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満腹物語

 ネウロ。ネウ弥子+オールキャラ。
1.友達




 教室は大騒ぎになっていた。叶絵は、問い詰めようとしてくるクラスメイトをかわしながら、鞄を引っつかんで小柄な後姿を追う。独特のヘアピンをつけている後姿は小柄で細身で体力なんてなさげなのに、エネルギー摂取量が尋常でないせいか、随分早く移動する。結局、叶絵が追いつくことができたのは、校門を出ようとする頃だった。午前最後の授業中、名門進学校の校門に人影は一つきり。青々と繁る蔦を這わせた校門を潜ろうとする姿に、走って追いついて。
 薄い肩に手を掛けて振り向かせる。
「弥子!」
「叶絵?どうしたの?」
 振り返った弥子はまるっきり平常通りで、走ったせいで息を荒げてしまっている叶絵(さっきの衝撃のせいで表情も強張っている)の方が変に見えるかもしれないが、そうではない。
おかしいのは、弥子だ。
確かに最近様子がおかしかった。そもそも女子高生探偵なんてやっている弥子は、『普通の女の子』の範疇に入りづらいし、最近世界的規模の大事件を解決したというのはすご過ぎるし、その疲れが出たのかとも思っていたが、『おかしい』とはそういう類のことではない。桂木弥子は、探偵を始める前から類稀な大食漢で、回転寿司を回らなくしバイキングを略奪し尽くし高校も学食で選んだほどだが、その弥子が、食欲が無さそうなのだ。ここしばらく、叶絵は弥子が物を食べる姿を見ていない。コレは異常な事態だ。以前弥子がこんな状態になったのは、父親を惨殺された時だった。だから叶絵はとても心配していたのだが、弥子は「大丈夫」と返すばかり。それも、妙に明るく。
けれど、叶絵の心配は大当たりだったようだ。その証拠に、教室は大騒ぎになっている。
 叶絵は賢いし気配りのできる女性だ。だから、この態度は弥子の強がりかもしれないと心配して、どんな言葉を口にするべきかと考えた。授業を蹴ってまで追いかけたのは、ワイドショー的な好奇心のためではなく、友情からだ。もちろん全ての事情を教えて欲しいとは思うが、弥子が話したくないのならば退くつもりはあった。要件は3つ。『あんたが心配』『どうしたの?』『どうしたいの?』さて、どれから言うべきか。
 そんな叶絵の思考をあっさり遮ったのは、やけに能天気に響く弥子の声だった。
「ダメだよ、ちゃんと授業受けなくちゃ。叶絵は受験するんだから」
 あまりにもあっさりとした他人事の口調だった。ついさっきまで同じレールの上に乗っていたはずなのに、もう今は全然違う場所にいる人の口調。冷たいわけではなかった。含有される友情は目減りしていない。ただ、さりげないが故に決定的な、断絶がそこにあった。
 断絶はざらりと乾いている。その肌触りに目を見開くと、弥子は下腹に手を当てながらゆるりと笑んだ。柔らかい、真実幸せそうな、神々しくさえある笑顔だ。弥子がこんなふうに笑える娘だなんて、叶絵はこれまで知らなかった。
「ありがと。私は大丈夫」
 真昼の光が叶絵の足元に短く濃い影を作っていた。
「私、満たされたの」
 





 
 「妊娠したから学校辞めます」なんて爆弾発言で教室を混乱させた華奢な後姿が道の奥に消えるまで、鞄を持った叶絵は校門に立ち尽くしていた。先刻「またね、叶絵」と手を振って去った弥子の笑顔が、瞼の裏に焼きついて消えない。
そうして叶絵は、弥子のつま先から伸びる影が叶絵の影よりずっと薄いという事実に、気づかないままで。






