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お菓子の家

 ドラゴンボール。悟チチ・ベジブル前提で、チチとブルマ。


 こっちへおいで。甘い甘いお菓子をあげるから。
 お菓子の家は、美味しい家。クッキーの壁、チョコレートの柱、キャンディの窓、ウエハースの屋根、マシュマロのクッション、ソファはカステラでベッドはケーキだ。お腹いっぱい食べていいよ。
 さあおいで、私の家に。













 



 「お邪魔しまーす」などと言いつつ扉に手を掛けると、いつも通り何の抵抗もなくすんなり空いた。もう数え切れないほどこの家を訪っているが、鍵が掛かっていたことは一度もない(そもそも鍵が存在しているかも怪しい)。深山の秘境にあるこの家は、常に人を拒まない。
 時が止まっているかのような秘境に在りながらも、家の中の時間は着実に流れている。この家を初めて訪れたのは、第一子が幼い頃。家主の若さに相応しい初々しさと滲み出る確かな生活感に、随分驚いた。普段目にすることのない幼子のオモチャと教材がやけに新鮮に見えたのをよく覚えている。現在、家はその頃と雰囲気を違えていた。力加減を失敗した家人のせいで買い換えられた家具は、ぐっとシックな物が選ばれていて、落ち着きを感じさせる。
 空調を完備したジェットフライヤーから1歩降りるなり額に浮かんだ汗を拭いながら、勝手知ったる余裕を持って土産をテーブルに置き、裏にでもいるのかしら?クーラーつけてお茶淹れちゃってもいいかしら?とキョロキョロとあたりを見回すと、寝室の扉が空いた。
「あらブルマさ、早かっただな」
 おらもうちょっと時間掛かるかと思っていただよ、誰かに送ってきてもらったのけ?と家の主が現れた。いつもいつも驚くほどにちゃんとしている彼女にしては珍しく出迎えがなかったなと思ったら、到着時間の計算が違っていたようだ。ちょっとおかしくなって、ふふふと笑う。
「お久しぶり、チチさん。試運も兼ねて新しいジェットフライヤーに乗ってきたの」
 梅雨も明けたことだしジェットフライヤーかっ飛ばすのは気持ちいいのよ、そう言いながら、勧められるままに腰を下ろすと、彼女がクーラーをつけてくれた。涼風に眼を細める。アスファルトに覆われた街と違って、深山の奥にあるこの家は夜になると随分過ごしやすくなるのだが、まだ日は高い。梅雨が明けるや否や、太陽は迷惑なほど燦々と照り輝いていた。今年の夏は、随分気が早い。
 涼んでいると、いつの間にか台所へ行って戻ってきた彼女が、お茶を出してくれた。
 白磁の小さな茶碗に、花の香りのするお茶。
 香りは爽やかで後味が不思議に少し甘い。美味しい。
 彼女が供してくれる食べ物はどれもこれも美味で、どうしても料理下手な自分(一応努力はしたのよ。実を結ばなかったけどさ)には、神をも超えた男達の強さよりよほど奇跡のように思えた。少し荒れていて皺があって爪に色を乗せたりしないけど、あの手は魔法の手。
 魔法の手の持ち主は、向かいに座って笑いかけてくる。
「ブルマさは、今でもまだスピード狂なのけ?」
「あ~ら、何言ってるの。私はいつになっても私であることを辞めないわよ。だから、うちの旦那と息子みたいなこと言わないでちょうだい」
「ベジータさもトラちゃんも優しいんだべ。て、ブラちゃんは言わねえのけ?」
「言わないわ。それどころか、ママどんどんやれ!て応援してくれるわよ。孫たちだって、おばあちゃんカッコいい!て言ってくれるのに。超サイヤ人は自分に力があり過ぎるから普通の人間が虚弱に見えて、変なこと心配性なのよ」
 自慢げに胸を反らすと、彼女はふふっと柔らかく笑った。包み込むような温かい微笑だ。その笑い方を見ると、年月の重みを痛感する。若い娘だった頃の彼女は、もっと直情的だったので。年月は彼女から若さと活力を奪い、その代わりに円熟味を授けていた。目尻の皺も、決して嫌な感じはしない。むしろ、彼女を柔和に見せるのに役立っていた。
 誇らしいはずのその事実に針で刺すような微細な鋭い痛みを感じたのを隠したくて、少し目線を下げた。
「かもな。悟空さもちょっとそういうとこあるな。オラが悟飯ちゃん産んだ時とかそうだったしな」
「へえ、意外。孫くんてそういうの超然と構えてそうなのに」
「オラのお母はお産で死んじまったて言ってたし、悟空さは陣痛がものすげえ痛えもんだと知らなかったみてえで、陣痛が痛えのは当たり前なのに、すげえ心配そうでなあ。痛えのはオラなのに、悟空さの方が泣きそうな顔してたべ。チチ痛えのか?大丈夫か?て何遍も何遍も訊いてきて・・・・邪魔だったからお父に頼んで病室の外に出してもらっただ。お父が言うには、悟飯が産まれるまで珍しいほど落ちつかねえ様子だったみてえだ」
 彼女は、懐かしそうに愛しそうに目を細めて語った。
