてくるのがわかった。
「やっぱ『大人子供』だっ!!そーだよなっ中尉?」
「そうね。困ったヒトね」
「・・・・・・・・・・二人とも、上官侮辱罪で訴えていいか?」






 眠りの糸が切れて、ぼんやりと開いた視界に映ったのは、金の糸。耳を打つのは雨音。
「エド、眠いの?眠いなら、寝てていいよ?」
 ウィンリィだ。
金の糸は、ウィンリィの髪。ここは、見慣れた漆喰の壁に囲まれた幼馴染の家。外は雨。
 イーストシティで用事を済ませた後、緩くなった右手のボルトを締めてもらおうと立ち寄ったら、ついでに各部のサイズ測定とバランスの調整まですると主張されて、腕を預けてソファに座っていた。大佐から質問の答えをもらってから、ここ数日徹夜で構築式の計算をしていたため、夕食を食べ終えて大人しくしていると眠気に襲われしまったようだ。微睡みの余韻が、まだ頬骨のあたりに残っている。
 夢を見た。
 在り得べからざる未来の夢と、数日前に在った過去の夢。
「いや、起きた。もう眠くない」
「そう?」
 軽く頭を振ると、ウィンリィはまだ疑わしげな顔でこちらを見ていた。そうしながらも、自分の機械鎧の右手を抱えてなにやら弄くっている。
 無骨な部品を丁寧に扱う、細い指。
「リィ」
 掌に爪の痕などない左手で、忙しなく動くその細い指を握ってみた。
 冷たい機械を産み出すその指は、温かかった。
「え、何?」
「ん~・・・・なんでもねえ」
 よくわからないけどひどく満足して、すぐにその指を離した。
「何よソレ、ホントは眠いんでしょ?いいから寝なさい」
 ぽんと軽く肩を叩いたその手は温かくて、懐かしくて。
 そのおかげで、やっとつっかえていた答えを思い出すことが出来た。


 俺は、あの時、機械鎧の右手であの男を殴り倒したんだ。
 罪の証の右手で。


 
 思い出せた答えがひどく誇らしかったので、一つだけ自分のワガママを赦してやろうと許可を出す。
 目の前で作業を続けるやさしい腕に、コトンと額を乗せる。
「も、今夜はいいよ。急ぎじゃねえし。お前も寝ちまえよ」
 案の定、腕は優しくしなやかだった。ホークアイ中尉はいつか子供を産むつもりみたいだが、こいつもいつか母親になるんだろうかなんて、ぼんやりと考える。
 アノ夢と同じ激しい雨音なのに、あの冷え冷えした感触は感じない。体の内側からぽかぽかと暖かい。
「はあっ何言ってんの!?つか、重いからその頭どけなさいよ!作業できないでしょっ!ちょっと聞いてるのっ!?」
 幾分焦った口調の声が聞こえてきたけれど、そのまま目を閉じて眠りの波に攫われるに任せた。
 雨はここまで入って来れない。ここは、しなやかな腕に守られた聖域。



 大丈夫。もう、アノ夢は見ない。




【終】
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