2.通行人



 ココのコンビニは食玩の品揃えがイマイチだった。自分と上司の昼食を購入しに来たはずの石垣は、今回の現場から1番近いコンビニの棚を睨んで呻く。このコンビニは、石垣の評価なら25点だ。定番のメーカーの新商品でメジャーなキャラクターの物ならば置いてあるのだが、ひょっこりと意外な物に出会う楽しみが考慮されていない。例えば、石垣が今ハマっている「世界の美術」シリーズだと、メジャーな聖母マリア像等はあるがマイナーな邪神シャブラニグドゥ像などはない。まさかこんな所にコレが!?という驚きが食玩に必須の楽しみだと考えている石垣にとっては、不満な品揃えだった。
 軽く眉間に皺を寄せて不機嫌顔になりながら、それでも、昼食用の黒糖メロンパンとマンゴーメロンパンとアーモンドショコラメロンパンとマスクメロンパンと抹茶メロンパンと塩メロンパン以外に「世界の美術」シリーズの聖母像を先輩への土産として購入してコンビニを出ると、車が行き交う通りを挟んだ向こう側に見知った人影が見える。ショートカットに独特の髪留めをした、小柄で華奢な少女。一見するとちょっとかわいいだけの女子高生にしか見えないのに、その実、『探偵』として数々の事件を解決しており、最凶最強な犯人を前にしても怯まない度胸と四次元に通じているとしか思えない無敵の胃袋を併せ持つ、一筋縄ではいかない人物だ。彼女は、しばらく前に世界規模で注目された大きな事件を解決したばかりで、その事件の後処理以降は身を潜めていたのだが。
 こんな場所で会ったのは偶然だった。会うといっても、向こうはまだ石垣の存在に気づいていない。石垣は彼女に好意を抱いていないし探偵なんて存在自体が気に入らないが、それでももはや彼女の功績は無視など出来ないレベルだった。その実力は認めざるを得ない。だから、久しぶりなのだから動向ぐらいは掴んでおこうと義理で声を掛けようと思った。それに、平日の真昼間に街をうろついている女子高生には注意が必要だろうし。だから、道路の向かい側で信号の色が変わるのを待つ彼女を注視すると。
 可愛らしい顔立ちに、柔らかい微笑が浮かんでいた。片手を下腹に当てて、うっとりと目を細めている。満ち足りた笑顔だ。上気した薔薇色の頬に浮かぶのは、紛れもない『満足』に違いなくて。見間違えようすらなくて。






 石垣が女子高生探偵の雰囲気に当てられている間に、信号は変わり彼女は去っていった。彼女の笑みが何かに似ているなと思って脳内検索をかけると先刻コンビニで購入したばかりの聖母像がヒットしたりしたのだが。
「まさか、な」
自分が的外れな下っ端キャラである自覚がある石垣は、そっとその可能性を打ち消しておいた。そうして、足元に濃い影をくっつけながら、メロンパンと聖母像を連れて帰路についた。