 初めて聞く話だった。長いつき合いなのに、まだ知らない話があったことに少し驚く。彼女とは、単なる友達というよりはむしろ親戚のように近しくつき合っている。特に、彼女の夫が二度目の死を迎えてから後はとても親密に。なにしろ、魅力と問題点をどちらも多様に含有している純血の戦闘民族に対する悩みや、神をも超えるパワーを持つ混血児を育てる困惑は、他の誰にも共有できないのだから。親しくなるのは自然なことだった。
 それなのに、まだ知らない話があったとは。
 愉快な気分になった。彼女は生来とても正直で開けっ広げな人間だが、それでも女の常として隠し事は上手い。この話は、女としての彼女の宝物の1つだろう。ずっと胸に秘めていた宝物を、こうして披露してくれたことが素直に嬉しかった。
 私たちはとても近しく、親しい。
「泣きそうな顔?それは珍しいわね。あたし、長い付き合いだけど、孫くんの泣き顔なんて、占いババのとこでおじいさんと再会した時にしか見た覚えないかも」
 彼の親友が一度目の死を迎えた時、年齢からすると随分童顔だった彼の目に涙が宿っていたような気もするが、生憎その時は自分が泣いていたので周囲の状況など見えていなかった。記憶の中の映像は、全て涙でぼやけて滲んでいる。だから、彼の人生に大きく関わってきた存在だと自負していても、泣き顔はよく知らない。
「悟飯さまは、悟空さにとって大事な人だかんな」
「チチさんも、ね」
「当ったり前だべ」
 今度は彼女が胸を反らして自慢げに言った。おかしくなって、二人で笑い合った。
 繊細な白茶とふわっと柔らかいのに味が濃い蒸しパン、独特の風味のココナッツ餡の月餅にさっぱりした黒茶、上品な舌触りの杏仁豆腐にはフレッシュなマンゴージュース。彼女が供してくれた食べ物はどれもこれも絶品で、ついつい食べ過ぎてしまった。腹の皮がはちきれそうに張っている己を自覚して、子供のようだとおかしくなる。いつも、皿をうず高く積み上げるほど食べないと満足できない戦闘民族たちに呆れていたのに、この様では彼らのことを笑えない。
「それもこれも、チチさんの料理が美味し過ぎるのが悪いのよ。お菓子もお茶もパーフェクトな味だったわ。あー、体重計が怖いっ!」
「ブルマさ、そんなに褒めてももう何も出してやれねえだよ」
「出さないで!出されたら、食べられないのに食べたくなりそうで怖いわよ。チチさんの料理はそれぐらい美味しいんだから。この美味を堪能できる孫家の皆様が羨ましいわ、あたし」
「おらの取り柄だからな。おらは実は魔女で、料理には魔法が掛かってんだ。おら、その魔法で悟空さを篭絡したんだべ」
 彼女は、もうひ孫までいるくせに、少女みたいなイタズラっぽい笑い方をした。
 篭絡、とは実直で素朴な彼女らしくない語彙だったが、意味するところは間違っていない。どこまでも天衣無縫で純粋過ぎる子供だとばかり思っていた青年に四年ぶりに再会して、幼子を肩に乗せて「オラの子だ」と言われたあの驚きは、いまでも忘れられない。そもそもこの夫婦の出会いも武道会での再会の経緯も全て常識外れだったけれど、彼は最初からずっと常識の外側にいたので、長いつきあいの中で1番驚かされたのは、実はこの件だった。
 規格外過ぎで神より強くあらゆる意味で特殊なはずの彼をただの男にしてしまう女がいた、その事実に驚嘆したのだ。
 私は、その日からずっと、この女性に感服し続けている。
「そうねー。その通りよねー」
 冗談めかして頷くと、彼女はまた柔らかく微笑み、すぐに、すっと微笑を消した。顔から表情が消える。多彩な表情で彩られる様しか見たことがなかったので、その突然の変化に何となく息を飲んだ。
 老いても尚溌剌としていた彼女から、急に活力が消えたように思えたのだ。カラーの視界がモノクロになったみたいに。おしゃべりの合間には気にならなかった鳥の声が、やけに耳に響いた。空気が密度を増す。窓から差す陽光は翳りを帯びていた。さっきまで、あんなに晴れていたのに。ちょうどよいと感じていたはずのクーラーの冷気が、急に肌に染みる。
「・・・・・ブルマさ、お菓子の家が出てくる童話ってあるだろ?親に捨てられた兄妹が森を歩いてたらお菓子の家が見つかって大喜びして食っちまうんだけど、その家は実は魔女の家で、ていう話」
「ヘンデルとグレーテルの話ね」
 彼女の意図が全く読めなかったが、相槌を打っておく。不快ではなかった。ただ、珍しく迂遠な話し方だと思っただけだ。けれど、すぐにその印象は間違いだと気づかされることになる。
 彼女は話を続けた。
「んだ。悟飯ちゃんも悟天ちゃんもパンちゃんもこの話の絵本が大好きでな、おら、空で言えるほど読まされたべ。うちの子は皆食いしん坊だからな。・・・・あのな、おらな、自分のこと、その話に出てくる魔女みてえだって思うことがあるんだ」
「なんで?」
「甘いお菓子で男の子を誘惑してまんまとおびき寄せて、閉じ込めちまったから」
「・・・・・それは」
 彼女の言葉には、深い意味が篭められていた。含有された成分を真実に理解できるのは自分一人しかいないだろうと思うと、本日の招待の目的を理解できた気がした。
 迂遠なんてとんでもない。彼女は恐ろしく率直だ。
 彼女は、彼女の夫のことを話している。





