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額の上なら友情のキス

 冒険王ビィト。ビィキス。

 下界を睥睨する三日月は青白く冷たい。微けき月光の元では、君の寝顔もよく見えないのが悔しいな。
 火を焚けたらよかったのだけれど、今宵の宿は大樹の虚だから火気厳禁。灯り代わりの小さな炎を燈すことすら赦されない。こんな時なのに残念だなあと思って、そういえばぼくってあまり運が良くないなあ、なんて今更なことに思い至ったりもする。
 けれど、くじを引いても大概外れる(もしくは悪いモノを引く)ぼくだけど、たった1つだけ紛れもない幸運があって、それが全ての不運を補っても余りあるからまあいいんだけどさ。
 君と出会えた幸運は、それほどに大きい。
 だからぼくの行く手にこの先何が待ち構えていても、不幸じゃない。君に信じてもらえて必要としてもらえて、裏切りすら赦され罰すら共に背負うと言ってもらえて、ぼくはとてもとても幸せなんだ。
 それだけ、勘違いしないでくれるといいなあと思った。





 人間の女の形をしていて、けれどずっと禍々しく美しいあの存在は、あの時、ぼくにだけ告げた。君のお兄さんの情報を握っていること、事前に描いた紋章を門にして空間を飛び越える能力を持つこと、君たちの故郷である東の最果ての町にその紋章を描いてあること、・・・・ぼくを望んでいるということ。「三日月の夜に迎えに参りますわ」と、ひどく愉しげな鈴を振るような声が囁いた瞬間、ぼくは血の気が引いた。
 彼女の意図がすぐにわかったからだ。
 君たちの故郷については何度か話を聞いた。田舎町だが生活は安定していたこと、近隣の魔人のせいで荒れたこともあったがその魔人を倒した今はきっと復興に向かっているだろうこと、君たちを育ててくれた大切な人が生活している場所で、君の大事な思い出がある場所だってこと。君が故郷について語った事柄は、全部覚えている。決して君のように故郷を語ることはできないぼくは、君の話を聞くのが好きだった。だから、訪れたこともないのに知っているような気さえしている。
 彼女は、ぼくが誘いを断ればそんな君の故郷を蹂躙する、と言っていたのだった。そして、ぼくが共に来るのならば君の兄についての情報を教える、とも。
 君たちの故郷にもバスターはいる。だが、そのバスターに、7つ星の魔人に抗し切れるほどの力があるはずもない。彼女がその気になったら、1日もしないうちに、田舎町の1つくらい滅ぼせるはずだ。
 彼女は知力の高い魔人だ。情報収集力も高いだろう。だから、ぼくが一度魔人の配下となり、その後その魔人を裏切ったことも知っているはずだ。それを知っていてぼくを勧誘するのならば、ぼくを逃がさない策が既にあるということだ。
 奸智に長けた彼女の誘いに乗ることは、死神の鎌の前に首を差し出すに等しい。ぼくにはわかっていた。

 けれど。
 君にとって故郷がどういうものなのかわかっていて、君がどれほどお兄さんと再会したいと思っているか、ぼくは知っていて。
 だから、ぼくは。




 
 眠る日の、君の眠りはいつも深くて何をやっても起きやしない(こんな有様でよく一人旅なんかしてたなと思う。普通なら死んでるよ、絶対。まあ、君は全てが規格外だけど)。
 なので、ぼくが触れても目覚めないのはわかってた。けれど、触れることは躊躇われた。
 今夜ぼくが作った晩ご飯のスープ(というか、干し肉と野草を煮込んだだけの汁)の中には、眠りを深くする効果のある野草を混ぜておいた。だから、誰かが眼を覚ます心配なんてしなくていいんだけれど、誰も見ていないはずなんだけれど、それでもぼくは君に触れるのが怖かった。
 触れたら、気持ちが止まらなくなるだろう。
 ぼくにはとても欲しいモノがある。そして、それを望む資格はないこともよくわかっていて、眺めているだけで十分過ぎるほどに幸せで満足だったから、誰にも知られるつもりはなかったのに、一生隠し通すつもりでいたのに、今、弱いぼくは心が揺れている。
 毎日危険と隣合わせでいつ死ぬかわからないのだから、と覚悟を決めて生きているつもりだったのに、でも、今から君の元を離れ、戻って来られる保証がほとんど無いと思うと、君に告げてしまいたくなる。
 ぼくはなんて浅ましいのだろう。
 君は優しいからむげに突っぱねたりしないとわかってて、迷惑をかけるだけの言葉を告げたいだなんて、気持ちを知っててもらいたいだなんて、そんなのぼくのエゴだ。もうもらい過ぎているくせに、これ以上欲しがる欲張りには、罰が当たるに違いない。
 そうやって己を戒めようとして、けれど、ぼくは君に触れたかった。虚に差し込む三日月の光は弱く儚い。君の顔すらよく見えない。だから、触れて覚えておきたかった。
 最後の縁だと思っているんじゃない。絶対に諦めないための手がかりにしたかった。戦うために。
 諦めるつもりはなかった。君の戦力であるはずの命は投げ出していいものではない、ちゃんとわかってる。望みが薄いことは理解しているから、ぼくの存在が君の不利益になることが決定的に確定したならば、どう始末をつけるかももう決まっている。
 戦って、最後の最後まで諦めずに戦って。運が良かったら戻ってこられるかもしれないし、そうでないならそこでぼくは終わる。
 そうやって結論はもう出ているのに、君の傍を離れがたくて、ぼくはまだぐずぐずと居座っている。指定された場所に刻限までにたどり着くためには、もうそろそろ出発しなくてはならないのに。一瞬でも長く君を感じていたくて。
 ああ、でも月があんなに高い。もう行かなくちゃ。ぼくは行かなくちゃ。
 強くそう思った瞬間、嵐のように荒れ狂った衝動に抗いきれなくて、ぼくは。

 額の上なら友情のキス。

 なんて、以前読んだ本に載っていた言葉を言い訳にして、一瞬だけ君に触れた。掠めただけなのに、少し高めの君の体温を感じた。その熱に駆り立てられるように、ぼくは駆け出す。
 三日月が、ぼくを見ていた。





 森の外には魔人の遺跡がある。遠い昔に魔人の住処だった建物の外壁はほとんど朽ち落ちていたが、建物の梁であっただろう柱だけはまだしっかりと往時の面影を匂わせていた。古びてはいるが典雅で精緻な装飾が、文化の高さを物語っている。
 その柱の中央に、腕が生えていた。黒い手袋を嵌めた、女性の左腕だ。闇にこそ映える星を七つも飾った優美な腕が、掌を上に向けて何かを待っていた。
 何か、じゃないな。ぼくを、だ。
 駆け寄ったぼくは、その勢いのままその腕と掌を重ねた。途端にそのすんなりした見かけからは想像もつかないほどの力で握られて引っ張られる。
 腕は、ぞっとするほど冷たくて。

 そして、三日月はぼくを見失った。



【おしまい】

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