3.傍観者





 
 笹塚の空腹は、そろそろ適度の範囲を通り越しつつあった(でも無表情)。部下を昼食調達に送り出したのは大分前。脱線し易い部下は、今日もまたお約束を遵守して脱線しているのだろう。コンビニで食玩を批評したりとかしているに違いない。
 食玩を購入してきたら、とりあえず殴ろう。
 そう決めて不満を訴える腹を宥め(でも無表情)、今回の現場である廃ビルの入り口で煙草でも吸おうと思って扉を開け、昼過ぎの日差しが眩しくて目を眇めた。その細まった視界に現れたのは、よく知る顔。笹塚は少し驚く(でも無表情)。
制服を着た、桂木弥子。
 数々の事件に係り解決し、つい先日は世界的規模の大事件まで解いてみせた(という設定。実際に解いたのが誰なのか、笹塚はあえて言及するつもりはない。わかりきっているので)、『女子高生探偵』。小柄で可愛らしい顔立ちで、でも侮れない少女が、笹塚の目の前にいた。
 声を掛けようと口を開きかけると、弥子の方も笹塚に気づいて先に声を掛けてきた。
「笹塚さん!お久しぶりです」
「ああ。久しぶり。・・・・・こないだの事件以来だな」
 桂木弥子探偵事務所は、先日大事件を解決して以来、取材を申し入れるマスコミに対しても押し寄せる依頼人に対しても沈黙を守っていた。1度笹塚も電話を掛けたのだが、コール音が20回を超えても誰も出なかった。だから、本当に久しぶりだ。
 笹塚が見る限り、弥子は以前より少しだけふっくらしたように見えた。元々がすごく細いので、太ったというよりは體が丸みを帯びたというべきか。以前と同じ独特の髪留めをつけていたが、髪は少し伸びていて、全体的にどことなく大人びた印象がある。
 無理もない、と笹塚は思う。先日の事件は大掛かりな事件で犠牲者も多数出たし、犯人は世界中の警察が手を焼いていたバケモノだった。『探偵桂木弥子』は誰にも止められなかった奴を斃したのだが、その際、彼女に常時べったりと貼り付いていた助手が行方不明になってしまっている。そして、助手はいまだ発見されていない。
 だから弥子の感じが変わった気がするのだろう、と笹塚は推測し、其の事には触れないでおこうと決めた。他人の傷に無遠慮に触れない、それは笹塚の流儀で、臆病ではなく実体験に基づく気遣いではあったが、後に彼はこの時状況について言及しておかなかったことを悔いることになる。
「弥子ちゃん、元気にしてたか?」
「はい。すっごく元気です!」
 弥子は、真昼の太陽より尚眩しい幸せそのものといった笑顔になって、元気いっぱい返事をした。笹塚は少し不審そうに眉間に皺を刻む。いなくなった助手と彼女が近しい関係にあったのは、誰の目から見ても明らかだった。彼女自身に尋ねても必ず否定されたし、頻繁に出会う笹塚の観察力でも、2人の関係は『恋』なのか『愛』なのか『友情』なのか『憐れみ』なのか『興味』なのか『主従』なのか『強制』なのか判別しなくて、なんとも言葉にしがたかったが、何かが『在る』ことだけは確実だった。2人は近しかった。とても。
とても(2人で1セットだった。彼らを見た誰もが無意識にそう思っていた)。
 なのに、その相手を失くして、この笑顔。笹塚の胸に違和感がじわりと湧き出でる。
「・・・・・・本当に?」
「ホントですよー♪私、今、お腹いっぱいですごく幸せなんです!やっと満腹になれて嬉しくて嬉しくて」
 弥子は、大切そうに下腹に手を添えどこか違う場所(遠く?それとも己の衲を?)を見るようにうっとりと視線を漂わせる。満ち足りた、そんな言葉が1番相応しい仕草であり表情だった。
 圧倒的な幸福感。
 周囲に対して暴力に近い作用をするほどのソレを感じ取って、笹塚の言葉が止まった。弥子は、そんな笹塚の様子に気づかずに、にこやかに微笑んだまま挨拶をして去って行った。


「さようなら、笹塚さん」






 笹塚は、煙草に火を点ける事も、平日の昼間に制服姿で出歩いている点を指摘する事も、自身の空腹も忘れて、建物の入り口で立ち尽くしていた。メロンパンと食玩を抱えた部下が戻ってくるまで。
部下を殴ろうと決めていたことも忘れた彼の足元には、濃い影が伸びていた。先刻去った弥子とは違って。