 あたしは彼の友達だ。彼とのつきあいは深く長い。血の繋がりなどないけれど、姉弟のようなものだと思っている。
 彼は、あまりにあっけらかんとして物事に拘らなさ過ぎる人間だ。昔は今よりもっとそうだった。少年期の彼は、思い返すと野生動物のようだ。悪ではなく善、それも稀有なほどに純粋な善ではあったが、人間として足りない部分があまりにも多かった。だが、もしくは、それ故に、彼は多くを魅了した。孤高を気取っていた盗賊も、数え切れぬほど歳を重ねてきたはずの老師も、少しひねくれていたはずの僧院出身の少年も、修行に生きる三つ目の男も、天空の神殿で暮らしていた神も、魔から産まれ神と融合した異星人も、他の多くの人々も、誰もが太陽のような少年に魅せられた。自分も、魅了された人間の中の一人だと思う。
 彼は太陽のように明るく皆を照らし、その光を享受した誰もが彼に惹かれた(敵であっても)。だが、生物的な特徴として力に大きな魅力を感じる男たちとは違い、力に幻惑されにくい女である自分は、彼と接する度に危惧を覚えた。
 彼は素晴らしかったが(欠点も多かったけど。欠点など補って余りあった)、『人間』から遠い気がした。どう言えば適切だろうか?優しく親切で約束に誠実で、食欲も睡眠欲も旺盛で、退屈とお勉強が嫌いで、どれもこれも『人間』らしい特徴なのに、老いた神や年経た仙猫よりもずっと、浮世離れしていて。誰もが抱えているはずの醜い物思いからひどく遠く見えて、それは危ういことのような気がした。
 時々、怖い気がした。
 あの明るい笑顔を見ればそんな気持ちは淡雪のように消えるのだけれど、それでも時折、彼がとてもとても遠くにいるように思えて。魔よりも神よりも化け物よりも作り物よりも、もっともっと遠い気がして。少し怖かった。本当に。
 けれど、今はもう怖くない。人間離れしてる部分は多いしやっぱりすごく変わっているけれど、ただの男でもあると知ったから。 
「誤解しないでけろ。後悔はしてねえんだ。むしろ、誇らしいだよ。おらは超一流の魔女だ、てな。でも、1つだけ気がかりなことがあるんだ。だから、ブルマさに会いてえって言ったんだ」
 まっすぐ、彼女を見つめた。老いて尚、その眼差しは澄んでいる。小皺の数など小事に過ぎない、真の意味で美しい女だ。瞳の色があまりに真摯なので気圧されそうになるのを堪えて、じっと眼を合わせる。長年の友誼と密かな憧憬と確かな感謝に掛けて、これほど真剣に彼女が伝えたいことをちゃんと受け取りたくて。恐らくコレが最期だと知ってるから、だからあたしは。
「なあ、ブルマさ、その男の子は、おらがいなくなっても甘いお菓子の味を覚えててくれっかな?」
 あたしが適わないと思っている女は、母親ともう一人。目の前で無表情の仮面を保ちきれずに泣きそうな顔になった、老いてもまだ少女のように彼を愛する可愛い女性。そして、彼を『人間』に引き摺り下ろした偉大な魔女。
 その彼女がこの期に及んであんまり可愛らしいので、あたしは大きな声で笑った。








「ママ!チチさんが!」
 今年の夏は、速足で訪れ素早く去り行こうとしているが、それでもまだクーラーは必要だ。室内は完全な空調管理を施されていたが、リビングに駆け込んできた娘の額には汗が浮かんでいた。無尽蔵に近しい体力を誇る混血の娘にしては、珍しい。
 その顔を見れば、用件は聞かずともわかった。
 あの日に交わした会話が最期になったのだということが。
 震える声で続きを口にしようとする娘を手で制し、口をつけていなかったアイスティーのコップを高らかに掲げる。
「偉大な魔女に、乾杯」
 涙で咽る前に、一息で飲み干した。

















 あたしは知っている。

 偉大な魔女の甘いお菓子の虜となった男の子は、その味を忘れない。その味だけを求めて愛し続ける。

 実はあたしも魔女だから、ちゃんと知っているのだ。


 お菓子の家が消えてしまっても、魔法は永久に解けないまま。



 ああ、あなたは愛らしくて恐ろしい魔女だった!



【おしまい】
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