4.雑用






 人の流れが交差し、無関係のはずの人々が同じ箱に詰められて行き交う駅。昼下がりの駅で吾代が弥子を見つけたのは、偶然ではない。彼は数日前から弥子にコンタクトを取ろうと努力しており、今日は昼前から、弥子の自宅がある駅構内のカフェに居座って人の流れを見送っていた。ホットコーヒー、アイスコーヒー、カフェオレ、カプチーノ、エスプレッソまで征服して、次はキャラメルココナッツマキアートを試すかアイスカフェモカアーモンドに挑戦するか迷っていたあたりで、やっと弥子が現れた(普通の学生ならまだ授業時間だということに吾代は気づいていない)。
 忍耐力に自信のない吾代にとって待つのは苦痛だったが、他に方法がなかったので仕方がない。桂木弥子魔界探偵事務所は先日大事件を解決して後始末を済ませてからはずっと、『休業中』の札が下りていたし、大事件の少し前から秘書がいないので、電話もメールももう通じない。吾代は後始末を手伝ってはいたが、その期間は忙し過ぎて弥子とマトモに会話をできなかった。
 だから、話をするために探して待って、やっと見つけた弥子の腕を掴んだ力が強かったのも、無理はない。
「おい!お前!」
「あ、吾代さん。しばらくぶり」
「にこやかに挨拶してんじゃねえよ!何だコレは!」
 吾代は爽やかに挨拶する弥子に一枚の葉書を突きつけた。葉書には、「事務所お返しします。今までありがとう。ささやかながら迷惑料を振り込ませてもらいました。もらってください」と手書きの文字が。達筆とは言いがたいこの文字は、桂木弥子の筆跡で間違いない。
「何って、葉書。葉書じゃ失礼かなと思ったけど、ちょうど手元に葉書しかなくて」
「物じゃねえよ!中身にツッコんでんだよ俺は!」
 状況が見えない苛立ち故に剣呑な吾代の怒鳴り声に、駅を利用する人々がビクッと反応する(駅員は顔が青い)。だが、吾代がどんなに意気込んで怒鳴っても、外見と反比例してふてぶてしいほど物に動じない女子高生には通用しなかった。弥子はきょとんと首を傾げるだけだ。
「お金、少なかった?たぶんね、どっか別の場所にもっとあるんだろうとは思うんだけど、私にはわかんなくて」
「そういうことじゃねえよ!ていうか、金なんざ別にいらねえよっ!」
 弥子から届いた葉書を見て、吾代は即座に通帳記入しに銀行に走った。結果、新たに記入された数字のゼロの多さに驚愕することになる。そのため、弥子とコンタクトを取ろうとしたのだが、数日待ってみても弥子は事務所に現れなかった。
 それでやっと、葉書が嘘でも冗談でも悪戯でもないとわかったのだ。
「・・・・・・なあ、アノ化け物はどこ行ったんだ?」
 吾代は呻くように呟いた。眉間の皺が普段より深く刻まれている。だが、彼の困惑も無理はなかった。
 突如現われ事件を解決し吾代を無理やり『桂木弥子魔界探偵事務所』に巻き込んだのは、弥子の助手と名乗る生物だ。アレは、何故か懸命に『謎』を探し求めており、その手段として、『探偵』役として弥子を巻き込んだし、吾代を雑用としてこき使った。本当にわけのわからない(というか深くツッコミたくない部分が多過ぎる)化け物だったが、『謎』に対する執着だけは本物で、アレが『謎』供給の手段である『探偵』に用事が無くなる日が来るとは、到底想像できなかった。
 なのに、今、アレはいない。
 最初の数日、吾代は、アレは単純に気まぐれでどこかをほっつき歩いているのだろうと思っていた。世界的規模の大事件を解決して、さすがのアレも満足したのだろう、だから今はふらふらと出歩いていて、気が済んだらまた戻ってきて『探偵』を再開するのだろう、吾代はそう軽く考えていた。
 一昨日の続きの昨日、昨日の続きの今日、今日の続きの明日、なら、明後日もきっとその続きにある、と。
 だが、何日経ってもアレは帰ってこない。事務所は事実上の閉鎖状態。後始末が終了すると、弥子も連絡が途絶える。そんな状況に苛立ち解説を求めるのは、彼からすれば当然だった。
 吾代は弥子をまっすぐ見つめる。その視線の圧に怯むことなく、弥子は吾代を見つめ返し、ふぅわりと微笑んだ。それは、これまで吾代が見たことのない、柔らかい、包み込むような笑顔。
「あのね、私、やっと満腹になれたの。ものすごく幸せなの」
 か細い女子高生(それでも、吾代は気づいていないが、記憶にある姿ほど細くはなかった)が、意味ありげに下腹部に手を当てる。大事そうな、守るような、慈しむ仕草で。
 あまりにも意味ありげだったので、吾代はうっかりと勘を働かせてしまった。
「あいつの、ガキか・・・・・・・?」
 アレは正真正銘の化け物だった、この女はその正体について他の誰より(少なくとも吾代より)よく知っていた、だからそんなことあり得ない、と理性は制止したが、それよりも強い直感が言葉を紡いだ。
「違う。ココにいるのは、『子供』じゃなくて、『あいつ』だよ」
 ゾッとした。
 吾代は氷水を浴びせられたように身が竦んだ。駅の雑音がはるか遠くなり、不審そうに遠巻きに見守る周囲の人々の視線も意識から消え、背筋に冷たい汗が流れる。
 吾代が感じたのは、氷の刃を差し込まれるような、ひやりとした恐怖。
 けれど、弥子はどこまでも幸福そうに満足気に、微笑んだ。
「あいつは、ココにいるの。じゃあ、バイバイ吾代さん!元気でいてね!」





 手を振って去る後姿は、街中でいくらでも見かける女子高生でしかなかった。独特の髪飾りを着けた頭が、雑踏に紛れていく。けれど吾代は、その背を追いかけることもこれ以上問いを重ねることもできなかった。なにしろ、その後姿から伸びる影が、周囲を行き交う人々と比べてあからさまに薄いことに気づいてしまったので。
 明後日はこれまでの続きではないらしいと知ってしまったので。
 彼は、ただ見送った。




5.人間





 さあ始めようこのゲームを今回のゲームはスゴイよもうそろそろ他の方法をやり尽してアレの中身を見る以外の方法が思いつかなくなってきたから今度のゲームはかなり本気だ大掛かりだその分多くを巻き込み多くを揺さぶるだろうけれど目的は一つなんだアレだよアレアレの中身を見たいんだそのためにココまで来たココまで進化してしまったもう後戻りできないなら先へ進むだけだ先が在ることを祈りながらね何しろこのゲームでアレの中身を見ても答えがなかったらそれ以上に何も思いつかないから方法は絶たれ望みが永久に叶わないことになっちゃうよ順当に死ねるかどうかも怪しいのにソレは怖いとても怖い永劫に近く続く絶望は死より恐ろしいだから祈るよ願うよ居もしないカミサマじゃなくて確実に存在している魔人に。
「答えてよ、ネウロ」
 そして、もし答えられないなら殺しておくれ。





 やがて世界を巻き込む惨劇が始まり、終わり、魔人は姿を消す。
 己自身の正体を探し求めた一人の人間が答えを手に入れたかどうかは、もう誰も知らない。





6.魔人






 街の夜景は星より賑々しい。遥か宇宙の彼方から降る光はのんびりと旅をしてやっとこの星に届き大昔の情報を伝えてくる奥ゆかしさがあるが、地上の光はもっと無遠慮でせっかちだ。人間の灯は、忙しなく生き急いで瞬く。
自身で意識したことはなかったが、おそらく、ソレは、地上の光が好きだった。騒々しく無秩序で拙い光は、愚かしくて、でも美しかったので。
 だから、最期の場所をココに選んだのだろうか。
 ソレは、地表に突き出て遥か遠くまで見渡せる高い建物(建造中)の上に、ゴロリと力なく転がっていた。異様に整った顔はいつもどおり涼しげで苦渋の色など浮かんでいなかったが、姿を保つ力が薄れてきているのか、後頭には捩れた角が突き出している。なまじ顔立ちが尋常でなく端正なせいで、存在感があるのに生気が薄い、打ち捨てられた人形のような風情だった。
 独特の髪留めをつけた彼女は、その異形に驚きも怯みもせず(とっくの昔に慣れてしまっている)、真摯に見つめていた。
 作り物の、綺麗な顔と姿。あり得ない質感の髪と妙に気になるヘアアクセサリー。ぬめるように光る孔雀色の瞳と黒い手袋を嵌めた指の長い手。
ソレを構成する全てを、一つたりとも零すまいとするかのように、眼を逸らさない。
 その瞳は、今にも涙を零しそうだったけれど。





「どうしても?」
 声は、掠れていた。震えていなかったのは、せめてもの矜持だ。
「たぶん、な」
 声は、腹立たしいほど平静だった。傲岸で不遜で、なのに聞き惚れる美声。
「その言い方だと何か方法があるんだよね?このまま全部終わりにならなくて済む方法が」
 吹き抜ける風が髪を揺らした。
「チッ。奴隷人形の分際で進化しおって」
 いかに弱っていようとも、風程度では髪を揺らすこともできない。
「答えてよ、ネウロ」
 先刻斃されたばかりの『人間』と同じ言葉を使った。
「・・・・・あるには、ある。だが、実行は不可能に近い。なにしろ、今の我輩はもう、能力を使えないばかりか指1本すら動かせないからな」
 先刻斃したばかりの『人間』に与えた答えとは反対のことを告げる。
「なら、私が代わりにやったげるよ。私じゃ力が足りないかもしれないけど、頑張る。だから教えてよ、ネウロ」
 温かい手でソレに触れた。いつだって(今だって)整い過ぎていて不自然な印象を与える膚に対して、触感が下す答えはやっぱり違和感で。
「何故だ、弥子?」
 冷たい頬を撫でられても制止はできないし、しない。
「・・・・・だって、あんたまだ『究極の謎』を食べてないじゃない。もし、あんたが『究極の謎』を見つけて、それが最高の美味でネウロを満腹にし続けるのと同時に最凶の毒で、食べたらあんたが死んじゃうんだとしても、私はきっと止めない。食べて満たされて死んだらイイよ。でも、こんな終わりはダメ。瘴気より食欲を選んで地上に来て、弱体化するってわかってて『謎』を探し続けて、ネウロが出奔した後最終戦争が起こって魔界が滅びちゃって帰る場所もなくなって、それでも『究極の謎』を求めてたのに、なのに、弱体化した體で私を庇ったせいで死んじゃうなんて、そんな終わりはダメ。・・・・・嫌だよ、ネウロ」
 泣くのを堪えて、瞬きを多く繰り返す瞳。『探偵』業で培った洞察力で今こそソレを『解き明かそう』とするかのように、まっすぐ見つめる。見つめる、大きな瞳が。
「・・・・・・・・・一つだけ、方法がある」
 時に醒めた色を乗せ、時にギラギラと欲望を滾らせていた瞳。瞳は、この期に及んで尚、覗き込まれてもやはり、孔雀の尾羽が含有するモノにも似た虚飾と圧倒的な力とを同時に宿していて。
「うん」
「瘴気の濃い魔界に適応するように創られた肉体が、魔界より瘴気の薄い場所に置かれ続けたせいで、バランスが狂って弱体化したのだ。この肉体をもう1度、今度は人間界に適応できるように創り直す。そうすれば、人間界でも力を減じることなく生き続けられる」
 常識を超えて剛力で凶悪だったはずの手袋に包まれた手は、さっきからピクリとも動かない。
「うん。それやろう。どうすればいいの?」
 爪を短く切り揃えた細い指は、冷たい頬に添えられたままだ。
「我輩を形作る情報全てを胎に送り込み、我輩を卵として再構築して産み落としてもらう」
 奇抜なセンスだがこの上なく似合うスーツに包まれた體も、微動だにしない。
「卵になるの、ネウロ?なんかカワイイね」
 制服のリボンとスカートの裾がバタバタと夜風にはためいている。
「脳みそが軽そうな発言をしおって、この豆腐め。我輩を胎で再構築する『女』は、魔界生物である我輩と交じり合うことになるのだぞ。我輩に人間界の要素を与える代わりに、魔界の要素を受け取るのだ。我輩を宿した『女』は、『人間』ではなくなるだろう」
 その瞳に映るのは、協力を強制し利用しただけの取るに足りないはずの、『人間』の『女』で。
「それって・・・・・・」
 その瞳に映るのは、脅迫し暴力を振るってきた恐ろしくて理解不能なはずの、『魔人』で。
「弥子、だから不可能に近いと言ったのだ」
 『魔人』は嗤い。
「わりと簡単だね。よかった、私でもできそう」
 『女』は微笑む。
「・・・・・弥子?」
 永劫に近い時間を約束されていたのに今まさに滅びを迎えようとしている『魔人』は、その名を呼び。
「この期に及んでわからないとか言い出したら、あんた相当頭悪いよ。大バカだよ」
 有限の時間しか持ち得ないのに永劫に近い生物に触れてしまった『女』も、その名を呼び。
 ソレと彼女は、お互いが何を共有し何を望んでいるのかを理解したので。





「ならば、存分に喰らえ。我輩が貴様の胎を満たしてやろう」
 こうして、『魔人』は食されることを選んだので。
「うん。いっただきまーす」
 『女』は満腹になった。



7.友達





 ココに来るのは何十年ぶりだろう。
 撤去前に1日だけOBに学校を開放する、との噂を聞いて訪れた彼女は、アノ頃よりずっと老朽化した校門の前に立つだけで、懐かしさがこみ上げてきた。
少子化と電子学校の普及に伴い、実際に『通学する』形式の学校はどんどん減少し、とうとうこの名門進学校も電脳空間に居を移すことになった。それは時代の流れであり、賢い彼女は自身が世界に組み込まれ時代の流れに押し流されていく存在だと理解していたが、それでも、胸の中を風が吹き抜けていくような寂しさは感じた。感傷だ。だが、感傷を持たず生きるのも難しい。
 彼女の感傷には、理由もあった。
 この学校に通っていた頃の彼女には、細身で小柄な体躯なのに異様な大食漢の親友がいたのだが、親友は学業半ばにして姿を消した(いつの間にか家も引っ越していた)。今でも鮮明に覚えている。教室を大混乱に陥れて悠々と去っていく後姿に追いついて、肩に手をかけて振り返らせたのが、この校門の前だった。アノ時、親友は笑った。この上なく満ち足りた笑顔を、彼女に見せたのだ。その笑顔があまりにも幸せそうだったので、彼女は、親友の中では別離が既に決定されているのだと悟った。だから、後姿を見送ることしかできなかった。
 校舎が撤去されると知って寂しいのは、この親友故だと思う。2人の人生が決定的に離れてしまったことは理解できている。けれど、ココで別れたから、またココで会えるような気が、心のどこかでしていた。この校舎がなくなると、その夢想すら保つ術が無い。だから、寂しい。
 思い出を口にしながら校舎に吸い込まれていく人々の中、彼女は校門前に立ち尽くす。校門に絡まった蔦は枯れて茶色く変色していた
 己の心情を分析して、でもコントロールしようがなくて校門前に佇んでいると、後から現れたOBの1人が彼女にぶつかってきた。孫が産まれた頃からめっきり足腰が弱っていた彼女は、ぶつかった衝撃でバランスを崩す。目の前に迫った蔦に、校門に頭をぶつける!と覚悟して眼を閉じた瞬間、死角から現れた誰かが腕を反対方向に引っ張ってくれて、怪我は回避された。
「大丈夫?怪我無い?」
「は、はい。ありがとう」
 声は随分若かった。腕を掴む手は細く、指は冷たい。だが、しっかりした力で彼女を助けてくれた。恩人の顔を見ようと首を捻ると、ソコには、在るはずのない顔があった。
 可愛らしい顔立ちで、独特の髪留めをつけて、小柄で細い体躯。よく知っていたはずの、懐かしい、あの顔。
「や・・・・・」
 声を掛けようとした瞬間、小柄な體が後にぐいっと引っ張られた。奇抜なスーツを着こなした異様に整った顔の長身の男が、その細い腕をぐいぐい引いていく。彼女が呆気に取られていると、遠ざかる人物が大きく手を振る。
「またね、叶絵!」





 状況も理由もさっぱりわからない。おまけに、アノ子の足元には影が無い(アノ子を引っ張る男の足元にも)。それでも、叶絵は微笑んで手を振り返した。
「またね、弥子!」



【おしまい】
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